前回の投稿「ウクライナ・ゲート:危機の本質」(4月21日掲載 https://chikyuza.net/archives/43947)において、米国政府がウクライナでの政府転覆に関与していることはすでに指摘した。筆者の立場は、クリミアを併合したロシアはたしかに悪いが、選挙によって選ばれた政権を武力で倒す手助けをした米国はもっとずっと悪辣だというものである。だが、ロシアの帝国主義批判をする者はいても、米国や欧州連合(EU)による帝国主義を真っ向から批判する者はごく少数にすぎない。
いまこそ、声高に欧米の帝国主義を非難すべきときなのではないか。あえて個人名を挙げて批判することで、筆者のような少数者も気を吐かなければならぬという使命感がふつふつと湧き上がっている。
NHK解説委員、石川一洋は、「欧米がウクライナ領内でのロシア軍の動きに厳しく反応したのは当然のこと」と説明するだけで、欧米の悪についてはまったく語らない。これでは、中立性に近づけるという報道が守られていないことになる。放送法第4条には、放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に際して、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすることという項目がある。ところが、欧米がウクライナ国内の過激なナショナリストを煽動して民主的に選ばれた政権を暴力で打倒したという、筆者のような見方をまったく無視している。
NHKの偏向報道はBBCと比較するとよくわかる。YouTubeにアップロードされているBBCの番組をみていただきたい(http://www.youtube.com/watch?v=5SBo0akeDMY)。ウクライナ暫定政権がナチスを思わせる過激なナショナリストによって牛耳られている姿が実になまなましく紹介されている(その背後に米国がいるという言及はないが、過激なナショナリストが暫定政権に深く関与し、ピストルを携帯しながら、ヒトラーに親近感をいだいていることがよくわかる内容になっている。前回の投稿で指摘したように、米国政府は彼らを支援したわけである)。こうした現実に目を背け、「嘘」を垂れ流しているNHKに受信料を支払う意味は見出せない。
筆者が痛感しているのは、日本の専門家と呼ばれる人々が実に「未熟な」分析家でしかないという現実である。インテリジェンスは徹底した調査の上に成り立つのであって、徹底した努力をしていない輩が多すぎるのである。筆者はこれまで、『ロシアの最新国防分析』、『ガスプロムの政治経済学』(いずれもKindle・Readerなしでも購入可)、『プーチン2.0』、『ネオKGB帝国』、『「軍事大国」ロシアの虚実』などを書いてプーチン政権を批判してきた。今回は同じような徹底した調査に基づいて欧米の帝国主義を批判したい。
オバマ大統領の外交政策は依然として「ネオコン」の影響下に置かれている。これこそ、今回の政権転覆劇の真相を解く鍵である。渡部恒雄著『「今のアメリカ」がわかる本』(2007年)によれば、ネオコン(新保守主義者)はイラク戦争を主導した勢力としてとらえることが可能だが、ネオ(新)である理由に注目すると、「世界の民主化というリベラルな理念を考え方の中心に置き、それを達成するためには力の行使をいとわない、というパワー信奉のリアリスト」という側面をもつという。そしてもう一つ、忘れてならないのは、「ネオコンにはユダヤ系の知識人が多く、現実にイスラエル政府とのつながりを持つ者も多かった」点である。今回の米国政府の煽動によるウクライナでの暴力革命の事実に蓋をして報道している巨大マスメディアの背後に、ユダヤ系の強靭なネットワークの存在を強く感じるのはこのためである。後述するように、とくにそれは「ワシントン・ポスト」が主導し、「ニューヨーク・タイムズ」やThe Economistなどによって追従されたのものであったと思う。
