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	<title>ちきゅう座</title>
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	<description>メディアネット世界の眼　見る・聞く・話す</description>
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		<title>ドイツに出張中の高橋順一教授からの短信</title>
		<description><![CDATA[1年間のドイツへの研究出張中（ライプチッヒ大学）の高橋順一先生からメールが届きました。それによりますと、本日（9月8日）高橋先生は60歳の還暦を迎えられたようです。
また、最近のドイツの気温は朝夕６℃位に冷え込んで、すでに冬支度の準備に入っているとか。うらやましいというべきか、大変だなあと同情すべきか？
近々ちきゅう座に原稿をお書き下さるようですので、ご期待下さい。
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2896</link>
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		<title>米国で広がる「在沖米海兵隊不要論」を伝える</title>
		<description><![CDATA[　沖縄在住の、知り合いのジャーナリストから手紙をもらった。「琉球新報の記事を読むよう多くの方々に伝えてほしい」という内容だ。そのジャーナリストによれば、在沖米海兵隊の不要論が米国議会内に出ており、琉球新報の特派員がそれを伝えている。が、本土のマスメディアはこのことを報道しない。だから、その特派員の記事を読んでほしいというわけである。
　沖縄には、「琉球新報」と「沖縄タイムス」という２つの新聞がある。知り合いのジャーナリストの手紙によれば、「琉球新報」は米国ワシントンに与那嶺路代記者を特派している。
　同記者の特派員電が７月16日付の琉球新報に載った。「在沖米海兵隊　広がる不要論」「下院の重鎮『冷戦の遺物』」「財政難など背景に」といった見出しがついており、一面トップ記事だ。　
　それによると――米民主党の重鎮で、政府に影響力をもつバーニー・フランク下院歳出委員長と野党のロン・ポール下院議員が７月６日、米国の有力サイト「ハフィントン・ポスト」に「なぜわれわれは軍事費を削減しなければならないのか」と題する論文を寄せた。その中で、両氏は、2010年度の軍事費6930億ドル（約61兆円）が歳出全体の42％にも上り、経済活動や国民生活を圧迫していると説明、さらに、米国が超大国として他国に関与することが、逆に反米感情を生み出している側面も指摘。結論として、両氏は「財政再建と雇用創出が国の最優先事項だ。度を越した軍事費問題に取り組まなければならない」と強調した。
　この記事は大きな反響を呼び起こした。７月８日には、大手テレビＭＳＮＢＣやＣＮＮニュースがフランク氏らを招き、論点を取り上げた。同10日には米公共ラジオ局も取り上げ、フランク氏はそこで「１万５千人の在沖海兵隊が中国に上陸し、何百万もの中国軍と戦うなんて誰も思っていない。彼らは65年前に終わった戦争の遺物だ。沖縄に海兵隊は要らない。超党派で協力し、この議論を提示していきたい」と訴えた。
　同12日のウォールストリート・ジャーナルは「普天間飛行場の県外・国外移設を望む沖縄に、強力な助っ人が現れた」と書き、今後この動きが加速する可能性に触れたという。
　与那嶺路代特派員は書く。
　「フランク氏らの意見が反響を呼び、メディアも大々的に取り上げている。背景にあるのは、深刻な財政赤字。リーマン・ショック以降、不況で苦しむ国民の不満が、膨大な軍事費に向き始めている。米軍の戦略見直しと財政再建の必要性が合わさり、海外駐留米軍の撤退を求める声は拡大する様相を見せている」
　
　知り合いのジャーナリストの手紙は言う。
　「（米国でのこうした動きを）朝日新聞など本土紙は報道していません。基地政策は国会でも重要視されている問題なのに、なぜ後追い報道をしないのか。不思議でなりません。高知新聞が琉球新報の記事を１ページ潰して転載しただけです」
　「インターネットでは高知県の高教組が記事を転載しています。他でも次々と転載されると、大新聞の怠慢が明らかになるでしょう。ぜひ、多くの方々に知っていただきたい。私は、本土の友人たちに与那嶺記者の記事コピーを送っております」
　知り合いのジャーナリストによれば、与那嶺路代特派員は同紙に時折、「ワシントン報告」を書いており、そこでは沖縄の基地問題や米海兵隊のことが取り上げられている。本土の大手紙の記者にはない視点が感じられるという。
　７月16日付の与那嶺路代特派員の記事は、琉球新報のホームページを開き、「過去記事」のところをクリックすれば閲読することができる。　
初出：「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion121:100908〕
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2893</link>
			</item>
	<item>
		<title>何よりも先に廃絶したい核=原子力</title>
		<description><![CDATA[下をクリックして下さい。（同じタイトルが出ますから、再度クリックしてください。）
何よりも先に廃絶したい核=原子力.pdf
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
 〔study323:100907〕
]]></description>
		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2860</link>
			</item>
	<item>
		<title>炉心に巨大な落下物－「もんじゅ」は廃炉しかない</title>
		<description><![CDATA[１．炉心に巨大な落下物～原子炉で一番してはならないことが起こった！
　８月26日(木)「もんじゅ」で炉内作業中、炉内中継装置と呼ばれる燃料交換用の装置を原子炉容器内に落としたと発表した。この装置は全長12メートル、直径55センチメートル、重さは3.3トンで、燃料交換作業時にのみ炉内に入れられ、運転中などには引き上げられている。この装置を引っ張りあげている時に約２メートルほど引き上げた時点で落としたとされている。
　原子炉で一番してはならないこと、それは炉心に損傷を与えることだ。もちろん炉心とは主に核燃料を指す。しかし核燃料の健全性を支えるのは原子炉圧力容器を始めとした炉心構造物だ。その構造物に損傷を与えることになったら、補修もしくは交換可能な部品でなければ原子炉は使用不能となる。
　今回「もんじゅ」で発生した事故は、その炉心部に3.3トンの重量物を落下させるというものだ。
