会長から理事まで ~ ここまでやるのか 官邸主導のNHK人事 ~
- 2014年 5月 28日
- 時代をみる
- NHK醍醐聡
政府批判=「偏向」とみなす籾井会長のジャーナリズムと真逆の放送観
一つ前の記事で、この4月に退任したNHKの2人の理事が4月22日に開かれたNHK経営委員会の場で異例の退任のあいさつを述べたことを紹介した。あいさつの中で、上滝前理事は、居並ぶ籾井会長、副会長、理事、経営委員を前に、一連の会長発言で地方の職場にも懸念と不安が広がっている事態を紹介したのち、「2011年3月11日の東日本大震災の際、私どもはそれこそ寝食を忘れて被災者や視聴者の方々のために、放送に全力を尽くしました。そこでの公共放送人としての使命感、一体感が私ども公共放送の一つの原点となっています。それがあるからこそ、値下げ後の受信料収入も順調に回復し、放送番組も信頼されていると思います。この延長線上にこそ次の経営計画があり、また『自主・自律』のジャーナリズムとしてのNHKがある」、「誠にせん越ですが、会長には本部各部局や地域放送局に出向かれ、職員との対話を積み重ねて、職員たちとの心の距離を縮めて頂きたいと思います。職員のモチベーションの維持向上がなくては、公共放送はもちません」と直言した。
ところが、この日の経営委員会議事録を読むと、理事の人事に関する議題―――専務理事の4人制、理事の任務分担の変更などを経営委員会に諮り、承認を求める議事―――の中で籾井会長は放送総局長から番組考査担当の理事に分担替えをした石田研一氏について、次のような発言をしている。
「(籾井会長) 石田専務理事は、過去2年間放送総局長を担当している際に偏向放送など、いろいろなことを経験し、今度は番組の考査業務統括を担当していただき、コンプライアンスも統括していただきます。」
これを聞いた美馬経営委員はすかさず、次のように発言、籾井会長とやりとりが交わされている。
「(美馬委員) いま会長は、『石田専務理事はこれまで偏向放送の中で放送総局長としてやってきた』というように発言なさいました。会長は偏向放送があったとお考えなのですか。」
「(籾井会長) 偏向放送があったと言われている、そういう経験も持っておられるということであり、偏向放送があったと申し上げているわけではありません。<以下、省略>」
籾井氏の最後の発言は意味不明だが、要するに、石田放送総局長時代(正確には、松本前会長時代)の原発再稼働、米軍のオスプレイ配備などに関するNHKの報道が政府批判的(私は一概にそうだったとは思わないが)とみる経済界や自民党の不満を代弁したものと思われる。(これについては、『東京新聞』2013年11月19日、『毎日新聞』2013年12月21日、『朝日新聞』2014年1月31日を参照。)
政府批判的=「偏向」とみなす籾井氏の発想は、権力監視機関としてのジャーナリズム精神と真逆の思想である。籾井氏がこうした持論を、居並ぶ理事の目の前で、放送総局長の担当替えを説明する場で公言したことが理事の心理に及ぼすけん制、委縮効果は計り知れない。
まかり通る「官邸あっせん」人事
4月22日の経営委員会に諮られたNHK理事の人事にはもう一つ重要な案件があった。井上樹彦氏の理事起用である。井上氏のことを籾井会長は次のように紹介している。(籾井会長) 井上樹彦は昭和55年の入局、記者出身で政治部時代には外務省キャップや官邸キャップを歴任し、平成17年からは3年間政治部長として第44回衆議院選挙などの取材を指揮しました。その後、編成センター長や編成局長を務め、東日本大震災の復興を支援する番組の編成等に携わりました。」
文字通り、NHKの報道部門で政治畑を歩いてきた人物である。この井上氏の理事任用について約2ヶ月前に『日刊ゲンダイ』が次のように伝えている。
「昨年の暮れも押し詰まった頃、菅官房長官は、都内某所で籾井次期会長と密かに会談し、その席に井上局長も呼んで籾井氏に紹介した。その上で、井上局長を報道担当の理事にするよう要請し、籾井氏も了解したといわれています。井上局長は、政治部長時代から当時、総務相として初入閣し、放送行政に力を振るい出した菅氏に急接近。選挙情勢など政治部記者を通じて集めた情報を菅氏の耳に入れるなどして信頼を得ました(NHK関係者)」『日刊ゲンダイ』2014年2月4日)これとほぼ同様の内容が『文芸春秋』の今年の3月号の記事でも書かれている。
「JR東海出身で1期3年を務めた前会長の松本正之の後任として、三井物産元副社長で日本ユニシス特別顧問の籾井勝人(70)が1月末に〔NHK会長に〕就任した。・・・・・
籾井に行き着く前、会長選びは、菅がJR東海の葛西敬之と相談しながら、相談役の渡文明ら安倍に近い財界人数人に打診したが、いずれも断られた。・・・・困った菅に手を差し伸べたのが財務相兼副総理の麻生太郎だった。同じ旧産炭地である福岡県の嘉麻市出身で、長年の付き合いがある日本ユニシスの籾井を管に推薦したのだ。菅はさっそく籾井と接触して、会長就任を内々に打診した。」
