〝全国共通試験〟に〝地方統一選挙〟そして〝お盆休み〟
東チモールでは11月の初旬は、日本の8月半ばのお盆休みに相当する時期です。今年は11月1日・水曜日から5日の日曜日までが〝お盆休み〟となりました。
11月1~2日は、喧騒とした首都デリ(ディリ、Dili)の町は、大勢の住民が墓参りのために里帰りをしたため、大半の店は閉まり、人と車の往来は激減し、町並みは嘘のように静まりかえりました。11月3日・金曜日になると開店する店・食堂が出てきました。そして11月4~5日の土・日を迎えると、里帰りした人びとが本格的に首都に戻り始め、生き返るように賑やかになりました。平常に戻る6日・月曜日に備えて、週末には首都は本来の活気をすっかり取り戻しました。
〝お盆休み〟に入る11月1日の直前に大勢の首都住民が里帰りを始めたかというと実はそうでもありませんでした。今年の場合、首都住民の里帰りは10月28日以前に始まったのでした。なぜか? 10月28日は日本流にいうならば〝地方統一選挙〟の投票日だったので、首都に滞在している地方からの有権者は、投票するために帰省をしたからです。10月28日の投票のために帰省した有権者(主に学生が多いと思われる)は投票後もそのまま実家にいて、11月1日から〝お盆休み〟を迎えたわけです。
さらに小・中・高校の学生たちにとっては、10月の半ばから卒業・進学のための〝全国共通試験〟が行われたために、卒業・進学に関係ない生徒たちにとって変則的な通学となり、ほぼ休日に近い雰囲気になったのです。小・中・高校の子どもたちが普段どおりに通学しないということは、町の景観がガラリと変わることを意味します。それだけこの国の子どもたちの人数が多いのです。したがって10月半ばから、町の様子は全体的にゆったりとした生活様式に浸っているようにわたしの目には映ります。
東チモールでは〝お盆休み〟が終わると、「サンタクルスの虐殺」(1991年11月12日)追悼記念行事、そして11月28日の「独立宣言の日」(1975年)の行事が待ち受けています。これが終わると、おやおや、もう〝師走〟です……。
東チモールの行政区
さて、上記に挙げた行事のなかで〝地方統一選挙〟だけは例年の行事ではありません。7年に一度の行事です。東チモールでは7年に一度、首長と地方議会の議員を選ぶ選挙が行われることになっており、今年がその年にあたります。選挙の話にいくまえに東チモールの地方行政の区割りをざっと見ておきましょう。
東チモール民主共和国は、飛び地・RAEOA (ラエオア、Região Especial de Oe-Cusse/Ambeno、オイクシ/アンベノ特別地域)と13のMunicípio / Munisipiu(ポルトガル語 / テトゥン語、以下同様)に大きく区分けされます。Município / Munisipiuは、「地方自治体」あるいは「地方行政体」と訳せるでしょうか、ここでは「地方行政体」としましょう。以前、「地方行政体」は12ありましたが、首都の目の前に浮かぶアタウロ島が前政権(第八次立憲政府)によって「地方行政体」に昇格したので一つ増えたのです。しかし今回の選挙ではその行政区変更は反映されませんでした。したがって今回の〝地方統一選挙〟のうえでは「地方行政体」の数は便宜上12のままです(なお現政権は、前政権によるアタウロ島の地位変更を気に入っておらず、前政権による処置を撤回・再変更するかもしれない)。
一つの「地方行政体」は複数のPosto Administrativo / Postu Administrativu([行政支部]と訳しておく)に分けられ、さらに一つの「行政支部」は複数のSuco / Suku(スコ)で構成され、一つの「スコ」はさらに細かい複数のAldeia(村落)で構成されます。「村落」が最小の行政単位です。