２．東電などが運転する軽水炉の場合、原子炉圧力容器には多くの構造物があるが、燃料交換時には圧力容器の蓋を開放し、燃料取り替えや機器を置くプールの高さまで水を張り、上部格子板の位置まで空っぽにする。そこに何かを落下させれば、燃料には当たらないが、燃料を支える格子やその外周にあるシュラウド(注)、あるいは圧力容器本体に損傷を与える可能性がある。このような場合はまず目視点検をし、傷の存在を確認する。その後取り外せるものであれば交換し、外せないものは損傷の大きさを測定する。果たして使い続けられるかどうかは別としても、受けた影響を調べることは出来るだろう。
　　(注)シュラウド＝炉心部を構成する燃料集合体や制御棒を内部に収容する円筒状の構造物。
３．「もんじゅ」はどうか～詳細な調査ができない構造
　「もんじゅ」の圧力容器には冷却材のナトリウムが満たされており、これは不透明な液体金属なので内部の装置のうち外せないものは目視は出来ない。そのうえ酸素や水と接触すると爆発的に燃焼するため、蓋を開放しての作業は出来ない。「プラグ」という小さく穴の開いた装置を介して、全ての作業は行われる。また液体ナトリウムの中で行うように設計されているため、外観検査などを目視確認で行うこと自体が想定されていないのだ。これは致命的である。今回の事故に関連して目視検査を開始しているが、ファイバースコープ越しにＣＣＤカメラに依らざるを得ない。これでは詳細な調査など出来ない。
　目で見て確認さえ出来ずに、損傷の有無を調べることは不可能であろう。たとえなにがしか調査をしたとして、見落としがないかをどうやって保証するのであろうか。
　なんでもそうなのだが、「有る」ことを証明できても「無い」ことを証明することは難しい。これだけ大く重たい装置が落下をして、損傷が「無い」ことは事実上証明不可能なのだ。
４．ツメでつかむ構造～理解できない構造
　炉心上部でつり下げを伴う作業は、常に落下の危険と隣り合わせだが、このような装置にもかかわらずツメでつかむ構造というのは理解できない。今回の原因が何であれ、外れることを想定していない。そのまま落下するのは当たり前だ。
　このような構想であるならば落下防止のための装置が必ず必要だ。実際の「もんじゅ」がどうなっていたのかは説明を読んでもはっきりしないが、少なくても止め金具が外れただけで落下したようにしか読み取れない。このような単純な構造では、地震などで揺さぶられても簡単に落ちてしまう。
　全く異なるメカニズム（たとえば補助のワイヤや電磁石を使うなど）で、ツメが外れても容易には落下しない設計にすべきだったし、原発の場合はそうなっている場所も多い。
　真下がナトリウムの満たされたタンクで、もし落ちたら容易に目視点検も出来ない場所だと言うことに何の緊張感もない。
　「ツメが外れるはずがない」思い込みとしても実に低次元で安易だ。
　もんじゅの設計は随所にこのようなずさんな部分が目立つ。
　世界で最も制御が難しく危険な原子炉の安全設計は、世界で最もずさんだというのだから、言語道断である。
　このような原子炉を動かし続けてはならない。
　「もんじゅ」は廃炉しかない。
　
　
　　　──────────────────────────────ーーー
　
　今月（９月）の大きな行動
　　　　　　　ぜひ一緒にご参加下さい
　
　☆25日(土) 原子力空母ノー、２周年行動　１１時開始
　　　　　　　 横須賀ヴェルニー公園（京浜急行　汐入駅下車）
　
　☆26日(日) 臨界ヒバク事故11周年集会　13:30～　水戸市文化交流プラザ
　　　　　　　　常磐線　水戸駅
　☆30日(木) 原子力大事故をくり返すな・臨界ヒバク事故11周年
　　　　　 東京圏行動
　　　　　 10:00～11:00　追悼と抗議
　　　　　 経済産業省別館前(原子力安全・保安院前)
           18:00～21:00　講演　槌田敦さん、大泉夫妻　          
───────────────────────────────
◆新作パンフ『浜岡原発震災を防ごう』(No82)発行！
　－浜岡原発差し止め裁判で明らかになったこと－
　－迫り来る地震と浜岡原発の危険－
　　Ｂ５判　24頁　頒価400円
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion120 :100906〕
]]></description>
		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2856</link>
			</item>
	<item>
		<title>ある感想から　（一）～（四）</title>
		<description><![CDATA[ある感想（四）  9月6日
この本のことを少し引用してみます。「先ほど触れた。マルクスが『資本論』で示した三大階級、地主、資本家、労働者の話に戻りましょう。彼は資本の論理さえ解明すれば世の中はすべて分かるんだというモデルを設定しました。其れは意味があります。お金の問題、つまり経済の問題を抜きにして人間は生きていけませんよね。その論点を明白にするために、経済以外の要素を切り捨てる必要があると考えたのでしよう。そのために官僚という階級を見落としたとも言えます」（誰が日本を支配するのか！？）。これは佐藤優の発言がマルクスが経済過程の分析をちるときは、共同幻想などの国家領域は意識的に捨てたということです。それを無視したということではありません。同じことを吉本は『共同幻想論』で述べています。共同幻想の領域を析出するには経済過程は捨てられると。これは、僕らが社会の総体（国家と社会）を本質的に把握しようとするとこうした方法的自覚が必要ということです。本質的な把握というのは抽象力によるのですが、それはこうした自覚を必要とするということです。
僕が官僚という存在の把握の重要性に気がつく契機はいろいろあるのですが、その一つに日本の国家権力の把握をやろうとしたことがあります。明治維新の分析もそうでした。従来のマルクス主義的な国家権力の把握は社会階級の分析から出発します。例の明治維新をブルジョワ革命か絶対主義革命かとみる労農派マルクス主義と講座派マルクス主義の見解はその典型です。これは資本主義の発展段階から規定しようとしたのですが、国家権力の側からの規定がないことに気がつきます。明治維新の段階でブルジョワジーは階級としては存在していなかったし、豪商や豪農などがいてもさしたる役割を果たしたとは言えません。明維維新の中心的役割を果たしたのは封建諸侯の家臣団であった下級武士でした。彼らの役割を念頭において明治維新をとらえるとどうなるのかという意識において明治維新をとらえてみようとすると、ブルジョワ革命説も絶対主義的革命説もどこかズレていると思いました。これは例の三二テーゼと呼ばれる天皇制権力の分析にも関係していくのですが、僕は明治維新を共同幻想の構成転換という視点で把握し直そうとしたのですが、日本の国家権力の歴史的構成という考えの必要を感じました。日本の国家は天皇という権威（宗教的力）と政治権力（官僚的統治権力）の二重性という独特の形態をとるのですが、律令官僚―封建官僚―近代官僚という国家統治を基盤にする存在をイメージするように成りました。国家権力を基盤にする日本の近代の展開を、マルクス主義的近代史とは別に描けるように思えました。現在を把握するために歴史の流れをつかもうとするのですが、歴史の流れの発見は現代の発見につながります。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion119 :100906〕
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ある感想（三）　　　　　　　　　　　　　　　　　9月４日
