こんなにも脆弱だったのか、われわれの社会は ―コンピューターと弾丸で吹っ飛ぶ「正常」

 先週は2つの事件に驚かされた。事件そのものより衝撃の波及効果に、と言った方が適切かもしれない。1つは18日の米ミルウオーキーでの共和党の全国大会、もう1つは19日から20日にかけて世界を混乱させたコンピューターの不具合である。
 後者から考えると、大規模なコンピューター障害が起きた原因は「米セキュリテイ大手クラウドストライクのソフトだ」(『日経』21日朝刊)ということである。「米国時間19日未明に実施したソフト更新に欠陥があり、米マイクロソフトの基本ソフト(OS)『ウインドウズ』を搭載した多くのコンピューターが停止して操作できなくなった。」(同)

 驚くのはその影響の広がりである。文字通りそれは世界的であり、航空会社、金融、交通、医療、政府機関からコンビニにまで及んだ。ネットを通じて顧客の端末にあるセキュリティソフトを更新しようとしたところ、新たなソフトに「バグ」と呼ばれる不具合があった、ということだが、メーカーと個別のユーザーとの間のソフトの更新の際の不都合程度で、これほど広範囲に影響が及ぶとは、われわれはなんと脆弱な基盤の上で仕事をし、生活を送っているのか、と改めて慄然とせざるをえない。
 もう1つ、米共和党の全国大会である。まるで勝利の慶祝大会のようなその熱狂ぶりに驚かされた。凶弾がトランプ氏にかすり傷を与えただけで飛び去ったのは、神の加護が同氏にあるからで、つまり同氏は今回の大統領選に勝つべく神によって選ばれたからである、と多くの人々が受け取ったのがあの熱狂の理由だそうである。

 トランプ氏がガードマンに囲まれて会場を去る際に、血のついた顔をあげて、いつものように拳を振り上げてスローガンを叫んだのには、さすがにそこまで自分を売り込むことを忘れないのか、と驚嘆させられた。そして、それこそがトランプ氏への「神の加護」説の根拠らしい。
 しかし、トランプ氏が大統領となることには我慢がならないと感じ、それを阻止するためには自分の命を犠牲にしてもいいと、行動した人間がいたこともこの事件の動かしがたいもう1つの事実である。そのことにトランプ氏も、周辺も一言も触れないのはなぜだろうか。

 トランプ氏が現実の大統領として存在していたのは僅か4年前のことである。いかなる大統領であったかは、外国人の私でもはっきり覚えている。「アメリカ・ファースト」の掛け声をプロテクターに米庶民のエゴイズムに正当性をはりつけ、大向こうの拍手を取ることだけをいつも頭の中心に置いている大統領であった。そして在任時代の所業のいくつもが違法の嫌疑で法廷に持ち込まれ、その内のいくつかはすでに一審で有罪判決を受けてもいる。

 そうした「トランプ大統領」の影の部分をあの一発の銃弾がすべて消し去ってしまったかのような群衆の興奮を見ると、他国のこととはいえ、民主主義が裏表逆になってしまったような焦燥に駆られる。このまま突っ走って大丈夫なのか、と。
 コンピューターの世界では一般人とは無関係なところで、その世界の「バグ」と称される不具合が世界中の人間活動を混乱に陥れる有様をわれわれはこの目で見たばかりであるが、政治の世界でも政治指導者の暴走に歯止めをかけるかけがえのない装置である選挙が妖しい風に吹き飛ばされそうな瀬戸際を、今、われわれは見ているのではあるまいか。
 米大統領選は11月だから、まだ3か月ある。米の選挙民が自分を取り戻すには十分な時間のはずだ。今の異様な狂騒がおさまって、米の政治の方向をきちんと考える空気の中で選挙が行われることを他国民ながら祈らずにはいられない。(240721)

初出:「リベラル21」2024.7,23より許可を得て転載
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