中国の中央アジア進出とそれがもたらす課題について —―八ヶ岳山麓から(479)—―
- 2024年 8月 14日
- 時代をみる
- 「リベラル21」中国問題阿部治平
はじめに
中国の習近平国家主席は、昨年の「中国・中央アジア会議」に引き続いて、この7月2日、カザフスタンでの「上海協力機構」の首脳会議に出席した。岸田文雄首相は、中国と張り合って中央アジア訪問を計画したのに、8日の日向灘地震のためにこれを中止した。日本は、怒涛のような中国の中央アジア進出に、いつ追いつけることだろう。
注)中央アジア諸国はカザフスタン・キルギス・ウズベキスタン・トルクメニスタン・タ
ジキスタンの5ヶ国である。いずれも旧ソ連の構成国で、ロシア語は現在も共通である。
5ヶ国はすべて多民族国家であるが、主要民族の言語を公用語としている。タジク語のほ
かは、いずれもチュルク(トルコ)語系である。
カザフスタンでは、ソ連時代はカザフ人よりロシア人の方が多かった。現在も全人口
1960万のうちカザフ人は7割程度、ロシア人・ウクライナ人は2割で、そのほかはチュ
ルク系のウズベク人やウイグル人などである。この中には第二次大戦中、対日・独協力者
の汚名を着せられて、強制移住させられたドイツ人・朝鮮人・クリミアタタール人・チェ
チェン人などがいる。
言うは易し
このほど環球時報(2024・08・02)に「中国の大学が、中央アジアでうまくやるためには3つのことが重要だ」という表題の論文が載った。中央アジア諸国での漢語(中国語)教育の急務を論じたものである。著者は西北農林科技大学言語文化学院副教授の張傑氏で、漢語教育の専門家である。まず、張氏のおおまかな言い分は以下の通り。
20世紀90年代初頭、中国と中央アジア5カ国は相次いで『文化協力協定』を締結し、ついで2013年の「一帯一路」構想の提唱により、中国と中央アジア諸国の教育協力は著しく強化され、中央アジアの大学に漢語学科が開設された。中国でも中央アジア地域研究センターを設立する大学が生まれ、両国の教育分野における交流はより実質的な進展を遂げた。
カザフスタンでは、2022年には西安市政府の中央アジア5カ国留学生特別奨学金制度が創設され、2023年にアリ・ファラビ・カザフ国立大学に西北理工大学が開校。西北農林科技大学は、中央アジア諸国に農業技術試験場を8ヶ所設立するなど協力事業が進んだ。しかし、一層の教育協力を発展させるためには、以下の3点に注意すべきである。
第一は漢語の普及。現在、トルクメニスタン以外の国は、漢語を国民教育体系に組み込んでいるが、漢語の普及は遅れており、同地域の孔子学院の数は13にすぎない。
第二に、(中国)産業の優位性を活かし、産学連携を強化する。「一帯一路」の追い風を受け、多くの中国企業が中央アジア地域に投資、起業している。現地に進出し教育を行う中国の大学は、「育成-就職-フィードバック-最適化」という現地の人材育成メカニズムを形成し、「(需要に応じた)受注式」の人材育成の新モデルを模索すべきである。
第三に、中国の大学は、中央アジア地域の優秀な学生の中国留学のための、長短期の学習プログラムをもっと作る必要がある。とくにデジタル産業、国際経済貿易、医学などの分野において、規範的な協力メカニズムを形成しなければならない。
JETROによると、カザフスタンでは、2020年10月時点で稼働している中国企業は1239社。主な大手企業は、インフラ建設7社で、ついで金融・食品・航空が各3社などである。業種別には、卸・小売、自動車・バイク修理が最多で461社、全体の4割近くを占める。その他サービス業は148社、建設183社が続く。
漢語のできる現地人材の育成を急げという張氏の主張は、この企業進出に応じようとするもので、習近平政権の「人類運命共同体」の構築を目指した「新型国際関係」の樹立、「一帯一路」の提唱に沿ったものである。
