インターネットと英語の支配
- 2021年 11月 17日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
日本語のサイトで間にあうこともあるが、あれこれ知ろうとすると、どうしても英語のサイトまでいかなければならないことが多い。Wikipediaで調べていて、文脈から意味の見当はついても、さて日本語ではなんと呼んでいるのかと他言語のリストをみて愕然とすることがある。中国語も韓国語もあるのに日本語がない。
日本語がないという経験は何度もしているが、植物生理学を独学していたときは、ほとほと困った。新しく発見された酵素かなにからしいのだが、しばし何語かという名前で長くて覚えられない。専門としてきた機械や制御からは遠い世界の話で基礎知識がないから、長い名前を構成している要素に分解する能力がない。
公私に渡って必要な知識を得んがために、あれこれちょっかいだしてきたが、植物生理学ほど四苦八苦したことはなかった。恥の上塗りになりかねないのを承知で、植物生理学と二年近くも格闘していたときのことを書いておく。ちょっと長くなるが、お付き合いして頂ければと思う。
スナゴケの速成栽培をもくろんだ植物工場に関わり合って、多少なりとも植物生理を知らなきゃと大きな書店にいって参考書を探した。履修する学生も多くはないのだろう、これならとおもえるものが三、四冊しかなかった。そのなかでもっとも分かりやすそうなものを買ってきて読んではみたが、どうにも分かったような気がしない。
しょうがないから二冊目を、そして三冊目も読んだ。どれも図解や説明に違いはあるが内容は似たり寄ったりだった。三冊も読めば、分かるところまでは大まかにせよ分かる。ただ、掘り下げが浅いのか、植物生理のなんたるかがいまいちピンとこない。四冊目も似たような内容で、プラスアルファの知識が得られるとは思えない。どうしたものか考えていたとき、農学関係のセミナーの懇親会で親切そうな若い研究者に出会った。
目的と状況をざっとお話して、お薦めの参考書を教えて頂けないかとお願いした。素人がそこまでと嬉しかったのか、顔がほころんだ。そして、さも当たりまえかのように言われた。
「そりゃ、『Plant Physiology』を読むしかないですよ。日本の本は教科書としては使えるかもしれないけど、端折った説明が多いから……。日本の大学では院生でもなければ手をださないけど、この世界のバイブルのようなもんで必読書の一つですよ。日本語の翻訳もありますけど、原書で読んでしまった方が分かりやすいかもしれませんよ……」
『Plant Physiology』(翻訳すれば、植物生理学)は、全米の植物生理学者がほぼ五年に一度の頻度で改版している。大判でページ数も多いので持って歩くには重すぎるが、図や写真はこれ以上ないというほど豊富。当然、英語で書かれてはいるが、文体は明瞭簡潔、説明は文字通り懇切丁寧。久しぶりに米国の学術教育体制の底力に圧倒された。三冊の植物生理学の本も大学の專門過程にいる部学生向けに書かれた専門書だが、『Plant Physiology』の前には、せいぜい高校の生物学の教科書か中学理科の参考書程度の内容しかない。『Plant Physiology』は米国の大学生だけにではなく、International Student Editionとして世界中の植物生理を学びたい人たちに向けて販売されている。
外国語は英語までしか分からないから、見に行くサイトは日本語か英語に限られている。キューバの経済自由化がどうなっているのか気になって、たまにHavana Timesを見てはいるが、今一つもの足りない。キューバからのニュースは官報くさいし、アメリカのニュースは政治の色が濃すぎそうで気がすすまない。バイアスの少ないものはないかと、スペイン語のサイトに入ってみた。これかなと思うニュースを機械翻訳で日本語に変換してみたが、タイトルも分からずにあてずっぽうだから、期待している記事は見つけられない。
英語にまででていけば、世界で起きていることがかなり分かるが、その国その地域の細かなことはその国やその地方で使われている言語でしか知りようがない。そうはいっても、気になる地域の言語をすべて習得する能力はない。中国に行ったら中国語、タイはタイ語、インドはヒンディ語、コルトで、スロバキアで、ドイツでフランスでイタリアで、スペインで、……あり得ないというかできっこない。
