有効求人倍率は雇用の実態を反映していない ~安倍首相の自画自賛を検証する (その1)~
- 2014年 12月 23日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2014年12月21日
有権者はアベノミクスを信任したのか?
衆議院総選挙の投開票日の直後、安倍首相は「アベノミクスをさらに前進させよ、という国民の声をいただいた」(12月15日、NHKニュース)と胸を張った。そうなのか?
「毎日新聞」が12月9、10日に行った世論調査のなかに、「アベノミクスによって景気がよくなったと思うか」という質問項目がある。回答結果は次のとおりだった(「毎日新聞」12月11日)。
総 計 男 性 女 性
思う 21% 24% 19%
思わない 70% 67% 72%
選挙後はどうか。「共同通信」が12月15、16日に行った世論調査で質問した「アベノミクスで今後景気がよくなると思うか」への回答は次のとおりだった。
思う 27.3% 思わない 62.8% 分からない 9.9%
このような数字を見て、なお「わが政権の経済政策は信任を得た」と胸を張るのだとしたら、安倍首相の自己愛が異常か、安倍首相には不快な民意をふさぐフィルターが備わっているのか、どちらかだろう。どちらであれ、国民にとって不幸なことである。
確かに「有効求人倍率」は1を超えたが
衆院選の終盤から選挙後、安倍首相はアベノミクスの成果として繰り返し、3つの点を挙げた。
①就業者数が政権交代後、100万人増えた。
②有効求人倍率がようやく1を超えた。
③賃上げは過去15年間で最高になった。従業員100人以上の企業では平均月額5,254円(昨年比1.8%アップ)になった。
このような経済指標の使い方、読み取り方が実態に照らして妥当なのかどうかを順次、検証していきたい。まず、この記事では②を検証する。
はじめに、厚生労働省職業安定局の解説を使って用語の意味を確認しておきたい。「求人倍率」には2種類ある。一般に「有効求人倍率」と呼ばれるのは月間有効求職数に対する月間有効求人数の比率のことをいう。これに対して、「新規有効求人倍率」とは文字通り、新規求職数に対する新規求人数の比率のことをいう。
そこで、この倍率が近年、どのように推移してきたかを厚労省職業安定局雇用政策課が月別に公表している「一般職業紹介状況について」で確かめると次のとおりである。
「有効求人倍率・就職率・充足率の就業形態別の推移」
これをみると、パートの有効求人倍率は3年前の2011年10月当時から1を超え、その後もおおむね上昇を続けて、今年の10月時点では1.62となっている。これに対し、パートを除く職種の有効求人倍率は2010年10月当時0.5で、その後も1以下が続いたが、今年の9月に1.0となり、10月には1.02となった。この点は安倍首相の指摘のとおりである。
では、「有効求人倍率」が1を超えたとはどういうことなのか? 求人数が求職数を超えているのだから、直感的には、「好き嫌いを言わなければ、職を探している人は誰も職に就ける状況」と考えがちである。労働需給の状況から言えば、確かにそう解釈できそうである。しかし、私が問題にしたいのはここから先である。
実際に職に就けたのは求職者の1割!
くどいようだが、「有効求人倍率」とはあくまでも労働の「需給」状況を示す指標であって、求人を出した企業がそれと同じ数だけ実際に採用するかどうか、したかどうかは別の話である。同様に、「有効求人倍率」が1を超えたからといって、職を求めた人がすべて職に就いたかどうか、就けたかどうかも別の話である。
この点では、求職者にとって重要なのは「求人数」ではなく、実際に職に就けたかどうか、求人をした企業が実際どれだけ「採用」をしたのかである。
実は、このような実績値も、厚労省職業安定局雇用政策課が公表している前掲の「一般職業紹介状況について」になかで示されている。「就職率」、「充足率」という指標がそれである。このうち、「就職率」とは求職数に対する実際の就職件数の割合をいい、「充足率」とは求人数に対する実際の就職(採用)件数のことをいう。前掲の表にはこれら2つの指標の推移も示している。
ここで、過去4か年の10月時点の3つの指標を抽出して示しておく。いずれもパートを除く数値である。
有効求人倍率 就職率 充足率
2011年10月 0.64 6.6% 10.3%
2012年10月 0.75 7.0% 9.4%
2013年10月 0.91 7.5% 8.3%
2014年10月 1.02 7.7% 7.5%
これを見ると、就職率は微増の傾向にあるとはいえ、それ自体(絶対水準)は今なお7%台である。求職者のうち、実際に職に就けたのは100人に8人未満ということだ。
さらに、充足率は4年前の時点でも10%強という低い水準だったが、近年はそこからさらに下がり、今年の10月時点では7.5%となっている。
このような「実績」を省みず、求人と求職の比率だけを取り上げて雇用状況が改善した、上向いたと喧伝するのは実態を大きく見誤るものである。
「有効求人倍率」と「就職率」「充足率」が乖離する要因の検討
では、なぜこれほどまで「有効求人倍率」と「就職率」、「充足率」が乖離するのか、その要因を検討することこそ、雇用政策の最重要課題である。私には、この問題を究明するのに十分な知見、資料を持ち合わせていないが、ここでは総務省統計局が定期的に公表している「労働力調査」の期別詳細集計に収録されている、
(A)現職の雇用形態についた主な理由別の非正規の職員・従業員の内訳
(B)これら非正規職員・従業員が現職の雇用形態についた主な理由別にみた転職希望者の割合
(C)完全失業者が仕事に就けない理由
の調査結果を手掛かりに上記の乖離が生まれる理由を推理してみたい。以下では(C)を除いて実数は省き、百分比のみを示すことにする。すべて2014年7~9期平均。