「菅のNHKに対する影響力は、単に経営委員や会長に自分の息のかかった人物を送り込むだけに止まらないという。菅は昨年末、都内で密かに籾井と会談したと言われるが、その場には、菅に近いNHKの現役局長まで呼び、その人物を理事に昇格させる話も出たとされる。」 (以上、三波一輝「NHK失言会長はなぜ生まれたのか 安倍政権『官邸人事』の研究」『文芸春秋』2014年3月、124ページ)
ほぼ、同じ内容の人事話が2つの記事で伝えられたということは、官邸と籾井氏の間で井上氏の理事起用をめぐって「内々の約束」があったという指摘に信憑性が高いことを物語っている。
ここで私が注目するのは、井上氏のことを籾井氏が菅官房長官に紹介したのではなく(そうだったとしてもNHKと政治の関係で大問題だが)、菅官房長官が籾井氏に紹介したという点である。
これが確かなら、会長、経営委員に加え、NHKの理事も「官邸あっせん人事」となっていたことを意味する。
会長が率先して服務準則・放送ガイドラインに違反する行為
NHKが定めた「会長、副会長および理事の服務に関する準則」の第2条「服務基準」にはこう書かれている。
「第2条 会長、副会長および理事は、放送が公正、不偏不党な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の発達に資するとともに、国民に最大限の効用と福祉とをもたらすべき使命を負うものであることを自覚し、誠実にその職責を果たさなければならない。」
また、「NHK放送ガイドライン2011」は冒頭の「1. 自主・自律の堅持」で次のように定めている。
「〔NHKは〕・・・・報道機関として不偏不党の立場を守り、番組編集の自由を確保し、何人からも干渉されない。ニュ-スや番組が、外からの圧力や働きかけによって左右されてはならない。NHKは放送の自主・自律を堅持する。
全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務にあたる。
日々の取材活動や番組制作はもとより、NHKの予算・事業計画の国会承認を得るなど、放送とは直接関係のない業務にあたっても、この基本的立場は揺るがない。」
籾井氏が都内某所で井上局長を伴った菅官房長官と会った昨年末は、会長就任前だった。しかし、会長就任後、菅官房長官から勧められた井上氏を―――2人の先任専務理事に辞表提出を拒否されたため、あっせん通りに放送担当にはできなかったが――経営統括というポストの理事に任用したという事実は、NHK幹部の人選まで官邸からの働きかけ通りに実行したことを意味する。
これでは、会長が率先して「会長、副会長および理事の服務に関する準則」ならびに「NHK放送ガイドライン2011」に反する行為を行ったといって過言ではない。このような人物は、NHK内でコンプライアンスを語る資格がないにとどまらず、そもそもNHKの会長の地位にとどまること自体が許されないのである。
「籾井会長の辞任を求める受信料凍結呼びかけチラシ」 ぜひとも活用ください。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/momii_yamero_chirashi_a.pdf
「受信料支払い凍結の手続きについて:Q&A」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/toketsuqa20140511.pdf
(補足)
5月24日に京都市内で開かれた「NHKを憂え、市民の手に取り戻すつどい」の録画が、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」のブログにアップされています。津田正夫さん(元NHKプロデューサ-)新妻義輔さん(元朝日新聞大阪本社編集局長)と、会長からの質問、意見を交えながら、リレースピーチをした録画です。この記事に書いたことも話しています。一度、視聴いただけると幸いです。
【京都】NHKを憂え、市民の手に取り戻すつどい ─津田正夫氏・新妻義輔氏・醍醐聰氏(動画)
目が覚めて人の気配がないと、か細い声で呼び出す介護度約80%のウメ
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載 http://sdaigo.cocolog-nifty.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
〔eye2645:140528〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。