冷戦終結からすでに20年が経過しようとしている。近年、旧ソ連・東欧圏を中心に資料公開が進んだ結果、欧米中心あるいはアメリカ中心の冷戦史研究を問い直し、これまでの冷戦像を相対化する新しい潮流が生まれている。本書は、米ソ両陣営内の同盟政治、冷戦と第三世界との関係、冷戦と社会・文化との関係などを問い直す、そうした新しい冷戦史研究の流れを反映する本格的な学術書であり、先行して刊行された『アメリカの戦争と世界秩序』の姉妹編である。
本書は、日本を軸に、米国・中国・ロシアなど日本内外の第一線の冷戦史研究者10名を結集した共同研究の成果であり、「冷戦とは何であったのか」「冷戦を終結させたものは何か」という問題に冷戦の終焉および冷戦秩序の変容という視点から取り組んだ実証的な論文を編んだものである。本書に収められた各論文は、冷戦秩序の変容と同盟内政治の複雑な関係の解明に焦点を当てており、いずれも新しい視点・問題意識からそれぞれのテーマに接近した高い水準の実証研究であり、全体としても非常に興味深く刺激的な作品に出来上がっている。
本書の構成は以下の通りである。全体が冒頭にある序章と三部から構成されている。
序章 変容する秩序と冷戦の終焉 ・・・ 菅 英輝
第Ⅰ部 アメリカの戦争と「自由主義的」秩序の変質
第一章 安全保障か自由か?―朝鮮戦争がアメリカ的世界秩序に与えた影響・・・ロバート・マクマン
第二章 ヴェトナムにおける国家建設の試みケネディ戦略はなぜ破綻したか・・・松岡 完
第Ⅱ部 デタントと同盟関係の変容
第三章 ヨーロッパの冷戦と「二重の封じ込め」―アイゼンハワー政権下の第二次ベルリン危機・・・倉科 一希
第四章 ヴェトナム戦争と英米関係―ウィルソン政権による対米和平外交の成果・・・森 聡
第五章 1970年代のデタントとイギリス外交―ヒース保守党政権を中心に・・・橋口 豊
第六章 米韓合同軍司令部の設置―同盟の中核・・・我部 政明
第Ⅲ部 東アジアにおける冷戦と冷戦秩序の変容
第七章 アメリカと中国内戦―戦後秩序の崩壊過程 1946年6月~1947年1月・・・松村 史紀
第八章 深まる中ソ対立と世界秩序―中ソ同盟崩壊の原因と米中対決・・・チャン・ツァイ
第九章 中ソ対立とその米中関係への影響―東アジア冷戦構造の変容・・・イリヤ・ガイドゥク
第一〇章 米中和解と日米関係―ニクソン政権の東アジア秩序再編イニシアティブ・・・菅 英輝
序章では、編者である菅英輝氏が、多岐にわたる冷戦史研究の新しい動向を概観するとともに、諸外国と比べて活発とはいえない日本の冷戦史研究にとっての課題と新しい提言を行っている。
第Ⅰ部では、アメリカの戦争と「自由主義的」秩序の変質が主なテーマであり、戦後アメリカが掲げたリベラルな秩序や自由主義的価値が東側共産主義陣営と対峙する中で次第に軍事的独裁色を強めるなど大きな変質を遂げていた事実を描いている。
第一章は、朝鮮戦争が戦後の国際関係史の重要な転換点となり、「冷戦の軍事化とグローバル化」となってあらわれたこと、特に安全保障重視のイデオロギーが支配的となり、ウイルソン主義的リベラリズムが変質を迫られてネオ・ビスマルク主義的な逞しさが優位となり、NSC六八によって事実上際限のない軍事支出への道が開かれ「軍産複合体」の影響力が高まったことなどを詳述している。
第二章は、ヴェトナム戦争の遠因をケネディ政権のアメリカ的秩序を維持する二つの手段、すなわち軍事力強化と政治的民主化をめぐる南ヴェトナムとの亀裂・対立に求めている。またアメリカ外交の問題点として、強烈な自己過信、「忍耐力のなさ」、現地の風土や歴史への無知、ワシントンの政策や概念・構想への過信、「ヴェトナム人のための戦争」という虚構への拘泥、自らの事態制御力への幻想、責任転嫁、などを列挙している点は今日のイラク戦争との共通点が多く興味深い。
第Ⅱ部では、デタントと同盟関係の変容が主な主題であり、デタント期におけるアメリカと西ドイツ、イギリス、韓国などの西側同盟諸国との関係における同盟内政治の具体的展開に焦点を当てて論じられている。
第三章は、アメリカの対ソ性格と対西側政策との相互関係を冷戦期のアメリカの対西ドイツ政策の検討を通じて解明することを課題としている。具体的には、1958年11月に始まった第二次ベルリン危機へのアイゼンワー政権の対応を取り上げ、アイゼンワー政権がベルリンの「保障都市」化構想を通じてそれまでの「力による再統一」政策を修正しようとしたが西ドイツの反発によって撤回に追い込まれたことを明らかにしている。アメリカによるソ連と西ドイツの「二重の封じ込め」政策の矛盾がドイツ再統一問題での西ドイツのナショナリズムへの警戒と配慮をめぐって表面化した事実は、冷戦期と冷戦後のアメリカの対ドイツ政策の連続性を示唆している点で注目に値する。