まず、(A)のデータ(上位の理由の抽出)を示すと次のとおりである。
(非正規の職に就いた理由)
男女計 男性 女性
自分の都合のよい時間に働きたいから 25.4% 24.1% 26.0%
家計の補助・学費等を得たいから 20.6% 12.1% 24.4%
家事・育児・介護等と両立しやすいから 12.2% 0.9% 17.4%
正規の仕事がないから 17.1% 25.8% 13.1%
次に(B)のデータを示すと次のとおりである。(原表の実数から計算)
(非正規の職に就いた理由) (転職を希望する非正規職員等の割合)
男女計 男性 女性
自分の都合のよい時間に働きたいから 19.7% 23.0% 18.1%
家計の補助・学費等を得たいから 20.2% 17.1% 20.9%
家事・育児・介護等と両立しやすいから 20.6% 40.0% 20.2%
正規の仕事がないから 47.3% 47.7% 47.0%
最後に(C) データを示すと次のとおりである。
仕事に就けない理由別に見た完全失業者の割合
希望する種類・内容の仕事がない 67万人(28.2%)
求人の年齢と自分の年齢とがあわない 36 (15.1%)
勤務時間・休日などが希望とあわない 28 (11.8%)
賃金・給料が希望とあわない 21 ( 8.8%)
自分の技術や技能が求人要件に満たない 16 ( 6.7%)
条件にこだわらないが仕事がない 15 ( 6.3%)
その他 51 (21.4%)
これら3つのデータから「有効求人倍率」と「就職率」、「充足率」が乖離する理由を以下のように推理できる。
1つは、これまでから常識的に指摘されてきたことではあるが、求人側が求めるニーズと求職側の希望条件ないしは就労可能条件に大きなギャップがあるということである。特にはっきりしているのは求人に年齢要件が付けられている場合である。データ(C)から、求職しながら就職できない高齢者にはこれに該当するケースが少なくないことが窺える。また、データ(C)にある「自分の技術や技能が求人要件に満たない」という理由もこれに近いと考えられる。
第2は、正規雇用がなかったために非正規の職に就いている人の割合が高く(データ(A))、なおかつ、そうした人々の中で正規雇用への転職を希望する人の割合が男女を問わず47%に達している(データ(B))にもかかわらず、正規雇用の求人が少ないというミスマッチである。正規・非正規別の雇用動向はこのあとの記事で触れるが、一口に求人といっても正規雇用の求人か、非正規雇用の求人かで、求職とのミスマッチが起こることは当然予見されるし、この点こそ、現在のわが国の雇用政策で是正が求められている最重要問題である。この意味で、求人の中に非正規の求人がどれほどか考慮せず、正規・非正規の求人をどんぶり勘定した「有効求人倍率」だけを取り出し、これが1を超えたことを時の首相が誇らしげに語るのは無知か、愚かか、いずれか、または両方である。
「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」の欺瞞性
第3に指摘しなければならないのは、政府が労働法制の規制緩和の理由としてことあるごとに唱える「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」という物言いと現実の乖離である。
データ(A)で挙げられた非正規の職に就いた理由は一見、「多様な働き方」というニーズを表しているかに見える。確かに、そうした理由で非正規の職を選んだ人々も少なくないだろう。しかし、データ(B)を見ると、「自分の都合のよい時間に働きたい」という理由で非正規の職に就いた人の約20%が正規雇用への転職を希望している。同様に、「家事・育児・介護等と両立しやすい」という理由で非正規の職に就いた人の約21%(男性の場合は実数が5万人と少ないが、そのうちの40%に当たる2万人)が正規雇用への転職を希望している。そして、非正規の職に就いた人の17%(313万人)は「多様な働き方」からなどというきれいごとからではなく、「正規雇用がなかったから」という理由で非正規の職を選ばざるを得なかったことが示されている。
このような現実を直視せず、「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」などという机上のうわごとを唱えるのは、自分の生活条件を二の次にしてでも必死に正規雇用を求める人々、あるいは「柔軟」云々ではなく、育児、介護といった死活的な生活条件から非正規の職を求める人々が少なくない実態を無視するものである。
最後に指摘しておきたいのは、これまで使ったデータには含まれていない非労働人口、具体的には「就業を希望しながら求職活動をしていない人々」が今年の7~9月期の平均で406万人もいるという事実である。この中には就業を希望しながらも、目下、病気療養等のため、求職活動をできない人(192万人)が含まれている点を留意することは必要だ。
しかし、それでも、①残り214万人のうちの117万人は「適当な仕事がありそうにない」とう理由で求職活動をしていないこと、②非労働人口でかつ就業を希望している406万人のうちの315万人、率にして77.6%が15歳~54歳の年代の人々であることを深刻に受け止め、実効性のある対策を講じる必要がある。そうした対策を講じることなく、「女性が輝く社会」などと唱えるのは悪い冗談で済まない空言である。
初出:醍醐聰のブログより許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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