「あの人に迫る 中西準子 環境リスク学者」 (東京新聞2015-08-23号)を読んで

この記事の上記タイトルのすぐ下には囲みがあって、次のように書かれている。

「あなたに伝えたい 思想によって人の命や自由は簡単に奪われてしまいます。だから、事実や根拠に基づいて物事を決めていかなくてはいけない」。

中西準子を知らなくても、この囲みの記述に惹かれて、記事を読んだ人があるかもしれない。

この記事の大見出しは「早期帰還めざし線量の見直しを」。

ここで私は「おやッ?!」と思ったのだが、彼女を取材した林勝記者の「インタビューを終えて」は、福沢諭吉を援用しながら次のように述べ、中西準子を高く評価している。

「中西さんは、まさに福沢のような独立自尊とカラリとした精神の持ち主だった。キャリアウーマン、リケジョ(理系女子)の先駆けでもある」。

私がこの記事を読んで、「おやッ?!」と思った理由、記事を読んで感じた疑問点と、私なりの、林勝記者と東京新聞への提言を以下に列挙する。

 

1) なぜ、中西準子と林勝記者は「移住の権利」保障を主張しないのか?

そうではなくて、なぜ、早期帰還実現のために線量の見直しを提案するのか?

子どもたちを、人工核物質による余分な被曝から守るために、人工核物質による環境汚染の少ないところへ移り住めるようにする「移住の権利」の保障が最優先課題ではないのか。

 

2) なぜ、除染が放射線の被曝リスクを下げるための唯一の選択肢なのか?

彼女はこの記事の中で次のように述べている。

「除染の目標を徹底的に下げれば、放射能のリスクが下がるから良いように思えますが、逆に、いつまでたっても帰れません」。「その間に被災者の生活や人生設計が破壊されるリスクを考えないと。一つのリスクを無理に減らすと、別のリスクが大きくなる。これをリスクトレードオフといいます」。

「移住の権利」保障にはまったく触れずに、あたかも除染が放射線被曝リスク低減に有効な方法、しかも唯一の方法であるかのごとき論を展開し、除染と人生設計を計りにかけるリスクトレードオフとは、一体何なのか。

彼女は、「事実や根拠に基づいて物事を決めていかなくてはいけない」と主張するが、除染が放射線被曝リスク低減に有効であったという、事実や根拠があるのか。

 

3) なぜ、空間γ線量測定値をもとに計算した実効線量単位シーベルトで内部被曝リスクを論じるのか?

この記事の中で中西準子は、一貫して実効線量シーベルトでリスクを論じているが、日本の実効線量は空間γ線量測定値をもとに計算されたものであって、1991年に制定されたチェルノブイリ法の土壌中各核種の放射線量をもとに計算された実効線量とは根本的に異なるものだ。この重要な事実が、この記事では完全に無視されている。林勝記者も彼女に問いただしてはいない。

林勝記者が、今中哲二編「国際共同研究報告書―チェルノブイリ事故による放射能災害」技術と人間、1998をまだ読んでいないのであれば、同書とくにP.48~49を熟読するよう勧めたい。

また、中西準子は一貫して国際放射線防護委員会(ICRP)の基準で、被曝リスクを論じている。ところがICRPのとくに内部被曝のリスク評価はかなり過小評価されていることが、以前から指摘されている。

 

なぜ、「低線量」内部被曝を無視してきたのか

ICRPの提唱するSv(実効線量)は、身体の各部分が不均一な被曝を受けたとき、

全身均一な被曝に換算すれば、どれだけの被曝量に相当するかという考え方に基づ

いている。

内部被曝の場合、各局所の組織・細胞集団の被曝状況は、きわめて不均等だ。バイスタンダー効果や放射線誘導遺伝的不安定性・ミニサテライト配列、エピジェネティックスなど最近の分子生物学的研究の成果、動物を使った基礎実験研究の結果、さらに世界各地の放射線汚染地域で行なわれた疫学研究の成果は、ICRPの基本的考え方が、持続的な内部被曝による晩発障害をきわめて過小評価していることを示している。

