「従軍慰安婦」等の記述に対して文科省が訂正申請を強要した結果のほぼ全貌が判明しました。

 9月8日に公表されたのは6月末までに訂正申請された分(以下<第1次分>)で、その後に申請された分については10月11日に承認され公表されました(添付資料参照、<以下第2次分>)。第2次分を見ると、9月10日、13日などに申請したものが数件含まれています。それらも10月11日に承認されたのは、異例の早さです。
理由としては、
1) 承認がこれ以上遅れると供給本の印刷に支障が生じる
2) 教科書課も本年度の高校教科書2年目の検定業務があり、10月は検定意見言い渡しの時期になってその後は多忙になるので、その本務と重ならないようにした
などが想定されます。
こうしたことから、2次分までで今回の訂正申請分は出そろったのではないかと思われます。
これらの結果について、検定済の教科書記述を改変させた政治的圧力とそれに唯々諾々と従った文科省の行為に対しては批判と責任の追及が今も粘り強く続けられています。
 その手を緩めるわけにはいきませんが、同時に理不尽な強圧に対し、主体性維持に苦闘している編集者・執筆者を支える取り組みの継続も心がけたいと思います。
そこで改めて1次分を含めて全体を概観すると、教科書会社・執筆者は弱い立場ながら、10月末からの本年度検定や2023年度中学用検定などを視野に、このような「不当な支配」に精一杯立ち向かい、布石を打っている様子が、いろいろと私には見えます。
以下、気付いた範囲ですがそうした事例を挙げておきます
① <『詳説日本史改定版』など山川版3点>
「(いわゆる従軍慰安婦)」などを削除する一方で「 『慰安施設』にはを「日本軍向け『慰安施設』には」とした
*今回の騒ぎを引き起した藤岡信勝氏たち「つくる会」の目的は「慰安婦」「慰安所」等記述の全面的な削除であったが、日本軍の具体的な関与を示すことで、逆に印象を強めている
② <『新選日本史B』東京書籍版>
「国民徴用令によって朝鮮や台湾から、」を「国民徴用令によって朝鮮や台湾の人々が強制的に動員され、」と加筆した
* 必ずしも記述を変更する必要がない部分に手を加え、徴用も事実上の強制連行だったと読める記述にした
③ <『歴史総合 近代から現代へ』(見本本)山川出版、『高校日本史B新訂版』他、実教出版>
動員された労働者を中国人と朝鮮人とに区分して、中国人についての記述では「強制連行」の表記を存続させた
*今回の記述改変の対象が朝鮮半島関係に限定されていることと、中国人労働者については徴用が適用されていないことなどから、「強制連行」表記を存続させる”訂正”にした
④ <『世界史A新訂版』実教出版>
強制連行や徴兵制も実施された」を「日本内地での労働力不足を補うため、
多くの朝鮮人が動員され、鉱山などで過酷な条件のもとで労働に従事した。そ の後、徴兵制や徴用令も実施された」と大幅に加筆した
*スペースのやりくりが可能であれば、このように「強制連行」の実態を詳述できることを示し、答弁書を根拠とした強要を無力化できることを実証した
⑤ <『高等学校日本史A新訂版』他2点、清水書院>
本文の「強制連行」を「政府決定にもとづいて配置した」と書き換える一方で注記に新たに「朝鮮では、企業の募集という形式を取りつつも、本人の意思を 無視した動員が進められたこともあった」という詳細な記述を加えた
⑥ <『詳説政治・経済改定版』山川出版>
朝鮮人強制連行など、生命と人権を踏みにじる行為がおこなわれた」を「 朝鮮人の本人の意思に反した強制的な動員など、生命や人権を踏みにじる行為がおこなわれた」に書き換え、「強制連行」の不当性をより鮮明にした
*⑤⑥は「答弁書」による今回の手法は偏狭な”言葉狩り”にすぎないので、そうした浅薄な圧力に対しては柔軟にしてしぶとい抵抗力を執筆者側が保持し、今後も同様に対処できることを実証した事例。
⑦ <『私たちの歴史総合』(見本本)清水書院>
a) 「強制連行」表記に関し、付表「<資料:政府間以外のおもな戦後補償>」の「2003年 対不二越強制連行労働者に対する未払い賃金等請求二次訴訟」との項について「※訴訟・事件の名称は当時の呼称や通称にもとづく」という注釈を加筆し、「強制連行」という表現の変更を回避した。
b)同様に、上記の付表に「1992年 釜山従軍慰安婦・女子挺身隊公式謝罪請求事件」とある点についても上記の注釈を加筆することで、「従軍慰安婦」という表現の変更を回避した。
*「強制連行」「従軍慰安婦」とも社会一般に用いられている表現であることを立証するとともに、検定では引用資料の原点の表記についてまで「答弁書」が適用されないことも明らかにした。
* 先例として、学び舎版中学歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』で「河野談話」の引用がある。ただし「河野談話」には「強制連行」という表現はない。学び舎版では同談話の注記として「現在、日本政府は『慰安婦』問題について『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような資料は発見されていない』との見解を表明している」を付記している。
