軍事ジャーナリスト・小西誠です。
政府の「南西諸島」住民避難計画が策定されましたので、その内容の核心について、批評しました。
ご参考に!
2025年3月27日、政府は「沖縄県の離島からの住民避難・受入れに係る取組」の策定を発表した。ここ数年、政府・自衛隊は、「台湾海峡有事」のための先島諸島住民の避難計画を検討してきたが、その研究・検討・訓練の結果の公表である。
結論から言うと、この住民避難計画は、恐るべき住民無視の計画であり、杜撰な、独りよがりの計画である。
なぜ、宮古・八重山だけの住民避難なのか?
まず、誰しもが疑問に思うのが、なぜ、宮古・八重山(先島諸島)の住民だけの避難計画であり、沖縄島の住民は省かれているのか、ということだ。――この説明を筆者は今まで一度も見たことがない。
そして、同じ問題だが、なぜ、「1カ月」だけの九州などへの避難なのか?
政府計画には「短期的避難」と繰り返し出てくるが、その説明は全くなく、「長期的避難の就労・就学」について以後検討するとしている。

しかし、この2つの問題は、「台湾海峡有事」に関する日米の「戦争シナリオ」に共通している問題だ。
つまり、政府・自衛隊は、「台湾海峡有事」に係わる日米中の戦争を、「島嶼戦争」=「海洋限定戦争」に「限定」したいという「思惑」がある。ウクライナ戦争にみるように、「ウクライナはロシア本土を攻撃しない」、「ロシアは、ウクライナの核などを攻撃しない」という思惑である。
もっと明確にするなら、日米は、この「台湾海峡有事」に係わる事態を、東シナ海―第1列島線に「戦域」を限定したい(中国本土を攻撃しない)という思惑である。そして、戦闘目的を、「中国海上艦隊[空母]の壊滅」を通して、中国・習近平政権、共産党政権を崩壊に導く→中国国家の分裂(国家崩壊)に持ちこみたいとしている。あの米ソ軍拡競争を通して、ソ連を崩壊させ、ソ連邦を分裂・解体したように、である。
恐らく、政府・自衛隊は、2023年1月の戦略国際問題研究所(CSIS)の「ウオーゲームを参考にしているかも知れない。このシュミレーションでは、1カ月の戦闘を想定――台湾海峡を侵攻中国軍を打ち破り、日米軍が数百機の戦闘機・数十隻の戦艦、数千人の兵員の戦死を伴いながらも勝利し、中国軍に同等以上に戦闘機・戦艦、兵員の戦死者を出させ、数万の捕虜を確保したと発表。

ただ、戦闘は、「最初の1カ月の戦闘」と明記されているように、1カ月後の戦争については公表されていない。
限定海洋戦争から核戦争へ
だが、今年3月24日、琉球朝日放送が、このCSISのユーク・カンシアンへのインタビューを公開した。https://www.qab.co.jp/news/20250324244620.html
これによれば、その後の戦争は、大量の捕虜を出し、敗北した中国軍の核攻撃を含む、15回の核攻撃を双方が繰り返す戦争に発展したというものだ。
一旦開始された戦争が、1カ月で終焉するなどというのは、誰しも考えないだろう。とりわけ、日米中という世界の大国同士の戦争は、開戦国家内での、戦争を終焉させる巨大な反戦運動なしには終わらない。
いい換えれば、この一旦始められた戦争は、1カ月どころか、途中、ミサイルなどの兵器が枯渇して、休息期があり得たとしても、10年あるいはそれ以上続く長期戦争となるのだろう
しかも、この米日中の戦争には、AUKUS、quadなどの、オーストラリア、イギリス、フランス、フィリピンなども加わろうとしており、中国側にも、ロシアとの同盟関係の深まりの中、何らかの形で参戦するだろう(DPRKをも)。したがって、言うまでもなく米日中の海洋限定戦争は、第3次世界大戦に行き着くことは不可避なのだ。

(米中日が、経済的相互依存体制にあることから、戦争は起きないとか、米中戦争が核戦争になるから、原発を保有しているから[中国は原発大国]、という理屈で戦争が起きないという主張がある。だが、これは間違いである。ウクライナ戦争のように戦争は「限定」して始まるだけでなく、この限定戦争論=局地戦は、戦争勃発の敷居(閾値)を低くしていることを認識すべきである。)
10年以上の避難を強要される宮古・八重山住民
結論から言うと、日米政府が行おうとするこの「台湾海峡有事」の海洋限定戦争は、この島々を戦域化=全島戦場化し、全島を「無人地帯」と化す戦争である。制服組の「島嶼戦争研究」では、例えばサイパン戦のように「軍民混在の戦争」を避けることが戦闘に必須であることが、示唆されている。
先述のユークも、この軍民混在の戦争を避けるために、島の一部に「非武装地帯」を創ることを主張している。だが、数百人の住民ならいざ知らず、数千数万にものぼる人々の水・食糧をどう確保するのか? 非武装地帯とするなら、島全体をそうするしかないのだ。

