「死せる孔明 生ける仲達を走らす」補論――プーチン戦争の一背景 ブレジンスキー――

 「ちきゅう座」「評論・紹介・意見」欄(2022年・令和4年6月20日)に小文「死せる孔明 生ける仲達を走らす――ブレジンスキー対プーチン――」を発表した。https://chikyuza.net/archives/120084
 その小文の中で、アメリカの地政戦略家ブレジンスキーが公言していた、対モスクワ戦略と対ベオグラード戦術を、1978年段階と1997年段階について引用紹介しておいた。
 最近ブレジンスキーの旧著をもう一冊読んだ。『孤独な帝国 アメリカ、世界の支配者か、リーダーか?』(堀内一郎訳 朝日新聞社 2005年10月 The Choice Global Domination or Global Leadership, Zbigniew Brzeziński 2003)である。
 以下に、現在の露烏戦争に殆ど直通するようなブレジンスキーの対露観と対露戦略、そして、その根源にある自己意識=全能幻想、すなわち北米欧州の自己規定=共同幻想をも紹介引用する。

 ――別々に行動した場合、アメリカは圧倒的な力をもつとはいえ全能ではない。ヨーロッパは豊かだが力はない。一緒に行動することでアメリカとヨーロッパは事実上、世界の全能者になれる。――(p.130,強調:岩田 私見によれば、ヒトラーさえドイツを世界の全能者にまで高めていなかったのではなかろうか。)
 ――EUとNATOの拡大は、冷戦の望ましい結末から生じた論理的かつ必然的結果である。――(p.131)
 ――EUとNATOの拡大は続くだろう。……。…西欧がロシアとの関係を発展させ、ウクライナを希望通りに、最終的に欧州大西洋共同体の一員に加えることが、拡大の価値を大いにあげる。――(p.132)
 ――シベリアの開発と入植を進める共同の努力が、ヨーロッパとロシアの真の絆を生み出すものになる。ヨーロッパにとってシベリアは、かつてアメリカがアラスカとカリフォルニアから得たチャンスを合わせたものに相当する。――(p.138)
 ――冒険心に富んだ入植者にとって黄金郷(エル・ドラド)なのだ。――
 ――多国間で共同して開発するシベリアは(ヴォルガ川流域が招聘されたドイツ人入植者によって開発された事実を想起されたい)、満ち足りたヨーロッパ社会に血わき肉おどる〈新しいフロンティア〉への挑戦を呼びかけるのだ。――
 ――ヨーロッパは、ロシアと結ぶ新しい(エネルギーに関するパートナーシップ)を、ロシアが近隣諸国への政治的影響力をふるう新たな手段とさせないように特に注意しなければならない。ロシアとの協調は、旧ソ連帝国領土内での地政学的多元的共存を強化する努力と並行して進める必要がある。NATOとEUはソ連崩壊後に独立した国々、特にウクライナを欧州大西洋共同体の勢力範囲に組み入れなければならない。――(p.139,強調:岩田)

 私=岩田が強調した文辞から一目瞭然、アメリカ合衆国の大軍師ブレジンスキーの意図は、全世界の全能者たる北米西欧が広大なシベリアを、出来得るならばロシアの主権から分離させ、あるいは、すくなくとも自分達をロシアと並ぶ共同主権者たらしめ、かつての西部大開拓の如き〈新しいフロンティア〉に造形せんとする所に在る。ウクライナ組入れはその前提、必要条件だ。
 ロシア大統領プーチンが北米西欧に最も接近していた時期、21世紀初頭に、キッシンジャーと並んでアメリカの世界戦略に大きな影響力を有する人物が上記の如く公言していた。
とにもかくにも、ブレジンスキーは1978年、1997年、2003年とロシアを一歩一歩追い詰める意図においてブレがない。
 プーチンとしても、このまま手をこまねいているだけではすまない。現代世界における主権国家の意義が、凡百の目には不必要なほど過度にプーチンによって強調されるようになった。残念ながら、ロシア連邦にブレジンスキー級の軍師が欠如していたようだ。その故か、隣国の主権国家への単純な侵略を条件反射的に行ってしまった。自己矛盾もいいとこだ!

 私=岩田は、北米人・西欧人が〈新しいフロンティア〉・黄金郷を手に入れるために、ウクライナ常民・庶民とロシア常民・庶民が戦ひ合ひ、傷つけ合ふことに耐へがたき理不尽を感じざるを得ない。そんな悪夢を「普遍的価値」、「自由」、「人権」、「私有財産」の名の下に容認する国際市民社会とは、そも何者ぞ?!

                          令和4年霜24日(木)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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