この付記は学び舎本初版の検定中に「政府見解条項」が策定(2014年1月)されたために加筆され現行版にも掲載されているものであって、そこには「いわゆる強制連行」の表記が存在している。けれども文科省は今回の訂正申請の対象としていない。原典表記遵守の原則がそこに見られる。そのことから、a)b)の事例でもその原則に基づいた清水書院の書き換え回避策を、文科省が認めた可能性が高い。
「政府見解条項」で加筆させたものが、今回は逆に同条項に逆らう措置を下支えすることになった。因果は縄をなうが如しとか。下村博文文科大臣(当時)が安倍晋三首相が予告していた2015年8月15日「70年談話」を教科書に記載させることを目論んだ小細工の条項を、萩生田光一文科大臣が悪用を図ったところで”返り討ち”にはまった図式に見える。
両大臣それに文科省官僚も身の程を知るべきでは?
⑧ <『私たちの歴史総合』(見本本)清水書院>
「アジア女性基金は、いわゆる従軍慰安婦問題に関して、~」の下線部に新たに注記マークを付け、「※従来は、政府の談話なども含めてこのように表現されるこ  とが多かったが、実態を反映していない用語であるとの意見もある。現在、日本政 府は、「慰安婦」という語を用いることが適切であるとしている」との注記を加筆
した。
*今回の場合、検定基準の「政府見解条項」が両論併記の形などで政府見解を加筆することを義務付けているにすぎない点を見透かして対応したもの。
生徒が「どのような表現が適切か?」を考える素材提起となっている。
⑨ <『高等学校改定版 世界史A』、『高等学校歴史総合』(見本本)いずれも第一学習社>
それぞれ本文の「強制連行」に側注記号を付け、下記の側注を加筆した。
側注① 2021年4月、日本政府は、戦時中に朝鮮半島から労働者がきた経緯は さまざまであり、「強制連行」とするのは不適切とする閣議決定をしたが、実質 的には強制連行に当たる事例も多かったとする研究もある」と。
*今回の記述改変の話題を正面から扱ったもの。ことが閣議決定に由来し、検定の基準である専門的学術的判断によるものでないことを直截的に明示する加筆を、検定官に認めさせたもの。
事実であるし、新聞等で広く報道され、議論を呼んでいる状況が公知となっていることが、承認の下支えになったと思われる。
*学校教育法51条(高等学校教育の目的)の3項には「健全な批判力を養い」とある。「教科書もこうした政治力に影響されている」という事実を生徒が知ることで、教科書を鵜呑みにしない判断力育成が促進されるという効果が期待される記述でもある。
記述改変を企てた側にとっては”やぶ蛇”に近い事態。
* 第一学習社の訂正申請は7月12日だった。文科省のいう「6月末まで」に拘束されず、記述改変を巡る社会の反応・動向などを見極めながら、内容の検討に時間をかけた結果と読める。
* ⑧⑨共に、他社の場合よりも字数の多い加筆が可能だったのは、検定済みであったにも拘わらず、余白のスペースが残っていたことにもよる。第一学習社の場合、同サイズの側注の字数は100字で、上記の加筆分は99文字。訂正申請が承認され、編集者・執筆者は”にんまり”では?
①~⑦を含め、その他今回の訂正申請は既に検定済みの”完成品”が対象だったので余白が限られ、不本意な改変になったケースが多かったと想像されます。
10月下旬からの今年度の「日本史探求」などの検定では、他の検定意見による修正と関連付けることで、今回よりは融通が効きやすく、2023年度中学教科書検定ではさらに
自由度が増すことになります。
繰り返しますが、上記①~⑨事例からは、編集者・執筆者がそうしたそれぞれの機会に腕を振るい、底力を十分に発揮できるように、今回の経験を取り込んで準備を進めていることを示しているように見えます。
私たち”外野”の一般市民が次世代のための教科書についてやるべきことは、教科書行政に関心を持ち続け、情報の迅速な共有化などを通じて、編集者・執筆者が検定に際し
て主体性を貫けるより健全な社会的環境を整えることだと考えます。
その意味で、今回の訂正申請の結果に示されている「どっこい言いなりにはなるものか」という執筆者たちの誇りと意気ごみに私たちも寄り添い、今後の取り組みに結び付
けたく思います。

以上 訂正申請結果(1次分・2次分とも再度添付しました)についての髙嶋の私見です     
ご参考までに          転送・拡散は自由です。

<付記>
* ところで、目下、各教科書会社は、採択した学校現場に記述改変についての通知作業に追われている模様です。これまでは重大な改変の場合以外ではされていない事柄のはずです。今後、他の教科科目についても同様の措置を実施することになると労力や経費などでの影響が心配されます。
すでに社によってはHPで訂正箇所(学校への通知)を公開しています。今後はそれを見るように教委などを通じて依頼するなどの方法も考えられます。
ちなみに、それら今回の訂正申請をHPで公表している各社の画面は一律ではなく、訂正理由に差異があります。その差異から各社のこの記述改変に対する立ち位置の差異、各社のがんばり様がまた読み取れます。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11421:211025〕