官僚のことが問題にされるようになったのは比較的新しい現象といえます。日本経済の高度成長の時代は日本の官僚（官僚制度）は絶賛されていました。日本的経営として日本の経営者が評価されていたのとおなじでしよう。官僚ということが問題にされるのは高度成長後の「失われた10年」（第二の敗戦期）からということになるのでしようか。世界的には冷戦構造の崩壊ということがあります。僕自身の思索というか、思考の歩みでは権力の析出ということから接近していったように思います。マルクス主義の社会対象化の方法（唯物史観や史的唯物論）では国家などの把握は経済社会分析（例の下部構造）から副次的に（上部構造）として導かれても、その本質的把握には至らないと考えてきました。こういう方法を避け、マルクスの初期の国家についての認識に依拠しながら展開されたのが吉本隆明の共同幻想論でした。国家の本質は共同の幻想であり、これは経済過程（社会過程）を排除して把握できるし、それとはある構造を介して関係づけられるとするものでした。吉本はこれで『共同幻想論』を書いているのですが、これは起源論の段階にあり、現代のところまで引き寄せたらどうなるかが僕の問題意識であり、ここで官僚ということが対象になってきたのです。
国家の本質は共同幻想であり、それは世界史的には「宗教―法―国家」という構造的な流れにありますが、この流れの過程はそれぞれの国家で錯綜的に現れてきます。ヨーロッパの中でもイギリス、フランス、ドイツは構造的には異なる展開をしてきましたし、日本では近代以前の側面と影響が強く国家（国家権力の構成）では特徴があります。国家の宗教的要素と法的要素の関係、政治的要素（ナショナリズムなどは政治的要素）との関係は錯綜しており、複雑です。これは明治維新以降の近代史みれば明瞭ですし、天皇制のことを見てもいえます。
経済社会過程から政治過程を導きそこから革命戦略や綱領を策定するのがマルクス主義の方法で、そこで二段階革命あるいは一段階革命という戦略が出てきます。これは資本主義の発展段階に規定されるものとしてあり、日本の近代史の段階分析が出てきます。ここから明治維新や天皇制の規定も出てきます。これはロシア革命の後にコミンテルンで出てきた革命戦略論が日本も移入されたものですが、僕はこういう考えに興味を失っていますし、それが有効であるとも思っていません。国家の構成を本質的に、また構造的に析出し、その革命の構想を導けないのです。官僚ということが視野の対象になかった理由です。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion117:100904〕
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ある感想から（二） 9月2日
僕らはかつて何を対象にして闘っているのか、何を目指して闘っているのかということで苦しんだ経験があります。1969年段階の中央権力闘争ということでも、沖縄闘争でもいいのですが、このことで苦しみもがいた経験があります。ある意味でこのことは現在も継続していることです。当時は僕らの現実感覚（表出感覚）にはある種の確かを実感していたにしても、それがどのような指示（指示表出）を確証しえていたかというと、あやふやではなかったかと思います。現実感覚といのは現実意識でもいいし、政治行動を支えていたものです。これに対して指示表出というのは対象を指す言葉であります。僕らは政治行動をする場合にこの二つを必要とするのですが、そこに矛盾というかアンバランスなものを感じていたように思います。
ここで僕が指示表出という言葉を使ったのはいきなり綱領とか革命戦略という言葉を使いたくなかったからです。綱領と革命戦略というのは基本的には何を対象に、どのような過程を持って社会を変えるかという言葉です。指示表出は言葉の基本的な概念ですが、これは革命と社会変革を指す言葉でもあります。
綱領とか革命戦略、革命戦術という言葉があり、また理念から現状分析までの幅があります。社会の総体を対象的に析出しようとすれば、構造的に幅が必要であるし、抽象度の違う概念を必要であるとするからです。また、歴史としては段階的な把握を必要とすることです。
革命戦略から戦術に至るまで、最大限綱領から最小限綱領に至るまで社会を変えて対象と過程を指示表出として見ればいいわけですが、この場合の見方（思相）として僕はマルクスの立場とマルクス主義の立場を区別しました。マルクスの立場は社会を対象的に把握する領域ごとに投げ出されるようにあり、マルクス主義は総合化して把握するようにあります。社会を総合的に把握するにはマルクス主義の方がいいように見えるのですが、その方法（枠組み）に歪みがあり、対象的な把握としては問題がるのだと思います。
革命戦略（戦術）や綱領ということが知識人の間に浸透したのは昭和初期からですが、コミンテルンの影響下で出てきており、マルクス主義の枠組みにありました。労農派マルクス主義、講座派マルクス主義、旧左翼、新左翼といろいろありましたが、これらを総体として左翼といえば、これはマルクス主義という枠組みにあります。この革命戦略や綱領という事が、指示表出の言葉として社会とその変革の過程を対象的に捉えているか、どうか疑問です。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion112:100902〕
 
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ある感想から（一） 9月1日
佐藤優×魚住昭を責任編集とする刺激的な本が同時に3冊出ています。『誰が日本を支配するのか？！』（マガジンハウス）です。
この本の1冊に『政治とメディア』があります。この中で佐藤優は冒頭の対談「日本の政治はどこへ行くのか」で面白い問題提起をしています。官僚を階級として析出しているのです。官僚はヘーゲル的には国家の肉体という事ですし機関です。国家の本質は共同幻想でその肉体、あるいは機関が官僚といういいかたでも間違いはありません。この指摘の中で佐藤は官僚を社会から収奪し、再分配もするものとしていますが、ここで重要な点は彼が社会の三大階級（地主、資本家。労働者）とは出自の違うものとして規定している点です。官僚は国家を母体にし、基盤にしているわけで、社会を基盤にする階級とは違うとしているところです。これは社会的階級にすべてを還元し、そこから国家を、従って官僚をも捉える唯物史観と違っています。
マルクスは初期の国家論では共同幻想としての国家を析出し、後期は経済過程を中心に社会を分析しています。中期にはフランスの政治闘争を中心に政治分析を行っています。この三つの領域はレーニンによってマルクス主義の三つの源泉として総合化されているが、簡単に総合化できるものではあり得ません。僕にはそう思います。社会総体の対象化として構造的に深められるべき領域としてあると言うべきだと思います。このことはマルクスの思想を唯物史観のように総合化し定式化すれば、マルクスの思想を歪めるし、社会的現実を分析する場合に歪められた分析しかできないと考えてきました。マルクスの思想を総合的に受け継ぐことと、総合化され定式化されたマルクス主義を受け継ぐことは別のことだということでもあります。僕らが社会の総体を対象化しようとするときマルクスの思想は生きたものとして機能するが、マルク主義はそうではない事を意味します。（マルクス主義者による社会の対象化として優れた仕事があることと方法の問題は同じではありません）。
