2015年ドイツ逗留日記(4)
- 2015年 7月 22日
- カルチャー
- 合澤清
1. この頃の身辺雑感
このところ、やっとドイツらしい天気になってきた。時々は夜になっても暑くて窓を開け放って眠るが、まあ、大体は涼しい(夜明けごろは寒い)。
毎週決まって水曜日の夕方、いつもの居酒屋でドイツ人の友人たち(今では僕らを入れて5人)と会って、よもやま話に花を咲かせている(と言っても、僕程度の語学力では相手の話が理解できればよい方で、なかなかついていけないことの方が多い)。この曜日には夜11時に我が家の大家が車ですぐ近くまで来てくれる事になっているため、唯一遅くまでドイツビールを堪能できる日である。
彼ら友人たちは、大体10時頃になると帰宅する。これは、彼らが翌日も仕事があるためだ。その後の1時間ほどは、この店の関係者や顔なじみの客らと雑談するのを常としている。先日は、その雑談の中でバーデン地方(ドイツ南西部)産のワインでKaiserstuhl(「皇帝の椅子」の意味)という名前の大変うまいワインがあるという話を聞いた。従来、ドイツワインの花形は、何と言ってもフランケンワイン(Frankenwein)であると固く信じていた。この信念はいまだに揺るがないが、酒好きの僕としてはこういう話には早速挑戦したいと思っている。
そういえば昔読んだのだが、かのカール・マルクスが仲間たちとドイツワインの品比べをやらかしたことがあったそうだ。ラインやフランケンやチューリンゲンやらといろんな地方産のワインの名前が出てきたそうだが、彼は頑として「ワインはモーゼル産が一番だ」と言ってきかなかったという。彼の出身はモーゼル地方のトリアーである。インターナショナリストのマルクスにもこういう一面があったとは、面白い。
吾が廣松渉先生も、かなりの郷土びいきだった事を思い出す。先生は九州の柳川出身だったが、いつも「水郷柳川の出身です」と自慢げに言われていた。
ヘーゲルではどうだったのかしら…?多分、法政大学の滝口清栄先生にでもお聞きすればご存じだと思うが、やはり出身地のシュテュットガルト(バーデン・ヴュルテンベルク州)辺りのワインだろうか、あるいは彼の大学のチュービンゲンの赤ワインだったろうか?
ところで、このドイツ人の友人の一人が来年の秋ごろにゲッティンゲン大学のドクターを取得する予定だとか聞かされた。彼は今、航空関係(グライダーとか)の会社のセールス・エンジニアを仕事にしている。もともとヴュルツブルク大学を出て、ロンドンの大学に留学してきたキャリアを持つ技術屋さんだ。「流体力学」などという難しい分野の専門家だそうだ。
性格はとても穏やかで、いつもにこやかにしている人で、僕との付き合いも既に9年位になる。その彼が、働きながら「博士論文」を仕上げ、ドクターの資格を取るという。偉いもんだと心から敬意を覚える。彼のこの努力には、一目も二目も置く。と同時に、今日の日本の会社務めとドイツの会社務めとの彼我の格差を改めて考えさせられた。
ドイツ人たちとの付き合いの中でいつも思うのは、彼らが日常的に生活をエンジョイしているらしいということだ。この友人も例外ではない。ほとんど毎週金曜日には、どこかでパーティがある。ディスコでダンスもする(今の彼女と知り合ったのはディスコでアルゼンチンタンゴを一緒に踊ったお陰だと自慢していた)。スポーツもやるし、グライダーの操縦までやる。もちろん、それ以外に友人たちと飲みにも行く。夏、冬の長期休暇には、アルプスに登ったり、自転車旅行を楽しんだりしている。
会社はフレキシブル出勤ではあるが、結構海外出張も多い(英語、フランス語はお手のものらしい)。いつ勉強するのかと訝しく思うが、これはおそらく、僕の日本企業での労働体験から来る先入見によると思われる。
以前にゲッティンゲン大学で日本語学を専攻していた学生を知っていた。彼は日本文化にかなり入れ込んでいて、宮本武蔵を尊敬し(多分吉川英治の小説の影響であろうが)、彼自身も松濤流の空手2段の腕前だった。その彼は、将来は日・独の論文や小説などの翻訳をやりたいとの希望を持っていた。そしてそのための準備として、一旦企業に就職し、働きながら大学院に通うという。そういうことができるのはドイツ企業に限るから(日本の企業では無理だということも知っていた)、そうするのだと言っていた。
2013年度のOECD(経済協力開発機構)の年間労働時間の国際比較によると、-
日本は、1735時間(労働力調査という非農林業雇用者の週間就業時間の年換算では2070時間)
ドイツは、1388時間(オランダが1380時間、フランスは1489時間)
これは単純な比較であるが、日本ではこれ以外に、いわゆるサービス残業という賃金に計算されず、従って統計上も残らない労働時間がかなり加算される。更に、昨今の法改定で、或るレベル(年収1000万円)以上の給与水準の者に対しては残業代は支払わなくても良いと、実質的な無制限の「会社人間=人間ロボット化」を推進している。
しかし、これはまだ正規の社員が中心である。臨時労働者の待遇はどうであろうか。「労働者派遣法改正」という名の劣悪条件押し付け法では、非常勤労働者は永久に非常勤のままでとどめ置かれるシステムが公的に確立され、そこでの労働条件は悲惨きわまりなく、「ブラック企業」や「ワーキングプア」という恥ずべき流行語をつくり出している。