繰り返すが、住民は10年以上帰還できないだけでなく、通常型戦争だけでも島々は破壊尽くされる。言わんや、核戦争となれば、核汚染により、何十年、いや一生還ることは不可能だ。そしてまた、住民避難においては、牛や馬などの牧畜業の動物が放置されるだけでなく、すべての農業・水産業が破壊される。一木一草さえ生えない島々になるだろう。
しかし、繰り返すが、沖縄県は、なぜこの先島諸島住民の避難を受け入れるのか? 沖縄島の住民避難について、政府はちゃんと説明しているのか? この恐るべき「棄民政策」、第2の沖縄戦態勢を、なぜ許容するのか?
そして、政府は石垣島・宮古島などでのシェルター造りを発表し、これが進みつつあるが、このシェルター造りという戦争態勢になぜ反対しないのか?
この政府の住民避難計画の最大の問題は、軍事費2倍化という超大軍拡――長射程地対艦ミサイルなどの「敵基地攻撃能力」の増強などの対中国戦争態勢に突き進む政府が、全くといっていいほど中国との平和外交、相互の軍縮外交(軍拡停止)を行おうとする意思さえ垣間見られないということだ。
日中の間では、日中平和友好条約が締結され、相互不可侵、覇権を求めないなどの宣言がなされている。今本当に必要なのは、この条約の精神に則り、相互の軍拡停止宣言である。
*補足1 避難先の九州は、南西シフトの指揮・統制ー攻撃拠点となった!
上に示した住民避難先のほぼ全てが、九州であるが、九州が南西シフトの攻撃拠点になったことを政府・自衛隊は、隠蔽しているのか?
1つは、2025/3までに、第8地対艦ミサイル連隊が陸自・湯布院駐屯地に新編され、この部隊が25年度内に長射程地対艦ミサイルを配備するということだ。そして、この湯布院には、昨年3月に、第2特科団という、琉球列島全域に配備された地対艦ミサイル、熊本の第5地対艦ミサイルを統一的に指揮する部隊が新編されたのだ。つまり、九州は、琉球列島全域の地対艦ミサイルを指揮する司令部となるとともに、長射程地対艦ミサイルの発射・攻撃拠点となったのだ。
2つ目には、「特定重要拠点空港・港湾として、九州の宮崎空港、熊本空港、鹿児島港をはじめ、全域が軍民共用空港・港湾として指定され、すでに実戦訓練が各空港・港湾で行われていることだ。
まさしく、政府は、この指揮統制・攻撃拠点となった九州全域に、先島諸島住民を避難させるという、とんでもない、愚かな方針を採り始めたのである。
ここまでの愚策は、なんというべきか! 住民を騙し愚弄しているのか!

*補足2 自衛隊は住民避難を行うのか?
発表された政府計画には、自衛隊の住民避難の活用が全く書かれていない。当初は、自衛隊は住民避難を全力で行う、そのための海上輸送力の増強が必要と主張していた(安保関連3文書)。
しかし、この文書では、海保、PFI船舶(2隻から6隻に増強)、民間航空機・船舶の動員とあるだけで、自衛隊活用については一言も出てこない。たぶん、自衛隊による住民避難が、国際法、ジュネーブ諸条約の「軍民分離」などに違反するという、私たちを含む世論の強力な主張を受け入れたのかもしれない。
だが、疑問は残る。昨年の陸上自衛隊大演習のように、約10万人の陸自兵員、武器、兵站などの「南西諸島」への大輸送態勢では、ただでさえ自衛隊の輸送力では追いつかない。そのためには、増員されるPFI船舶だけでなく、民間船舶、航空機も大動員される。
――問題は、この自衛隊が「南西諸島」に大動員する民間航空機・船舶(これ自体が国際法違反)を、そのまま帰り便の住民避難の輸送に使うことは十分に考えられるが、これこそ、ジュネーブ諸条約が規定する「文民分離原則」違反である。対馬丸と同様、軍事攻撃の対象になりかねないのだ。この点を厳しく批判しなければならない。
●参考資料
「沖縄県の離島からの住民避難・受入れに係る取組」(2025/3)
「https://www.kokuminhogo.go.jp/pdf/ukeire_20250327_torikumi.pdf
*●参考資料
・小西誠著『ミサイル攻撃基地と化す琉球列島―日米共同作戦下の南西シフト』
ミサイル攻撃基地と化す琉球列島 小西 誠(著) – 社会批評社米軍のアジア太平洋戦略の徹底解剖――今、米海兵隊・陸軍による琉球列島への地対艦・空ミサイル、そして中距離ミサイルの配備が始www.hanmoto.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14174:250331〕