中国の漁船が尖閣諸島沖で日本の巡視船に衝突し、船長が逮捕された事件は、日中双方が相手側に抗議する事態になった。そして中国側は11日、この中旬に始まる予定だった日中ガス田条約交渉を延期する“対抗措置”を発表、これには日本側が「筋違い」として抗議の構えを見せた。今回の中国側の抗議はねばっこく、9月に北京に着任したばかりの丹羽宇一郎大使は6日間に5回にわたって中国外務省に呼び出された。
中国側の抗議内容は次のように絞り込める。①釣魚島・付属島嶼(尖閣諸島)は中国領土である②その海域で操業していた中国漁船への日本国内法適用は非合法・無効である③漁船員と漁船をただちに無条件で解放せよ。
丹羽大使への抗議・申し入れの回数が多かったというだけではない。その呼び出し方も方法もきわめて異例なものだった。問題の発生から時間を追ってたどるとこうなる。
9月7日◇北京で宋涛・外務次官が丹羽大使を外務省に呼び、「中国漁船への妨害」について厳正な申し入れと妨害停止を要求。◇東京で程永華大使が日本外務省に強く抗議し、漁民と漁船の釈放を要求。
9月8日◇中国外務省の胡正躍・次官補が丹羽大使を外務省に呼び、「中国漁船拿捕」について強く抗議し、漁民と漁船の釈放を要求。◇北京の日本大使館前で数十人が横断幕掲げて抗議活動。
9月9日◇(船長の身柄送検)。◇中国外務省の姜瑜スポークスマン、漁民と漁船の釈放を要求。また、漁業監視船派遣を発表。◇中国共産党機関紙 『人民日報』社の「人民ネット」(日本語版)が「中国漁船拿捕事件」を特集。「新浪ネット」に寄せられたある書き込みは「日本側は釣魚島海域からその軍艦を撤収せよ」と主張。
9月10日◇楊潔箎(ようけっち)外相が丹羽大使を外務省に呼んで抗議し、漁民と漁船の即時釈放を要求。
9月11日◇中国外務省、日本とのガス田条約交渉を延期すると発表した。◇中国側、海上保安庁の測量船に調査中止を要求。
9月12日◇午前0時(北京時間)、戴秉国(たいへいこく)国務委員が丹羽大使を外務省に呼んで「重大な関心」を伝え、漁民と漁船の即時釈放を要求。◇姜瑜スポークスマン、中国漁船の現場検証は不法・無効と強調。
「異例なもの」としたのは、丹羽大使を呼んでの申し入れがまず外務次官によって行われ、2度目が格下の次官補による抗議だったことがひとつ。外務次官申し入れの時点ではまだ船長逮捕に至っておらず、次官補がやり直した格好だ。
そして極めつきは、外相みずからの3度目の抗議があったのにそれでもとどまらなかったこと。外交担当の国務委員(副首相級)まで出てきて丹羽大使を緊急に呼び出し、4回目に至ったのである(なお、13日付け『読売新聞』夕刊によると、外相の前に王光亜・筆頭次官が3回目の呼び出しを行ったという。それを加えれば、外相=4回目、国務委員=5回目となる)。
しかも、日本で「未明」と伝えられた国務委員による呼び出しの原語は「凌晨」。これは、夜半から明け方までを指している。正確な呼び出し時間の12日午前0時(日本時間午前1時)は深夜というべきだろう。仙谷官房長官は13日の会見で、この時間帯の呼び出しについて不快感を表明した。この異例の時間の呼び出しは、中国指導部による国務委員=大使会見の決定が11日深夜にとられたものであることをうかがわせている。
ただ、戴秉国・国務委員の会見での申し入れ内容は「重大な関心と厳正な立場」を表明し、「賢明な政治決断」を促したものである。中国外務省のホームページの報道では「抗議」という言葉は使われていない。
中国外務省のこの対応は、日本側の船長逮捕・身柄送検や現場検証という司法手続きをにらみながらとられたものだろう。その中で、ガス田条約交渉問題が浮上したが、その開始は5月の日中首脳会談で合意をみたものだけに、一方的な延期発表は、胡錦涛党総書記も承認してとった中国側の一歩踏み込んだ対応といっていい。それだけに、日本政府も一方的な交渉延期決定は「筋違い」と反発をあらわにしている。
尖閣諸島問題のトラブルの根っこが領有権での対立にあることはいまさらいうまでもない。そのうえ、今回の日本の巡視船と中国漁船の衝突が、中国では漁船を被害者とする構図で伝えられたため、ネットに噴出した意見は中国政府を弱腰だと非難する内容のものが多い。中国外務省のねばっこい対応はそれを見越してのものだ。
たとえば、「人民ネット」へのある書き込みは「外交部がこれまで通りに関心を示して抗議するだけで、他にやれることはないのか」と憤慨している。また、同ネットの提案コーナーには、「民間の資金と人員を大量に動員して魚釣島を占拠してしまえばいい」という長文の書き込みが登場した。この提案には13日昼現在、3359の「拍手」と129の「同意署名」が寄せられた(この提案を見たネットユーザの総数は不明)。
日本側では、民主党代表選挙のため対応が必ずしも早急・十分でない節も見受けられ、欧州のメディアには中国が日本政治の乱れにつけ込んだとする見方も出ている。代表選挙は14日終了するが、今回の事態は、上記のように両国の主権に関わる問題から派生したものであり、根本的な解決は先送りするしかない。中国側要求の漁民・漁船の釈放・返還については拘置されている船長以外の14人が13日帰国し、漁船も返還される。「9・18」(満州事変記念日)を目前にしたいま、残る対立点をどのように解消していくか、双方の智恵が問われている。
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