第四章は、ヴェトナム戦争期における米英関係に注目したもので、ヴェトナムへの派兵を拒否したイギリスが和平イニシアティブを発揮できた二つの事例を分析している。それはカンボジア会議階差案とフェーズA/Bフォーミュラーをめぐる英ソの仲介案というウィルソン英政権による二つの和平イニシアティブであり、アメリカの政治的自律性が軍事的自律性とは異なって同盟国の意向を完全に無視できるほど強固でないことを指摘している点は重要である。
第五章は、ヨーロッパ・デタントでイギリスが果たした役割に注目したもので、ヒース英政権がいわゆる「三つのサークル」のうち、帝国=コモンウェルスから撤退しアメリカとヨーロッパの二つのサークルに重点を移していく過程に焦点を当てている。すなわち、デタントという新たな国際環境において、帝国から撤退しECへの加盟を実現したが国際的影響力の低下に直面する中でヒース英政権がCSCEで積極低対応をとるとともに米欧間の調停役を担うことで影響力維持をはかろうとした事実を明らかにしている。
第六章は、1977年11月の米韓合同司令部設置にいたるプロセスの検討を通じて、統合化の仮題、限界、作戦上の諸問題を探ることを課題としている。そこにいたるダイナミズムを、アメリカの戦略的柔軟性を確保しつつ韓国防衛に関与できる段階的撤退構想、韓国軍の軍事力強化と韓国軍需産業の育成など四つの要因によって解明している点は、冷戦期のアメリカ軍との一体化から冷戦後の自主性の強化に向かう韓国軍の軌跡を展望するだけでなく、冷戦後徐々にアメリカ軍との統合・一体化を進める日本の課題を考えるうえでも貴重な示唆を与えるものといえよう。
第Ⅲ部では、東アジアにおける冷戦と冷戦秩序の変容が主な考察対象であり、アジア冷戦の変容における中ソ対立の決定的なインパクトと米中接近・和解が国際関係に及ぼした大きな影響が焦点心となっている。
第七章は、戦勝国を中心とした勢力均衡の大国間秩序が崩壊して新たな冷戦秩序が形成されていく過程を詳細に分析している。また、マーシャル・ミッションをアメリカの戦後中国政策における「目標」と「方法」の乖離としてとらえ、内戦勃発による「中国大国化」構想の挫折が戦勝国中心の戦後秩序の崩壊とアジア冷戦の起源として位置づける見方は説得力がある。
第八章は、冷戦期にアメリカ主導の資本主義世界秩序に対する挑戦として結ばれた中ソ同盟が崩壊していく過程を考察し、その理由と国際社会に及ぼした影響を明らかにしている。中ソ対立は、ソ連第二〇回党大会でのフルシチョフ演説への毛沢東の反発で決定的となり、その結果、国際システムに第三の極、とりわけソ連にとって厄介なイデオロギー上の対立国である中国を登場させることになったとの解釈には納得できる。
第九章は、中ソ対立が米中和解に与えた影響および米中和解がヴェトナム戦争をめぐる米中ソあるいは中ソ越の三角関係に及ぼした影響を考察している。中ソ対立は米中接近の原因となり、米中接近が米ソ間のデタントをも促進する効果をもったとの指摘は重要である。また、米中和解から最も漁夫の利を得たのはアメリカであり、ハノイ指導部にとってヴェトナム戦争遂行上不利な環境をもたらすことになったとの指摘も興味深い。
第一〇章は、米中和解が日米関係に及ぼす影響とそれについての議論が日本外交にとってもつ意味、米ソ冷戦史における米中和解の歴史的意義などを考察している。ニクソン=キシンジャーが米中和解が日本に及ぶす影響を大いに懸念していたという新しい解釈や、アメリカのヘゲモニー支配下で日本の地位の相対的低下はニクソン訪中で始まっていたという指摘は説得力がある。アメリカは、米中和解で多極化した国際関係のもとで日米中ソに対する戦略構築の困難さに直面すると同時に、特にアジアにおける日本の位置づけという新たな課題をも抱え込むことになったという指摘など、冷戦後の世界における日本の進路を考える上で多くの貴重な示唆を含んだ論文であると評価できる。
本書を通読してまず感じることが、編者が序論で述べているように、冷戦終焉後に安易な「資本主義勝利」論、アメリカ「一極支配」論、アメリカ「帝国」論が流行した背景に示されるように、冷戦の受益者であり直接の当時者でもなかった日本人の冷戦像のリアリティのなさである。冷戦に関する最新の実証的な研究成果を踏まえた本書は、そうした冷戦像の歪みを正し、より具体的で豊富な知見とダイナリズムのある新たな冷戦像を読者にもたらすことは間違いない。評者の関心は、本書をきっかけに日本の冷戦史研究のさらなる発展がなされることかであり、本書ではあまり触れられなかった、冷戦と軍産複合体・国際金融資本との関係、冷戦の周辺地域からの中心地域への反作用、冷戦が日本に与えた負の影響なども含めたより深化した今後の研究へ期待したい。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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