「周永康を審査」の意味するもの―習近平は強くなったのか
- 2014年 8月 5日
- 評論・紹介・意見
- 中国田畑光永
(管見中国43)
***周永康とは?
中国の政治がまたきな臭くなってきた。7月29日、「周永康の重大な規律違反に鑑み、中共中央は『中国共産党規約』および『中国共産党規律検査機関案件検査工作条例』の関係規定に基づいて、本人に対して立案、審査することを決定した」という短い発表が行われたことが始まりである。
周永康という人物は現在71歳。2007年から5年間、中国共産党中央政治局常務委員という地位にあって、12年の第18回党大会で引退した大幹部である。どのくらいの大幹部かというと、8500万人を超える中国共産党員のうち中央委員会のメンバーは約200人、そのうち政治局委員となると20人強、さらにそこから周永康の時代は9人が選ばれて常務委員(現在は7人)であった。つまりあの巨大な国を統治するトップ9人のうちの1人であった。そしてその9人のうちで何を担当していたかといえば、「中央政法委員会書記」という司法、警察部門を束ねる地位にあった。
劉少奇・国家主席や鄧小平・党総書記というとび切りの首脳までが失脚した文化大革命の時代を除けば、最上級幹部である政治局常務委員が罪に問われた前例はない。中國には昔から「刑不上大夫」(役人は罰せられない)という言葉があるが、現代では「刑不上常委」は常識であった。その常識が破られたのである。
そこで先の発表文であるが、中國式修辞学から見るといくつか注目点がある。
まず「周永康」と呼び捨てにされている点。2年前の12年4月、常務委員よりひとクラス下の政治局員であった薄熙来(当時、四川省のトップ)が同様の決定を受けた時には薄熙来「同志」となっていた。最初の発表からいきなり呼び捨てというのは、周永康が現段階ですくなくとも党籍をはく奪されることはすでに決定済みであることを意味すると受け取られている。
次に「重大な規律違反」(中国語では「厳重違規」)であるが、法律違反に問うことが決まっている場合はこれに「違法」がついて「違規違法」となる。今回、「違法」がないということは、法律違反に問えるかどうか、場合によっては党内処分(党籍はく奪)だけで済んでしまうかもしれないことを意味している。ここは大事なところで、後でまた触れる。
その後の「立案審査」にも意味がある。薄熙来の場合はこれが「立案調査」であった。審査と調査はどこが違うか。調査は文字通り調査であるが、審査となると一定の処分を前提にした調査といったニュアンスがある。そして実際には「調査」が圧倒的に多い。周永康立件は前例破りといっても、社会的には格別の驚きを与えていないのだが、それは周人脈に連なる各地の幹部が多数、一般に300人とも言われる数の人たちがすでに摘発されているからであり、そのほとんどは「調査」の対象である。ではなぜ周永康は「審査」なのか、俗っぽく言えば「ただではすまさない」ことをあらかじめ周知させることを狙ったのではないかと推測される。
7月29日の発表から読み取れることはここまでである。ほかに関連があると思われる動きとしては、その29日に中央政治局会議が開かれ、来たる10月に中央委員会総会(18期4中全会)を開催すること、その主な議題は「法による統治(依法治国)の推進という重大問題」、および本年上半年の経済情勢と下半年の経済工作であることが発表された。
中央委員会総会が秋に開かれるのは毎年のことであり、そこで当面の経済政策などが討議されることも恒例なので、今年の特徴は「依法治国の推進という重大問題」が主要議題に上ったことであり、それはほかでもなく周永康の処分に関わるものと推測される。
***さまざまな解釈
以上の事実をもとに、今、世上にはさまざまな解説や予測が乱れ飛んでいる。
曰く、習近平が反腐敗という国民受けの良い運動を利用して、既得権益層の代表である江沢民系、たたき上げ実務官僚の多い胡錦濤系を追い詰めようとしている。
曰く、2年前に四川省のトップの座から失脚した薄熙来を最後までかばった周永康は薄を自分の後釜の政法委書記として常務委員に昇格させようとしたのであり、習近平としては放置しておけなかった。
曰く、先に軍の制服組のトップだった徐才厚(前中央軍事委員会副主席)を収賄で党籍はく奪処分にしたのに続いて、政治局常務委員経験者をも摘発することで、習近平は自分への反抗を抑えこもうとしている。
曰く、習近平は今後さらに江沢民、曾慶紅というさらに古い世代の既得権益層にまで手をつけるかもしれない。
曰く、そうした習近平の恐怖政治を前に、これまで関係の良くなかった江沢民系統と胡錦濤系統が連合戦線を組んで対抗することになるのではないか、等々。
いずれもありそうなこと、おきそうなことであり、これらを否定する材料を私は持ち合わせていない。すべてはこれからの事態の進展を注視するしかないのだが、本稿を「中国の政治がまたきな臭くなってきた」などと書き出したのも、こういう分かりやすい解説に、私自身もつい動かされているからである。
