TPP問題をめぐる報道番組の質量の充実を求める要望
- 2011年 11月 11日
- 交流の広場
2011年11月9日
NHK会長 松本正之様
NHK理事 各位
TPP問題をめぐる報道番組の質量の充実を求める要望
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表 湯山哲守・醍醐 聰
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/
謹啓
皆様におかれましては日頃より、NHKの公共放送の充実・発展のためにご尽力いただき、厚くお礼を申し上げます。
目下、日本は環太平洋連携協定(TPP)の交渉への参加の是非をめぐって重大な岐路に立っています。この問題について、野田首相は12日から開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場でわが国がTPPに参加する旨を表明する意向を固めたと伝えられていますが、去る11月6日のNHK「日曜討論」では野党から政府からの情報開示が不十分であるとの発言が相次ぎました。また、11月5,6両日、毎日新聞が行った世論調査ではTPPの交渉に「参加すべき」が34%、「参加すべきでない」が25%であったのに対し、「わからない」が39%に達しています。また、同じ5,6日に共同通信が行った世論調査でも「参加した方がよい」38.1%、「参加しない方がよい」36.1%と賛否が拮抗していることに加え、78.2%が政府は参加した場合の影響を「説明していない」と回答しています。
このように国会はもとより、国民も蚊帳の外において野田首相がAPEC首脳会議において独断でTPPへの参加を表明するのは国民主権、議会制民主主義を蹂躙する暴挙ですが、こうした時こそNHKがTPPへの参加の是非について国民が熟慮の上、賢明な意思を表明するのに必要な資料を伝える役割を果たすよう期待されます。
そこで、本年1月以降にNHKがTPPへの対応をテーマにした番組をどれほど制作し、どのように伝えたかを調べたところ、要旨は添付資料のとおりです。当会は、国民が国政上の重要な問題について主権者として熟慮のうえで賢明な意思を形成して国政に参加するのに資する情報を伝えることが公共放送の使命であると考えています。この使命に照らして、TPPに関連するこれまでのNHKの番組では次のような基礎的な事実が十分、伝えられていないと判断しました。
1.TPPへの参加を促す主張の中に、「国を開く」というフレーズがしばしば使われるが、本当に、日本は食料品について対外的に「閉鎖的」なのか?
→ 主要先進国の食料自給率(カロリーベース:2007年)の中で日本は最下位(農水省「食料自給表」、FAO“Food balance Sheets”等に基づく農水省の試算)
2. 日本の農業は高い関税障壁と補助金で過保護の状態というのは本当か?
→ 主要国の農産物平均関税率で見ると、日本は11.7%でアメリカについで低い水準(OECD, Post-Uruguay Round Tariff Regimes, 1999.)
→ 農家一戸当たり農業予算(2008年)米国 399万円、EU 60万円、フランス 345万円、 ドイツ 497万円、日本 86万円
→ 農業所得に占める政府支出(直接支払い)の割合(いずれも2006年現在):
日本 28%、 EU 78%、 米国27%(農林水産省「平成22年度食料・農業・農村の動向」、第177回国会(常会)提出、124 ペ-ジ)
3.政府は当初、公的医療制度は今回のTPP交渉の協議項目に入っていないと発言していたが、外務省は医療・薬価制度も含まれる可能性があるので慎重に対処する必要があると説明している。実際の見通しはどうなのか? 日本医師会や多くの医療保険団体はTPP協議でアメリカ並みに自由診療の枠を拡大することを要求されることを危惧し、そうなれば日本の薬価規制や国民皆保険は瓦解の危機に瀕するとしてTPP協議への参加に強く反対している。こうした危惧は杞憂なのか、それとも根拠のある主張なのか?