佐藤がこの本の中で提起している官僚＝階級論はマルクスの思想の総合的継承という線から出てきたもので、マルク主義の国家分析から導かれたものではないように思います。（これは僕の理解です）。要するに社会経済の動向分析から国家権力の規定や分析をしてはいません。社会的階級に還元する方法での国家（政治権力）ではない分析をしているのです。なかなか斬新でいいものだと思います。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion112:100902〕
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2764</link>
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	<item>
		<title>現在に対する見識と構想を　－いくらか長めの論評（１）～（２）</title>
		<description><![CDATA[「小沢一郎議員を支援する会」というのがあり、僕は世話人の一人に名を連ねていて9月3日にちょっとしたシンポジウムをやった。これは検察審議会に対する疑念を検討し、質問状を出すために準備してきたのだが、民主党の代表選中ということもあって盛況だった。僕らはこの間の検察のありようを批判してきたが、今回の代表選挙でも依然として「政治とカネ」のことが問題になっているのでそのことをもう少し述べて置きたい。
「政治とカネ」の問題は政党や政治家の政治資金収得と支出の問題であるが、これには多くのケースがあり、それぞれに応じて具体的に語るべき事柄である。権力にあるものが機密費を使って政治工作をやる場合から、権力を利用して政治資金の収得をする場合がある。これは政治倫理に反する行為であり、贈収賄などに該当する行為になる。今、問題にされているのは野党の政治家が政治資金規正法に関わる行為である。政治資金規正法に記載漏れがあったかどうかが問われている。これは政治家を逮捕や訴追するに値することか、政治倫理に反する行為かどうかである。僕は記載漏れのような形式犯は逮捕や訴追に値しないと思っているし、政治倫理に反するものとは思っていない。ここには政治の中のカネのありようについて自分の見解や判断があるが、僕はそれ以上に政治権力の中枢にいる連中がこれを政敵の追い落としに使うことに批判的である。かつて国策捜査と呼ばれる手法で小泉は鈴木宗男や田中真紀子、あるいは辻元清美などを追い込んだ。当時はまともな小泉や検察の批判はなかった。今回の小沢一郎の西松建設問題は厚労省の郵便事件とセットで麻生内閣が政敵攻撃として仕組んだものである。小沢一郎は「検察審議会」での処置がどう出ても逃げないで闘うと述べている。これは検察の超権力的な動きを阻止するために必要なことである。僕らは元検事・三井環の検察裏金暴露を阻むために検察が演じた驚くべき行為を知っている。そして誰もこの権力（官僚）の横暴を防ぐことは出来てはいない。僕は田中角栄がロッキード事件で裁判闘争を闘う意味がよく見えないところがあった。金権政治（巨悪政治）、綺麗な政治というイメージに疑念を抱いてもそれにまた囚われてもいたからである。今なら違う見方が出来る。マスメディアと官僚の側から流される金権政治批判が歴史的作られた政党政治批判であり欺瞞なく政治の中のカネの問題を解決する道を提起するものとは思っていない。代表選は政治的見識や政治構想の優劣で争われるべきだが、人気確保のためにこの問題を利用している側の政治手法が批判さるべきだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion118:100906〕
猛暑日・真夏日・熱帯夜など暑さをあらわす言葉がテレビのキャスターから聞こえてくる。本来なら秋の気配が感じられる日々だがそれはない。民主党首脳には一足先に秋風が吹き始めているのだろうか。政権交代から一年しか経たないのに代表選挙というわけだ。でも、はじまったのだから彼らの政治的見識と構想を明瞭にして支持を得るしかあるまい。僕は小沢一郎を支持し彼の方に幾分かの期待をしている。この理由についてはこの論評の中でも明らかにしたい。政治は現在の社会をどのような方向に持っていくか指示することであり、それが見識や構想としてでてくるのであれば、それを明瞭にしてもらいたいと思う。現在という時代と社会を対象化することが難しく、それを介して社会や時代の方向を指示することが困難であることを僕らも承知している。政治家も、とりわけ首相をめざしている人も事情は同じだと思う。だが、首相を目指すことはそれを語ることを要求されるのであれば精一杯それを示すしかあるまい。
今度の代表選にあたって奇妙な動きをしたのは鳩山前首相である。初めは菅を支持し、やがては小沢支持に変わり、途中では両者の妥協を画策したりもした。この奇妙な鳩山の行動には何があったのだろうか。僕はこれを菅や政府首脳の「他人の褌で相撲をとるような」行為に対する鳩山の怒りであり、ある意味で「政治とカネ」の問題への回答ではないかと思う。政権交代において小沢・鳩山・菅のそれぞれが役割を果たしたし、その中で小沢と鳩山のカネ（資金力）が麻生政権の兵糧攻めに打ち勝つに寄与したことは三者ともよく知っていたと思う。しかし、政権交代後には小沢と鳩山は旧政権からの報復というべき攻撃にさらされた。検察の政治資金の獲得についての攻撃にはマスメディアも合流し、背後にはアメリカの後押しもあると言われた。官僚、メディア、旧政権、アメリカの攻撃は「政治とカネ」の問題をスキャンダル化して展開された。鳩山や小沢は弁明に努めるだけで、この問題での闘いは阻まれた。何故なら、政治資金の収得や支出はタブ―であり、現実に進む闇の中の行為は公然とは語れない構造にあるからだ。これは「政治とカネ」の問題が現実とは別のところで語られ、欺瞞が横行する根拠でもある。政治の中でカネの果たす役割について政治家たちはよくわかっていても表だって語れない。語るとすれば綺麗か他者攻撃の素材である。これは現在の政治家たちが背負う矛盾であり、そこでは役割に対する沈黙の同意がある。小沢・鳩山・菅にはこの同意があったのを菅が裏切った。これへの鳩山の怒りがこの間の行動となったのではないかと思う。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion114:100902〕
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2776</link>
			</item>
	<item>
		<title>小沢一郎を見直した・・・　菅直人よりまし　－面白くなってきた民主党代表選－</title>
		<description><![CDATA[　民主党代表選挙が眼の前で展開している。ブロードバンドのおかげで、記者会見や立会演説会のライブが見られるオンライン時代である。ナマで見る小沢一郎、菅直人の表情や挙措動作は、新聞、テレビなど編集されたマスメディアの報道よりはるかに面白いし、伝える内容が濃い。筆者はこれまでどちらも応援する気になれなかったが、最近のライブ実演を見ながら小沢のほうがましかなと思うようになった。どうも菅にはパワーが感じられないのである。両者とも民主党政権による「官僚政治脱却」を唱えている訳だが、小沢発言の方にリアリティーが感じられるのだ。