ところでSuco / Suku(スコ)ですが、よく英語ではvilleageつまり「村」と訳されますが、その概念としては「村」よりもはるかに広く、日本の行政区でいえば「市」のイメージに近いとわたしには思われます。もし日本式に「地方行政体」は「県」に相当すると考えれば、「行政支部」が「市」となり、順番としてその下位の「スコ」は「町」か「村」になってしまいます。しかしこれだと「スコ」の実態イメージとちょっとかけ離れる翻訳になってしまうおそれがあると最近思うようになったので、Suco / Sukuのもつ東チモール独特の概念を尊重して、Suco / Sukuをあえて訳さないで「スコ」のままとします。
以上、行政区分を大きい順でまとめるとこうなります:「地方行政体」とRAEOA ⇒「行政支部」⇒「スコ」⇒「村落」。
例えばわたしの滞在先は、「地方行政体」はDili(デリ/ディリ)、「行政支部」はCristo Rei(クリスト レイ)、「スコ」の名前はCamea(カメア)、「村落」の名前はHas Laran(ハースララン)となります。東チモールで場所の説明をするとき、「村落」⇒「スコ」⇒「行政支部」⇒「地方行政体」の小さい順にそれぞれの名称を述べます。
「地方行政体」の数は(本当は)13ですが、上述した通り今回の選挙では12として扱われているようです。RAEOAはもちろん一つだけ。「行政支部」の数は67。「スコ」の数は、前政権のもとで10増えて452となりましたが、今回の選挙では反映されず442のまま。そして「村落」の数は2233となります(『東チモールの声』[2023年10月30日]などを参考にしたが、各報道の数字が必ずしも一致しない)。
「スコ」行政組織の代表者を選ぶ
東チモールの〝地方統一選挙〟は、「スコ」行政下の組織構成員を選ぶ選挙です。具体的には、「スコ」の首長1人、「村落」の首長1人、そして地方議会に相当する「スコ」評議会の代表員として男女一名ずつ、合計4人の代表者を選びます。任期は7年です。ところで「男女一名ずつ」という規則は、男女の格差が大きい日本の民にとって羨ましいかぎりです。
選挙の仕組みを簡単に説明します。投票日は10月28日。有権者は身分証明書でもある選挙カード(日本の免許証の大きさ)を持参して投票所に行きます。投票所で有権者は、「スコ」首長を選ぶための投票用紙と「村落」首長を選ぶための投票用紙、さらに「スコ」評議会の構成員男女一名ずつを選ぶための投票用紙が渡されます。有権者は「スコ」首長と「村落」首長をそれぞれ1名ずつ選び、「スコ」評議会員として男女一名ずつを選び、投票用紙を投票箱へ入れます。
「スコ」首長と「村落」首長に選ばれるには立候補者は過半数以上の票を獲得しなければなりません。50%を超える票を得た候補者がいない場合、大統領選挙と同様に決選投票が行われます。「村落」首長の決選投票は即日実施となり、「スコ」首長の決選投票は11月13日に実施されます。「スコ」評議会員の男女一名ずつは、男性候補者のなかで最大の得票数を獲得した一名と女性候補者のなかで最大の得票数を獲得した一名がそれぞれ選ばれます。
ちなみに「スコ」評議会ですが、当選した4人(「スコ」首長と「村落」首長そして「スコ」評議会男女一名ずつ)があらかじめ決められた日に集まって、評議会の議長と若い男女一名ずつを選ぶことになります。議長と若い男女一名ずつを選ぶこの集会は今回の場合、「スコ」首長の決選投票が必要のない「スコ」は11月8日に、決選投票を必要とする「スコ」では11月24日にそれぞれ開かれる予定になっています。「スコ」評議会で選ばれる若い者二名の代表者にも「男女一名ずつ」という決まりがあるのは、日本人にとって夢のような話ではないでしょうか。
〝地方統一選挙〟で選ばれた代表者の宣誓就任は11月28日までにすべて終了する予定になっています。投票日・10月28日から一か月間、東チモールでは地方行政の新しい指導者を選ぶ期間となっているのです。
= = =
地方選挙の投票所の一つ、ベコラ小学校。
手書きで有権者を受け付ける机の前に列ができている(写真中央)。
2023年10月28日、ⒸAoyama Morito.
= = = = =
クルフンの投票所。
入り口には「2023年 スコ行政組織の投票所」と横断幕。
写真の左上、やはり受付けの前で人が混んでいる。
2023年10月28日、ⒸAoyama Morito.
