『現代中国と市民社会』(勉誠出版)シンポジウムに関する若干のコメント(3)――外国NGOの法的規制――

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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鈴木賢教授(明治大学現代中国研究所所長)は、中国の「党天下体制」、岩田流に言えば、党資本主義中国における各種の否定的法現象を警告的に報告された。説得力のある報告であった。特に、外国NGOに関する法規制強化が中国社会の市民主義化と民主化を阻害する意図をもって実行されていると主張する。その通りであろう。鈴木が認識しているか否か不分明であるが、現代の地球世界においては、諸外国によって人材的に資金的に支援される海外NGOの規制は、大国にのみ許される特権なのである。その特権の是非善悪を問わないで語ればの話であるが。プーチンのロシアや習近平の中国だからこそ出来たとも言える。

私が会場では紹介しなかった事実がある。ロシアと中国に続いて、同様の事態がEUに抗して、その加盟国ハンガリーでも起こりつつある。NGO財務新法と新高等教育法が通ろうとしているが、ブタペストの街頭は、「オルバンとプーチンの秘密連携」に抗議する人々で埋まった。両法律はあきらかにハンガリー出身のアメリカ人大金融投機家ジョルジュ・ソロスが1991年に設立した中央ヨーロッパ大学やソロス財団によって資金援助されるハンガリーの諸NGOを狙っている。首相ヴィクトル・オルバン自身かつてソロスの奨学金で留学した人物であるが、今や彼の人権担当相ソルタン・バログは、「ジョルジュ・ソロスの諸組織は、ハンガリーでも全世界でも似而非市民分子である。ハンガリー政府はそんな諸活動の抑制を目指している。」(『ポリティカ』2017年4月11日)と公言する。

会場で私が指摘した1990年代、旧ユーゴスラヴィア多民族戦争期以来の外国資金でファイナンスされたセルビアの有名な諸NGOについてここでも若干語っておこう。一例をあげる。

ベオグラードに「セルビア人権問題ヘルシンキ委員会」なるNGOが活動している。委員会議長ソーニャ・ビセルコ女史は、1999年2月の月報に、NATOによるセルビア大空爆の1ヶ月前であるが、次のように書く。「NATOの役割は、この地域の、特にセルビア人のバルカン的エスノ・ナショナリズムの制圧と脱ナチス化路線にあるべきである。NATOは、かつて第二次大戦後の欧州でかかる役割を成功裡に果たしたことがある。がからこそ、ドイツは、今日、欧州と世界で指導的民主主義国の一つとなっている。・・・かかるバルカンへのアプローチのみがこの地域の望ましい移行とヨーロッパ的構造への包摂に到ることが出来る。」

1999年3月24日、NATO空爆が始まった。その1ヶ月後、ビセルコ女史はワシントンに姿を現した。「国務長官M・K・オルブライト女史に会って、セルビアを占領するように勧告した・・・。ミセス・ビセルコが提案する処方は、戦争犯罪法廷によるミロシェヴィチ(当時のセルビア大統領:岩田)告発、セルビアの軍事的打倒と脱軍事化、公開裁判・・・、マスメディアの西側による接収と極端なセルビア民族主義の禁止、バルカンに対するマーシャル・プランである。」(The New York Times Weekly Review、May 9、1999) こんな事をベオグラードで書いても、ワシントンで語っても、「非民主的」ミロシェヴィチ独裁体制の下で彼女は逮捕投獄されずに、セルビアの人権問題に取り組み続ける事が出来た。逆に2年後逮捕投獄されたのは、ミロシェヴィチであった。

ウィリアム・モンゴメリーなるアメリカ大使がいる。1975年以来、バルカン地域を担当して来た外交官である。彼については、「ちきゅう座」に「2003年対イラク戦争前夜のセルビアにおけるアメリカ外交官の暗(明)躍」(2016年10月23日)で書いてある。1993年から1996年まで駐ブルガリア大使。1998年から2001年まで駐クロアチア大使。2000年11月17日に1999年3月の空爆以来断絶していた新ユーゴスラヴィア(セルビアとモンテネグロ)との外交関係再開の主責任者に任命されるが、その数ヶ月前からハンガリーの首都ブタペストに本拠を構え、セルビア大統領ミロシェヴィチ大統領打倒工作をセルビア内の様々な民主諸党・市民主義諸グループと協力して実行しており、10月5日に成功していた。

ウィリアム・モンゴメリーの著書『歓呼が静まる時』(Struggling with Democratic Transition  After the Cheering Stops)は、ウィキペディアのWilliam D. Montgomeryを検索しても出て来ない。セルビア語(=クロアチア語)訳Kad Ovacije Utihnu  Borba s demokratskom tranzicijom(Dan Graf Klub Plus、Beograd、2010)でのみ読める。この本の中でこのアメリカの駐新ユーゴスラヴィア大使(2001年11月15日―2004年2月)は、彼が実行したセルビアのミロシェヴィチ体制打倒工作における自分の任務・課題・仕事を以下の(a)から(h)までに分類し、かなり詳しく描いている。紹介しよう(pp.27-28)。