ただ今回の周永康事案はこういう権力闘争説ではどこか割り切れないものが残る。それは周永康がどんな悪いことをしたのかがよく見えないことである。先述したように周永康の摘発理由はこれまでのところ「規律違反」であって、「法律違反」は挙げられていない。
7月10日に党籍はく奪処分が公表された徐才厚については「職務を利用して他人の昇格を援助し、直接あるいは家人を通じて賄賂を受け取った」として、党の規律の重大違反と同時に収賄罪容疑を処分理由に挙げている。
周永康については資産が900億元(約1兆5000億円)にも達するとの報道があったりして、いかにも超大物の「悪」という印象だ。しかし、落ち着いて考えてみれば、変な言い方だが、犯罪でこんなに資産を作ることは無理ではなかろうか。犯罪は業務の傍らにするものである。休みなしに毎日1億円ずつ犯罪で蓄財しても1兆5000億円貯めるには41年かかる。
何が言いたいかといえば、周永康の資産は正常な、すくなくとも不法ではない業務によって積み上げられたものではないかということだ。彼はおよそ半世紀前、北京の石油学院を卒業して、大慶油田の採掘技師になった。この数十年、石油ほど大きく成長した業種はあるまい。その中で地位を築き多くの子分を抱えた周永康にとって、業界を出入りする厖大な資金の一定割合を自分たちの懐に流れ込むようにすることはさほど難しいことではなかったろう。
たとえば周濱という彼の長男がある油田の開発権を役所から安価で獲得し、それを飛び切り高価で国有の石油会社に売り渡した、といった事例が報道に散見される。いかにもインチキそのものだが、役人たちが違法にならない形を作っているはずだ。
急速な経済成長を続けてきた中国では、石油は掘れば掘っただけ売れ、輸入すればしただけ売れる、金のなる木であった。一方で、PM2.5 で有名になった中国の大気汚染のひどさは想像を絶するが、あれはガソリンの品質基準を厳しくするのに石油業界がこぞって抵抗してきたため、というのは定説だ。
***違法はない?
反腐敗運動で周永康の名前が出てからもう1年になる。その間、昨年の10月に母校の創立記念活動に顔を見せたのが最後で、以後、彼の姿は消えた。内モンゴル自治区内のある施設に軟禁されたという説もある。そしてその間、関連して「違規」、「違規違法」で「調査」された人間は彼の歴代の秘書6人をはじめ、先述したように300人にも及ぶとされる。
その大多数は「違規違法」に問われ、かなりの数の人間にはすでに免職、党籍はく奪などの党内行政処分が決まり、次の段階として「違法」のほうの司法手続きに入ったか、これから入るところと見られている。
この経過から推測されるのは、腐敗摘発の先頭に立つ中央規律検査委員会は大きな網をかけて周永康を洗い、なんとか「違法」の証拠を握りたいとしたにもかかわらず、ついにそれができず、秋の政治日程が始まる前にとにかく一応の区切りをつけるために「違規」だけで、「審査」に踏み切ったのではないかということである。
つまり習近平は党内の対抗勢力を抑えて自らの立場を強化するために「大物」を血祭りに上げたなどということでなく、誰の目に明らかな、とてつもなく大きな利権構造の網の目が張り巡らされていて、その中に場所を見つけた人間と無縁な大衆との間には巨大な格差、不公平がまかり通っている現状にメスを入れなければ、政権そのものの基盤が危うくなるところにまで追い込まれているのではないか、ということである。
あえて比喩を用いれば、腐敗にも感染症と生活習慣病の違いがあるのではないか。収賄だの、職権乱用だのの個々の感染症なら病原菌を除去できるにしても、体質そのものとなっている生活習慣病のごとき利権構造は病原菌を取り除くようなわけにはいかない。周永康にはついに「違法」をつきつけられなかったのではないか。
大物と業界の利権構造といえば、李鵬(元首相)と電力業界、江沢民(元国家主席)と宇宙開発などが人の口の端に上るが、おそらくあらゆる業種に同様の構造が存在するであろう。7月末、周永康審査班票とほとんど時を同じくして、北京大学の中国社会科学研究センターが公表した「中国民生発展報告2014」では、1%の富裕家庭が国内個人資産総額の3分の1を握り、逆に貧困層を含む下位25%の家庭は個人資産の1%しか所有していないという驚くべき格差の実態を伝えた。1に近いほど社会の不安定度が増すジニ係数では0.4を超えると社会不安が広がるとされるが、この報告では、2012年の中国のジニ係数は0.73に達したとされている。
習近平はトップの座に就いて、生活習慣病が命の危険にまで迫っていることを切実に感じとったのではないか。そこでおそらくその最大の病巣、石油に切り込んだのであろう。しかし、これまでのところ、見てきたようにその冒険の成否は予断できない。今後、周永康の審査結果がどのように発表され、どういう結末に向かうか。中國共産党政権そのものの存亡にかかわると言っても過言ではないと、私個人としては思っている。
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