ICRPが1950年発足当初備えていた内部被曝に関する委員会を、早々に排除した理由は、内部被曝の健康影響を考慮すると原子力関連のさまざまな作業に従事する労働者とその子どもの健康を維持できなくなり、原子力戦略推進に重大な支障をきたすことになるとして、巨大な力をもつ原子力産業が判断したためだ。

ICRPの内部被曝線量委員会委員長であったカール・Z・モーガンのコメントは次のようだ。「すべての放射性核種の最大許容濃度(MPC)を決定。ICRPは、原子力産業界の支配から自由ではない。原発事業を保持することを重要な目的とし、本来の崇高な立場を失いつつある」(カール・Z・モーガン、ケン・M・ピータソン著、松井浩、片桐浩訳.「原子力開発の光と影 核開発者からの証言」昭和堂, 2003)。

 

ハンフォード原子力施設労働者の健康障害

アメリカ合衆国疫学会の第一人者・マンクーゾは、アメリカの「原子力委員会(AEC=NRCとERDAの前身)の委託を受け、1944年から1972年までの29年間ハンフォード原子力兵器製造施設で働いた労働者24,939人の調査を行った。彼らのうち死亡者は3,520人、このうち白血病をふくむがんによる死亡は670名だった。彼らが生前職場で浴びた外部放射線量は平均1.38rad(1rad=10mGy)。それに対してがん以外の原因で亡くなった労働者の平均線量は0.99radだった。がんによって亡くなった労働者の方が、生前40%多く放射線を浴びていたことになる。この調査結果をもとに、マンクーゾは1977年に発表した報告書で、つぎのように結論づけた。「人間のいのちを大切にするというのなら、原子力発電所内部で働く作業従事者の被曝線量は年間0.1rem(1mSv)に抑えるべきである」。

マンクーゾの方法論は、「ソシャル・セキュリティー・ナンバー(国民一人一人に番号をふり、生年月日、出生地、職種、家族構成、収入、死亡年月日、死亡地などがすべて記録される)」を駆使した精度の高いものだ。この報告書を発表した途端に、アメリカ政府エネルギー省は調査費の支給を打ち切り、調査データをマンクーゾの手から奪い取り、彼に「ペルソナ・ノン・グラーダ〈危険人物〉」の烙印を押した

(内橋克人「日本の原発、どこで間違えたのか―“原発への警鐘”」朝日新聞出版, 2011)。

 

林勝記者には、ぜひとも次の拙著もご参照いただきたい。

○松井英介著「見えない恐怖―放射線内部被曝―」2011年、旬報社刊

○松井英介「『低線量』放射線内部被曝からいのちと人権を守る―ICRPの実効線量を検証する―」月刊保団連, No.1167, 2014, P.45-9

○松井英介「『脱ひばく』いのちを守る―原発大惨事がまき散らす人工放射線」花伝者,2014

 

国際放射線防護委員会(ICRP)とヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)の被曝リスクとくに内部被曝(体内に取り込まれた各種核種が放出するα線線量とβ線線量から実効線量を導く際の荷重係数などにはかなり大きな違いがある。

ICRPは、γ線、β線およびα線の放射線荷重係数(WR)を、それぞれ1、1、20と定めている。ICRPは、放射線荷重係数(WR)を各核種の生物学的効果比(RBE, relative biological effectiveness)の平均値を代表するように選択した。

これに対してECRR(European Committee on Radiation Risk、欧州放射線リスク委員会)は、ICRPのα線とβ線の荷重係数は過小だとして、低線量領域の被曝に対する生物物理学的損害係数WJを提唱した。

 係数WJを被曝のタイプ別にいくつかの例を紹介すると、それらは次のようだ。外部急性被曝:1.0。外部24時間で2ヒット:10~50(DNA損傷の修復を妨害することを考慮)。内部原子単一壊変:1.0(例えば40K)。内部2段階原子壊変:20~50(壊変系列と線量に依存)。内部不溶性粒子:20~1000(放射能と粒子サイズ、線量に依存)。プルトニウム酸化物ホット・パーティクルの線量については、115,000に及ぶとの評価を紹介している。

