【紹介】「プーチンにも一理ある」か?「市民の意見」への批判(大富亮さん)

著者: 杉原浩司 すぎはらこうじ : 武器取引反対ネットワーク:NAJAT
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チェチェンニュース編集人の大富亮さんの論考をご紹介します。今後の反戦平
和運動を考えるうえで、重要な問題提起だと思います。

ぜひご一読ください。

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「プーチンにも一理ある」か? 「市民の意見」への批判
https://note.com/chechennews/n/nc0bb19e18658

チェチェンニュース Vol.22 No.27(#498) 2022.07.01

「市民の意見」NO.191号の特集は「ウクライナ戦争を考える」というもので、
ノンセクト左翼の大先輩方が、ついに力強くロシアを批判するかと思ったら、
それはまったく一部分で、ほとんどはロシアを擁護するものだった。チェチェ
ンやロシアについて観察してきた立場から見ると、極めて残念な内容と言わざ
るをえない。
https://www.iken30.jp/bulletin/191/

そこで、これらの議論がどのようなものか、できるだけ理解するために、ま
ず論旨を手短に紹介し、その上で反論していきたいと思う。

◆「ウクライナの戦争に思うこと」 (海老坂武氏)
https://www.iken30.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/882cc3a2f27465c38abec20cfc572ca2.pdf

<「誰の仕業か。もちろんプーチンである。・・・だがそれだけか。責任の一
端はいまもなお「徹底抗戦」を説くゼレンスキーにもあるのではないのか」。
ゼレンスキーは安全な場所から「徹底抗戦」を叫ぶ「狂信的指導者」であり、
ウクライナに武器を供与する欧米の指導者は、ウクライナ人の犠牲の上に兵器
ビジネスのチャンスを見ている。ロシア軍の残虐さは、ロシア兵だからではな
く、戦争だからであり、戦争自体が犯罪なのに「戦争犯罪」を調査するのは滑
稽。なぜメディアはウクライナ人の反戦の声を伝えないのか。ウクライナの総
動員令を支持するのか。「国を守る」のは無意味で悲惨。ウクライナ主要都市
は無防備都市宣言をすべきという意見に納得する。「お国のためにだけは絶対
に戦うまい」と思う。>

戦争経験者の言葉は尊重したいと思うものの、それではフランスやアメリカ
に対して抗戦を呼びかけたホーチミンも、狂信的指導者ということになるのだ
ろうか。ベトナム反戦に関わってきた人が、なぜプーチンの侵略に断固反対す
るのではなく、それよりも抵抗する側を批判し、戦争犯罪の調査すらせせら笑
うのか、理解に苦しんだ。

ウクライナ人にも一部に反戦の声はあるかもしれないが、明らかに無差別で
残虐なロシアの侵略の前に、ウクライナ人が自分から「無防備都市宣言」をす
るなど、考えにくい。そもそも、日本人が安全な場所からウクライナ人に「武
器を捨てよ」と呼びかけることのほうが滑稽で、どう考えても現実に侵略軍に
脅かされている人々の心には届かないだろう。きわめて内向きな、日本の中の、
それも不勉強な界隈でしか通用しない議論という印象だった。

◆「ウクライナ戦争の根本問題—戦争における真の敵は国内にいる!」(阿部治正氏)

https://www.iken30.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/fce4f20fce12b5fc4076a6291de72472.pdf

<ロシアを支配するのはオリガルヒ、軍需産業経営者、治安機関。彼らはアメ
リカのような国家を目指してソ連復活に乗り出している。ウクライナはオレン
ジ、マイダン革命のような「支配層間の党派闘争」に明け暮れ、極右が政権に
接近。ゼレンスキーは財政の失敗をナショナリズムでごまかしつつ労働法制を
改悪。ゆえに挙国一致などできるわけがない。この侵攻と満州事変はまったく
違う。ウクライナとロシアの間に「民族的課題はない」。ロシア市民の反戦デ
モ、一部ウクライナ労働者の戦争動員非協力闘争、そして欧州の労組による武
器輸送反対闘争は共通性がある。平和を求める運動は、国際的に労働者同士で
繋がって、それぞれの国の国家と戦うべき。この戦争はロシアとウクライナの
支配層の間の戦いなので、両国と世界の労働者市民がそれらに対して勝利を収
めなければならない。>

ロシアに対する見方が表面的で、意図的かどうかは別として、重要な事実を
次々と見落としながら書かれている記事。「ゼレンスキーのもとでの挙国一致
が不可能」という評価は、ウクライナの現実を見ておらず、逆にゼレンスキー
は過去最高の支持率のもとでウクライナの抵抗を率いている。

大国が小国に侵略している。満州事変と違うと、どうして言い切れるのだろ
うか?「兄弟民族」なのだから、併合されても当然なのだろうか? 兄弟民族
だと言いながら、それを理由に過酷な暴力を振るう国が一方にある。この構造
自体がすでに民族問題ではないだろうか? 「民族的課題はない」という断言
は、ロシアのプロパガンダに乗せられてしまった勇み足としか言いようがない。

ロシア国内で起きている市民の弾圧、政治家、ジャーナリストの暗殺——そ
れらはプーチン政権によるものなのだが——そういった具体的な面に目を向け
ずにいきなり各国の労働者同士の連帯を呼びかけても、強引で図式的ものにな
ってしまうだろう。