だが、中央アジアに進出した中国企業が、漢語のできる人材が必要なら、現地で漢語教育をやるより、新疆からウイグルやカザフの青年を連れていく方が速いはずだ。ちなみにカザフ語とウイグル語、ウズベク語などは対話が可能なくらい近いから新疆のチュルク系青年の現地社会への適応ははやい。しかも学校教育用語が漢語だから、彼らは漢語と民族語のバイリンガルである。しかも、ウイグル・カザフの失業青年はごろごろしている。
だが、中国にはそれはできない。張傑教授もそれがわかっているから新疆の少数民族青年を中央アジアで就職させようとは一言も言っていない。
対照的な現状
新疆では、モスクの玉ねぎ型のドームは取り払われ、中は商店に変えられ、礼拝もままならない。ムスリムの象徴である月と星、男性のひげ、女性のスカーフや全身を隠すヒジャブも取り締まりの対象だ。学校では少数民族語ではなく漢語による教育が行われ、母語での対話は禁止されている。
新疆の少数民族にとって現代史は、漢民族による圧迫の歴史である。新疆では20世紀に入ってからでも漢人軍閥の圧政によるカザフのチベット・インドへの逃亡、1960年代人民公社の強制に抵抗した6万余といわれるカザフスタンへの脱出、ウイグル民族運動への苛烈な弾圧と強制収容所がある。
中国では少数民族の歴史や文化は、漢民族のそれに付随したものとして扱われる。民族独自の歴史・文化の研究は「祖国分裂主義」の疑いをかけられる。たとえば、8世紀から9世紀のウイグル王国や14世紀から19世紀まで続いたカザフ汗国の歴史究などは、不可能だ。これは内モンゴルでもチベットでも同様である。
新疆の少数民族と同じ民族が構成する中央アジア諸国では、イスラム信仰は当然のこと。子供たちは母語で教育されている。トルクメニスタンを除けば、中国よりは言論の自由もある。カザフスタンでは各種メディアが13の言語でニュースを提供している。
新興国ゆえに、民族の伝統と歴史、文化の学問研究は奨励されている。たとえば、大学では、中央アジア共通の文章語であったチャガタイ語文献が研究され、ウズベク文学の祖と言われるアリショール・ナワーイー(1441~1501)や、ムガール帝国創始者で「バーブル・ナーマ」の著者バーブル(1483~1530)が論じられる。アバイ・クナンバエフ(1845~1904)らは、カザフの偉大な詩人として国を挙げて顕彰されている。
行うは難し
こういうわけだから、張傑教授も、新疆のムスリム青年を中央アジアの中国企業に就職させたとき、問題が起きる、亡命者が続出するのは必至だとわかっている。だから、中国企業が漢語人材を求めるとなれば、現地青年を教育しようと言うほか手はないのである。
ところが、一方で張傑教授は、中央アジアの優秀な学生を中国に留学させようという。それは人文・社会分野ではない。「デジタル産業、国際貿易、医学などの分野」だ。だが、そう限ったとしても、中央アジアの青年を新疆の大学に入れるわけにはいかない。そこで彼らが目にするものは、同胞の悲惨な姿だから。
だが、彼らを漢人地域の西安や蘭州の大学に入学させたとしても、留学生の中に中国共産党の民族政策を知って、これに異議を唱えるものが必ず出る。中国と中央アジア諸国の経済的関係が密接になり、民衆レベルの交流が盛んになるとともに、中共にたいする反感は強まる。
中国はいままで、欧米による人権問題の批判を外国の内政干渉だとして退けてきた。だが、ムスリム民衆が圧倒的な数の中央アジア国家からの異議申し立ては無視するわけにはいかない日がやがて来る、と私は思うのだがどうだろうか。
(2024・08・10)
初出:「リベラル21」2024.08.14より許可を得て転載
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