    ECRRについて日本では必ずしもよく知られているとは言えないので、簡単にその

 生い立ちを紹介する。ECRRは、1997年ヨーロッパ議会のグリーン・グループによって開催されたブリュッセルの会議での議決に基づいで設立されたNGOだ。

    グリーン・グループは、消費財として放射性廃棄物をリサイクル利用するための民主的規制が、欧州議会内で働いていないことに懸念を抱き、人工放射能(man-made radioactivity)のリサイクル利用がもたらし得る健康影響に関する科学的アドバイスを求めた。その会議では、低レベル放射線がもたらす健康影響については著しい意見対立があり、この課題について公式レベルの調査がなされるべきであるということになった。

評決によって、そのために新しく設立されることになったのが、ECRRと名づけられた主体だった。そして、ECRRの検討課題は、従来の科学に関するいかなる事柄についても仮定を設けてはならず、国際放射線防護委員会(ICRP)、国連科学委員会(UNSCEAR)、欧州委員会(European Commission)からの独立性を保たなければならないとされた。

ECRRが設立されて間もなく、欧州議会内の科学的選択肢評価(STOA; Scientific Option Assessment)機構が、公衆と労働者に対する電離放射線被ばくの「基本的安全基準」への批判について議論するための会合をブリュッセルにおいて開催した(1998年2月5日)。この会合で、カナダの著名な科学者であるバーテル博士(Dr.Bertell)は、冷戦期を通じて核兵器と原子力発電を開発してきたという歴史的な理由から。ICRPは原子力産業に与するように偏向しており、低レベル放射線と健康の領域における彼らの結論や勧告はあてにならないと主張した(欧州放射線リスク委員会(ECRR)編、山内知也監訳「放射線被ばくによる健康影響とリスク評価―欧州放射線リスク委員会(ECRR)2010年勧告、明石書店、2011, 89~94」)。

ここではこれ以上詳述しないが、EU議会で認知されたECRRは、ICRPと同じ国際NGOなので、ECRRは日本でももっと評価されてしかるべきだ。

 

4) 各種放射線による内部被曝を評価するためのイロハ

参考までに、体内に取り込まれた人工核物質微粒子から放出される各種放射線による内部被曝を評価するためのイロハを、セシウム137とストロンチウム90を例に解説する。

原子炉でウラン235やプルトニウム239が分裂したとき、さまざまな人工核物質が生み出される。セシウム137とストロンチウム90もそれらのひとつだ。これらは1対1の割合で生成される。これらが、3.11大惨事の際破壊された原子炉・格納容器からどのように自然環境中に放出されたか。地下水と触れ、大量に海に放出されていることは、政府などの報告でも明らかだ。遠隔地への大気を介した飛散については、公開されたデータが不十分だ。私の見た政府発表では、事故後それほど経過していない時期に、相馬市で、セシウム137とストロンチウム90が10対1の割合で検出されている。(政府の各地域別経時的測定値一覧が東京新聞のデータベースにあれば、せひともご教示いただきたい。)

身体に取り込まれた場合、体内での動きには大きな違いがある。

セシウムは、カリウムとよく似ていて、心臓や骨格筋によく取り込まれる。物理

学的半減期は約30年。水溶性の化合物になると3ヶ月くらいで排出されが、非水溶

性の場合、何年も出て行かない。はかの核物質に変わる(壊変する)ときγ線とβ線を出す。γ線は飛ぶ距離(飛程)が長いので、ホールボディーカウンター(WBC)で測ることができる。しかしβ線は、体内での飛程が数mmと短いのでWBCでは測定できない。

 

5) 抜けた乳歯のストロンチウム90を調べてβ線による骨・骨髄の内部被曝を知る

ストロンチウム90は、カルシウムとよく似て、骨や歯に集中的に蓄積される。物理学的半減期は、約29年とセシウムと同じくらいだが、骨や歯にとり込まれると、何十年も排出されない。壊変のときβ線しか出さないので、WBCでは測定不能。別の方法が必要。幸い、ヒトの場合、歯は生え変わるので、抜けた乳歯を調べることができる。大気圏内核実験が盛んだった半世紀も前から、乳歯に含まれるストロンチウム90の検査は世界各地でやられてきた。

ところが3.11原発大惨事以降、日本政府は自らこれを責任もってやろうとはしていない。福島県「県民健康調査」検討委員会も、乳歯のストロンチウム90検査をやるよう提案があったが、未だ実施していない。