日本語サイトも見るには見るが、昼過ぎから早朝まで英語のサイトをあっちへこっちへと飛びながら自然科学から哲学や歴史など、最近流行りの巷の情報以外で気になることがあれば、Google Chromeで検索してみている。ニュースを読んでいると目が疲れるから、リーディングソフトで読み上げさせてラジオのように聞いている。気になる言葉や地名や人名がでてくれば、読み上げを中断してGoogle Chromeで知らべる。Google Mapで地図をみることもあれば、時にはYouTubeで解説番組に三十分、一時間ひっかかってしまうこともある。
英語の情報に埋もれていることにちょっとした抵抗というのか劣等感のようなものもあるし、この先どうなっていくのか心配になる。インターネットの普及によって加速的に英語が世界の共通語になってきた。おかげで、かつては得ようのなかった情報まで得られるようになった。とはいえ、それはあくまでも英語でという制限がついている。英語になっていない、されていないことは知りようがない。
アマゾンの原住民の生活でも、中央アジアの平原の環境問題でも、ドイツに対するナミビアの賠償請求でも、自宅の床を掘ってコバルトというコンゴの状況も英語でなら情報を得るのにさしたる手間もかからない。世界の文学に通暁した研究者でも、世界の発展途上国の作家や詩人の作品にどれほど接し得るのかと考えると、英語、ときにはドイツ語やフランス語などのヨーロッパの原語による情報に頼らなければ手も足もでないのではないか。
そんなこと素人がどしたものかと考えたところで、なんの答えもない。英語まででというのも癪に障るが、さりとて他のヨーロッパの原語へというのも、手間暇と英語でアクセスできるものにどれほどのプラスアルファが得られるのかと考えると二の足を踏む。
ことのついでに、Google Chromeで世界のホームページで使用されている言語を検索したら、ウィキペディアには次のように書かれていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%BD%BF%E7%94%A8
「インターネット上で最も多く利用されている言語は英語である。英語を母語とする話者は3億2200万人、外国語とする話者は2億人である」
「中国語は世界で最も多く話されている言語であり、インターネット上では 2番目に多く使用されている。中国のオンライン人口は急速に増えている一方、世界で2番目に人口が多いインドの公用語であるヒンディー語は、インターネット上では利用者が少ない。これは、インドにおいてインターネットへ接続が可能な人々は人口に対して少数であり、インターネットに接続可能な人々は英語を好んで使用する傾向にあるためである」
「またW3Techsによると、英語の次によく使われる言語上位10位(ウェブサイト数基準で)にロシア語、スペイン語、ドイツ語、トルコ語、ペルシア語、フランス語、日本語、ポルトガル語(以上、順位順)が含まれるという」
1. 英語 ゲルマン語派 59.3%
2. ロシア語 スラヴ語派 8.4%
3. スペイン語 ロマンス諸語 4.2%
4. ドイツ語 ゲルマン語派 2.9%
5. トルコ語 チュルク語族 2.9%
6. ペルシア語 インド・イラン語派 2.8%
7. フランス語 ロマンス諸語 2.8%
8. 日本語 日琉語族 2.4%
9. ポルトガル語 ロマンス諸語 2.2%
10. 中国語 シナ語派1.3%
ちょっと乱暴な言い方になるが、英語まででていけば、世界のホームページの六割方にアクセスできるということになる。そして英語のホームページには世界の主だったニュースや研究成果が掲載されている。
英語を母語としない人たちは英語まででていくのにかなりの労力を使う。一方英語を母語とする人たちは外国語を学ぼうとしない、というかしなければというインセンティブが働くことが少ない。拙い経験からだが、アメリカ人の同僚にもヨーロッパ人の同僚にも日本語を学ぼうとしたのはいなかった。
こっちが日本語とは遠く離れた英語で話している負担に気がついたアメリカ人は少ない。
「ジャパンタイムズ」を読んで日本通?格好だけにしても付けようがないと思うのだが、付いていると思っている御仁もいる。その程度の知識で販売戦略がどうのと言いだされても困る。それを持ち上げる日本人がいるからたちが悪い。二人の丁々発止が聞こえてくると、出来の悪い漫才を見せられているようで、笑うに笑えない。
実にフェアじゃないと思うが、考えようによっては日本語が非関税障壁になって守られている面もあるかもしれない。重宝につかってはいるが、それにして英語でというのがちょっと癪に障る。
2021/9/25
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11493:211117〕
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