真っ直ぐにすれば真っ直ぐ
- 2015年 3月 2日
- 交流の広場
- 藤澤豊
戦前から歯車一筋のメーカが製品の多角化を進めていた。そのなかで小さなラックは自社で製造し、品揃えとして大きなラックはドイツのメーカの代理店をしていた。直販と代理店経由を組み合わせた販売体制を敷いていた。その会社の名古屋地区の代理店が二年以上かけて工作機械メーカにラックを売り込んでいた。機械メーカでは長年標準採用してきたラックがあり何も困ってはいない。それを価格や性能で際立った優位性があるのなら採用を検討してもいいというところまでこぎ着けた。
ヨーロッパのラックメーカの日本支社のベテラン営業と歯車メーカの本社営業に名古屋地区の営業トップ、名古屋地区の代理店(ドイツのメーカから見れば二次店)の営業担当が機械メーカに同行訪問した。打ち合わせの結果、歯車メーカの費用でサンプルラックを三本提供する。提供されたラックを機械メーカで検査、評価する。合格すれば、試験採用も検討しようという話にまで持ち込んだ。
三本のサンプルラックの仕様はこれこれで、メーカとしてこれこれの項目を検査して、検査成績表をラックに同梱して提供することで合意した。歯車メーカの打合わせ議事録、固い業界の堅い仕事をしてきただけあって、要点がきちんと整理されていて抜けがない。機械メーカから要求された検査項目が重みも含めてリストアップされている。
ここまで整理されていれば、ヨーロッパの会社のベテラン営業、ドイツの事業部への連絡も楽なはず。ところがこれが一筋縄では行かない社内事情がある。まず、技術に疎い日本支社が機械メーカの要求をきちんとドイツの事業部に伝えられるか。さらに、いくら要求をきちんと伝えたところで、それをドイツの事業部のトップが理解するか。何を伝えたところで、自分の都合で勝ってに理解したいようにしか理解しない絵に描いたようなドイツ人。英語があてにならないこともあって、書類(検査成績表)は出てくるまでは何が出てくるか分からない。極端な場合、出てくるはずのものが出てこない。検査費用を客から取っておいて、その検査はしたが、検査成績表を出すとは言っていないと屁理屈にもならない主張をして譲らないことすらあった。ここまでくると説明とかコミュニケーションがどうのという話ではない。
三本のサンプルラックが歯車メーカに届いた。物は届いたが検査成績表が付いていない。ラックをドイツにエア便で送って検査してもらって、検査成績表を同梱してラックを送り返してもらう方法もあるが、いくつかの理由で得策とは思えない。第一に機械メーカへの納期が間に合わない。第二にエア便で往復のコストも馬鹿にならない。第三に、これが一番計算に乗らない不安要素なのだが、依頼した検査を本当にしてくれるのか、今までコミュニケーション不足と片付けようのないごまかしにあってきただけに、ドイツとの往復の時間とコストを割く気になれない。
どうしたものかと思案するまでもない。代理店は歯車メーカで小型のラックも製造している会社。昨日今日の会社ではない。計測設備も含め検査体制もしっかりているはず。そこで精度を測定してしまえば事足りる。時間もコストもセーブできるだけでなく安心して任せられる。フツーに考えればこれしかないという妙案に思える。
歯車メーカの営業部長から電話が入った。サンプルラック、検査したらいくつかの項目で許容公差内に入っていない。これでは機械メーカに提供できない。提供したら代理店も含めた二年間の営業努力が水泡に帰する。それだけでなく関係者同士の信頼関係も崩壊しかねない。即、精度のちゃんとした交換品の手配をお願いしたい。時間がない。。。
ここからドイツの優生学に引きずられたドタバタ喜劇が始まった。歯車メーカの検査結果(測定値)をドイツの事業部に伝えたら、それは歯車メーカの測定方法が間違っているのであってラックの精度がでていないなどありえない。ぐずぐず言わずに即機械メーカに送れという厳命が下った。これを歯車メーカに伝えたら、そこまで言うのであれば精度測定に立ち会って、自分の目で確認してもらいたい。歯車メーカもメーカとしての、あって当たり前の自負がある。