3.11以後に生まれた子どもたちの乳歯が間もなく抜け始める。これを私たちの手で独自に調べるために、まず乳歯を捨てずに保存する運動を呼びかける計画だ。

検体・試料としての乳歯を優れた点は、試料採取に際して苦痛が全くないこと、試料の保存が容易であること、全国的に多数収集することが可能であることなどだ。

東京新聞には、私たちの乳歯保存+ストロンチウム90測定ネットワーク提案をお汲み取りいただき、ご協力・ご支援を是非とも願いしたい。

 

6) ストロンチウム90の生体影響は、決して無視できるものではない

7)  政府発表では、自然環境中に放出されたストロンチウム90の比率が小さいように見えるが、上の解説で紹介したように、骨・骨髄・歯に取り込まれたストロンチウム90微粒子は、水溶性セシウム137化合物が3ヶ月ほどで排出されるのに比して、20~30年の長期にわたって蓄積し、排出されない。骨髄中のリンパ球など血球の幹細胞に、水溶性セシウム137の100倍もの長期間にわたってβ線が照射されつづける。その結果、白血病の発症や免疫能を担うリンパ球機能不全の原因となる。体内蓄積時間の長さを考えれば、ストロンチウム90の生体影響は、決して無視できるものではない。

 

8) なぜ、「ストロンチウムの飛散がほとんどない」と言えるのか?

中西準子はその著書「原発事故と放射線のリスク学」日本評論社, 2014の中で、次のように述べている。

「②ストロンチウムの飛散がほとんどないと考えてよい、ここがチェルノブイリなどとの相違点である(P.80)」。

林勝記者は中西準子取材に先立って、少なくともこの本は読んでいたであろう。ならば、この記述は、どのような事実・調査結果を基にしたものなのかを、まず問いただすべきだったのではないか。

また、同書の同じページ(P.80)で「ホールボディーカウンターでは、①α線やβ線の影響はわからない、②ストロンチウムの影響は反映されていない」などと記述する一方、P.76~79では、次のように書いている。

「福島県によるWBC検査が始まったのは2011年6月、南相馬市立総合病院で東京大学医科学研究所の医師坪倉正治さんが始めたのが同年7月である。(中略)坪倉正治(JAMA、2012)2011年9月から2012年3月31日までに福島県南相馬市計画した3286人については、預託実効線量が1ミリシーベルトを超えたのは1人で、その線量は1.07ミリシーベルトであったと報告している」。(中略)「福島を含めて、内部被ばくの問題は全くないと考えていいだろう」。

このように、セシウム137のγ線量だけを測定したWBCのデータと食品のセシウム137および134のマーケットバスケット方式によって測定データをもとに、中西準子は「内部被曝はない」と断言しているのだ。

この後、上述のP.80の記述になるのだが、林勝記者は、中西準子がストロンチウム90などβ核種の生体影響を排除し、放射性セシウムが放出するγ線の影響だけで内部被曝を評価した点を、問いたださなかったのか。

 

9) セルゲイ・ラフマノフ在日ベラルーシ共和国特命全権大使、土壌中各核種の測定の必要性と重要性を日本政府に提言

セルゲイ・ラフマノフ在日ベラルーシ共和国特命全権大使は、「ベラルーシから見る日本の原発事故後の課題」と題した論考の中で、課題1:正確な汚染マップの作成を挙げ、つぎのように述べている。

「まず一番重要な課題は、正確な汚染マップを作ること。日本には、すでに汚染マップがいくつかあり、公表されていますが、私たちから見るとモデル図のようなものです。現実を反映していないと思っています。なぜかというと、この汚染マップは空中から測定されてものだからです。地表から一番近いところでも高さ1mで測定されています。このようにして作った地図は正確性に欠けます」。

10)    「一方、ベラルーシの汚染マップは、8年がかりで化学的なテクノロジーを使って作りました。さまざまな地域で表層土壌を採取して、化学的に分析したのです。当時は、1地点の採取試料の調査に数日かかることもありました。しかし、いま私たちは、たった5分で同じ分析ができる技術をもっています」。