ブッシュからオバマへの政権交代によっても、ネオコンは一掃されたわけではない。とくに、第一期オバマ政権下で国務長官を務めたヒラリー・クリントンが「ネオコン・ライト」と呼ばれるほど、ネオコンに理解があったことが彼らの生き残りの要因となっている。イラク戦争に賛成し、必要があれば戦争を厭わないのである。だが、そのヒラリーも2013年2月1日、国務省を去った。後任のジョン・ケリー長官が外交を主導するのではなく、国連大使から国家安全保障問題担当の大統領補佐官に昇格したスーザン・ライスや国務省で内部昇格したウェンディ・シャーマン国務次官(政治担当)(2008年大統領選でヒラリーの顧問)やヴィクトリア・ヌーランド米国務省次官補(ヒラリーのもとで報道官を務めた)といった女性が一定の力を発揮できる場がもたらされたことが決定的であった。これは、ネオコンであるヌーランドやシャーマンと、人道主義に名を借りた内政干渉論者であるライスやサマンサ・パワー国連大使などとの連携強化につながったことを意味する。そして、ケリーは安易にこうした多数派と結託し、ネオコン的な姿勢を明確にするようになるのである。
ただ、オバマ自身は2013年8月、化学兵器の使用を理由に、いったんは武力介入を示唆しながらも、結局、9月、シリアの化学兵器を国際管理下に置き、シリアが化学兵器禁止条約に参加するというロシアの外交努力に理解を示して戦争は回避された。しかし、これは武力行使を厭わないネオコンにとって大きな打撃、あるいはロシアへの恨みとなったことは間違いない。
ネオコンらはここから、ウクライナでの新たな「作戦」を本格化することになったのではないか。ヌーランドにとって幸いだったのは、2013年8月に、ジェフリー・パイアットが駐ウクライナ米国大使に着任したことであった。彼は、ウィーンで国際原子力機関(IAEA)の事務局長に、米国の「操り人形」となることを約束していた天野之弥を就けるのに暗躍した人物であった。イランに対する強硬姿勢をとるネオコンがその強硬策を実現しやすくするために、天野をIAEA事務局長に就け、必要があれば強硬措置をとりやすくする態勢を敷いたのである。ヌーランドとパイアットはともにネオコンとみなせるのではないだろうか。
筆者が知るところでは、2014年2月23日にアップロードされた、ロバート・パリ―という、1980年代にAPやNewsweekで活躍した記者がこのあたりの事情を踏まえて、もっとも優れた分析を行っている(http://consortiumnews.com/2014/02/23/neocons-and-the-ukraine-coup/)。おそらくこの時点で、これほどまで深い考察ができた者は世界中に彼しかいないだろう。ここでは彼の考察などを参考にしながら、ウクライナと米国政府との関係を探ってみることにしよう。
ウクライナ危機の主役は、間違いなくヌーランド米国務省次官補である。彼女は、ジョージ・W・ブッシュ政権下でアメリカ合衆国北大西洋条約機構常任委員代表(NATO大使)を務め、オバマ大統領になると、ヨーロッパ通常戦力条約特使、米国務省報道官を歴任し、2013年5月に現職に昇格した。
彼女と駐ウクライナ米国大使のパイアットとの2014年1月28日の会話が盗聴され、YouTubeにアップロードされたことはきわめて有名だ。その会話には、二つのヴァージョンがあり(2月4日や6日にアップロードされたもの)、どちらが正確かは議論があるのだが、この段階で、米国政府がウクライナ新政権の陣容に関与しようとしていたことは明らかだ。
ヌーランドの夫は、ロバート・ケーガンであり、ネオコンの論客だ。ヌーランドは夫の影響を強く受けている。それを物語っているのは、上記の会話にある「ファックEU」という言葉だ。ヌーランドがひどくEUを嫌っていることがわかるのだが、これはおそらく夫ロバートの影響だ。その著書のなかで夫は、無秩序における安全保障という観点を重視する米国人と、平和ボケした欧州人を、「米国人は火星から、欧州人は金星からやってきた」と言えるほどの大きな違いがあると指摘し、欧州人を蔑視する見方を示しているのだ。オバマが2012年1月、ケーガンの書いた「米国凋落神話に反対する」という論文を称賛したことも、オバマとネオコン夫妻の良好な関係を物語っている。ついでに、ケーガンにはフレデリックという弟がおり、彼もまたネオコンの論客である。彼らのネットワークがネオコンの力をいまでも残存させているのである。
