あきれた雑誌広告-はみ出し駐在記(55)

また机の上に『American Machinist』が乗ってる。半年ほど前からだと思うが、回覧されるようになった。研究所にいたときは、新奇な情報はないかと辞書を引き引き読んでいた。自分から読みにいっていた雑誌が、何もしないでも机の上にくるようになった。皮肉なもので、くるようになったときには目を通す気もなくなっていた。現場にでると、必要とする知識も興味も将来の技術ではなく目の前のトラブルになる。マネージャーも先輩も『American Machinist』など見向きもしない。

 

回覧だから、溜め込むのも問題だろう。さっさと誰かに回してしまわなければならない。ページを開きもせずに回してしまうのをためらって、ぱらぱらとページをめくっていったら角を折ったページがあった。なんだろうと思って開いたら、見たような機械の写真が目に入った。自社の広告だった。前に回ってきて、ついそのまま書類の山に乗せてしまったのを引っ張りだした。同じように角を折ってあるページを開いたら同じ機械の広告だった。機械も広告のデザインも同じなのだが、機械の横に立っている人が違う。三冊の広告のページを開いて並べてみた。どれも同じレイアウトで文章もほとんど同じ内容だった。

 

コピーライターの手になるものなのだろう。そつなくまとめられている。町工場のオヤジさんのよそ行き言葉で、「加工品の品質や精度だけでなく生産性も向上できた。機能にも性能にも満足している。。。」というようなことが書いてあった。

 

三冊のうちの一冊は何ヶ月か前に修理に行った会社だった。どうしようもない会社で最新鋭のCNC旋盤を買ったはいいが使いこなせない。昔ながらの手でハンドルを回す機械しか使ったことのない人に、ろくに準備もせずに、ある日突然コンピュータで制御した機械だから無理がある。三角関数が分からなければ使えない。初めてのことで戸惑いがあるのはどこでも同じだが、社長も担当者も基本のところでズレていて、使えるようになりそうな感じはなかった。

 

もしかしたらと書棚から『American Machinist』のバックナンバーを持ってきた。想像した通りだった。広告に載っている町工場の数社には機械をぶつけて修理に行ったことがあった。

 

代理店も営業担当の副社長もそんなことを言ってはいられないのだろうが、最新号に載っている会社にコンピュータで制御された機械など売ってはいけない。客の社長は最新鋭の機械で自動で動くのだから、オペレータは機械を見てることができる程度の能力の人を当てればいいと思っている。コンピュータで制御されているということは、制御の内容をプログラムとして書き上げなければならない。プログラマーと呼ばれる職種の人たちなのだが、なかにはホワイトカラーと勘違いしているのがいる。相手は鉄を削る機械、機械加工工場にいなくてはならなのに事務所にいて机の上の仕事をしたがる。人的要素に無頓着で最新鋭の機械があればと思っている社長、現場にはいたくないプログラマー、機械のことも加工のことも興味のない、目は二つ付いてますというオペレータ。どうしようもない三点セットが揃っていた。

 

機械を据え付けて半月もしないうちに、ぶつけて壊した。何度かぶつけてはいたのだろうが、壊して修理が必要になったのはその時が最初だった。原因はプログラムのミスか作業者のミスか、それともコンピュータの暴走のいずれかなのだが、どれという決定的な証拠はない。どういう状況でぶつかったのかを聞いても、気がついたら、ぶつかっていたとしか言わない。自分のミスでぶつけてしまったとしても、自分でぶつけましたという正直者はいない。責任の所在をはっきりしようという社会であればあるほど、責任の擦り合いになる。ぶつかった原因を究明しようとすれば、犯人探しになりかねない。原因の特定は技術的以上に人間的に難しい。

 

先週、火曜日から金曜日まで、四日間かけて修理して金曜日の夜ニューヨークに戻った。いつものように月曜の朝、事務所にでて次の出張の準備をしていた。午後遅く、修理してきた機械の客から、また機械をぶつけて壊したから修理に来てくれと電話が入った。

 

何度修理しても、プログラマーと作業者を入れ替えなければ、またぶつける。その程度の人しか雇えない、雇った人を教育できない、使えきれないオーナー社長の姿勢に問題の根源がある。

 