「この分析施設は国際基準を満たしており、米国で製造されている類似のものと比べても、優位な点が多くあります。この設備は日本への輸出が始まり。2013年以降、大量に導入される予定です」(ベラルーシ共和国非常事態省チェルノブイリ原発事故被害対策局編、日本ベラルーシ友好協会監訳「チェルノブイリ原発事故ベラルーシ政府報告書最新版」産学社2013, P.16~18)。

同大使は、土壌中各核種の測定の必要性と重要性を日本政府に提言しているが、日本政府はこれを無視しているものと推定される。

東京新聞には、ベラルーシ大使と日本政府に対する、この重要な問題点に関する取材を、是非ともお願いしたい。

11)  早野龍五監修「坪倉正治先生のよくわかる放射線教室」の重大な問題点

中西準子は、上に紹介した著書の中で、早野龍五・坪倉正治を高く評価している。その二人が、主役を担っている一般住民向けブックレットが、当初二万部印刷され南相馬市民に無料で配布された。その後二万部が増刷され、英語版も発刊された(ベテランママの会, 早野龍五, 南相馬市立総合病院「福島県南相馬発坪倉正治先生のよくわかる放射線教室」2014)。

この本が孕んでいる極めて重要な問題点について、ここでは詳述しないが、α線とβ線による内部被曝を無視している点と、天然核種と人工核種を単純に比較することによって一般市民の内部被曝理解をミスリードする点についてだけ指摘しておく。そして、後者の誤りを示すために、以下に、ウクライナWBCセンターの研究成果の一部を図とともに紹介する。

・水溶性と非水溶性セシウム137の体内動態は異なる

次に示すウクライナのキエフの研究所・ホールボディーカウンター(WBC)センターのデータをご覧いただきたい。水溶性と非水溶性のセシウム137の体内分布をWBCで測定し天然のカリウム40のそれと比較した結果だ。

次ページ上の図では、飲食物とともに摂取した水溶性セシウム137の体内分布はカリウム40の分布とほぼ重なっており、全身に分布している。一方、腎からの排出は、カリウム40の方がかなり速いことがわかっている。

一方下の図では、非水溶性セシウム137は心や肺の存在する胸郭部分にとどまり、全身への移行がわずかであることが示されている。すなわち、セシウム137は、心臓と肺にとどまり、セシウム137が放出するγ線とβ線とくにβ線による心臓への影響が大きいことが示唆される。

 

r1  図:EXPERT WHOLE BODY COUNTER-ASSISTED
IN VIVO METHODS OF RADIONUCLIDES DISTRIBUTION ASSESSMENT IN HUMAN BODY
, V.A. Pikta, V.V. Vasilenko
Department of  radiation hygiene and epidemiology, National Research Centre for Radiation Medicine (NRCRM), Kiev, Ukraine

 

またこれらのデータは、私たちが地球上に出現する前から自然界に存在した天然放射性核種(この場合カリウム40)と私たちが出会ってまだ70年ほどしか経っていない人工放射性核種を同等に扱ってはならないことを教えている。

現在地球上に存在するのは、天然放射性核種に適応し、それらが体内に入ってきても直ぐに体外に排出する構造と機能をもった種=生命体なのだ。ところが私たちを含む地球上の種=生命体は人工放射性物資に適応していないのだ。

すなわち、人工核物質と天然の核物質を同等に扱い、それらの人体影響を機械的に比較評価することの誤りであることを、この研究結果はよく示している。

 

・非水溶性セシウム137を検出 気象研究所

気象研究所(茨城県つくば市)のグループは、3.11事故の後比較的初期の段階(3月14~15日)に放出された球状セシウム含有粒子を観察したところ、それらは、サイズが大きく、鉄、亜鉛、セシウムを含有し、非水溶性であったと、報告している。

そして、この知見は、事故の経過を理解し、健康への影響および環境中での滞留時間を正確に評価するための鍵になる、としている(福島核事故の初期段階における球状セシウム含有粒子の放出、Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident Kouji Adachi, Mizuo Kajino, Yuji ZaizenYasuhito Igarashi Scientific Reports 3, Article number: 2554 | doi:10.1038/srep02554 受付日:2013年6月12日 承認日:2013年8月15日 公表日:2013年8月30日)。

 

r2図1:つくば市における福島第一原子力発電所事故後のエアロゾル粒子の放射能

 

