アジサイの季節になって―長めの論評(五)

著者: 三上 治 みかみおさむ : 社会運動家・評論家
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 岸信介に比べれば吉田茂の方が人間的には好かれているのだろう、という印象がある。これは僕の場合にはやはり安保闘争での印象が避けがたくあるのだが、彼らの権力についての認識も幾分かは影響しているように思う。吉田は戦中に憲兵から睨まれて投獄されたこともあり、岸は戦犯として三年間巣鴨にいた。これは彼らの権力観に影響を与えてはいるが、それでも岸の方が権力についての考察や反省は少ないと思う。これは彼らの政治的見識や政治的構想に現れてもいるのだ。

 旧安保条約が政治情勢論的な判断でなされたものであり、法的には曖昧なものであることは再三再四に渡って述べてきたし、この点は吉田も岸も認識していた。岸の新安保条約の制定への動機はそれを相互契約的(双務的)なものにするということであったが、吉田がそれに消極的であり、抵抗をしていたとすれば、ここでいう双務的ということをさして信の置けるものではないということであったように思う。実際のところ、日米の安保条約が相互契約的(双務的)になることは不可能であった。その政治的・法的根拠が欠如していたからである。日米の安保条約が相互的になるには政治的力関係において対等であるか、相互防衛を保障しえる軍事力の存在がなければならないからだ。戦後の日米関係をみれば日本側にこうした条件はなかったのである。アメリカに有利になることは不可避なことだった。岸は新安保条約にアメリカの日本を守る義務を入れることを最大の眼目にしてこれをもって双務的と称してきた。また、新安保条約が国連憲章の尊重をいれたこと、条約に期限をもうけたこと、事前協議を入れたこと、防衛対象として極東の範囲を確定したことなどを評価している。旧安保条約から新安保条約への改定は名目的にみれば改善され、前進したものに思われたかもしれないが、実際のところは朝鮮戦争の停戦、スターリンの死、日本の経済復興を背景に旧条約の手直したというところだ。岸がこれに積極的で吉田が消極的であったのはアメリカの占領政策に転換に対する態度にあった。日本を軍事的な弱体化政策から軍事パートナー化への転換に対して吉田は消極的であり、抵抗したことは先に述べた。岸はこれに対して協力的であり、日本の再軍備強化でアメリカの要請に応える姿勢があった。日本を戦争から遠ざけて置くという吉田に対して、岸はアメリカの要請に応じていく違いがあった。旧安保条約から新安保条約の名目的改善よりはアメリカ主道の戦争への参加を強める度合いが岸と吉田の対立であり、保守派内部の対立に反映してもいた。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion022:100617〕