果たせなかった32年目の再会 反核一人芝居の声優・堀絢子さんが急死
- 2024年 11月 28日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」反核一人芝居堀絢子岩垂 弘
11月26日(火)午前1時すぎ、朝日新聞DIGITALをインターネットで見ていたら、短い記事に目が止まった。そこには、「俳優・声優の堀絢子さんが18日に老衰で死去、89歳。被爆翌日の広島が舞台の一人芝居『朝ちゃん』の脚本を自ら執筆し、89年から全国各地で上演」とあった。が、私はとても信じがたかった。誤報ではないか、と思った。なぜなら、私は、彼女が、来たる11月22日に東京・両国の「シアターX カバレット ろびい寄席」で一人芝居『朝ちゃん』を公演すると、11月12日付の「リベラル21」に書いたばかりだったからである。
この日の朝、全国紙の朝刊を見たら、いずれも堀絢子さんの死去を伝えていた。それで、私もようやく彼女の死を信じるようになり、「となると、公演は中止になるんだろうな」と、いらぬ心配をしたりした。
反核一人芝居を取材する
私が堀絢子さんに会ったのは、今から31年前の1993年10月である。当時、私は朝日新聞東京本社社会部で働いていた。芸能界には知人がいなかったから、彼女から手紙が来た時は、いささか驚いた。その手紙の内容は次のようなものだった。
「私は全国各地で反核一人芝居『朝ちゃん』の公演を行っている。対象は小、中、高校生。10月30日に東京・目黒の緑が丘文化会館で86回目の公演をするから、これを事前に報道してほしい」
当時、私は平和運動の取材を担当していたから、彼女は取材の依頼をしてきたのだろう、と思った。
報道するにしてもしなくても、まず公演前の練習を見なくてはどうにもならない。で、一人芝居の練習を見に行った。「これはゆける」と思った私は、同公演の紹介記事を書いた。それは、公演前日の10月29日付の朝日新聞の囲み「人きのう きょう」に載った。見出しは一段一行で「●反核ひとり芝居」。本文は25行で、セーラー服姿の堀絢子さんの写真がついていた。
原爆の恐ろしさを伝えねば
取材を通じて、堀さんがなぜ反核一人芝居を始めたかを知った。軍医だった父が広島原爆で死亡したことから、原爆の恐ろしさ、戦争の悲しみを知り、こうしたことを若い人たちに伝えねばと立ち上ったという。『朝ちゃん』の原作は山本真理子著の「広島の母たち」だが、広島の被爆少女が死んでゆく悲惨な光景を描いている。堀さんの演技は、まるで被爆した人たちの苦しみを眼前に見るようなリアリティーを持って迫ってきた。
堀さんが掲げた公演の目標は500回だった。そこには、公演を通じて「反戦」を貫きたいという願いが込められていた。そこて、「反戦」=「半千」=「1000÷2」=500というわけである。
31年後の『朝ちゃん』招待状
それから、31年の月日が流れた。今年の10月下旬、堀さんから私に手紙が届いた。堀さんの居住地は東京都世田谷区下馬になっていた。
手紙の内容は次のようなものだった。
「私こと、きたる11/22(金曜日)にシアターX(両国エキより徒歩3分)で、『朝ちゃん』をさせて頂くこととなりました。『朝ちゃん』は262回目となります。反戦(戦争反対=戦争1000/2)をめざしてはじめましたが、やっと262回目になります。
御多忙のことと存じますが、何とか御都合をおつけ下さいまして、御高評頂けませばありがたく存じます。お目もじ楽しみにお待ちしております」
私は驚いた。堀さんが高齢をものともせずに、まだ『朝ちゃん』の公演を続けていたからである。こんなこと、芸能界ではまれなことではないか、と敬意を抱いた。31年前に短い記事を書いただけなのに私を覚えていてくれてうれしかった。
『朝ちゃん』の招待欠席へ
こんな招待状をもらえば、だれでも11月22 日にシアターXに駆けつけるだろう。しかし、私は招待に応じないと決めた。残念ながら、駆けつけられなかったからである。
理由は、私が脊柱管狭窄症にかかっていて、時折、歩行がきつくなるからだ。私は彼女に返信の手紙をしたため、その中でその旨を書き、招待に応じられないのをわびた。
そして、公演に行かない代わりに、公演の宣伝をしましょう、と返信の手紙に書いた。それが、11月12日付の「リベラル21」の「声優・堀絢子の反戦・反核のひとり語り」であった。
忘れまい反戦・反核への貢献
堀さんから手紙をもらってから1カ月も経たないうちの訃報。あまりにも突然の訃報に言葉も出なかった。手紙の、整然とした書体からして彼女の死因がとても老衰とは思われなかった。私は彼女の冥福を祈るとともに、彼女が長年にわたる一人芝居で、日本における反戦・反核の世論づくりに大きく貢献したことを忘れまい、と誓った。
『朝ちゃん』の262回公演はもう演じられることはない。彼女の後を継ぐ人は出るだろうか。
初出:「リベラル21」2024.11.28より許可を得て転載
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〔opinion13980:241128〕
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