 

r3図S8.3月20日~21日期間採取のフィルター試料のSEM分析。

a)      拡散した斑点を含むフィルター断片のSEM(走査型電子顕微鏡;引用者付記)イメージ(図2)。フィルターは数層に薄切りされ(図S4-b)、この画像はその薄切り片の1つのもの。

b)     フィルターのIPイメージ。放射性物質がフィルター全面に分布している。

c)      それぞれアルミノ珪酸塩鉱物および硫酸塩粒子に相当するAlおよびSの元素分布イメージ。これらの粒子はフィルター全面に分布している。

このように、3.11事故の後、気象研究所では、水に溶けないセシウム137含有粒子を検出した。関東圏の降下物中に非水溶性人工放射性物質の微粒子が存在したという事実は、非常に重要だ。

気象研究所で収集された資料をもとにしたこの研究は、東電福島第1原発事故現場から約170km離れた茨城県つくば市にセシウム137のホットスポットが形成されたことを示すものだ。著者Adachi らは、文献を挙げながら、次のように記述している。

「大気中に放出された放射性物質は、北半球全域にわたって移動した。たとえばヨーロッパで、マソンら3が2011年3月11日に採取した空気から放射性セシウムとヨウ素を検出し、その最大値レベルを3月28日から30日にかけて観測した。事故が世界規模の影響をもたらしたにも関わらず、事故の期間中、原子炉内でなにが起こったのか、われわれにはいまだに正確にはわからず、また放射性Cs放出量の推計値は9から36ペタベクレルまでと大きくばらついている」。

日本国政府には、できるかぎり細かいメッシュで土壌を採取し土壌中に降り積もった全ての種類の人工核物質について調査し、その結果を一般に開示する責任があると、私は考える。

 

12)   「移住の権利」の保障こそ、最も重要な緊急課題だ

3.11原発大惨事の被害者を、これ以上苦しめてはいけない。

福島県各地をはじめ、自然生活環境が人工核物質によって汚染された地域に住んで働き子育てせざるを得ない、あるいは、仮設住宅に暮らさざるを得ない状況に置かれた人びとの苦難は筆舌に尽くしがたい。その仮設住宅も2017年には無料貸与を止めると日本政府言い出している。全国各地に移住した人びとの子どもたちの苦しみも、3.11原発大惨事後4年半が経過しようとしている現在、決して軽減されてはいない。

その根本原因は、日本政府の「帰還政策」にある。例えば私の住んでいる岐阜市の場合、借り上げ住宅の補助金を、今年4月で打ち切ってしまった。全国各自治体の対応には違いはあるようだが、中央政府の基本政策は、元住んでいた福島県など人工核物質で汚染された地域への「帰還」だ。

1991年に、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアなど各々制定した「チェルノブイリ法」は、前述したように、土壌中各核種の放射線量測定値(kBq/m2)をもとに実効線量を求め、年間5ミリシーベルト以上の地域を「避難(特別規制)ゾーン」、年間5ミリシーベルト以下1ミリシーベルト以上の地域を「移住権利ゾーン」と定めた。そして「移住の権利を保障」し、移住先で働き暮らし子育てができる条件を整えた。

国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバーは、福島第一原発事故後の「健康に対する権利」の実情について、2012年11月現地調査を行い、2013年5月国連人権理事会に調査報告書を提出した。この中で、日本政府に対し、低線量被曝の影響も考慮し、年間1ミリシーベルトを基準とする健康に関する施策を行うよう勧告した。

核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、世界各国の医師約20万人で構成されるNGOだ。1985年にノーベル平和賞を受賞している。そのIPPNWは、国連グローバー勧告のすぐあとに、これを支持する声明を出し、日本政府の帰還の基準である年間20ミリシーベルトは受け入れがたいとし、日本政府は福島県中通りに生活する60万人が避難・移住できるように諸条件を整えるべきだと踏み込んだ提言をした。

ところが日本政府は、国連グローバー勧告に抗議するという、異例の対応をしたのだ。

 

東京新聞紙上で中西準子は一見被害住民の立場に立つかの如く装いながら、実は日本政府の帰還政策を補完する論を展開しており、記事自体が、被害住民に新たな苦難やストレスになると考えられる。私は一臨床医として、安易にこれを看過できなかった。

