もうダメかと思った-はみ出し駐在記(65)

ローラがブルックリンのスラム街に引っ越して、二ヶ月も経った頃だったと思う。なぜそんなに遅い時間だったのか覚えていないのだが、朝の三時過ぎにローラのアパートに遊びに行った。昼間でもちょっと恐いスラム街に朝の三時、フツーの人でなくても、そんな時間にそんなところに出歩いている人はいない。駐車スペースを探しながらとろとろ走って行ったが、なかなかいい場所が見つからない。なんで、こんなところに、こんなに路上駐車が多いんだと思いながら走っていったら、ローラのアパートを通り過ぎてしまった。通り過ぎて走って行ってみても空きがない。しょうがない、Uターンしてアパートからはちょっと離れたところに空きを見つけた。距離して二十メートルちょっと三十メートルはなかったと思う。

車を止めて、外にでてドアを閉めてアパートに向かって歩き始めたら、向こうの方から大柄な白人の男が右手に何かぶらぶらさせながら、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。足取りからして酔ってるか何かドラッグをやっている。スラム街だからだろう、建物からの光はほとんどない。ところどころについている街路灯だけのうすっ暗いなかで、ぶらぶらしている物が気になって、目を細めて見たら、向こうもこっちに気が付いた。距離があるから目と目を合わせる訳ではないが、お互いに相手を確認しあったという感じで、こっちを見ている。あれっと思ったら、両脚を開いてしっかり立って、ぶらぶらしていたものをこっちに向けて構えた。

構えたことに、よってぶらぶらしていた物が何なんだかはっきり見えた。映画の中でワイアットアープが使っているような銃身の長い大きな拳銃だった。スパイ映画にでてくる銃身の短いスミス&ウェッソンなら十メートルも離れればほとんど当たらないが、あんなでかいので撃たれた日には本当に当たっちゃうし、当たり所でも悪ければ命にかかわる。

慌てて車の陰に隠れるように転んだ。四つん這いになって、どうしたものか、このままここで四つん這いになっていても、ここまで来るのにたいした時間はかからない。素面なら、有り金全部寄付して、大事にしていたグランドセイコーも惜しいがさし上げて、はいはいバイバイ、Have a nice dayで終わりもありだろうが、どう見ても「きている」としか思えない足取りだった。困った。どうする、多少の助けにはなるかと思って、車の後ろから反対側に回ったが、いい手が思い浮かばない。両手をあげて、自分から出て行くっても危険すぎる。面白半分にでも撃たれたらたまったもんじゃない。

時間にして五分かそこらだと思うのだが、ルイがアパートの住人と二人でショットガンを持って通りに飛び出してきた。それを見て、大柄な男が大笑いして、反対方向によたよたしながら歩いて行った。来るのは分かっていたところに、車のドアが閉まる音がしたので、窓から見下ろしたら、車から降りるのが見えた。あっと思ったら、転がるように隠れたので何かと思って通りの反対側をみたら、拳銃を構えている男が見えた。慌ててアパートの住人に助けを求めて飛び出てきたんだと言っていた。

慌ててはいいが、たかが五分かそこらでショットガンもって、それも二人そろって出てこれるか?似たようなことがたまにあるから、まさかしょっちゅうでもないだろう、準備できてるんじゃないか?助けてもらって感謝の気持ちもあるのだが、ここまでヤバいのはよしてくれ、なんでそんなところでうろちょろしなきゃならないんだ。。。

アパートに入ってほっとして落ち着いたが、ルイが落ち着かない。慌てて警察に電話するのはいいが、どもっていた。警察も何を言っているのかきちんと聞きたいからだろう、ルイが言ったことを確認しようとする。ルイが何度も同じことを言うのだが、どもるものだから、何度も同じことを聞き返されていた。

危ないところに出入りしていたから、何かあったときには有り金全部渡して、はいバイバイという心構えだけはしていたが、このときばかりは、これでオレもジョニーに会いにゆくことになるのかと思った。なんでもありのニューヨークで、日本人駐在員が通り魔に射殺されたって、新聞の一行記事くらいにはなったかもしれない。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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