先週修理に行ったとき、コンピュータの暴走はちょっと考えられないが、制御系のノイズの可能性だけはみておこうと制御盤を開けた。右下の配線の裏側に見たことのない何かビンのようなものがあった。こんなところに何があるのかと思って取ってみたら、ウィスキーのボトルだった。作業者がそれを見て、これ分かるかというような目つきで、作業台の上のコーラのビンをぶらぶらしていた。まさか、飲みかけのコーラを飲めってんじゃないよなと思いながら手にとってびっくりした。コーラを途中まで飲んで、ウィスキーをついでスコッチ&コークにして飲んでいた。酒には強いのだろう。酔っ払っているわけじゃないというだろうが、酒を飲みながらコンピュータ制御の機械を操作すれば、ぶつけない方が難しい。

 

駐車場でランチトラックのハンバーガーを食べてコーラを飲んでいたら、作業者とその仲間二人がミニバンのなかでタバコを吸っているように見えた。あれっと思って見ていたら、吸い方がタバコじゃない。おいおいよしてくれ、ジョイントじゃないか。三人で昼飯の後にマリワナを吸ってくつろいでいた。

 

くつろぐのは仕事を終わって、家でしてくれって怒鳴りたかった。昼飯の後にマリワナやって、コーラで割ったウィスキー飲んで、毎週のように機械をぶつける。本人も会社もぶつけたのではなく、ぶつかったと思っている。原因はどうであれ、機械メーカにはぶつかったと主張して無償サービスを要求する。ぶつかる原因を特定できない機械メーカの立場は弱い。そのたびに無償サービスを提供する。

 

無償サービスをいくら受けたところで、機械を稼動できなければ採算がとれない。町工場のオーナー社長は、自らの不勉強、従業員の能力不足を棚に上げて、機械を販売した代理店に機械が壊れてばかりいてどうしようもないと苦情を言う。苦情の先には、可能性にしても機械の返却がある。

 

苦情を言われた代理店は機械の返却だけはどうしても避けたい。中古機械として引き取ったらかなりの損失になる。そこからニューヨーク支社に泣きつきの電話が入る。『American Machinist』広告代理店の上手いやり方に乗っているだけの副社長が広告代理店に電話を入れる。広告代理店から、なんとか客をなだめたい代理店に電話が入る。数ヶ月もたてば、町工場のオーナー社長がニコニコして機械の横に立った広告が『American Machinist』に掲載される。

 

『American Machinist』に自社の宣伝が載るなど考えたこともない、ましてや自分写真つきで、天地がひっくり返ってもないと思っていた町工場の社長は、広告のページを額縁に入れて飾っておきたいほど嬉しい。そこまでゆくと機械を引き取れ、契約はなかったことにするという話にはならない。

 

町工場の社長、知り合いに広告のことを自慢するだろうし、知り合いからその話がでれば、機械のことを悪くは言わない。広告で言っているとこが公知の事実になって、工場で実際に起きていることはゴシップのようなものになる。事実は知っている人にしか分からない。自分の判断で導入した機械が上手く稼動しないことも、自分の、自社の能力が足りないことも部外者には知られたくない。部外者には見栄をはりたい。誰にでもある人情だろう。

 

広告は本質的に手前味噌。手前味噌をそのまま出しても手前味噌は手前味噌としか受け取られない。ならば、手前味噌を買った客に、客の立場で手前味噌の評価をしてもらうかたちにする。ここまでは客の成功体験でどこにでもある。ミソはその先にある。手前味噌を買ったいいが使い切れないで困っている客が、買った手前味噌で上手くいっていると「公表して満足する仕掛けと、その仕掛けにしばられる」。流石に広告先進国、アメリカの面目躍如ということか。

 

そこには、ぶつけるたびに修理に駆けつけるサービスマンを気持ちなど入り込む余地などあろうはずもない。ニコニコして広告に納まっている社長につける薬はないものか。裸の王様もオレもそこまで馬鹿じゃないとあきれるだろう。

 

こんな広告の裏というのか実体を末端の一当事者として見てしまうと、広告を見るたびに手前味噌の後ろに何か仕掛けがあるのではないかと気になってしまう。出来のいいいかにもという広告であればあるほど、何かあるはずと疑い深くなってしまった。それが広告という宣伝に留まっているうちはよかったが、日々見聞きする政治や経済に関する話も何も引っかかることもなくスーッと入ってくると、どうも怪しそうだと思ってしまう。つじつまが合いすぎているものは、どこかにだましというのか、裏に本当のところがあるような気がしてしまう。困ったことに、渋谷駅前の「忠犬ハチ公」を見ると『American Machinist』の広告を思いだす。

 

p.s.

『American Machinist』は、工作機械とそのユーザーの業界に特化した、世界で最も権威のある業界紙。七十年代の中ごろまでは新しい技術や製品の多くがアメリカで開発されていたこともあり、世界中の工作機械の関係者が技術開発の動向を知るために購読していた。

 

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5719:151011〕