 

・人工放射性核種による自然環境生態系汚染とヒトのいのちへの影響を化学物質によるそれらと同列に扱ってはならない

中西準子のリスク学を読むと、そこに一貫して流れているのは、人工放射性核種による自然環境生態系汚染とヒトのいのちへの影響を化学物質によるそれらと同列に扱う考え方だ。

一度自然生態系が人工放射性核種によって汚染されると、10万年もの長期にわたって元に戻ることはない。除染によって人工放射性核種が自然界から取り除かれると思うのは幻想であって、一時的に他所に移動させたにすぎない。除染ではなく移染なのだ。

ヒトの場合も胎児や乳幼児への影響がとくに懸念されるのは、ヒトへの深刻な遺伝的影響が次世代に受け継がれ、ヒトという種そのものの存続が脅かされるからだ。

人工核種によるいのちの汚染とリスクは化学物質による影響をはるかに超えており、極めて憂慮すべき事態として重視しなければならない。

1957年WHOは「ヒトにおける放射線の遺伝的影響」(英語版とフランス語版)と題する重要な報告書を出したが、1959年以降この報告書の入手はきわめて困難となり、日本語訳もない。

何故であろうか?

「ウクライナ政府(緊急事態省)報告書」を報道したNHKの取材チームは、つぎのように書いている。

「IAEAなどの国際機関は、白血病、白内障、小児甲状腺がん以外の疾患に関しては、原発事故の影響とは認めていない」馬場朝子・山内太郎「低線量汚染地域からの報告」(2012年)NHK出版、P.129。

ここでは、「ウクライナ政府(緊急事態省)報告書」から、遺伝的影響に関する記述のごく一部を次に引用しておく。

「親の生殖細胞に導かれた放射線の影響は、子孫の個体発生および様々な段階で現れる可能性がある。出生後の個体発生の“小さな”突然変異は、おそらく、遺伝的構造の全体性の不安定化を生じさせるヘテロ接合条件において具現化される。

場合によっては、この現象はいわゆる“生理的劣性”の基礎となり、被曝した親の子孫の多様性を減少させるものかもしれない。被曝した人々の子孫における遺伝的なゲノム不安定性の結果は、多数の異形、器官の形成異常、染色体異常頻度の上昇、マイクロサテライトDNA 部分の突然変異の存在であるかもしれない。これらすべてが生活していく条件への適応を障害することに寄与し、多因子型疾患の発生と具現化のリスクを増大させ、被曝した親から生まれた子どもの健康レベルを低下させている。

このように、放射線の影響を受けている小児期年齢集団の健康状態の動的な変化は、以下のような、持続する負の傾向という特徴を示している。

-子どもたちは、さまざまな病気の発症率が増加しているだけでなく、実際に健康な子どもが量的に減少しており、その傾向は変わっていない。健康状態が最低レベルの子どもは、事故時に甲状腺に高線量の被曝をした子どもたちである(P.64)」。

 IAEA(国際原子力機関)がWHO(世界保健機関)との間で覚書を交わして、WHOが放射線の健康影響に関して発言するのを封じたのは、1959年のことだった。UNSCEAR(国連科学委員会)もIAEAと同じ考えだ。ICRP(国際放射線防護委員会)も、国連機関ではなくNGOだが、同じ考え方に立っている。これら国連安保理の下で強大な政治力をもった原発推進国際機関を中心にした国際核軍産複合体について明快に解説を加えた本を二冊紹介する。

コリン・コバヤシ著「国際原子力ロビーの犯罪」(2013)以文社。

チェルトコフ著「チェルノブイリの犯罪―核の収容所【上巻】」(2015)緑風出版。【下巻】9月発行予定。

3.11原発大惨事以降、さまざまな裁判が闘われ、いまも闘われているが、これらの中でもっとも重要な裁判は、『子ども脱ひばく裁判』だと私は考えている。これは福島県中通りの母父と子どもたち200人あまりが原告となり、国を相手どって起こした裁判だ。全国どこにいても原告になることができる。期限は切られていない。訴状(2014-08-29)の一部を以下に引用する。

