世界の「農地」を買いあさる
ウォール街のハゲタカどもの呆れた実態
http://diamond.jp/articles/-/88069
「気候変動ほど大規模で普遍的な出来事が、悪いことばかりであるはずがなかった。生態面での大惨事は、誰にとっても金銭面での大惨事であるとはかぎらないのだ」
これは、『地球を「売り物」にする人たち』の冒頭、温暖化が進むほどに儲かる気候変動ファンドの実態を目の当たりにした著者マッケンジー・ファンク氏の言葉だ。世界有数のエリートが集まるウォール街にかかれば、気候変動から儲けの機会を見つけることなど、たやすいことのようだ。彼らハゲタカたちが次に狙う「獲物」を、その生々しい証言とともに紹介しよう。
気候変動で「保険会社の株価」が上がる!?
本書第7章で中心的な役割を果たす投資家フィル・ハイルバーグ(右)。スーダンの国家分裂に乗じて、土地の買い上げを画策していた(撮影:著者)
気候変動関連のほかの投資家たちは、新しい低炭素経済には欠かせないクリーンテクノロジーやグリーンテクノロジーの企業に投資する一方で、気候変動の影響が深刻化する事態にも備えはじめていた。
ロンドンでは、シュローダー・グローバル気候変動ファンドがロシアの農地(安価で肥沃な耕作地が、温暖な冬と、旱魃に煽られた世界的な食糧危機のせいで、突如高価になった)に投資しており、ファンドマネジャーはこのロジックをさらに一歩進めて、カルフールやテスコといったスーパーマーケットチェーンの株式を購入していた。「もし気候変動が農作物の収穫高に悪影響を及ぼすなら、消費者は食料品にどうしても前より多くお金を使わざるをえなくなります。小売業者がその恩恵を受けるのは明らかでしょう」とそのマネジャーは私に語った。
街の反対側では別のファンドマネジャーが、ミュンヘン再保険やスイス再保険といった再保険会社の先行きを楽観している理由を説明してくれた。「気候変動が洪水や旱魃を引き起こしはじめ、自然災害がありふれてくると、保険会社、とりわけ再保険会社は価格決定力を持つはずです」と彼は言う。そのおかげで保険会社は料率を上げられるので、「ハリケーンが毎年猛威を振るうのは、実はたいへんな好材料なのです」。
ウォール街の音に聞こえたある投資銀行のパートナーは、ウクライナの農地の写真を示しながら、自分の銀行は現地で「広大な土地」の買い上げに動いた、と語った。旧ソ連時代の集団農場は、「生きていくのもやっと」の状態に逆戻りしていた、と彼は言う。「連中のところへ行って、ウオッカのボトルを数本と、ふた月分かそこらの穀物を差し出せば、引き換えに何千ヘクタールも手に入るんですよ。本当に、ウオッカと穀物をくれてやるだけで」(『地球を「売り物」にする人たち』v-viページ)
ウォール街が「農地」を買いあさる? いったいどういうことなのだろうか。その背景を追うと、「地球温暖化は起こるもの」という前提に賭けたハゲタカたちのあっけらかんとした投資行動があった。
ウオッカと引き換えに農地を
――もはや詐欺師と変わらない投資家たち
ウオッカと引き換えに農地を手に入れるウクライナの取引について語った銀行家は、マンハッタンのトライベッカにある風通しのいい角部屋のアパートに私を招いて、匿名を条件に話を聞かせてくれた。「実は、こういうことです。集団農場は、自由市場化で集団経営ではなくなると、みんなつぶれました。資本がなかったからです。トラクターを買う余裕もありませんでした」。だからウオッカと数ヵ月分の穀物があれほどの見返りをもたらしたのだ。
ウォール街でも3本の指に入る彼の投資銀行は、彼がジーザスというニックネームで呼ぶ長髪のブローカーを通じて、何万平方キロメートルもの第1級の農地ばかりでなく、ダチョウ農場やチョコレート工場、ウクライナのポルノのチャンネルの入手も図った。銀行家たちはローターが2基ついたソ連製の大型ヘリコプターで田園地帯を飛びまわり、休閑地や農村に着陸し、遺伝子組み換えを行った、旱魃に強いモロコシを紹介した。最初はイスラエルのキブツで開発された作物だ。「生産量を大幅に上げたりできます」とその銀行家は言った。「けれど、基本的には、農民に対する詐欺ですね」