　これは昨年来の大手新聞の小沢バッシングがあまりに強烈だったことへの裏返しでもある。朝日新聞が小沢立候補を伝えた８月２７日の社説は「あいた口がふさがらない」との見出しで、政治とカネの問題を抱えた小沢の立候補は民意とかけはなれた行いと断罪した。昨年来、小沢の秘書たちが政治資金報告書の虚偽記載の容疑で東京地検特捜部の捜査を受けて起訴された。小沢本人も特捜部から事情聴取を受けたが不起訴となった。しかし、この事件に関する大手メディアの報道は一貫して、推定無罪の司法原則を無視した「小沢断罪」風だった。
　９月２日に行われた日本記者クラブ主催討論会で質問した大手４紙のベテラン記者は、まるで小沢“被告”を訴追する“検事”のように見えた。しかし小沢は悪びれた風もなく、秘書が逮捕されて以来辛く厳しい１年あまりを過ごし、自分も検察の捜査に協力した結果犯罪事実はなかったと認定されたのだから結果としては良かったと思うと、余裕綽綽で淡々と答えていた。このやりとりを見ていて、ベテラン記者諸氏は思い込みが強すぎるのではという感じがした。
　このように感じたのは筆者だけではない。以下に筆者の愛読するブログ「阿智胡地亭の非日乗」（http://blog.zaq.ne.jp/achikochitei/article/1779/#BlogEntryExtend）の一部を引用する。
　「ライブ放送を見た結果として小沢さんを見る目がかなり変わった。ＣＭが入らず、放送局が切り貼りで、意図的な編集が出来ない生放送は、従来の自分が持ってきた（従来の記者クラブ系メディア経由で）印象をかなり変えた。」
　
　「感じたことは、記者クラブ系メディアの反小沢の姿勢の露骨さと、小沢一郎と言う政治家が、反官僚、脱官僚の思いをますます強固にしている、ということだ。」
　「今日の公開討論会で、大手マスコミの４人の記者の代表質問を聞いて確信したが、４人は民主党内部の内輪もめを煽り、使い古しのカネの問題を持ちだし揺さぶりをかけるだけで、彼ら記者たちに国民（くにたみ）の視点、立ち位置で、二人の候補者に、この国をどう持っていこうとしているのかの核心的、本質的質問は一切なかった。」－引用終わり－
　政治ジャーナリスト瀬戸栄一氏のブログ（http://chikyuza.net/n/archives/2791）が、同じ討論会について触れているので、一部を引用しよう。
　「会場の記者たちを含め全国中継のテレビ画面を見つめる有権者にとって、圧倒的な興味と関心の対象になったのが小沢一郎氏である。その結果、根っからの『小沢嫌い』の人々は別として、長い間政治の中心にいながら『政治とカネ』とか政局裏工作専門の剛腕政治家というイメージに覆われて、その『正体』がいつまでもはっきりしなかった小沢氏が、意外や意外、カリスマ性と貫禄十分の政治家であることが多くの視聴者に鮮明になった。」
　「剛腕、ヤミ将軍、恫喝する強面政治家、東北人独特のシャイで口下手、二人だけの場での説得工作の天才、猛獣、独裁者、公共事業の配分を牛耳るカネまみれの古い政治家－。他方では９０年代にベストセラーとなった著書『日本改造計画』では日本人の自立性の弱さを指摘し、官僚批判と政治主導を説き、国連中心主義の安保政策を何度も訴えた。平等・対等の日米同盟関係と中国重視も自説の中心だった。」
　「この個性的な人物が最高指導者になれば、あるいは日本の政治家の不評が覆り、国際的にも再評価を受けるかもしれない、というのが筆者の率直な感想である。参院選で大敗を喫した菅首相では、受けたダメージがあまりに大きく、ひたすら難局を乗り切るのが精一杯、野党に追い詰められると政権の持続は不能ではなかろうか。」―引用終わり－
　公示日以来大手メディアは連日のように、一般国民を対象に小沢、菅のどちらを支持するかの世論調査結果を発表している。一例を挙げると、９月３日に日本テレビ系列（NNN）が発表した世論調査（１～３日電話調査）では、菅直人72％、小沢一郎16％という数字が出ている。メディアの調査ではこの傾向は共通で、どの調査も菅が一方的にリードしている。
　ところがインターネットを通じてウェブサイトが独自に行っている投票では、全く逆の傾向が出ている。これも一例を挙げる。当代随一の人気を誇る「きっこのブログ」が8月31日に行った緊急アンケートでは、菅直人２７６票、小沢一郎１５４６５票という結果が出た。ネット読者だけとはいえ、１日に１万５千人以上の人がこのサイトを訪れて“投票”したというのだから凄い。その他のサイトが独自に行った人気投票でも、結果は小沢が圧倒的にリードしている。伝統的な大手メディアと新興ネット・メディアではこれほど反応が異なるというのは驚く。現代日本のコミュニケーションを解くカギとして、伝統メディアとネット・メディアの乖離を研究する必要がありそうだ。
　それはさておき、つい先日までは「ダーティー小沢」を嫌っていた筆者自身が、なぜ小沢擁護に傾いてきたのだろうか。一つには菅直人に失望したからだ。鳩山・小沢のダブル退陣を受けて政権に就いたこの３カ月間の菅のお粗末さ。曰く「ギリシャの轍を踏まないためには消費税上げも」と、昨年の総選挙マニフェスト「消費税は４年間上げない」を事実上反古にしてしまった。さらに菅は政権発足時、普天間基地問題でも辺野古移設を明記した５月の日米合意踏襲を宣言した。「官僚政治の打破」は口にするが、これでは財務官僚、外務・防衛官僚の言いなりではないか。
　目下日本経済の最大の問題はデフレだ。消費税を上げたら内需はさらに冷え込み、デフレ脱却はさらに遠のく。未だに外需頼みの日本経済は、この急激な円高に青息吐息だ。如何にして内需を拡大するかが当面最大の課題だというのに、菅は（多分）財務官僚の振り付け通り、財政改善を優先しようとする。日本の大企業は総額何百兆もの内部留保を持っているのだから、円高の下でこそ海外への資源投資や、内需拡大に役立つカネの使い方をするべきだという小沢の言い分の方がまっとうだ。
　問題の普天間基地について小沢の立場はこうだ。日米合意を白紙に戻せとは言っていないが、沖縄県民が辺野古移設に強く反対している現状では、現実問題として辺野古移設を強行できないのだから、日・米・沖縄の三者でもう一度話し合う以外にない。至極当然のことだ。辺野古移設を大前提に、できるかどうか分からない沖縄の負担軽減を言っている菅より、ずっと筋が通っているではないか。
　米国は、沖縄の海兵隊の主力をグアムに移転するという大方針を立てている。その上で、数年後に実用化されるはずの新型垂直離着陸機「オスプレイ」用の海兵隊基地を辺野古に新設したいという、言って見れば贅沢な要求にこだわっている。これまでの日米交渉の歴史から、アメリカ側は何事でも強く出れば日本は譲歩すると思い込んでいる。しかし、もし小沢が首相になれば、アメリカにとって手ごわい相手になるだろう。例の日米ハンドラー、マイケル・グリーン（前米国安全保障会議日本部長）が早速小沢立候補にケチをつける発言をしたが、こんな発言を聞くにつけ、菅でなく小沢にオバマときちんと話し合ってもらいたいと思う。
　とまあ事の次第で小沢擁護論を綴ってきたが、筆者自身小沢の本質を理解して弁護している訳ではない。「官僚に日本の行く末を任す訳にはいかない、国民に選ばれた政治家が日本の将来を考えて決断しなければならない」という小沢の主張は尤もだと思う。しかし小沢は本質的には保守政治家で、憲法９条を含めた改憲論に賛成だし、国連安保理決議さえあれば自衛隊はどしどし戦闘任務でも海外出動すべきだという論者だ。経済政策としては新自由主義路線に近いことをかつては主張していた。しかしこの人の真骨頂は、イデオロギー性が薄いところにあるような気がする。　　　　　

