『情況』(2013年1・2月合併号)に新川明が「『尖閣』は沖縄に帰属する」を発表している。真に重要な知見を提示されている。
新川は中国尖閣諸島領有論を否定して、琉球による領有の実質があったという。琉球王国と中国(明・清)間の交易船、進貢船、冊封船の航海が尖閣諸島の状態を熟知している琉球船の乗組員によって主導されていた史実を論拠とする(17ページ)。
私はこの問題について全く無知であるが、新川が挙げていない事例をここで紹介しておきたい。琉球王国末期、1860年(咸豊10年)の進貢使の一員であった蔡大鼎=伊計親雲上が那覇から清国福州への船旅で詠んだ漢詩である。漢詩集『閩山游草』(1873年、明治6年)に収められている。
十幅蒲帆風正飽
舟痕印雪迅如梭
回頭北木白雲裏
魚釣台前瞬思過
ここに「北山」は八重山の中国名、「魚釣台』は尖閣列島魚釣島、中国では釣魚と呼ぶ。