令和3年4月、「廃炉・汚染水・処理水対策チーム事務局」が出した資料「福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針(案)の概要」に「ALPS処理水の海洋放出の具体的方法」が次のように整理されている。
2年程度後を目途に福島第一原発の敷地から放出。
風評被害を最大限抑制するための放出方法。
①トリチウム:
濃度:規制基準の1/40(WHO飲料水基準の約1/7)まで希釈。
総量:事故前の管理目標値(年間22兆㏃)を下回る水準とする。
②その他の核種:規制基準を下回るまで2次処理。更に上記のトリチウム濃度を満たすため、大幅に希釈。→規制基準を大幅に下回ることで、安全性を確保し、風評を抑制。
西尾正道著『被曝インフォデミック』(寿郎社、令和3年・2021年)によれば、飲料水用のトリチウム基準値は、フィンランド30000㏃/L、WHO10000㏃/L、スイス10000㏃/L、ロシア7700㏃/L、米国740㏃/L、EU100㏃/L、カナダ20㏃/Lである(pp.119-120)。各国間の数値落差に驚く。日本ではトリチウムの飲料水に関する基準はないそうで、海洋放出基準値60000㏃/Lしかない。
上記の「基本方針(案)の概要」によれば、それを40倍に薄めるのであるから、1500㏃/Lになり、それを7倍すれば、10500㏃/Lとなって、ほぼ世界保健機構WHOの基準値となる。要するに、フィンランドの1/20、スイスの約1/7、ロシアの1/5、米国の約2倍である。飲料水として使うに、トリチウム基準値はクリアされている。
他の諸々の核種については、基準値を下回るように化学技術的二次処理をした上に、更に希釈しか手の無いトリチウムの故に大幅に希釈されるのであるから、ここでも飲料水として十分に使える事になる。このように安全な水を何故に海洋に放出するのか。風評被害対策であるならば、海洋放出をしないのが一番の対策である。安全で清潔になった水をあえて海中に捨てる理由は何か。「対策チーム事務局」の「基本方針(案)の概要」にはその解答は勿論、そんな疑問も見出せない。
そこで、私=岩田は、悪人になった気持で悪知恵をしぼり出してみた。
第一に、アルプス処理水の40倍に当たる海水をF1前の海中から取水して、それをアルプス処理水に加えてから、放出する。結局、希釈しないで「原発の敷地から放出」するのと同じことになる。第二に、アルプス処理も希釈も最初の頃は正直に高いコストをかけて実行するが、やがて世間が放出慣れして無関心になった頃に、「不急不用」の処理・希釈を見直しをする、コスト削減を図る。こう考えてみたが、「基本方針(案)の概要」は、「放出前・放出後のモニタリングを強化。地元自治体・農林水産業者等も参画」と明記しており、上記の悪知恵はすぐに見破られてしまうだろう。従って、経産省や東電に上記のような悪しき思惑は無しと信じたい。
とすれば、「廃炉・汚染水・処理水対策チーム」の思考に死角があったのだ。放射能汚染水を幾重にも処理して、最終的に水道水、飲料水として世界保健機構の基準を十分に下回る良質な水を生産していた事の認識に欠けていたわけであった。放出を先験的前提として政治的に与えられていたから、放出しないで活用した方がはるかに良いはずの再生水をつくり出していても、海洋放出にこだわっているのだ。このような思い込みから自由になれば、「ALPS処理水は日本アルプス源泉に匹敵し得る名水となり得る。海中放出なんてまことにもって勿体無いの一言につきる。大変超多額の国費をかけて創り出した貴重水だ。国民みんなで飲もう。」と言う基本方向が出て来るはずだ。とは言っても、原発事故の被害者側の漁民・農民がすぐ納得はしてくれないだろう。そこで、加害者側の原子力市民社会(東京電力、経産省、官邸等々)に特権的に二年間この貴重水を飲用していただく。これは国民も亦許す特典であろう。こんな「基本方針(案)の概要」が出せたはずだ。
福島原発事故由来のALPS処理水について、安全性が十分でない(危険性が残る)と考える人々は、海中放出に反対である。安全性が十分である(危険性が残らない)と考える人々は、有効活用(例えば水道用)を考えるから、海中放出に反対である。逆に言えば、現在あえて海中放出にこだわる人達は、将来のコスト削減、処理の手抜き、希釈の手抜き、モニタリングの手抜きを目論む人達であるしかないことになる。
私=岩田の小文「福島原発アルプス処理水の有効利用を考えるべし――海中気中放出にかえて――」(「ちきゅう座」2020年7月24日
https://chikyuza.net/archives/104796)を参照されたし。
令和3年5月23日(日)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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