初出：「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1043:100906〕
　　　　　　　　　　

]]></description>
		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2832</link>
			</item>
	<item>
		<title>広瀬隆氏「原子炉時限爆弾」発刊</title>
		<description><![CDATA[たんぽぽ舎です。【TMM:No955】
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　転送歓迎です
　　　　「もんじゅ」の失敗は１００％保証済み
　　　　夢の原子炉ではなく、悪夢の原子炉だ－広瀬　隆
　　　　新著『原子炉時限爆弾－大地震におびえる日本列島』
★１　広瀬隆さんが、８月28日ダイヤモンド社から、15年ぶりの反原発書を出版
された。題名は、『原子炉時限爆弾－大地震におびえる日本列島』。７月に集英
社新書として出版した『二酸化炭素温暖化説の崩壊』につづく、鋭く、的確な指
摘の警世の書である。（両書とも、たんぽぽ舎で扱い）。その『原子炉時限爆弾』
の中で、先日、お粗末で重大な事故を起こした、「もんじゅ」について、「もん
じゅの失敗は、100％保証済み」という２頁半の鋭い、今回の事故も予見したか
の記事がある。その要旨を紹介します。
★２　もんじゅの失敗は、百パーセント保証済み(本文252～254頁)の要点。
　核分裂しやすいプルトニウム２３９がブランケットに生まれ、実に98％という
高濃度になり、原爆製造に必要な93％よりはるかに高いプルトニウムが得られる。
そこで、核保有国では、高速増殖炉の開発にしのぎをけずることになった。つま
り高速増殖炉は、核兵器用のプルトニウム製造炉としてスタートした、文字通り
原爆製造用原子炉である。これに成功すれば、核分裂しないウラン２３８を使っ
て、原子力発電でも燃料を100倍以上使え、ウランが40年で枯渇しても、“夢の
原子炉”高速増殖炉があれば、4000年以上も資源を使える。ところが、そうはな
らなかった。
　まず、先端をきっていたアメリカが、1955年、1966年と炉心溶融事故を起こし、
開発から30年後に、全面的に断念。イギリス、ドイツ、フランス、ロシアもすべ
て、重大事故を続発して、開発をついに断念した。“夢の原子炉”は“悪夢の原
子炉”だったのだ。残った日本も、発電開始後３ヶ月あまりで、ナトリウム漏洩
で、火災事故をおこし(1995年12月)、文殊がお釈迦になった！　
　こうした原因は、冷却材に水を使わず、液体ナトリウムを使用していることが
致命的といえる。
　福井県のもんじゅでも、先進国型の事故を踏襲するのは、時間の問題。
　さらなる無謀さは、原子炉の立地条件にある。福井県敦賀市白木地区である。
もんじゅの敷地の真下には、長さ15kmの白木－丹生断層が走り、原研機構も認知
した。25年前に、耐震性450ガルで設計、竣工されて以来、760ガルにまで耐震性
度がひきあげられているのに、本質的には、強度強化はできないまま。
　この一帯は、琵琶湖の東岸沿いに、日本海まで山のような断層群があり、柳ヶ
瀬・関ヶ原断層帯は、全長が100kmにも達するので、マグ二チュード８を超える
大地震の震源域。
───────────────────────────────
◆新作パンフ『浜岡原発震災を防ごう』(No82)発行！
　－浜岡原発差し止め裁判で明らかになったこと－
　－迫り来る地震と浜岡原発の危険－
　　Ｂ５判　24頁　頒価400円
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 たんぽぽ舎のホームページと電子メールアドレス変更のお知らせ
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問題への見解などを敏速に多くの人たちへお知らせしたいと考え
ています。
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たんぽぽ舎の最新の活動案内・情報・見解等をお送り致しますの
で、ごらんいただくと幸いです。
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すが、ご返信願います。
　次回からリストよりはずさせていただきます。
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]]></description>
		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2829</link>
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	<item>
		<title>2010/09/09変革のアソシエ・近現代史講座　第４回「東京裁判と日本国憲法」</title>
		<description><![CDATA[ 件名講座の「第４回　東京裁判と日本国憲法」を以下のように行います。ご都合のつく方は、どうぞ、ご参加ください。 
 
●日時　　９月９日（木）18:30～ 
●内容　　　東京裁判経過・内容と日本国憲法の制定過程を追いながら、なぜ、「戦争責任」「植民地支配責任」が曖昧になってしまったのか、それは敗戦後６５年の現在、どんな意味を持っているか、考えていきます。
 
●参加費　1000円 
●場所 
 東京中野・協働センター・アソシエ 
 
 東京都中野区中野２－２３－１　ニューグリ－ンビル３０９号　　　　中野駅南改札口１分 
 電話　０３－５３４２－１３９５　ファックス　０３－６３８２－６５３８
 
 
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2821</link>
			</item>
	<item>
		<title>内村鑑三 : 日本の基督者になる――先人の営みから――（４）</title>
		<description><![CDATA[　札幌に観光スポットの時計台がある。今では周りのビルに埋もれそうになっている。その２階に明治の北海道開拓時代を伝える展示室がある。そこをちょっと注意してみていると、「イエスを信ずる者の誓約」という文書を見ることができる。1876年（明治9年）に開校された札幌農学校の生徒と職員が作成したもので、キリスト教を信じ、６個の誡めを自らに課し、団体を作ることを約束したものである。日付は1877年3月5日で、７回にわたって署名が続く。署名者は全部で31人。その一つにＫ．Ｕchimura、つまり今回取りあげる内村鑑三の名がある。内村は農学校に来る前には八百万の神々を信じていたのであるが、キリスト教の唯一神に改宗したのである。
内村はどうやって基督者・内村になっていったか
