3月7日「21世紀型社会主義のために」伊藤誠報告予稿 世界資本主義フォーラムのご案内
- 2020年 3月 2日
- スタディルーム
- 世界資本主義フォーラム伊藤誠
3月7日の世界資本主義フォーラムは、予定通り実施します。会場の入り口に、消毒用のアルコールが置いてあります。入室・退室の際は、かならず、手を入念に消毒するよう、お願いします。
21世紀型社会主義のために 伊藤誠
1.『資本論』の社会主義論
マルクスの主著『資本論』(1867,85,94)は、労働力を商品化して市場経済を社会内部の編成原理に徹底した資本主義のしくみと運動法則を、その特殊な歴史性と内的矛盾とあわせ体系的に解明した社会科学最高の古典のひとつをなしている。そこには、挫折したソ連型社会主義に代わる21世紀型社会主義の多様な可能性を考察する理論的手掛かりも幾重にも示唆している。4点を例示的に。
(1)科学的社会主義を創始したマルクスの主著は、それに先立つ初期社会主義者たちの著作と異なり、社会主義についての具体的プランは示していない。むしろ終始、資本主義市場経済が特殊な歴史性をともない成立・発展する原理の考察にあてられている。社会主義にとってそれはなにを意味するか。二つの解釈が生じてきた。そのひとつは、生産手段を公有化して生産と消費を計画的に組織する社会主義では、資本主義を考察対象としている経済学は使命を終えて、使用価値の投入、産出、配分が技術的に計画されればよいことになるとする見方である。もうひとつの解釈は、資本主義がのりこえられてゆくさいの主体的労働者運動の歴史的諸条件、産業基盤の相違などに応じて、社会主義への道は唯一の道があらかじめ定められるかどうか。山川均(1956)や宇野弘蔵(1957)も述べていたようにその道は一つではなく、多様な政治経済組織の社会主義的可能性が具体的に選択されて、労働者社会が姿をあらわし変化してゆくことができるもの考え、その詳細な設計図をあらかじめ描くことは学問的に適切な課題ではないと判断されていたとも考えられる。
(2)この後者の発想のなかに、ソ連型に変わる民主的計画経済の道も、東欧改革運動が理念として掲げ、ユーゴなどで実験もされていた市場社会主義の道もともにありうるのではないか。とくに『資本論』が人類史のうえで、市場経済の源泉は共同体諸社会の接点における交易関係にあったと認識していることは、協同的な自由な個人のアソシエーションをあらためて形成するさいに、外来的な市場経済を全面的に排除する方向と、共同体的地域や企業の間の経済関係を市場機構にゆだねる市場社会主義の方向とを、ともに構想可能とするのではないか。『資本論』は市場社会主義を否認する原理をなしているのかどうか。
(3) マルクスは、低次段階の協同(共産)社会では、労働に応じた分配による不平等が残らざるをえないと想定していた。高度な教育や熟練を要する複雑労働に単純労働と比較して同じ時間により多くの労働量をおこなえるとみなしていたことに問題はないか。それは『資本論』の労働価値説が、働く人びとに労働にもとづく平等な社会貢献を広く認め、人間的労働の他の動物と異なる構想と実行の広い主体的能力の普遍的基盤を明確にし、そこに経済民主主義の論拠を示している認識と不整合に思える論点でもある。とくに高度な教育・訓練の費用が市場経済のもとで個人負担とされているかぎりでは、その費用負担を複雑労働に労働力の価値として還元しなければ、社会的に必要な複雑労働力が再生産されないことになる。しかし、社会主義のもとでそれらの教育・訓練費用も公的に提供されることになれば、労働に応じた配分にその費用の個人への配分をふくめることは、むしろ不公正となりうる。この問題をつうじ、自由な個人のアソシエーションをめざす社会主義の平等性の基礎に労働による貢献がどうかかわりうるのか、マルクス自身の複雑労働論にもさかのぼって再検討が求められているのではないか。それと同時に、マルクスが協同社会の高次段階で実現されるとみなしていた、能力に応じて働き必要に応じてうけとる理念は、現代資本主義の福祉国家の理念にもすでに部分的には容認されているところでもあって、広義の社会主義での労働者福祉の原則として、できるかぎり低次段階から実現されてゆくことが望ましい。