「ブラック企業」の実態調査という名目で、政府は、学生アルバイトからの聞き取りなどを実施しているが、これは先の「労働者派遣法改正」の考え方と全く矛盾するものであろう。
また「ワーキングプア」の実態調査はどこまで進んでいるのか。一方でこういう事態を問題視しながら、他方で「生活保護支給額」の切り下げや、資格の厳格化などでこれを規制する。このことも、単なる見せかけづくりとしか言いようのない政策であろう。
因みに「ワーキングプア」とは、「正社員並み、あるいは正社員としてフルタイムで働いてもギリギリの生活さえ維持が困難、もしくは生活保護の水準にも満たない収入しか得られない就労者の社会層」のこととされている。今や、こういう階層が増えているのが日本の実情である。どうしてこういう実情の中で勉学にいそしむことができようか。
教育は民族にとって100年、200年先につながる設計である。今の日本の現状を見るなら、悲しい事に「この国、民族の命運は既に尽きている」と考えざるを得ない。
命運を再生させるには、安倍自民党政権を「反面教師」にした、民衆の運動しかない。
2.ギリシャ問題、政治的難民問題など
ギリシャ問題は表面的には一応解決の方向に向かった事になっている。この解決に関して、一方ではドイツのメルケルが力で押し切ったという意見もあるし、他方、真逆の意見もある。チプラスが、あの手この手を使ってメルケルやEU幹部を手玉にとり、IMFからの借金を残したまま、新たな援助資金をEUから引き出し、更に債務の棒引きまで可能にしたとみる見方である。その際、国内の「緊縮財政政策反対」の運動が対EU交渉の大きな切り札になったという解釈である。
僕自身は、どっちが勝ったか負けたかには興味がない。むしろ政治的な局面では、米国、EU、中国、ロシアの覇権争いが大いに絡んでいると見る。もちろん、政治情勢が経済情勢から切り離されて単独にあるとは考えていない。ましてや、2008年のリーマンショック時に顕著になったように、欧米の大手金融機関が危機的な状況を迎えた時には国家が「公的資金」(税金)でそれを救済することが当たり前のようになってきた今日においておやだ。今日の国家資本主義は、かつての重商主義に一脈通じているところがあるというような意味の事をある論者が書いていたが、なるほどと思わせる。(―アメリカは報道されていた通り、AIGやバンク・オブ・アメリカといった大手金融機関の救済と、GMへ大量の公的資金を注入している。欧州は、合計1兆ユーロを超える資金を金融機関に注入(2012.5現在)。日本でも麻生政権下で、総額75兆円の金融・財政措置(うち財政支出は20兆円)がとられた。)
ところで、ギリシャ危機は果たしてこれで収まるのだろうか?ギリシャの国内問題もまだまだ再燃する気配は十分ある。また、今回のギリシャへの支援に対して、EU内の東欧諸国から不平の声が上がっている。更に、このギリシャ問題は、ウクライナに飛び火し、キエフで債務削減の闘争が起きていると報道されている。(この問題に関しては、岩田昌征先生、塩原俊彦先生、染谷武彦先生など、その道の専門家に是非お教えいただけるようお願いしたい。)
イタリア、スペイン、ポルトガルといった多額の債務を抱えた国が、今後どういう動きをするだろうか、という点もこの問題の将来を見通す上で重要であろう。
もう一つ重要なのは、イギリス国内でのEU脱退派の増加(こちらは、亡命者を含めた移民の受け入れ拒否が大きな要因と言われるが)と、肝心のEUの中心母体のドイツ国内でAfD(Alternative für Deutschland)(=「ドイツの選択」党とでも訳すのであろうか)という新たな党が、つい先日、第1回目の総会を開いてかなりの注目を集めていることである。この党が結成されたのは2013年で、FDP(ドイツ自由民主党)が分裂した形で結成されたと言われる。この党の主張がやはりEU脱退、ドイツ・マルクへの復帰である。これらの一連の動向をどう見るか、予断は許されない。
海外からの移民流入問題はかなり深刻である。南ドイツなどで、せっかく作った施設(居住施設など)が放火され、破壊される事件が頻発している。
イラク、アフガニスタンに端を発し、今や全中東地域を覆い尽くしている感のある地域紛争、その影響で国を追われ、戦乱をさけて国外へと逃亡する大勢の人々、同じヨーロッパ圏内でも、格差拡大と失業、ウクライナの戦乱などにより富裕国へと仕事をもとめて移住する人々が後を絶たないのである。それらの人々は、結局はヨーロッパの富裕国と看做されるドイツやフランスへと流入せざるを得ない。その結果、当然起き得るであろう住民との軋轢、摩擦である。新たなナショナリズムの発火点たる要因は十分ある。
今回はどうも、「ドイツからのレポート」が、少々理屈っぽくなりすぎたきらいがある。お許し願いたい。 <2015.7.22記>
住いのすぐ近く。これらの木の根元は石垣(かつての城壁)。ここHardegsennはいたるところに巨岩がむき出しで見られる。太古の岩場に出来た集落か?
我々が居候している住居。4世帯の共同住宅
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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