　前回にあげた山路愛山もクリスチャンであったが、俗界のことに関しては現実的であった。彼は日露戦争を肯定して日本の帝国主義化を認める。それに対して、内村は同じく「基督者」（一般の教会と区別して独立的であることを示すための書きかた）であったが、国際紛争の解決にさいして武器をもってする解決は暴力を根絶することにならないと考え、日露戦争に反対する。彼はその前の日清戦争については専制の中国とヨーロッパ帝国主義を打破する正義の戦争であると認めていた。しかし日本は勝った後に傲慢となり、裏切られた感じをもつ。その彼は聖書の見返しに、Ｉ for Japan ; Japan for the World ; The World for Christ ; And All for Godと書きつける人であった。そこにも窺える彼のナショナリズム批判＝非戦思想は非国民扱いされる。それが評価されるようになるのはアジア・太平洋戦争で日本が連合国に負けた後である。愛山はこの内村と対照的であったが、内村の文章の面白さには感心し、それは「自己の心を以て人の心に刻む」からだと認めていた。
　内村の信仰であるが、そこには独特のものがあった。最初、彼は青年の熱情にまかせて「誓約」に署名はしたのであるが、それは何度もの迷いと試練をへて、あの「接ぎ木」の考えに進化していく。そのことを『基督信徒のなぐさめ』（1893年、明治26年）と『余は如何にして基督教徒となりし乎』（1895年、明治28年）を参考にして追ってみると、こうであった。改宗後の彼は欧米を「はるかなさいわいの国」と理想化し、反対に日本を木石信仰の堕落した国と軽蔑する。よくあったキリスト教徒の態度である。これではまだ本当のキリスト信仰とは言えず、「祈り」にもなっていないのであるが、そのことは彼がアメリカに渡って実際に触れることによって痛感するようになる。その経験の数々……シカゴで入ったレストランで給仕に親切にされ停車場まで荷物を運んでくれるが、お礼を言って別れようとすると、手を出してお金を要求される。それから、洋傘を盗まれる、家々の家具は鍵だらけ、「愛」の信徒なのに黒人に対しては人種差別、そしてミッション報告のいやらしさ。アメリカはキリスト教の教えが実現している国ではなかった。そこで彼は自分を振り返ってみる。すると、気づくことがあった。
　１）①日本の神々はけっして暗いものではなく、月のように清らかであり、儒教には捨ててはならない武士魂がある。②自分の信仰は外面的であって精神的でなかった。とくに②について。内村はキリスト教を豊かで自由平等の文明国の宗教だからということで信じていたのである。彼はキリスト教を信ずればアメリカのような文明国になれると思っていた。信仰は外的な印によってでなく、内的な信仰によって固められるべきなのに。こういう反省をへて彼の本当の闘いが始まる。内村は自分が異教の国の人間であることを自覚する。その異教徒がキリスト教を受け入れるには本国の人間が受け入れる以上の疑惑に取り囲まれる。キリスト教の本国の人間であれば、すぐ「愛」を口に出す。しかし日本人にはその隣人愛なるものは分からない。その分からない日本人が大変な障害を克服して回生したら、それは本国人以上に固い信に向かうことができる。それこそ異教徒の特権である。彼はその後こういうふうにしてキリスト教を自分のものにしていく。十字架上のイエスによる贖罪によって罪人のなかの罪びとであった自分が生き返るという経験。
　２）内村の基督教はプロテスタントのカルヴィニズムであった。日本ではキリスト教は今日に至るまでもそうであるが、絶対少数である――韓国と異なる点。啓蒙家の福沢諭吉はキリスト教の四海同胞の考えに違和感を覚え、今の日本に必要なのは国民主義であると非難していた。でも少数派でもキリスト教は日本の思想に大きな影響を与え続けてきている。内村の基督教は日本が欧米文明と接触し、化学反応を起こした結果うまれる。それは儒教の教えや武士魂を「台木」として、それを完成させるために基督教を「接ぎ木」するというものであった。これは海老名弾正のようにキリスト教を日本に土着させるために日本化したのとは方向が違う。彼はこの考えに至りつくまでにたくさんの障害にぶつかる。
二宮金次郎は日本のピューリタンである
　内村は欧米にむけて『日本及び日本人』（1894年、明治27年）を書き、日本人の善き性質を世界に知ってもらおうとした。西郷隆盛、上杉鷹山、中江藤樹、日蓮上人、それと並べて、二宮尊徳。この二宮論に注目してよいものがある。
　二宮尊徳と聞いて、私たちが思い浮かべるイメージは少年期の金次郎の物語である。今でも小学校には薪を背負って本を読みつつ歩いている銅像があるだろう。それは勤勉努力の象徴である。子供に修学を勧めるには格好のものであり、いかにも教育的である。いまの若者はこの銅像を見てどう思うだろう。古臭いであろうか。……でも内村の紹介する尊徳にはやっぱり見失ってはならないものがある。前回の山路愛山の場合とは別に、ここでも倫理と経済とが関連づけられていて面白い。
　内村は宗教者であるから富に対して厳しい。聖書には金持ちが天国に入るにはラクダが針の穴を通るよりも難しいという話がある。文学者の漱石も『吾輩は猫である』のなかで成り上がりの男を軽蔑しているが、内村の厳しさの比ではない。ところがよく見てみると、は内村は信仰や倫理に反する金もうけには厳しいが、信仰や倫理の結果である財産は認めている。天道の自然法則と人道の社会法則に従って得られる富は許されるのである。次のものは彼が晩年に長野県の星野温泉の主人・星野嘉助氏に書き与えた「成功の秘訣」である。
　一、自己に頼るべし、他人に頼るべからず。
　一、本を固うすべし、然らば事業は自づから発展すべし。
　一、急ぐべからず、自働車の如きも成るべく徐行すべし。
　一、成功本位の米国主義に倣ふべからず、誠実本位の日本主義に則るべし。
　一、濫費は罪悪なりと知るべし。
　一、能く天の命に聴いて行ふべし。自ら己が運命を作らんと欲すべからず。
　一、雇人は兄弟と思ふべし。客人は家族として扱ふべし。
　一、誠実に由りて得たる信用は最大の財産なりと知るべし。
　一、清潔、整頓、堅実を主とすべし。
　一、人もし全世界を得るとも其霊魂を失はゞ何の益あらんや。人生の目的は金銭を得るに非ず、品性を完成するにあり。
　ここには幾つも興味深い事項があり、内村がプロテスタントであったことに納得できるのだが、それらについては省略する。3番目などはスピードを出す車に乗せられて閉口したのであろうか。4番目と7番目は1980年代の日本的経営をめぐる議論を思い起こしてしまう。
　内村は尊徳について富田高慶の『報徳記』（1880年、明治13年）と福住正兄の『二宮翁夜話』（1886年、明治19年）を参照しているので、私もそれに倣う。また『後世への最大遺物』（1894年、明治27年）も参照する。尊徳の生涯の本領は人心の荒れた貧窮の村々を更生させた仕法にあるのだが（――天下国家を論じることとは別にこういう村の再生の事業は価値があるのだが、地域振興は説かれ、欧米の実験はモデルとして盛んに勉強される今日、身近にあったことが参照されないのはいかにも淋しい）、ここではおなじみの金次郎少年の部分をとり上げる。われわれ日本人がよく知っている話であるが、内村の読み方には独自のものがある。おさらいのつもりで、『日本及び日本人』を開いてみよう。