ヌーランドがねらったのは、ウクライナにおける政権転覆であった。まず、2013年9月26日付の「ワシントン・ポスト」紙のサイトに、カール・ガーシュマンという、米国民主主義基金(National Endowment for Democracy, NED)と翻訳されることの多い非政府組織のトップが、「ウクライナの欧州への参加という選択こそプーチンが代表しているロシアの帝国主義というイデオロギーを葬り去ることを加速化するだろう」という意見を掲載したことを紹介したい。この基金は中南米などで米国が行った、反米政権転覆のための反共工作の代わりに、1980年代前半に設立されたもので、民主主義の支援といえば聞こえはいいが、間接的な政権転覆をやってのける組織とみても差し支えないだろう。NEDには、政府資金が拠出されており、実際には、昔の反共工作機関と似て非なるものとみなしてもいい。すでに指摘したように、ネオコンの特徴は「世界の民主化というリベラルな理念」を掲げることだから、この基金はきわめてネオコンに近い存在ということになる。この基金の資金がウクライナのナショナリストを煽動し、それが2014年2月の政権転覆につながる一因になったと考えられる。しかも、ネオコンの望む、米国によるシリアへの軍事介入が頓挫しかけていた2013年9月という時期に、ネオコンに肩入れしている「ワシントン・ポスト」紙がガーシュマンの記事を掲載していたことは実に興味深い。
もっと直接的な一因として挙げられるのは、ポーランドでの軍事訓練であった。ポーランドの週刊誌Nieが伝えたところによると、ポーランド外務省の招待で86人のウクライナ人が2013年9月、ポーランドで4週間にわたって軍事訓練を受けたという。ワルシャワ工科大学と、キエフにある国立工科大学との間の協力に基づくという名目で招待されたウクライナ人が実は、ヤヌコヴィッチ政権打倒に重要な役割を果たすことになったのである。この背後に、米国政府が暗躍していたと考えるのが普通であろう。
2013年の前半から、ウクライナでは、インターネットTV(Hromadske.TV=Public TV)の開設が計画されていた。これを後押ししたのも米国政府であった。同TVは2013年11月22日から、ヤヌコヴィッチがEU統合への道を断念した時期に合わせて、反政府情報を大量に流すようになる。設立には、投資家ソロスによって設立されたウクライナのNGO、国際ルネッサンス基金が補助金を出したほか、駐ウクライナ米国大使館やオランダ大使館も資金供与したとの情報がある。民主主義の手続きを踏んで選ばれたヤヌコヴィッチ政権を暴力で打倒する計画が周到に練り上げられていたのである。
それを暗示するのは、2013年12月13日ナショナル・プレス・クラブでのヌーランド米国務省次官補の発言だ。「1991年のウクライナ独立後、米国は50億ドル以上を投資してきた」とのべたうえで、「米国はウクライナを価値ある未来へと促し続ける」と語った。この金額が事実であるとすれば、すさまじいカネを投じて、クーデターを準備してきたということになるのかもしれない。
2014年1月21日の段階で、「ワシントン・ポスト」紙はその社説で、「ワシントンは、純粋な民主主義国になろうともがいている国に専制的なモデルを強制しようとしているところにプーチンの役割があることを認識すべきである」とのべ、ウクライナの状況にプーチンの干渉があることを印象づけようとしている。もちろん、米国政府の政府転覆計画にはふれずに。
これに対して、「ニューヨーク・タイムズ」紙が2月5日にサイトに載せた社説のなかでは、ウクライナへの欧米支援の必要性を説く程度で、「ワシントン・ポスト」のようなロシアへの悪意をもった言及はない。どうやら今回のクーデターの正当化に大きな役割を果たしたマスメディアはワシントン・ポストであったと言えそうだ。1972年、当時、野党だった民主党本部があったウォーターゲート・ビルに盗聴器を仕掛けようとしたことから始まった「ウォーターゲート事件」を追及した新聞社がいまではネオコンの手先のような役割を果たしているのである。
だが、その後の経緯をみると、ニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストに歩調を合わせて、「ロシア憎し」の論調になる。とくに、ロシアによるクリミア半島併合という事態に直面すると、ロシアへの怒りは最高潮に達する。このあたりから、The Economistの論調が信じられないほどネオコン寄りになる。
