「中立性」という反動イデオロギー

 昨年暮れ、憲法学者の小林直樹氏が40年以上前に書かれた論説「政治的中立ということ――教育と裁判への政治侵入――」(『世界』1970年9月号)を読む機会があった(「「司法の危機」から40年」https://chikyuza.net/archives/5430参照)。これは、当時の右翼・保守派の論壇や政治家による青法協攻撃に迎合・便乗する形で、石田和外最高裁長官や最高裁事務総局が「政治的中立性」なる言葉をキーワードに民主的裁判官の思想統制に乗り出すという「司法の危機」的時代状況の中で書かれた(元は講演原稿)、その意味で時事評論的色合いの濃い論説であるにも拘わらず、第一級の論説がほとんど常にそうであるように、その本質的内容においては、今日読んでも、時代的制約を全く感じさせない、普遍的真理が述べられているように思われる。そこで、その内容を簡単に紹介したい。

 「裁判官(あるいは教師、あるいは公務員)は政治的に中立でなければならない」などと言われると、それはそうだ、と素直に納得してしまう人も少なくないかもしれない。しかし、このような言説が最高裁事務総局、政治家、文科省(旧文部省)、教育委員会等々といった権力を持つ側から出てくるとき、それはほとんど常に、「政治的中立」という言葉とは裏腹に、裁判官・教師・公務員等その名宛人の思想・言動を権力的に統制しようとする極めて政治的な保守反動イデオロギーとして機能する、ということを喝破し、論証したのが本論説である。

 小林氏はまず、「政治的中立性」という曖昧な言葉が意味しうるものを、4つに分けて考察している。第1は、教師や裁判官など、「その専門の職務を遂行するために、政治的な諸勢力から距離をとって、自らの自由と自主性を保つ」という意味であり、このような意味の「中立性」は当然必要な態度であるが、それは他者から求められるものというより自律的モラルに属するものであり、「政治的中立性」というよりは主体の自律性や独立性と言った方が正確な概念と言える。第2は、「一切の政治イデオロギーからの中立」という意味であり、世間で最も普通に理解されているものであるが、どんなイデオロギーとも全く無関係であるような立場(あるいは無立場!?)というものがありうるか否かは疑問であり、価値判断が入る問題について全く「中立」であることなど、実際は不可能である。第3に、最も通俗的に「中立性」を唱える人々が想定しているのは、「左右いずれにも偏しない」という意味であるが、左右に偏しないといっても、どこに視座をとるかによって、見方は著しく変わってくる以上、このような意味での中立性は、「客観性も実用的意味も乏しい」と言わざるを得ない。第4に、政治的中立を唱えたり求めたりする人々が、多くの場合、現実にアイデンティファイしている立場で、「現に支配している階層の基本思想」という意味である。社会に広まっている体制的思想は、それを支持する人々にとっては、それがまさに支配的であるがゆえに政治的に中立であると感じられるというわけである。

 以上、4つの「中立性」概念のうち、最初に挙げた職業上の自律的モラルという意味を除けば、政治的中立という言葉が、実は極めて政治的・イデオロギー的に用いられていることがわかる。したがって、一見、誰にでもわかりきったような響きを持つこの言葉が、実は、社会的にも論理的にも妥当しないような意味をもたされたまま、一定の政治的効果を生ずる目的で巧妙に用いられていると小林氏は指摘し、その政治的目的とは教育や裁判の行政的統制であると喝破している。

 次に小林氏は、「政治的中立性」というスローガンが政治による教育統制を押し進めるために用いられてきた歴史を簡潔に跡付けている。文部省は1953年に「教育の中立性確保の通達」を出して日教組の制圧と教員統制に乗り出し、保守党による「憂うべき教科書」の「偏向」非難(55年)に続いて教科書検定の調査官制度が法制化され(56年)、57~59年にわたる抗争を圧して勤務評定制度を強行していったが、このような「逆コース」を推進するイデオロギーとして使われたのが「政治的中立性」概念であった。このように、「政治的中立性」という言葉は、その文言とは裏腹に、どぎついまでの政治性を有し、保守勢力を背後においた行政的統制の正当化という政治的機能を営んできた歴史を有しているのである。

 小林氏はさらに、「政治的中立性」というイデオロギーが、右翼・自民党・財界などの保守反動勢力による様々な「偏向判決」非難や青法協への攻撃の武器として用いられてきた経緯を検証しているが、その詳細はここでは割愛する。この論説が書かれて以後の40年間で司法がどのように保守化してしまったかについては、拙稿「「司法の危機」から40年」https://chikyuza.net/archives/5430を参照して頂ければ幸いである。いずれにしても、「中立性」という名のイデオロギーが民主的勢力を抑圧し、権力的統制を通じた保守反動化をもたらすという点において、教育分野における適用であれ、司法部門での適用であれ、その効果は同一である。「政治的中立性」という一見もっともらしい言葉が、権力サイドによって使用されるとき、我々市民は、その背後にある意図と現実的効果を冷静に見抜き、その反動的イデオロギー性を暴露しなければならない。

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 「ちきゅう座」をご覧の皆様なら先刻ご承知のように、元千代田区立九段中学校の教員だった増田都子さんは、2005年8月、侵略戦争を否定した自民党都議の都議会での発言と扶桑社版歴史教科書を批判したプリントを授業で配付したことが、「教育公務員としての職の信用を傷つけた」として戒告処分を受け、さらにそれに基づく懲罰的研修において「反省の態度が見られない」という噴飯ものの理由で――増田さんには反省すべき理由がないのだから「反省の態度が見られない」のは当然すぎるほど当然のことである――2006年3月、分限免職処分を受けたのである。これに対して増田さんは現在、免職処分取消訴訟を闘っておられるが、その控訴審判決が明日2月10日東京高裁において出されます。

 2009年6月11日に出された一審東京地裁判決は全くの不当判決だったが、その中で同判決は、公教育が「公正、中立に行われるべき」ことを繰り返し強調し、増田さんの上記プリントが「公正、中立」に反し、「ことさらに特定の個人及び法人を取り上げて、客観性なく決めつけて、稚拙な表現で揶揄するものであり、特定の者を誹謗するものであることは明らかである」として、増田さんの訴えを棄却ないし却下している。

 しかし、増田さんのプリントの記述は、歴史学の常識に照らして当然の批判であって、なにゆえそれが「誹謗」とされるのか、判決は根拠も示さず、「客観性なく決めつけて」いるにすぎない。さらに、「公正、中立」という基準を強調するわりには、何をもって「公正、中立」とするのかについても全く説明していない。「歴史教育や歴研究における公正とは何か」という問題については、山田昭次立教大学名誉教授が「意見書」の中で詳しく分析しておられるように、増田さんの記述こそ「公正」に適うものであるが、増田さんが批判対象とした都議発言や扶桑社教科書がそれに反することも、そのなかで詳しく立証されている。それでは、同判決が強調する「中立」とは何か? それこそ、小林直樹東大名誉教授が本論説で詳細に論じておられるところの反動的イデオロギー機能を覆い隠す外皮にほかならないであろう。

 東京高裁民事第2部の裁判官が、一審判決のような「客観性なく決めつけて、稚拙な表現で揶揄するもの」ではなく、増田さんと弁護団が提出した控訴理由書、意見書、最終準備書面などをきちんと正面から受け止めた判決を出すことを強く要望する。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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