　金次郎は1787年（天明7年）に生まれ、1856年（安政３年）に没している。生は平、名は尊徳。金次郎は通称である。その金次郎は3人の男兄弟の長子であった。父は善人であって困っている者に施しをすることが多く、祖父がせっかく築いた財産をつぶしてしまう。そこへもってきて災害と重い貢租である。親はその貧苦のなかでもなんとか子供を育てる。後に尊徳はそのことを想いだして感泣するくらいであった。金次郎少年、お酒が好きな父のために働いて毎夜１合をすすめるほどの孝行息子であったが、彼が14歳のときに父は亡くなる。そのあと彼は母を助けて兄弟を養うために山に入って薪をとり、それを売って養育費に充てる。その時に彼は『大学』を声を出して読んでいた。読書が好きだったのである。百姓が本など読んで何になるという世のなかである。村人は彼を「きじるし」と思う。その彼が16歳のときに母親も亡くなる。そこで兄弟は分けられ、金次郎は隣の伯父万兵衛のもとに預けられる。この伯父はけちであったので、３年後に金次郎はそこを去っている。金次郎は昼間は伯父のために働くが、夜は『大学』を読んでいた。父祖伝来の家を再興するには文字が読めなくては駄目だと思ったからである。伯父はそれをとがめて言う。お前を養うにはお金がかかっている。お前の働きではまだ足りない。それなのに夜に貴重な油を使っている。実益にならないことをするな。そこで金次郎は考える。では独力で勉強しようと決める。川べりに「無主の地」を見つけ、そこに油菜の種をまく。それを収穫すると７，８升となる。それを市で売り、そのお金で燈油を得る。彼はそれを使ってまた夜に勉強をする。伯父はそれをまたとがめる。お前が自分で求めた油は俺の費用ではないが、本を読む時間は俺のものだ。深夜まで縄をなってわが家を助けよ。そこで金次郎、休日は自分のものであることを利用する。彼は休日に「洪水で沼地となっているところ」を干拓して稲田にする。そして「捨ててあった余りの苗」を植え、秋に一俵の米を得る。これは完全に金次郎のものである。この一俵がその後の金次郎の活動の資金となり、伯父の元を去って独立を試みていく際に役立つことになる。
　以上の話で気をつけることがある。「　」にしたところである。それはあの重い貢租の時代に、何の公課もかけられず金次郎のものになったのである。菜種であり、お米である。封建時代でもこのような抜け穴があったのである。金次郎はそれを知っていたのである。彼が財産を作るには時の制度に対する知識があったからであって、すべてが勤倹力行に拠るものではない。私はこのことを奈良本辰也の『二宮尊徳』（1959年）から知った。
　これに対して内村は違った読み方をする。傍点部分に注意せよ。それは日本の学校教育では教えなかったことである。金次郎は封建倫理のなかにいる。その倫理は主君に忠で親に孝であるが、彼はそれに反抗せず、それに従うことで独立を得ていく。彼は伯父から2度叱られるが、それを「道理」と受け止める。家の再興のためには他人の厄介にならず独立せねばならなかったのである。そして伯父のとがめを聞きつつ、他人の油でなく自分の油を求め、他人の時間でなく自分の時間を用いて自分の米を得ていく。その油と米は「正直なる労働の報償として「自然」から直接に受けたもの」であり、「労働の価値」を示すものとなる。人は誠実で正直な労働をすれば自然からそれ相応の報いを得ることができる。
　内村は金次郎の行動に「清教徒の血」を見てしまう。初期プロテスタントの禁欲「倫理」は西ヨーロッパ近代の資本主義の「精神」となっていくのであるが、内村はそのことを先駆的に見ていたのである。
　尊徳は国家批判をするのでなく、村の更生に生涯を捧げたのであるから、明治政府にとっては好都合な人物であったであろう。でも眼の前の困窮を救うことは国家の革新を考えるのと同じく、意義のあることではなかろうか。
　再び「富と徳」について
　内村にはそのものずばり、「富と徳」と題した論説がある。それによると次のようである。『基督信徒のなぐさめ』第5章とあわせてみる。
　彼は貨幣は富ではないと言う。これは常識と異なる。普通はお金持ちが豊かな人である。では何が富なのか。富は貨幣をもって買った商品の使用価値のほうにある。その商品を個人的に使用するときにもたらす力のことである。でもそれだと、その力はお金持ちほど得られることになり、結局お金が富とならないか。内村はその起こりうる反論に対してこう弁じる。「富とは心の満足を言うなり」。すると富とは人の主観的な気分を言うのか。彼の説明はこうである。100万円の欲望を持つ人には50万円の商品では貧しいであろう。10円の欲望を持つ人には20円の商品でも豊かとなるだろう。人の貧富は相対的なものであって、心の持ちようで決まる。こうなると貨幣はどういうものか。内村にとって貨幣は生活必需品を買うための手段であって、富をため込むためのものではない。要するに蓄蔵貨幣ではない。貨幣で買う財にしても、道楽や放蕩に使われる物ではない。ところで財にはこういう使用価値もある。それを持って消費することでその人の社会的な地位を示すという力もある。内村はこういう富をも批判する。世間が褒めてくれるという理由で消費するのでは本当の富にはならない。富は心の独立とつながるように消費してこそ、何物にも代えがたい愉快が生ずるのだ、と。
　以上の内村の「富と徳」の関係論を少しばかり専門知識をひけらかして整理すればこうなる。彼の富の考えはヨーロッパ経済学史のなかでは古典派スミスのものに近い。スミスは重商主義の富観を批判した。重商主義は貨幣こそ富だ、それは貿易差額の黒字に示される主張した。スミスはその考えを批判した。富は貨幣で買われる商品のほうにある、消費財の豊かさにある。それを得るには労働生産力を増大させればよい、つまり分業を拡大深化させればよい。また国民のうちで生産的労働者の占める割合を大きくすればよい、そのためには生産で用いられる資本を増大させればよい。これがスミスである。これで分かるようにスミスはかなり資本主義的である。内村はスミスとは違って文明批判的な要素もあるから、Ｊ．Ｊ．ルソーのほうに近いといえる。ルソーは独立生産者的な富観をもっていた。ついでに社会思想史的な知識を持ちだせば、内村は三井・三菱の財閥や古河財閥のような政商的活動による財産づくりや豪華な散財を嫌い、明治政府の商工業重視の富作りを批判しているのである。
　富の源泉は正直な労働をもって自然に働きかけることから生まれる。内村はこの考えを個人のレベルだけでなく、一国全体にもあてはめる。『後世への最大遺物』（1897年、明治30年）においてである。彼はヨーロッパの近世以来の世界を見渡して、そこに繰り広げられた諸国の興亡は道徳によって決められたと言い切る。昔は国富はスペインやポルトガルのように金銀鉱山を所有する国のものであった。それが近代になると、オランダやアメリカ合衆国が進出してくる。これらは金銀鉱山をもたないプロテスタントの国である。国富はプロテスタント的な勤労と禁欲の道徳のある国で生みだされていく。
　この富論は後の大塚久雄に受け継がれる。しかし、それは17・8世紀の初期資本主義期には当てはまっても、19世紀に確立した時になると当てはまらなくなる。
 〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
 〔study322:100903〕
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		<link>http://chikyuza.net/n/archives/2814</link>
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