ちょっとしたことから

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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八十年末代から九十年代中頃まで主に大きなモータを使う重厚長大産業を追いかけていた。客の大半は大阪から北九州にかけて瀬戸内海沿岸に点在していた。車載の電装部品メーカと合弁だった時代もあったことから名古屋への出張もあって、一週間以上もでかけずに東京にいることはほとんどなかった。

一日を有効に使おうと六時発の「のぞみ」のを使っていた。名古屋までのときは寝過ごすのが心配で、三河安城を過ぎたころにアラームを設定していた。しっかり寝ていても、名古屋の人の乗り降りでイヤでも目が覚める。一度覚めてしまうと、もう寝れない。大阪まであと一時間ほどでしかないが、その一時間をぼーっとしていられるような性質じゃない。何か読むものがないと手持無沙汰でどうにも困る。いつも読みかけの雑誌や本を何冊か持って歩いていた。

 

二人三人で出張なのだろう。新幹線のなかで仕事の話が聞こえてくることがある。もうちょっと周りを気にしたほうがいいと思うのだが、声が大きくて聞こうとしなくても聞こえてくる。特に帰りの名古屋からは、自動車関係の仕事の人も多い。知らない業界でもなし、ちょっとした話から、誰が何をどうしようとしているのか、どうしたらそんなトラブル起きるのか、結構参考になる話を聞けることがある。

 

時には隣の席でPCを開いて、メールの処理どころかPowerPointの編集に没頭している人までいる。なんで新幹線のなかでそんなことをしなければならないのか。忙しすぎて時間がとれないのだろうが、そんなバタバタで乗り切れることばかりじゃないだろうと、余計な心配をしてしまう。隣に座っていて、文字は見えなくても図は見える。見なきゃよかったと思いながらも、ちょっとしたことからも何をしている人なのか、大まかな想像ぐらいはついてしまうこともある。

そんな経験を何度かしていることもあって、新幹線や飛行機のなかで仕事の書類を開いてなんてこともしないし、ましてPCを開けての作業などあり得ない。事業体の売り買いが頻繁なGEでは人の出入りも激しい。そんなところでは情報の流出は防ぎようがないのに、形だけは煩い。誰が守っているとも思えなかったが、社外でPCを開くのは禁止されていた。

 

展示会場近くの飲食店は業界関係者で溢れている。朝から立ちっぱなしの一日も終わって、明日は事務所で展示会には来ない人もいる、そこで当然のように仲間内で一杯になる。酒が入れば声も大きくなって、隣にご同業がいるかもしれないということを忘れてしまう。海外の展示会となると、しばし日本からのエライさんもいて、どうしても日本人御用達の店に行くことになる。そこは日本の租界のような感じで、店員も日本人で不自由な英語なんか使うこともない。つい気も緩んで、いつものように仕事の話になる。周りは全員ご同業。聞こえてくるのは景気のいい話より抱えている問題の方が多い。海外でつい口も軽くなるのだろう、早期退職や社長交替の話まで聞こえてくる。

 

ちょっとしたことで月曜の午後電話を入れたら、何度か電話で話したことのある女性が、

「今週は出張にいってて、来週の水曜にならないと出社しないんですけど、お急ぎですか」

ちょっと待て、一週間もどこへ行ってる? 国内で一週間はないだろう。かまをかけて、

「えっ、ああ、そうでしたよね。なんかそんなことおっしゃってたような。うーんどうしょうかな。特別急ぎってわけじゃないんだけど、アメリカならまだいいけど中国や東南アジアの奥だと場所によってはインターネットがつながりにくいこともあるから……」

「ああ、大丈夫ですよ。インディアナの日本の会社ですから。お急ぎでしたら、メールいれてやってください」

「そうですね。出先で忙しいでしょうし、ちょっと考えます」

どの業界も広いようで、たいして広くはない。行っている地名で訪問先までほぼ間違いなく想像できてしまうことがある。

 

普通なら気にするまでもないちょっとしたことでしかない。ただそのちょっとしたことから見えてくることがある。それはないだろうと思うこともあれば、考えさせられることも多い。時には、こうしてみるかと次の一手が思い浮かぶこともある。

 

p.s.

<オレの席なんですけど>

新幹線でしょっちゅう出張にでていると、こんなこともあるのかというのに遭遇することがある。

東京駅でもどこでも席どりでバタバタしたくないから指定席にしていた。トイレに近いこともあって席は通路側にしていた。自由席が混んでいると、指定席をとってない人たちが空いている席に座っていることがある。指定席券を片手に乗ってきた人が、車両に書いてある席番号と切符に書かれている席番号を確認して、怪訝な顔をしている。隣の席に座ってコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べていた人が、切符の席番号を確認しているのに気がついて、ちょっと慌てた、わざとらしいそぶりを見せながら席を立とうとしている。なんだと横に立ってる人は憮然としている。なんでこっちがと思いながら慌てて席を立って、二人が入れ替わるのをまっている。よくあることで驚きゃしないが、朝っぱらから気分が悪い。

 

ある時、トイレに行って帰ってきたら、空いているはずの席がない。あれどこだったっけと歩いていって引き返した。切符を見て、あれここオレの席じゃないかって。たまげたことに椅子の上にページを開いたまま裏返しに置いていった本を、平然と座って読んでいる。

「あのー、すいません。ここオレの席なんですけど」

なんでオレが「すいません」と前置きしなきゃならないんだ。

よいしょっという感じで立ち上がって、一言も言わずに本を持って行こうとした。

おい、いい加減にしろこの野郎と思いながら、

「それ、オレが読んでいた本なんですけど」

まったく悪びれた様子もなく、本を突き返してきた。一言もない。

どこにでもいる。自分の会社にも似たようなのがいる。最低限の節操などもちあわせちゃない。得になればなんでもOKという生き方を賢い生き方だと信じて疑わない。疑うこともないから、悪びれたような風をみせることもない。呆れたことを正々堂々と小ずるくがまっとうだと思っている人たちがいる。

 

<特急券を買うか?>

関空で大手印刷会社の役員から自慢話を聞かされたことがある。

「関空から新大阪までの『はるか』の特急券を買うのはアホや」

「車掌が回って来るけど、タバコでも吸ってりゃ通りすぎるから。もし運悪く引っかかっちゃたら、そこで特急券を買えばいいだけや」

乗車券は千三百円ほど、自由席特急券は千円弱。千円弱の昼飯ぐらいの賢い節約。もうちょっと気にしなければならないこと、あるんじゃないかと思うのだが、その人にはアホに見えるのだろう。

2020/10/4

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion10441:210105〕