そこで、当会は緊急に以下のことを申し入れます。
(1) TPPへの参加がわが国の農業・医療・保険など広範囲な分野に重大な影響をもたらすと予想されることから、NHKは視聴者がこの問題について賢明な判断を下すのに貢献するよう、質量ともに充実した番組を企画し、それを適時に放送すること。
具体的には、視聴率が高い午後7時、9時の定時のニュースにおいて、TPPへの対応を伝える報道においてTPPをめぐる主要な論点・争点について適宜、視聴者の理解を助けるような解説を挿入すること、NHKスペシャルやクローズアップ現代などの時間枠を活用したり、各分野の専門家と視聴者が参加し、見解を異にする専門家間、あるは視聴者が専門家に率直な質問を投げかけて応答しあうことにより、TPPをめぐる争点を鮮明にするような特別番組を企画すること。
(2) その際には、番組制作にあたって、上記1~3で指摘した点について、視聴者に的確な事実を伝えるよう、留意すること。視聴者が重要な事実認識を共通するよう寄与することこそ公共的メディアとしてのNHKの最も重要な役割です。
(3) 番組制作にあたっては政府や関係行政機関の発表を伝えるだけなく、NHKとして独自の取材に注力し、自立的な調査報道に徹すること。何者にも阿ねない自立した調査報道こそ、公共放送の生命線であり、視聴者が最も強く期待することです。
以上、ご検討をよろしくお願いいたします。なお、今回の申し入れにつきまして、貴協会としてどのように受け止められ、どのように対応いただくのかについて、ご多用のところ恐縮ですが、11月18日(金)までに下記宛てに文書でご回答をお送りくださるよう、お願いいたします。
敬具
ご回答送付先:
××××
〔添付資料〕
TPPへの参加を巡るNHKの番組の履歴とコメント(2011年1月以降放送分)
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ作成
1.定時のニュース番組
過去10ヶ月余りのニュース番組を網羅的に調査したわけではないが、政府与党内で参加に向けた動きが加速した最近のニュース番組では、TPPへの参加推進派と慎重派の動静、政府与党内での意見集約の進捗状況を伝える内容が大半だった。日々のニュース番組でこうした動向を伝えるのは当然のことであるが、国民への情報の提供が遅れている現実に照らせば、NHKは政府与党の動静を伝えるだけでなく、福島原発事故の報道にみられたように、独自の取材の成果も活かして、ニュース番組に適宜、解説委員による噛み砕いた説明を入れるなどして、TPPへの参加をめぐる論点・争点を視聴者に丁寧に伝える工夫・努力が極めて不足していた。
2.NHKスペシャル、クローズアップ現代での報道・解説
まず、「NHKスペシャル」であるが、「これまでの放送」コラムで本年1月以降の番組を調べると、意外なことにTPPへの参加問題をテーマにした番組は皆無だった。10月22日に2部構成で「“食の安心”をどう取り戻すか」が放送されたが、大震災と原発事故で広がった食の安心・安全をどう取り戻すか、そのために産地をどのように変革していくのかを検討し議論する内容だった。こうした論点が非常に重要なことは確かであるが、「食の安全」「産地」を問題にするなら、今でさえ低い日本の食料自給率がTPPへの参加によって更に下がる事実をどう受け止めるのかという論点も取り上げてしかるべきだった。
次に、「クローズアップ現代」であるが、同番組のサイトの「これまでの放送」にあるフリーワード検索で「TPP」を検索したところ、2011年1月以降でヒットしたのは3月8日に放送された「シリーズ変わる農業」のみだった。しかも、この番組はTPPを取り上げたものではなく、中国へのコメ輸出に活路を見出そうとする日本の生産農家の動きを伝えたものだった。この意味では、過去10ヶ月余りの間、「クローズアップ現代」でもTPPを取り上げた番組はゼロということになる。
3.NHK解説委員室での番組企画
11月3日に8名の解説委員が一堂に会した討論番組「双方向解説 そこが知りたい!『激論!TPP』」が放送された。各解説委員がTPPへの参加の是非を巡って賛否の持論を交わすという番組の企画は大変積極的なものであるが、中味は推進派の委員が感情的に持論をまくしたてる場面が随所にみられたこと、テーマが農業に偏ったこと、その農業に関しても日本の農業を改革するにはTPPという外圧が必要と断定したり、「バスに乗り遅れてはいけない」といった思考抜きの意見や「選挙が近づく前に参加を決断する必要がある」と政局を絡めた意見が出るなど、公共放送の解説委員としてはあまりに理知が欠如した発言が目立った。
その点では、解説委員室が企画する「視点・論点」で2人の大学教員が賛否それぞれの立場から、「TPP参加の是非」を解説した番組(10月21日、22日放送)は基礎的な事実と資料を添えた解説で有益だった。
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