(4) 『資本論』でも『ゴータ綱領批判』(1875)でも、マルクスは「剰余労働一般は、与えられた欲望の程度をこえる労働としては、いつでもなければならない」と述べている。社会主義でも、剰余労働は災害にそなえる保険基金、生産拡大のための基金、一般行政費に必要であるとするとともに、教育、医療・衛生費、労働不能者のための基金なども個人的労働者への配分にさきだち、控除されるものとしている。マルクスの社会主義論は、剰余労働廃止論ではなく、その敵対的搾取廃止論であったと読まなければならない。
資本主義のもとでも福祉国家としては拡充してきている公的社会保障や共同消費の役割は、社会主義ではいっそう確実に充実されてゆくとすれば、労働者個人に配分される所得は、比率として資本主義のもとでの必要労働部分よりむしろ小さくなる公算も高い。一般行政費もマルクスの期待に反しかならずしも縮減してゆかないのではなかろうか。それらにともない、労働報酬として個人に配分される社会主義的所得(s賃金)はむしろ圧縮されて、生産物やサービスの社会主義的価格(s価格)は、計画経済による公定価格にせよ、市場社会主義による販売価格にせよ、再生産の維持に要するコストをこえる剰余を大きくして、その再配分と管理を社会にゆだねる比率を高める可能性も大きくなる。
そのような側面が、ソ連型社会では官僚層の権限を強大化するひとつの原因ともなり、資本による利潤原理にしたがわない計画的公定価格の策定とその操作を容易としていた一要因でもあった。これをいっそ反転して全労働の成果をすべて労働者に配分して、剰余を社会的に残さない仕組みをつくれば、計画経済によるにせよ市場社会主義によるにせよ、生産物やサービスに対象化される労働時間に正比例する価格が必ず成立することになる。
それはマルクスが理想としていた労働時間を生産と配分の全体にわたる尺度とする経済システムを実現する方途のひとつとなる。その場合、保険、蓄積、共同消費(さらには労働不能者、学生、家事労働従事者などへのベーシックインカムなど)にあてる財源は、個人所得から拠出ないし徴収することになり、その民主的管理もおこなわれやすくなるとはいえないであろうか。
こうした諸論点は、『資本論』に集約されるマルクスの思想と理論の全体系について、さらにいたるところで、これからの社会主義の論拠と構想を現代的に拡充する観点で、さらに再考してゆきたい多くの理論的課題にもつらなってゆくにちがいない。
2. 21世紀型社会主義の可能性
ソ連に代表されていた20世紀型社会主義もそれに対抗していた社会民主主義も、国権主義的特質を示していた。マルクスの理念としていた国家の死滅は遠い課題にみえた。その挫折を経て、21世紀型社会主義はより分権的で民主主義的参加の可能性を重視しつつある。その特徴を示す4つの発想をみておこう。
(1)第一に、新自由主義のもとで生じている格差の再拡大、新たな貧困化問題にたいし、社会の全成員に無条件で配布されるベーシックインカム(BI、基本所得)の構想が、世界的関心を集めつつある。日本では、小沢修司(2002)による月額8万円のBI案が社会保障改革構想として提唱され、注目を集めるようになった。
しかしBIに事実上重なる発想は、資本主義をこえて社会主義をめざす発想のなかにも育まれてきている。市場社会主義の古典的モデルを示したО・ランゲ(1936‐37)にも、その発想は示されていた。西欧でのBI構想の推進役を担ってきたP・パリース(1995)も、すべての人びとに真の自由を保障する道として社会主義に期待している。BIは、実際、さまざまな社会改革への連帯運動を容易にする基礎としても、市場社会主義を有力な選択肢として資本主義をのりこえる構想の一環としても、世界や日本の左派の理論や運動において、支持を拡大してゆく可能性が大きいのではなかろうか。
(2)新自由主義的資本主義のもとで、深刻化している人間と自然の荒廃化にたいし、オバマ民主党政府が当初示していたグリーン・リカバリー戦略も、広く重要な影響を与えた。資本主義の促進してきた大規模な産業技術のもとで生じている地球温暖化や大規模な自然環境破壊にいかに対処し、後続世代に持続可能な自然環境をひきわたしてゆけるか、あきらかに新自由主義では解決不能と思われる深刻な課題をなしている。
