旧ソ連時代も含めて、ロシアでは初の冬季五輪「ソチ・オリンピック」の開催最中に起きたウクライナの政変は、クリミア半島のロシアの再領土化、これに強く反発する米国とEU諸国のロシアへの経済制裁、ウクライナ国内での新政権派と親露勢力の武力衝突、内戦をもたらし、冷戦時代を思わせる米露対決の様相を呈している。エネルギー大国のロシアを巻き込んだ国際紛争だけに、原油価格の激変も起き、米国の景気回復の「切り札」だったシェールガス産業にも甚大な影響を与えつつある。ロシアも原油価格の急落で、天然ガス売り上げが急減し、経済制裁もあって、ルーブルの急落、さらには金融危機とデフォルトのリスクも高まっている。中国はロシアの金融危機支援を表明し、「米EC対中露」という新たな国際対立も始まっている。世界規模の動乱になるのかどうか、2015年の最も注目すべき出来事だ。
のちに詳しく見るが、ウクライナ政変は当初、ヤヌコビッチ独裁政権を民衆が実力行動で倒したように伝えられていたが、本当は、「アラブの春」を演出した米国のネオコンが2013年ころから、ウクライナにも浸透して、反ロシア・反プーチン、親EUの政権樹立を画策し、それが政変という形で一応、「成果」を挙げたものだったようだ。イラク戦争を主導したネオコンはブッシュ・ジュニア政権の終焉で政権中枢からは追われたが、依然としてアラブ諸国やウクライナなどの政権の転覆を画策し続けていたのだ。こうした動向を十分、把握していたプーチンは、電光石火、ロシアの軍事的拠点のクリミア半島を再びウクライナから奪還してロシア領とすべく、民間人を装ったロシア軍秘密部隊をセバストポールなどクリミア半島に展開させ、住民投票を実施して、ウクライナから同半島を切り離した。
このプーチンの早業になす術もなかった米国のオバマ大統領は、EU諸国や日本も巻き込んで、ロシアへの経済制裁を実施、プーチンを揺さぶっている。北京五輪の時に、グルジアからオセチア、アブハジアを切り離した軍事行動の再現でもあった。
さらにロシアは、親露住民が多い東部ウクライナで、ルガンスク、ドネツクに新政権を樹立させたが、米ネオコンやEU諸国の支援を受けたウクライナ新政権はウクライナ軍を投入、空爆も重ねてこれら親露派武装勢力の封じ込め、壊滅を目指す軍事作戦を展開、内戦が激化している。
さらにウクライナ軍事紛争のせいだけではないが、原油価格が1バレル80ドル前後から60ドル前後に急落、天然ガス収入に大きく依存するロシアは財政逼迫に直面し、ルーブルの不安定化も進行しており、領土問題から、ロシア経済そのものの行方まで懸念される事態となっている。
原油価格の急落は、世界最大の原油国であるサウジアラビアが原油の減産に応じないため、歯止めがかからないのだが、サウジの本当の狙いは、すでに米国のエネルギー需要の30%を担うに至ったジェールガスのシェア拡大に待ったをかけるのが最大の狙いと見られている。シェールガスは1バレル60ドル以下では採算が取れず、早くも倒産の危機に直面するシェールガス企業も出て来ている。
しかし、この原油価格低迷は、上記のように、ロシアの経済危機、さらには、イラク、シリアに忽然と登場した「イスラム国」の行く末にも大きな影響を及ぼしている。イスラム国はイラクから奪取した油田の原油を1バレル20ドル代という「超安値」で原油の闇市場に放出し、戦費を稼いでいるからだ。
一方、イラク戦争や「アラブの春」以降も「独裁政権を倒し、民主政権に変える」ことを建前としているネオコンも、ウクライナでは選挙で成立したヤヌコビッチ政権を民衆デモが倒し、「チョコレート成金」だったポロシェンコを新大統領に押し上げたものの、政権の正統性(レジディマシー)が担保されないままで、プーチン批判も迫力に欠けたままだ。ソチ五輪中のキエフなどでの反ヤヌコビッチデモも、ネオナチ系の人々が多数関与していたことが明らかになり、ポロシェンコ政権も、旧ソ連崩壊後の混乱の中で蓄財した新興財閥(オルガリヒ)が多数を占めていることなどから、「民主政権」とはとても呼べないものであることが明らかになって来ている。
「プーチン一派の悪行」として米国やEU諸国が喧伝したマレーシア旅客機の撃墜事件も、ウクライナ空軍の犯行ではないか、との見方が強まっている。
このように、ネオコンが仕掛けたウクライナの政変は、最終目的はプーチン政権の打倒なのではないか、との見方も出てきており、東欧諸国やEUの一部諸国では、米国やフランスのロシア批判に懐疑的な見方も出て来ている。一方でスターリン時代のソ連に苦しめられたバルト3国などは、ネオコンやオバマのプーチン批判に強く賛同している。
プーチンは、ルガンスク、ドネツクなどをウクライナから切り離した独立国にすることを次の目標としているようで、グルジアからのアブハジア、オセチアの切り離しと同じ手法を取ろうとしているようだが、経済問題が惹起して、ウクライナ問題に注ぎ込めるエネルギーは減少しつつあるようだ。
プーチンは、EUの影響下にある核兵器がウクライナに配備されることを何より警戒しているようで、この点と、クリミア半島のウクライナへの返還だけは、何としても阻止するだろう。核戦争の危機というキャンペーンも張るかも知れない。