頭から歯車メーカの技術というのか多分人種としてさえ下に見ているとしか思えない人たちだったから、スイスの本社からもドイツの事業部からも人が飛んできて検査に立ち会う可能性などない。お前たちの測定方法が間違ってるから測定値が公差内に収まらないの一点張り。日本支社からの話など聞く耳をもたない。
幸か不幸か日本支社に工作機械屋の技術屋だったのがいて、歯車メーカの検査を見学させてもらった。恒温室ではないが生産現場での検査としてはどこに出しても恥ずかしくない日本の機械工業が誇る標準的な測定装置に測定方法。何も間違ってはいない。これをスイスとドイツの関係者に報告しようとしたら、そんなもの見る必要ない。社外秘の測定方法を教えてやると、一人称の説明資料を送ってきた。
自分では分かっていても人に説明するのが不得意な人もいる。ドイツの事業部のトップ、この類の人だという人もいるが問題の性格が違う。はなから日本人を劣った人種としか見ていない言葉が多すぎる。馬鹿にしているから、日本の客の要求など真っ正直に受け取る必要もなく、自分の都合を優先するのは当たり前という以上に正しい。だからこそ自分の都合で内容を違えても平然としていられるとしか思えない。そうとでも考えなければ日常的におきていることの説明がつかない。ましてや、オレが作ったラックの精度がでていない?アジアの真似者、たわけ者が何をかいわんやというところだろう。
ラックの真直度がでていない。百分の一ミリの単位でかなり捩れている。測定物に測定による影響をできる限り与えないようにして測定する。これは機械屋のというより科学一般の常識で中学生でも分かること。たとえば、液体の温度を測ろうと温度計を液体に入れたら、液体の温度が上がってしまう、下がってしまう測定方法では液体の温度を正しく測れない。自明の理だろう。
とろがドイツの事業部のトップが言ってきた社外秘の測定方法では、平らな面にラックを押し付けて万力で固定した状態で真直度を測定することになっている。これが我が社が誇る技術だと。さらにラックを素手で触ってはいけない。必ず手袋をして指紋がラックに付かないようにしなければならない。指紋が測定精度に悪い影響を与える。ここまでくると、まるでどこかの新興宗教の説教の響きすらある。
たわんだ棒のたわみ量を測定するときに、平らな面に棒を押し付けてたわみをなくして真っ直ぐにして測定して、棒はたわんでいないというようなもので、計測のなんたるか、基礎の基礎すら分かっていないか、どうせ日本人だ、自分の都合のいいように馴致しなければならないとでも勘違いしているのではないかとすら思える。
ラックの精度、検査成績表、納期。。。固い業界で堅い仕事をしている日本人には別世界の話に聞こえる。誰も完璧ではありえない。いつも課題をかかえて解決しよう、改善しようと努力し続ける。そこに企業としての文化、人としのありようの価値や意義を見出して切磋琢磨してきた。
いまだにドイツやスイスの機械製品に対する畏敬の念から自由になりきれないが、僅かながらも内情を知ってしまった者の目には日本のストイックなまでの品質管理、その品質管理の基礎となっている米国で確立された現代の大量生産工業技術の方がはるかに信頼できる。
これが日本のモノ作りの強みであると同時に弱みでもある。工芸品ではない工業製品、フツーのいいものしか、当たり外れのない均一な工業製品しか作れない。現代工業技術が生み出した日本の腕時計と工芸品としてのヨーロッパ腕時計を想像すればいい。
ヨーロッパの工業製品、人が作っているのだから当たり外れはあって当たり前。そこから生まれる予期せぬ面白みに興味のない人にはお勧めできない準工業製品ということになろうか。固い業界の堅い仕事をしてきた者としては、遠慮させて頂きたい。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
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