= = = = =
手書き作業
立候補届けの受け付けは、「スコ」首長の場合は10月13日にされ、「村落」首長と「スコ」評議会の代表者の場合、なんと投票当日です。投票時間は午前9時から午後3時までですが、投票会場は9時の数時間前に開けられ、投票が始まる前に「村落」首長と「スコ」評議会代表者の立候補者が届け出て、立候補者の紹介がなされ、これがミニ選挙運動となります。
したがって投票用紙はどういうことになるでしょうか。「スコ」首長用の投票用紙は作成のための時間がタップリありますので、あらかじめ用意ができます。しかし「村落」首長と「スコ」評議会代表者を選ぶための投票用紙は、投票当日の即席作成となります。サッサと刷る機械でもあれば良いのでしょうがそうではなく、立候補者の名前は係員によって手で書かれることになります。
したがって立候補者の顔写真も投票用紙に載せる術もありません。東チモールでは文字の読めない人がまだまだたくさんいます。その人たちにとって立候補者の顔写真がないのは辛いことです。しかしながら立候補者とその顔写真を示した紙が投票会場に掲示されます。有権者はその掲示を見てから、「村落」首長と「スコ」評議会の代表者を選ぶことになります。
= = = = =
ベコラの「スコ」首長の立候補者のポスター。
立候補者のポスターは、このようにB5版程度
の小さな紙がカラー印刷で使われている。
2023年10月28日、ⒸAoyama Morito.
= = = = =
選挙の仕組みを変えるべきという批判の声
さて投票日の10月28日、実際どのようなことが起こったでしょうか。選挙の仕組みを変えるべきだという有権者の苦情が一斉に報じられました。苦情内容をまとめるとおよそ次のようになります。
・政府機関の準備不足。
・まとまりのない政府機関の態勢。
・住民への説明が不十分。
・このデジタル時代に投票会場の係員は机で手書き作業にあたった。
・大勢の有権者にたいして机の作業にあたった係員数はたったの3人。
・長蛇の列ができ待ち時間が長く投票時間が過ぎても投票できない人がでた。
・投票を済ませた有権者の指に付けるインクが用いられなかったので二重投票が可能になる。
・投票用紙に立候補者の顔写真がないのは文字の読めない人にとって困る。
……などなどです。その他、ある「スコ」で使用された「スコ」首長用の投票用紙に同じ立候補者の顔写真が違う立候補者にも使われたという嘆かわしい不手際もあったようです。また、「村落」首長の決選投票が後日これからやり直す所もあるようです。
わたしの滞在する「スコ」と「村落」ですが、「スコ」首長は決選投票に駒が進み、そして「村落」首長は決選投票を必要とせずに選出されました。もし「村落」首長の決選投票が行われる場合、投票日と同じ日です。一度投票をして家に帰った有権者はどうやって知るのでしょうか? 滞在先の家のジョゼ君にきくと、人づてに知ることになると答えました。またわたしの最初の下宿先であった家のエウゼビオ君は、「村落」首長の決選投票は深夜に行われたが、そのことを知らなかったので決選投票に参加できなかったといいます。エウゼビオ君の件から考えるに、「村落」首長の決選投票が実施される場合どうしても深夜になることから、「人づて」を頼るのではなく有権者全員に決選投票の実施を確実に知らしめる仕組みをつくらなければ不公平といえます。
準備不足と選挙態勢の不備からさまざまな問題が発生しました。7年前の〝統一地方選挙〟のときもほとんど同じような問題がでました。前回は東チモール史上ひどい選挙という酷評が出ました(東チモールだより 第337号)。今回も、東チモール選挙史上最悪、と手厳しく批評されています。同じ仕組みなのですから同じ事が起こるのは当然といえます。〝統一地方選挙〟制度を改善しなかった政府の姿勢がこれから本格的に問われることになるでしょう。
= = = = =
政府庁舎に近い所にあるグリセンフォルという「スコ」の事務所前。
国政選挙と同様に、衆人環視のもとで票が読み上げられる。
一枚一枚ゆっくり読むので、結論が出るころ夜が更ける。
2023年10月28日午後5時半ごろ、ⒸAoyama Morito.
= = = = =
注目される女性進出
以上のように現行の選挙制度には改善余地がたっぷりあることが証明されましたが、選挙はまだ終わっていません。「スコ」首長選が決選投票となった「スコ」の数は271と報じられています。つまり全「スコ」の半分以上で11月13日に決選投票が行われるのです。
今回の「スコ」首長選で注目されているのは女性の進出です。全「スコ」首長の立候補者は総数2117人、そのうち女性候補者は241人です。この241人の女性候補者の中から何人の「スコ」首長が誕生するでしょうか。
地方の新しい指導者が選ばれるために、有権者一人一人の権利が正しく行使されることを願います。
= = = = =
ベコラの「スコ」首長の女性立候補者のポスター。
例外的に巨大なポスターだ。「わたしは女性として良い道を知っています。その良い道をベコラの住民に示します」と書かれている。
2023年10月28日、ⒸAoyama Morito.
= = = = =
青山森人の東チモールだより 第501号(2023年11月7日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion13362:231108〕