一方、ウクライナ問題については静観していた中国は、ルーブルの通貨危機を巡っては、ロシアへの資金援助、デフォルトを防ぐ金融支援を公言し出している。オバマと習近平の蜜月もこの問題で終焉するかも知れない。中間選挙で敗北し、残る2年間の任期期間中の「レイムダック」化が喧伝されているオバマとしては、イスラム国対応、イラク、シリア情勢、そしてこのウクライナ問題で「タカ派」に転じつつあるようで、ウクライナへの米軍投入の可能性もゼロではないだろう。
しばらく続いていた米露、米中の「良好な関係」は大きく転換しようとしているようだ。それが新冷戦といった形になるのかどうか、まだ分らないが。
以下、ウクライナ問題について、もう少し詳しく見てみよう。
元朝日新聞モスクワ特派員で現高知大准教授の塩原俊彦氏が最近、社会評論社から「ウクライナ・ゲート」という本を出版した。
本書は5章から成り、第1章ではこの政変の「陰の仕掛け人」であるヌーランド米国務次官補らオバマ政権内に潜むネオコンがヤヌコビッチ・前ウクライナ大統領ら前政権の崩壊をいかにしてもたらしたか、という策謀を詳しくフォローしている。反政府運動の直接のきっかけは、ヤヌコビッチ政権がEUとの統合の前提になる「連合協定締結」を断念したことだったが、オバマ政権がシリアのアサド政権打倒、反政府勢力支援の為に実行を求めたシリア空爆を、プーチン大統領が拒否したこと、米国の諜報機関である国家安全保障局(NSA)の情報分析の専門家、エドワード・スノーデンがロシアに逃亡し、プーチンが匿ったことなどが、ネオコンの「プーチン憎し」の気運を高めたことなど、ネオコン側の「政変演出の動機・背景」だ、と指摘している。
細かく見ると、2013年9月に米国民主主義基金というNGOのトップだったカール・ガーシュマンが「ウクライナの欧州への参加という選択こそプーチンが代表している”ロシアの帝国主義”というイデオロギーを葬り去ることになる」と述べ、プーチン攻撃がウクライナ政変の最大の狙いであることを表明している。また、この基金が、反政府勢力支援のために、闘争資金を供給していたらしい。また、夫がネオコンの論客のロバート・ケーガンであるヌーランドも同年12月には隠密裏にキエフに赴き、ピケを張る反ヤヌコビッチグループを激励したらしい。
さらに、ドイツ、フランス、英国などが、この米ネオコングループの策動を知りながらも、これを阻止できなかつたいきさつも、EU内での主導権争いを絡めて、紹介している。
しかし、ヤヌコビッチは親プーチンではなかったこと、ロシアがあっという間にクリミア半島を事実上、併合したことなどは、ネオコン側の誤算で、その後のウクライナ情勢が混迷することになった。
第2章では、ヤヌコビッチを追放したウクライナ側のリーダー、新しい大統領になったポロシェンコやその側近などの横顔を紹介、ほとんどが新興財閥のボス(オルガリヒ)で、シェール石油に関わる事業家も多く、ウクライナ政変のもうひとつのバックが天然ガス、シェール石油を巡るウクライナを挟んだ米ロの攻防戦であることが分る。また、ロシア軍の装備のうち、いくつかはウクライナの軍事産業で生産されており、ロシアにとっても死活問題であること、さらに、ウクライナが核兵器をモスクワなどに向けて配備することは、ロシアの安全保障にとって「致命傷」となることなども説明され、軍事、安全保障に深く関わる「ウクライナ問題」の解決の難しさが窺える。
第3章では、このロシアの軍事・安全保障問題をさらに詳述、中国の動向も分析されている。第4章では、「独裁政権に挑む民主勢力」という米国を中心にしたネオコン側のマスコミ操作の「手口」を追跡している。
著者も何度も指摘しているように、「自由主義、民主主義」を旗印にするネオコンは、チュニジア、エジブト、リビアの「アラブの春」を演出してレシーム・チェンジを実現した。しかし、シリア、イラクではうまくいかず「イスラム国」という予想もしなかった武装勢力を生み出した。リビアも内戦状態で、ブッシュ・ジュニアのアフガン、イラク戦争と同様に、ネオコン路線はほとんど破綻している。ましてや、ウクライナのヤヌコビッチ政権は選挙で選ばれた合法政権で、これを武装した反政府勢力の力で打倒したというのは、ネオコンの理念にも反する。もちろんその背後にはイデオロギーではなく、ウクライナの天然ガスとジェール石油問題があるわけだが、ロシアにとって最重要軍事拠点であるクリミア半島や、核兵器問題は、「譲歩できない国家存立の基盤」であり、プーチンが時折、「核戦争の危機」を訴えるのも、単なる恫喝ではない。ネオコンは1989ー92年のソ連・東欧の社会主義政権の崩壊の再現を夢見ているのかも知れないが、体制を建て直し、強い指導力を確保しているプーチン政権は、ゴルバチョフ、エリツィン時代とは全然違う。
米国内にも、大統領選予備選にも出馬したロン・ポール上院議員のように「ロシアへの過剰な経済制裁は、世界通貨体制の崩壊をもたらす」と警告を発する政治家もいる。
いずれにせよ、覇権国家のプライド、領土、エネルギー・軍事戦略、民族主義が複雑に絡みあったウクライナ問題は、まだ「落としどころ」も全く見えず、プーチン、オバマという両雄の政治生命もかかった難問(アポリア)として、2015年も世界を揺るがし続ける「火薬庫」となり続けるだろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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