「これまでみた通り、自然災害とは根本的に異質な放射能災害が引き起こす健康被害は深刻なものであり、とりわけ放射能の感受性が高い子どもたちにとって、その影響は甚大である。人間は放射能に打ち勝つことはできず、その抜本的な解決は被ばくから遠ざかること、すなわち避難にほかならない。国は、憲法上、子どもたちを安全な環境で教育を実施する義務を負い、さらに福島原発事故発生に対して加害責任を負う立場として、原発事故に全く責任のない純然たる被害者である子どもたちを救護する義務を負うのは言うまでもない。言い換えれば、国は汚染地域の子どもたちを直ちに安全な場所に集団避難させる政策を決定し、実施すべき義務を負っていた(P.41)」。

この裁判については、井戸謙一弁護士が優しく解説した次のブックレットをご参照いただきたい(井戸謙一「怖がってもいい、泣いてもいい、怒っていい、いつか、さいごにわらえるように―『子ども脱ひばく裁判』の弁護士が、ふくしまの親たちに送るメッセージ―」ママレボ出版局,2015)

13)   「あの人に迫る 中西準子 環境リスク学者」と同大のスペースを、「移住の権利」保障のために闘う私たち市民に提供するよう、東京新聞に要求する

   知人友人にこの記事を紹介すると、これが東京新聞の記事だとわかったとき、一様にびっくりする。そして例えば次のようにつぶやく。「読売新聞や産経新聞だったら、やっぱりと思って苦笑いするのだけど、これが東京新聞?!」「東京新聞は頼りにしていたのに、これから何を信じたらいいの?」。

だから私はこのような紙面づくりは、東京新聞の自殺行為だと思う。そして東京新聞の購読ももう止めようかという誘惑に駆られたのだが、待てよと思いとどまった。

そして、せめて東京新聞の名誉回復のためにも、「あの人に迫る 中西準子 環境リスク学者」と同大のスペースを「移住の権利」保障を要求して闘う私たち市民に提供するよう求めたい。

 

14)  なぜ林勝記者は、「アジア侵略の先導者であり差別主義者であった」福沢諭吉(安川寿之輔)を高く評価するのか

この論考の冒頭に紹介したように、中西準子を取材した林勝記者は、「インタビューを終えて」で、日本の自伝文学の最高峰とされる福沢諭吉(1837~1901)の「福翁自伝」から〈子供ながらに精神は誠にカラリとしたものでした〉などと引用して,福沢諭吉をもち上げている。

福沢諭吉は、朝鮮の人びとが耕していた土地を奪い、日本語と日本名を強い、働き手を労働者や皇軍兵士として強制連行し、年端もいかない十代の娘たちを皇軍の性奴隷をして拉致し、人間の尊厳を踏みにじった植民地主義者だった。さらに中国をはじめアジアへの侵略のリーダーであり、アジア人差別主義者だった。

これらは紛れもない歴史事実だから、ジャーナリスなら知らないはずはない。

と同時に、アジアの人びととの真の友好関係を築くための前提として、日本政府が過去の植民地支配と侵略戦争の歴史事実を認め謝罪すべきだとの議論がなされている戦後70年の今、このような主張を紙面で展開する東京新聞のセンスを、私は問いたい。

安倍首相をふくむ原発推進国家権力からも大バッシングを受けた「美味しんぼ―福島の真実」の著者・雁屋哲が、安川寿之輔らが以前から提唱していた福沢諭吉の「一万円札からの引退を!」を掲げて立ち上がったのには、深い想いがあるに違いない。

それは、3.11原発大惨事によってすべてを奪われ、今なお塗炭の苦しみを味わっている人びとに寄せる人間らしい心だ。またそれは、福島など過疎化する地方の人びとを侮辱しつづけてきた国際核軍産複合体に対する強い怒りだ。

雁屋哲は呼びかけている。

「圧力をはねのけて、自分の命、子供の命を守るために声を上げてください」。(雁屋哲著「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」(2015年)遊幻舎、P.260)。

この件に関しては、以下の著書も参照いただきたい。

杉田聡著「天は人の下に人を造る」(2014年)インパクト出版会

安川寿之輔編「さようなら!福沢諭吉 創刊準備2号」(2015年)発行人:安川寿之輔

                                                                                                                                                                                                             (完)

2015-08-29記

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5662:150910〕