「チトー主義は進歩か退歩か・再論」
- 2011年 3月 6日
- スタディルーム
- 岩田昌征社会主義、ファシズム、民主主義
拙論「チトー主義は進歩か退歩か」に関連して、石塚正英氏と吉澤明氏から助言的コメントが寄せられた。記して感謝したい。
石塚は、エクメチチの退歩論を批判して、ファシズムやナチズムを労働大衆の運動が創りだした面が「退歩or進歩」論では切り捨てられてしまうという。紹介者の岩田に自著『歴史知と学問論』(社会評論社、2007年)を読むように勧める。早速、社会評論社に発注して関連諸章を一読した。「時代の大衆の性格構造」が「時代の歴史を動かす動因・背景」にあり、とくに20世紀の「ファシズムと民主主義には交互的関係が存在する」(p.117)はその通りであると合点する。今日只今、中東北アの民衆運動・動乱を考える上でも大切な視点である。しかしながら、ファシズムであれ、アラブ民衆運動であれ、その理解には「過去から現在、現在から未来へと連なる時間的経過・歴史的現実」の中の「日常生活」、「衣食住を整えて日々を生き抜く日常生活者の思想と行動に深く関連している」「歴史知」(pp.10-11)が、必須であり、それなしには単なる抽象論である。その抽象論の内部でのみ「退歩or進歩」論議に意味があると、石塚の言を私、岩田は了解した。如何。また、石塚が師村瀬興雄の主張「共産主義とファシズムと民主主義との関係については、私はこの三者を相いれない運動又は体制と考えずに、むしろ相互に移行することの可能な、三角形の三頂点と考えるべきではないか、と思っている」(p.127)は、私のトリアーデ体系論におけるE(平等)・P(計画)・階級系列、F(友愛)・C(協議)・民族系列、そしてL(自由)・M(市場)・市民系列という三角形の三頂点が相互に接近・反発して、作動可能な社会経済生活を保障するとする主張に通じる先学の社会哲学である。心強い。拙著『20世紀崩壊とユーゴスラヴィア戦争』(御茶の水書房、2010年)を参照されたし。
吉澤は、『ウィキペディア』のイタリア社会共和国の項目、『ヴェローナ憲章』伊語原文、マクス・ガロ著・木村訳『ムッソリーニの時代』(文芸春秋、1987年)の関連個所コピー、イタリア人研究者のイタリア語論文、そして吉澤自身の諸論稿を送付してくれた。単行本にすれば二冊分になる。私が読むことのできる日本語部分のみを一読した。
―イタリア社会共和国政府(1943年9月‐1945年3月)は、・・・100人以上の社員をもつ会社すべてを国営化する路線を進めた。ファシズムの原点回帰は、社会党時代の友人でマルクス主義理論家のニコラ・ボムバッチが作成した経済理論に基づき、政策を行ったことからも明らかであった。専門家たちはこれをファシズムの社会主義への回帰と評している(『ウィキペディア』)。
―1945年1月、ムッソリーニは労働省を新設した。2月には、モンテカティーニ、フィアット、それにロンバルディア鉄鋼会社を含めた社会主義化措置を布告した(『ムッソリーニの時代』p.405)。
―社会主義化された工場を樹立するために、フィアット自動車工場で、工場委員会の選挙のための集会が開かれたが、2万9229人の労働者と幹部職員のうち僅か274人が投票したに過ぎなかった(p.406)。
ファシズム運動末期のあがきにその原点的本性が再生したのかもしれない。迫り来る左派パルチザン部隊と、押し寄せる連合軍を目前にして、もはや期待できない労働者大衆の支持をあてにして、工場委員会の選挙を実行するとは!!吉澤の論文「戦後日本社会の出自」(2010年4月10日)は、石田憲『敗戦から憲法へ 日独伊憲法制定の比較政治史』(岩波2007年)に依拠して戦後イタリア共和国憲法の第一条は、共和国の社会性の基礎が労働にあり、労働の価値と権利を民主主義の根本に据えているが、それはファシズムの経験とその反省に基づくとする。経験と反省とは、石塚的にいえばファシズムと民主主義の交互的関係の、私、岩田なりに表現すれば労働の両義性の、すなわち全体主義の基礎ともなり、民主主義の支柱ともなるという基本性格の歴史的確認であろう。このようにみてくると、第二次大戦後のイタリア憲法の社会権(労働権)もスターリンとの対決後にユーゴスラヴィアが採用した労働者自主管理システムも再生ファシズムのサロ共和国(イタリア社会共和国)との関連性で論じることに意味が出てくる。最後に一言。ファシズムの原点回帰は、「マルクス主義理論家のニコラ・ボムバッチ」に依拠したとされているニコラ・ボムバッチは、その名前から推察すれば、ユーゴスラヴィア(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ)系であろう。とすると、労働者自主管理導入の推進者、スロヴェニア人のボリス・キドリチやエドワルド・カルデリ等がニコラ・ボムバッチを読んでいたかもしれない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study384:110306〕
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