21世紀ノーベル文学賞作品を読む(4―下) J・M・クッツェー(南アフリカ、2003年度受賞者)の人となり
- 2024年 11月 9日
- カルチャー
- 「リベラル21」21世紀ノーベル文学賞作品J・M・クッツェー横田 喬
J・M・クッツェーは1940年に南アフリカのケープタウンで、オランダ系白人(アフリカーナ)の父とイギリス人の母の間に生まれた。少年時代をケープタウンと内陸の町ヴスターで、ハイスクールと大学時代をケープタウンで過ごす。この間のエピソードは、前回紹介した回想記ふうの作品『少年時代』(1997年)や『青年時代』(2002年)に詳しい。
1960年に英文学の学位を、1961年に数学の学位を取得し、ケープタウン大学を卒業する。1961年にイギリスに渡り、コンピューター・プログラマーとして働きながら、修士論文を書く。翌々年、ケープタウンに戻って結婚。65年に渡米し、サミュエル・ベケットの初期作品の言語的研究で博士号を取得する。
ニューヨーク州立大学で教壇に立ちながら、作品を書き始める。米国永住を希望していたが、ベトナム反戦の学内集会(学内に警察が常駐することへの教職員の反対集会)に出席していた時、参加者全員が逮捕、起訴されたことが原因でビザ取得が不能に。1971年、南アフリカに帰国する。
1972年からケープタウン大学で教職に就く。74年に最初の作品『ダスクランズ』を発表し、肉を食べないヴェジタリアン(菜食主義者)になる。ケープタウン大学で2001年まで英文学・言語学などを教えながら、創作や講演を継続。翌年にオーストラリアのアデレードに移住し、アデレード大学の英文学部名誉研究員となり、2006年にはオーストラリア市民権を取得する。
1983年の『マイケル・K』で、さらに1999年の『恥辱』でブッカー賞を受賞。これは同賞始まって以来のダブル受賞だった。重層的な連想を引き起こしながら、無駄を削ぎ落とした硬質な文体で、人間存在の奥深くを描き出す作風は、「実験的」「寓意的」「ポストモダン」と様々に論評されてきたが、その類稀な倫理性と共に、同時代を生きる最も偉大な英語作家の一人として論じられることが多い。
主著の一つ『少年時代』の設定は、著者クッツェーの境遇そのまま。第二次世界大戦が終結して数年後の1948年と言えば、南アフリカの歴史にとっては実に重たい年だ。この年、アフリカーナーを支持母体とする国民党が政権を握り、それ以後、アパルトヘイト(人種隔離政策)を強化するための政策が次々と作られていったからだ。
彼クッツェーが少年時代を送ったのは、そういう時代である。この年を境に彼の家族も生活に大きな変動を余儀なくされる。物語では、スマッツの連合党を支持していた父親が「賃貸事業局局長」という役職を失い、家族はケープタウンの屋敷から内陸の町ヴ―スターの住宅団地に引っ越すことになる。
少年の家族の際立った特徴は、オランダ系入植者アフリカーナーの名前を持ちながら家庭では英語を使うこと――ジョン少年には、四分の三のアフリカーナーの血が流れているが、クッツェー自身は「私をアフリカーナーと見做すアフリカーナ―はいないでしょう」と述べている。圧倒的多数派であるオランダ改革派教会信徒に囲まれながら、無宗教を通すこと。家父長制の色濃い社会の中で、家では母親が主導権を握っていること。素足を好む内陸の暮らしの中で、靴を履く家族であること。等々、一家は完全にアウトサイダーとして生きていたことになる。
十九の章にちりばめられた一つ一つのエピソードは、強烈な喚起力を以て立ち現れて来る。だが、個々の文章を見ると、感傷とはほど遠い、実に素っ気ない調子で書かれている。これもまた、この作家の大きな特徴だ。それが結果として、作家の少年時代の横顔をくっきりとあぶり出し、クッツェーの小説世界の背後に横たわる原風景をありありと浮かび上がらせている。
クッツェーは十三歳をこんなふうに書く。「何かが変わっていく。四六時中、自分が戸惑っているような気がする。視線をどこにやればいいか。両手はどうすればいいのか、体をどう構えればいいのか、顔にどんな表情を浮かべればいいのか、判らない。誰もが自分を凝視し、採点し、自分が欲情しているのを見抜いている」。それが十三歳だ、と。
私も、この文章に触発され、長らく忘れていた自身の十三歳当時を思い起こした。思春期の入口にさしかかった惑乱~驚天動地の一時期だった。クッツェーはよほど抑制して書いているが、本当はもっともっと生臭く、当人にすれば重荷で扱いかねるものだった筈。この作家は主智的とでも言うか、情意より知性の勝った作家なのだ、と改めて感じる。
初出:「リベラル21」2024.11.09より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-category-14.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔culture1361:241109〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。