ウクライナでの取引は結局不成立に終わった(ジーザスがしだいに多くの分け前を要求するようになったのだ)が、気候変動は果てしない成長領域だ。
とりわけ抜け目ない農地バイヤーにしてみれば、地球温暖化は二重の恩恵だった。地球温暖化は、短期的にはプッシュ要因(訳注 ある場所から人々を離れさせる原因)で、旱魃を深刻化させ、中国やオーストラリア、アメリカ中西部の収穫を台無しにし、食糧価格の急騰を招いていた。だが、長期的にはプル要因(訳注 ある場所へと人々を引きつける原因)で、ウクライナ、ロシア、ルーマニア、カザフスタン、カナダなどの高緯度の国々は、気候が温暖化するにつれて、生産性が下がるのではなく上がっていく。「北半球の生産地帯が北に移動していることなど、専門家でなくてもわかります」。イギリスの大手不動産会社ビドウェルズで農業関連産業研究の責任者を務めるカール・アトキンは、ロンドンに会いに行った私にそう語った。
「北米に大きな地域が1つあります。南米にも1つ。イギリスにも点在しています。ですが、関心の的は、ロシアとウクライナに広がるこの黒土で、世界でも有数の土壌です」
酷寒の冬や短い栽培期といった環境要因が政治的要因とあいまって、価格は低く抑えられていた。ルーマニアの黒土1ヘクタールは、イングランドの黒土1ヘクタールの5分の1の値段にしかならなかった。気候変動地図を土壌地図に重ねれば(さらに、人口データを加えてもいい)、ひと財産築ける、とアトキンは言った。彼自身、ウクライナから戻ったばかりだった。ビドウェルズは5年にわたって金融関係のクライアントをルーマニアに案内し、アトキンの言う「分割方式」(小さい区画ごとにアプローチして、最終的には大規模な土地買収につなげる方法)を行ってきた。「共産主義後に全員に再分配された小さな区画を再統合するのです」と彼は言った。「大勢の村人を村長とともに1室に入れ、村長に言わせます。『いいですか、自分の土地を売りたい人は? 売りたくない人は?』と」
気候変動のせいで農業が高緯度の地域に移っていくと、資金もそれに続いた。
ドイツ銀行とシュローダーを含め、著名な気候変動ファンドを持つ銀行は、それとは別個に農地ファンドも持っている。2011年には、ハーヴァードとヴァンダービルトのものも含め、大学基金が、ゴールドマン・サックスとJPモルガン・チェースにかつて所属していたスーザン・ペインとデイヴィッド・ミュリンが運営するロンドンのエマージェント・アセット・マネジメントに投資されていることが暴露された。「気候変動というのは、アフリカでは今より乾燥する場所もあれば、逆に雨が多くなる場所も出てくるということです」とミュリンはロイターに語った。「われわれは、それを活かすつもりです」(同204-208ページより抜粋)
倫理的な問題や環境問題と切り離し、気候変動の結果にだけ注目する。ウォール街で発展する「新しい現実」、それを代弁する彼らの「本音」を聞いて、あなたはどう思われるだろうか。
次回は、地球温暖化のおかげで独立できるかもしれない、という究極のジレンマを抱える「グリーンランド」の実態をレポートする。3月23日公開予定。(構成:編集部 廣畑達也)
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「北極が解ければ、もっと儲かる」
氷の下の資源争奪戦に明け暮れる石油メジャー、
水と農地を買い漁るウォール街のハゲタカ、
「雪」を売り歩くイスラエルベンチャー、
治水テクノロジーを「沈む島国」に売り込むオランダ、
天候支配で一攫千金を目論む科学者たち……。
地球温暖化「後」の世界を見据えた
「えげつないビジネス」の実態とは?
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5978:160320〕