ことに、東日本大震災における原子力発電所の過酷事故が重要な衝撃を与え、脱原発に多くの国々がふみきり、自然環境にやさしい持続可能なソフトエネルギー開発に転換している。その経験は、資本主義をこえるこれからの社会主義の進路にも貴重な示唆を与えている。
マルクスの遺稿にさかのぼり、エコロジストとしてのマルクスの思想と理論を再評価する機運も世界的に高まっている。斉藤幸平『大洪水の前に』(堀之内出版、2019)もその一環。
(3)第三に、そのような地域社会での相互扶助的な協力のしくみが、さまざまな組織形態で進展しつつある。そのひとつの重要な協力組織が、地域通貨による住民相互のサービスや生産物の交換のしくみである。
1930年代の大恐慌のもとで、S・ゲゼル(1916)による貨幣改革(貨幣を保蔵していると持ち越し費用がかかり、減価してゆくように変革する)構想も大いに参照され、西欧諸国から世界各地に相互扶助的地域通貨のしくみが広く試みられた。この地域通貨の多くは、国家主義的有効需要政策としてのニューディール型政策によって禁圧されていった。ところが、1980年代以降の新自由主義的グローバル資本主義のもとで、経済危機の克服の方策として、超国家的なユーロのような広域通貨も創出され、情報技術(IT)のインパクトをも介し、カード決済やプリペイドカードが多用され、さらにはビット・コインのような通貨代替システムも生みだされるかたわらで、地域社会の住民のニーズを満たすケアなどのサービス労働や生産物の相互扶助的交換システムとして、地域通貨が世界各地にふたたび大規模に広がる第二波の隆盛をみている。
多様な地域通貨のしくみには、オウエンに続く初期社会主義の思想や実験、さらにはマルクの労働価値説にも学んで、一労働時間を一〇ドルと表示するイサカアワーやタイムダラーにより、不労所得の搾取関係を排除しようとする労働貨幣の構想の実現をめざしている事例もみられる。
(4)第四に、労働者の協力と団結を連帯させて職場と生活条件を改善してゆき、資本主義の弊害を抑制し、のりこえてゆく可能性をひらく広義の労働者組合運動は、社会民主主義にとっても、それをステップとして、やがて労働力の商品化の廃棄を求めるこれからの社会主義にとっても、重要で主体的な基礎を準備する意義を有する。広義の労働者組合運動には、マルクスも期待していた二つの組織形態がある。そのひとつは賃金労働者の形成する労働組合であり、もうひとつは働く人びとの結束と出資にもとづく労働者協同組合組織である。
新自由主義的資本主義は、IT化により非正規労働者を激増させ、公企業を広く民営化して、正規雇用者を中心に組織してきた労働組合運動に大きな打撃を与えた。日本をふくむ先進国の多くでは、労働組合組織率が大きく低下し、労働組合運動をいかに再生させていけるかが、多くの働く人びとの生活の安定と向上のために重要な課題となっている。とくに日本では、従来の企業別組合の組織形態に生じている困難をめぐり、あらためて産業別、職能別組合や、さらには非正規労働者の個人加盟をうながすゼネラルユニオンの拡大にむけて、新たな労働組合運動への試みが促され期待されている。
そのかたわらで、働く人びとの平等な立場での協力を労働者協同組合企業として組織し、育てる試みも、世界的な潮流として新たな発展を示しつつある。その試みはスペインやイタリア各地に、広範な産業にわたり大規模な事業規模をともない展開されている。ソウル市長朴元淳(パク・ウンスン)のイニシアティブのもとで、ソウル市で実践されつつある協同組合企業の成長に、地方自治体も協力する社会連帯経済への国際協力をよびかけた「ソウル宣言」(ソウル宣言の会編(2015))が採択され、世界的にも注目を集めている。
日本でもこれに呼応するかのように、日本各地にも、シニア層や子どものケア、障害者の就労支援、ソフトエネルギーをふくむ地域社会の地産地消的な活力再生への住民の協力組織など、国家的な行政も大企業の営利活動も行き届かないニーズをうめる役割を担いつつ、労働者協同組合的諸企業が、新たに成長しつつある。