(a)セルビア内の諸野党は決定的瞬間においてさえ反ミロシェヴィチよりもお互いの間で対立反目している。野党側に大統領候補を一本化する。

(b)モンテネグロ共和国大統領ミロ・ジュカノヴィチをセルビアの野党側に引き寄せる。

(c)野党全体を支援し助言を与える。

(d)人権活動家諸グループ、選挙監視諸組織、抵抗運動Otpor(ベオグラード大学を中心とした反体制学生運動:岩田)など諸NGOを創設し、教育し、支援する(強調は岩田)。

(e)「セルビア一周円環」を創建する。その目的はB-92のような反対派の独立ラジオ局をBiHやハンガリー等のセルビア国外から放送できるようにする。

(f)全欧州安保協力機構の議長国オーストリーにセルビア選挙における野党側勝利の信頼性を高めるように行動してもらう。

(g)政府のコントロール下にある諸メディアに対抗しているB-92、様々な地方テレビ局、ラジオ放送、諸新聞等の独立メディアを支援する。

(h)隣国ハンガリーと駐ハンガリー・アメリカ大使に情報を提供する。

また、別の個所では、「我々がまるごとファイナンスして来たB-92」(p.95)と書いている。B-92は1989年5月開局のベオグラードに本拠を置く独立ラジオ放送であり、2000年9月にテレビ放送を開始した。それは大統領選挙期間中、2000年10月5日にミロシェヴィチ政権が打倒される以前であった。

次にモンゴメリー大使のセルビアにおけるどんな活動がアメリカ国務省内でいかに評価されていたかに関する彼自身の文章を引用しよう(p.164)

――夏の中頃(2003年:岩田)、イラクの主席行政官に任命されたジェリー・ブレマーが私を呼び出した。私がただちにイラクにやって来て、彼の副官の一人になるように求めた。ジェリーとは20年来の知り合いだ。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の子分で、ラリー・イーグルバーガーの良き友であった。・・・・・・。あなたのお役に立てるとは思えませんが、と答えた。あの地域に勤務したことはなかったし、人々について何も知らないし、習慣も言葉も知らない。そんな事は分かっている。あなたが勤務して来た国々でキャリアの大部分、諸NGOや諸市民団体を設立し、民主的移行を前進させて来たことを知っている。それこそイラクに必要なことだ、と彼は言った(強調は岩田)。

私=岩田は考える。市民主義本家の北米西欧諸列強が「虎」になって、市民社会発展途上諸国の市民主義NGOの活動家達が虎の威を借りる「狐」になる。かくして、運動実質以上に政治的・社会的存在となる。常民社会は正直である。まさにそこに異和を覚える。体制的実権派に対する反発より深い異和の皮膚感覚を感じる。ましてや、外国から金銭的に補助されているなんて、知れば・・・。

モンゴメリー自身、自著の結論の末尾でこう書いている(p.177).

――結局のところ、外部から刺戟され惹き起こされる社会変革プロセスは、我々の誰もが信じていたよりはるかに難しい。そんな仕事をしようと試みることへの障壁さえ今日までそうであったよりもずっと高くなっているに違いない。

このようなバルカン半島の大使館政治を見てしまった者としては、プーチン・ロシアにならって、中国の「党天下体制」が外国NGO規制に踏み切った事で、もっぱら「党天下体制」だけを非難していても、それでは不十分であろうと考えざるを得ない。私=岩田は、中国の党資本主義体制を告発する国際法廷の主席検察官鈴木賢教授に対する「悪魔の弁護士」役を演ずるつもりで上述の文章を記した。

最後に鈴木が配布した明治大学現代中国研究所の資料から私が有言実行を期待する一節を引用しておこう。

――・・・日本の学界、言論界、メディアの世界にも蔓延し、中国の体制が歓迎しない現象やテーマには積極的に取り組もうとしない雰囲気がある。しかし、当研究所では、たとえ共産党に嫌われたとしても、それが現代中国理解にとって重要なテーマであれば、それからはけっして目をそらさず、果敢に取り組みたいと考えている。

この文章における「中国」を「市民社会」に替え、「共産党」を「リベラリズム諸党」に替えても、この文章は成立する。学術の世界ではいかなる方向であれ、タブーがあってはならない。現代中国の国家権力が臆面もなく設ける諸タブーも、現代市民社会の実力層がひそかに設ける諸タブーも、研究者共同体をしばってはならぬ。

平成29年4月25日

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  http://www.chikyuza.net/

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