The Economist(4月19日号)によると、プーチンは1994年のウクライナの国境を尊重するというコミットメントを廃棄したとまで書く。しかし、この覚書に違反した行為を最初に行ったのは明らかに米国である(前回の投稿を参照してほしい)。こうしたまったくの「嘘」を平然と書くことで、ロシアへのさらなる制裁を要求し、「NATOメンバーは軍事支出を増加させると誓うべきである」とまで言い放つ。ここまでくると、The Economistは軍産複合体の手先に成り下がっているということが実によくわかる。情報操作によって、「新冷戦」をつくり出そうとしているのだ。
ネオコンらは「新冷戦」が訪れたと喧伝して、ウクライナやグルジアをNATOに加盟させて、ロシアを敵視すれば、膨大な軍事費拡大につなげることができると信じているのだろう。ウクライナに過激なナショナリストが増加し、アルカイダのような武装集団と連携して、EU内のナショナリストとともにテロを頻発させるようになってもかまわないと思っているのかもしれない。だが、ネオコンらがロシアによる迅速な、しかも平和裏によるクリミア併合を予想していたようには思えない。だからこそ、猛烈に反発し、苛立ちを顕わにしたのではないか。それだけではない。ネオコンらは、自分たちが仕掛けたクーデターがその後、どうウクライナやロシアに影響をあたえ、どんな最悪の結果をもたらすかまでは考えていたとは到底思えない。イラク戦争を起こして、サダム・フセインを殺した結果、イラクがいかに辛酸をなめたかなど、ネオコンは気にしていないのだ。
ただし、きわめて不思議な問題が残されている。今回のクーデターが米国のネオコンによる煽動で引き起こされたことに気づいているはずのドイツ政府が唯々諾々と米国政府に従っているようにみえるのはなぜか、という問題である。ネオコンのネットワークを通じて、ポーランドやバルト三国が付和雷同してロシアへの厳しい制裁を求めるといった行動をとっていることは明らかだが、もう少し賢明なはずのドイツがなぜ米国を非難しないのか、よくわからない。ネオコンはいったい、どんな脅しをアンゲラ・メルケル首相にかけているのだろうか。これは、筆者の研究課題として残しておくことにする。
本稿で指摘した欧米の帝国主義への批判を出発点にしなければ、ウクライナ危機への対応策も誤ることになるだろう。その意味では、マスメディアが放送法の「できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」という規定をせめて遵守してほしいと思う。報道しないこと、無視することで情報操作をするというのはいただけない。
ウクライナ危機は、グローバリゼーションのもとに地球全体がかかえている、実に多くの問題点を教えてくれる。少数のネオコンが米国政府の内部で影響力をもち、ウクライナでの彼らの暴走をだれも止められず、ユダヤ系情報ネットワークによって彼らの暴走の事実さえなかなか暴露されないという現実。それどころか、ネオコンの望む「新冷戦」という、まったくの幻想が現実味を帯びているという不条理。これを機に、軍事力拡大路線への復帰をめざす人、シェールガス由来の液化天然ガス(LNG)の欧州での売り込みに躍起になる者、といった人々の動きが事実をますますわかりにくくしている。他方で、インテリジェンスのかけらもない、ただ有名というだけの専門家がまったく根拠のない情報を撒き散らし、真実をより不透明にして、結果的にネオコンの企みに加担している。
どうやら「交通整理」をする必要性が高まっているようにみえる。5月26日(月)に、第126回研究会「「ウクライナ・ゲート」:危機の本質」という筆者の講演会が開催される。4月末に上梓した拙著と同じタイトルの演題だが、詳しい案内が5月8日以降、日本対外文化協会のサイト(http://www.taibunkyo.com/)にアップロードされるだろう。心ある人はぜひ、お越しいただきたい。
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