これら四つの潮流をつうじ、資本主義先進諸国にも、労働力の商品化にもとづき、人間と自然の危機的な荒廃をのりこえる21世紀型の社会民主主義と社会主義への可能性が探られつつある。アメリカの大統領選挙でも社会主義政治革命を訴えるサンダースに若い世代の支持が集まり、世界的関心を集めつつある。日本の若い世代にも期待してゆきたい。
参考文献:伊藤誠『マルクスの思想と理論』青土社、2020年。
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3月7日 伊藤誠「21世紀型社会主義のために」世界資本主義フォーラムのご案内
●主催 世界資本主義フォーラム
●日時 2020年3月7日(土)13時30分〜17時(13時受付開始)
●会場 本郷会館 東京都文京区2-21-7 電話 03-3817-6618
http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=10136
アクセス 地下鉄本郷三丁目から徒歩5分 (下の案内図参照)
◆東京メトロ丸ノ内線「本郷三丁目」より徒歩5分。
*丸ノ内線「本郷3丁目」駅からの行き方:「春日通り方面」出口から出て左へ。大横町通りに出たら右折、100メートル行くと三菱UFJ銀行のATMがあります。ここを左折すると三河稲荷神社。その隣です。
◆都営大江戸線「本郷三丁目」3番出口より徒歩6分
●講師 伊藤 誠(東京大学名誉教授)
●テーマ 「21世紀型社会主義のために」(参考文献第6章による)
マルクス生誕200年を一つのきっかけとして、21世紀型社会主義のためにマルクスの思想と理論が再評価される機運が世界的に広がっている。社会主義政治革命を求め、若い世代の高い支持率をひきよせてサンダースが大統領選挙で大健闘をすすめていることともそれは連動している。『資本論』の経済学は21世紀社会主義のためにいかに読みなおされるべきか。20世紀型社会主義の崩壊を省みて、今後のオルタナティブを構想するうえでも、その問題はさけてとおれないであろうところといえよう。(2020年2月10日 伊藤誠)
●参考文献 伊藤誠『マルクスの思想と理論』(青土社 2020.1)
伊藤誠『マルクスの思想と理論』[目次]
はじめに
第1章 マルクスの思想と理論の形成と展開
――そのヒューマニズムの奥行
1 出発点としてのヒューマニズム
2 ヘーゲルとフォイエルバッハをこえて
3 人間の自己疎外の構造とその克服へ
4 マルクスの労働価値説の人類史的意義
第2章 導きの糸としのて唯物史観
――人類史をいかに総括するか
1 唯物史観の定式とその意義
2 市場経済の人類史的位相
3 生産諸力の発展の意義
第3章 『共産党宣言』の現代的魅力
1 不朽の名著の魅力
2 資本主義のグローバルな発展性の洞察
3 変革の見通しは失敗したのか
第4章 『資本論』をどう読むか
1 課題と方法
2 個別的なものから一般的なものへ
3 社会変革の可能性
第5章 現代世界の多重危機とマルクス
1 現代資本主義の多重危機のなかで
2 資本主義的人口法則の現代的意義
3 資本主義と自然環境破壊
第6章 二一世紀型社会主義のために
1 『資本論』の社会主義論
2 二〇世紀型社会主義の形成と崩壊
3 二一世紀型社会主義の可能性
おわりに
●どなたも参加できます。資料代 500円
● 問合せ・連絡先 矢沢 yazawa@msg.biglobe.ne. jp 携帯090-6035-4686
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2020年4月以降の世界資本主義フォーラムの予定
4月4日(土) 13時30分―17時 本郷会館(予定)
小幡道昭「貨幣論と現代資本主義」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔study1108:200302〕
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