「わたしと富士山」~富士山測候所の活用について~

 

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撮影

稲垣純也

「わたしと富士山」
~富士山測候所の活用について~認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事(江戸川大学・名誉教授) 土器屋 由紀子
 

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富士山頂剣ヶ峯の頂上にたつ富士山測候所
160715029富士山測候所の入口付近

『私にとって富士山といえばイコール「富士山測候所の活用」である。気象庁・気象大学校に勤めていた1990年、植物学者の友人から降水の調査に誘われ一緒に登ったのがはじめである。以後、降水からエアロゾル、微量気体などと仕事を増やし、気象大学校から東京農工大学、江戸川大学と職場が変わるたびにそこの学生たちを連れて富士山に登り、ほとんど毎年、富士山と係わりつづけていた。しかし、2004年の無人化によってすべての観測が中断され、それを機に、日本人の誇りであった歴史的な測候所を気象観測だけでなく、大気化学、高所医学、天文学、生態学などの分野で使える開かれた施設にしようと考える研究者が50数名集り、「NPO法人富士山測候所を活用する会」を立ち上げるお手伝いをすることになってしまった。』

上のような書き出しで、美しい富士山を役に立つ「観測塔」にして、日本の大気環境を守る「砦」にしたいという無粋な願いをブログに書いてから13年経った。上記のNPO法人は2016年に認定NPO法人に認定され、会員290人までになっているが、現在、気象庁から旧測候所の一部借用し、夏期2か月(7-8月)管理して、研究教育目的で開放する事業の拠点としている。

2015年にNHKの人気番組「ブラタモリ」で少し紹介されたが、いま山頂の測候所では大気化学観測をはじめとする多彩で先端的な研究が行われている。経済発展を続けるアジア太陸から上空を飛来するPM2.5、水銀などの越境大気汚染の観測、温室効果気体である二酸化炭素の連続観測、オキシダントや人為的な有機化合物によるいわゆる酸性雨・酸性霧の研究などには、日本で唯一4000m近い高所にある独立峰であるために、陸地や水面の影響を無視できる「自由対流圏」に存在する富士山頂は理想的な観測サイトである。雲の中に入って雲を捕まえる研究も、富士山ならではの特徴を生かしている。本州の中央に起立する巨大な観測タワーとして、高度別の観測もできる。福島第一原発事故に由来する放射性セシウムのプルームの高度情報も得られた。2013年から開始した二酸化硫黄の精密測定は噴火予知関連の研究としても注目されている。

また、大気電気・雷の研究者たちにとっても、富士山頂は日本一の観測地点である。一般に夏季雷は雷雲の高度が4km以上であるため、地上からの直接観測が難しかったが、富士山頂の測候所を利用することによって、研究が急速に発展しており、若手の学会賞などにつながっている。

高山病や高所ストレスを研究する高所医学の研究者にとっては富士山頂は低温、低気圧(低酸素)、低湿度(乾燥、脱水)という高山病の3要素を備えた地点である。ここで研究を行えば高山病一般への理解が深まるだけでなく成人病対策や、災害避難所などの環境での健康維持にも役立つ。

富士山は本州で唯一永久凍土がまとまって存在するが、その水分によって生育するコケ類との関係での研究もおこなわれている。

最近では「空飛ぶドラえもん実験」「風を釣る実験」などの中高生の新しい教材開発、また食品貯蔵や新素材開発にも極地である山頂の環境が使われ始めている。

以上のような研究成果はNPOが測候所の管理を行いはじめた2007年以降のものである。利用希望者は年々増え続け、現在夏期の2ヶ月に述べ500名の研究者や学生が山頂で研究を行っている。しかし、その管理運営の実態は決して楽なものではない。気象庁から建物と場所を借用しているが公的資金は一切支給されない。入札によって「家賃」を払って使用しており、電源は当初貸さないと云われたものを「すべての経費をNPOが負担する」と云う条件で借用しており、自然災害、人為災害による損傷復旧はすべてNPOの負担でやらなければならない。各自の研究は当然自分持ちで行う前提でも、夏期2ヶ月電源を保持し、プロの登山家を雇用し、安全に維持管理するのにおよそ3000万円かかる。それを会費、寄付や各種助成金などの競争的資金に頼っているため、NPOの研究者たちは自分の研究の傍ら申請書を書く仕事に追われており、まさに自転車操業の10年間であった。

基礎研究の必要性が叫ばれているが、このようなグループがあることは残念ながらまだあまり知られていないようである。NPOによる夏期観測の10周年の今年11月には御殿場で国際シンポジウムACPM(Atmospheric Chemistry & Physics at Mountain Sites)2017 を企画している。これを機にさらに広報活動を広げたいと考えている。多くの方のご理解とご支援をお願いしたい。

 

160714319エアロゾルのサンプル採取風景

参考

土器屋由紀子「富士山頂は日本で宇宙に一番近い研究と教育の空間」、しずおかの文化新書21日本一の高所・富士山頂は宝の山(創碧社、2016)p10-97)

d4http://www.plantatree.gr.jp/oragafuji/message/dokiya_yukiko.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study811:170106〕