◆「ロシア・ウクライナ問題を見る視点」(浅井基文氏)
https://www.iken30.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/9a33a8d59031350b84d47e8dd90cb238.pdf

<アメリカの侵略を国連で批判してきたロシアがウクライナに侵攻したことは
「私にとって大きなショック」であり、今回の行動は「首肯しうるものではな
かった」。だがNATOが東方拡大しなければ、この戦争はなかった。またレーニ
ンの「民族自決権承認」がソ連邦解体を招いたというプーチンの主張には一理
ある。ロシアにとって緩衝地帯にはベラルーシしか残っておらず、ウクライナ
の中立化は当然必要。ゼレンスキーはミンスク合意履行を拒否し、ロシア系住
民への締め付けを強化、バイデン政権に傾斜した。ロシアは軍事侵攻すること
によってウクライナがNATOに加盟しないという確約をとろうとしたのだから、
NATO非加盟を提示すればロシアは必ず和平交渉に呼応する。平和的解決のカギ
はアメリカにある。>

浅井氏は基本的にNATO原因論を述べている。しかし、NATOは別に強引な勧誘
をして東欧諸国を加盟させてきたわけではない。なぜこの諸国や、最近ではウ
クライナ、スウェーデン、フィンランドまでもがNATOに加盟を求めているのか、
その理由について考えてみるべきではないだろうか。

一言で言えば、それらの国々の多数の人々は、ロシアの侵略を受ける現実的
な可能性があると考えているからである。しかも、それは2月24日に現実にな
った。今回の侵略によって、ますますNATO加盟は進むだろうけれど、それは
NATOが素晴らしいとか、正義だということではなく、ロシアがひどすぎるから、
やむを得ない選択といえる。たとえば1994年以降、チェチェンでどれだけひど
い虐殺があったか、浅井氏はご存知だろうか。100万人のうち、20万人がロシ
ア軍に虐殺された。このことはヨーロッパでは常識である。

他国が軍事同盟に加盟することを理由にその国を侵略したり、加盟する権利
の放棄を材料に和平交渉——実際には武力で放棄を強要する——ことが正当化
できるなら、ロシアと中国が軍事同盟を結ぶことでさえ、他国からの軍事侵攻
の理由にされてもおかしくないが、おそらくそんなことは認められないだろう。

1930年代から40年代にかけて、ウクライナではスターリンによって人工的な
大飢饉が引き起こされ、チェチェン人や朝鮮人は強制移住させられるなど、ロ
シア全土で無数の人命が奪われてきた。浅井氏が褒める民族自決権など、実際
のソ連には存在しなかったのである。ありもしない民族自決権への批判を戦争
の口実にしたプーチンに「一理ある」などという評価を広めるのは、侵略への
支持と同じくらい罪が深い。

確かに、プーチンは民族自決権を否定しそうだ。独立を求めて立ち上がった
チェチェン人たちを殺戮したような人間なのだから、ある意味で当然だろう。
また、ウクライナ人にも自決権などないと考えるからこそ、このような侵略に
踏み切れた。「民族自決権」を批判するプーチンにも一理あるのだろうか?
どこにもない。あるとすれば、身勝手な自民族中心主義だけである。

というわけで、「市民の意見」に掲載された記事にいくつかの反論を試みた。
残念ながら、今の平和運動内部では、「どっちもどっち」論や、それどころか
プーチンの言い分を支持する暴論すら広まっていることに警鐘を鳴らしたいと
考えたからである。

だからと言って、ロシアに警戒的な人々のすべてが、アメリカの戦争を支持
したり、武器取引の拡大を求めているわけではない。私もチェチェン戦争だけ
でなく、イラク戦争やアフガン戦争にも反対してきた。ただ、アメリカを絶対
悪とみなして、すべての責任を——ロシアの侵略ですら!——アメリカのせい
にしたり、ウクライナ人の正当防衛さえも認めず、逆に武装解除してロシア軍
の前に丸腰で立つよう求めるような議論は、明らかに間違っていると言いたい。

某国こそが絶対悪いという立場を決めて、そこから一切出てこないで批判す
るのではなく、どこであっても、今起きていることについてそれぞれ善悪の判
断をし、よりひどい暴力を振るっている強者を批判することが大切なのではな
いだろうか。今見た「市民の意見」では、強者の側の問題点には最低限言うべ
きことすら指摘せず、逆に紙面のほとんどは弱者への批判に充てられていると
いっても過言ではない。

また、総じて言えるのは執筆者の人々がロシアについて皮相的にしか知らな
いということである。あるいは、よく知っていても、書くべきことを書いてい
ないのではないか。たとえば、今回の事態についておおやけに論じるなら、そ
の前段であったチェチェン戦争は不可欠の知識になりつつあるし、ロシア国内
での民主派政治家、ジャーナリストの暗殺や、市民団体などへの弾圧について
少しでも織り込んでみれば、結論もかなり違ってくるはずだ(これらについて
の言及は、三つの記事のどこにもなかった)。

執筆者の方々にも、今後はロシアやチェチェンの現状も知っていただき、改
めてウクライナ侵略問題を論考されることを、心から願いたい。
(大富亮/チェチェンニュース)

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