アフターアワー―はみ出し駐在記(30)

マンハッタンで飲食店やバーが酒を出せるのは午前二時までと規制されていた。二時を回れば、きちんとした飲み屋は閉店への準備にかかる。もうちょっとと思っても酒の出ない飲み屋に何時までもいられない。ただ二時にお開きは早すぎる。そこで飲み足りない人たちや、店で働いていた人たちを相手にする飲み屋が店開きする。その類のアンダーグラウンドの店を総称してアフターアワーと呼んでいた。

 

“扇”でも二時を回ると酒を出すのを控えていた。そんな時間になれば顔見知りしかいない。出したところで大した問題にはならないのだが出したくない。出せないことを理由に帰る人には帰ってもらって、隣のコリアンバーで働いていた人も掃除を終えて、残った中国(系)人とチャイニーズポーカーが始まる。ほぼ固定したメンバーだった。知合いの間で金のやり取りになるから、誰かが図抜けて強かったり弱ければ続かない。調子のいい時もあれば、のらない日もある。力が均衡しているから、年間通してみれば動く金は些細な額にしかならない。ひとしきりやり終えたところで、そろそろ行こうかと二人でアフターアワーに出かけた。

 

よく行ったアフターアワーは、ヨークアベニューとファーストアベニューの間、E-80辺りにあった。一応ディスコの体裁で、三時四時になれば客でごった返すほど繁盛していた。繁盛はしているが、違法であることに違いはない。目立たない場所で看板もない。探しだす人が探しだす、知っている人が知っているだけの客商売。それでも集まる時間になれば集まるヤツらが集まってくる。

 

階段を上って、その先に何があるとも思えない重いドアをノックすると、ガードがドアを半分開けて上半身を斜めにして顔を出す。ノックした人を一瞥して問題ないと思えば、ドアを開いて招き入れてくれる。廊下をちょっと歩いて、またドアがある。ガードの背中から聞こえてくる大音量のディスコの音楽を聴きながら店の中に足を踏み入れる。どう見ても堅い仕事をしているような人はいない。立飲みで混みあったなか人をかき分けてカウンターにたどり着いく。まずは、ビールのラッパ飲みで立飲みに仲間入りする。

 

ディスコは本来れっきとした社交場。ジーンズやスニーカー、Tシャツや短パンでは入れてくれない。そこはディスコというよりアフターアワー。タンクトップやホットパンツにビーチサンダル、ファッションとしてではなく、ただボロボロになっただけのTシャツや短パンなんて服装でも気にしない。さすがに裸はないだろうが、何か着てれば入れてくれる。

 

客の多くがさっきまで飲食店や飲み屋で働いていた人たちで、仕事も終わって家路につく前に一杯という感じで集まってくる。その集まってくる人たちを相手に商売している危なっかしいのも、もう一仕事と、こっちはまだまだ仕事として集まってくる。店は一応ディスコなのだが、ブラックジャックまでだったが、ちゃちな賭場まであった。

 

マスターと二人でブラックジャックをやるが、たまに勝つのは親のお情けだったのだろう、遊ばせてもらって最後は必ず負けた。ついてないといいながら何杯か飲んで、またブラックジャックに戻って、またお休み、飲んで、を何回かやれば朝帰りの時間になる。

 

そんなところに東洋系はめったにいない。何度が行ってれば嫌でも面が割れる。行けば、必ず危なっかしいのやら、なんだか得体の知れない顔見知りと目で挨拶になる。出会って知り合って、誰もが誰とでも一時のささやかな楽しい会話を求めて、たわいのない話をする。なにかの拍子にたわいのない話が“ちょっと。。。”となることもあるが、お互い相手のことは何も知らないし、よほど特別な理由でもない限り知ろうとはしない。ちょうどワールドカップまでの六本木のMeat marketに似ている。

 

服装からしてプロにしか見えない顔見知り女性たち。身の安全を思ってのことだろう、いつも数人がグループになっていた。「よく会うが。ここで何してるの?誰かと待ち合わせ?」とぼけて聞いた。ストレートに「稼いでるだけ」「オレも稼ぎたいんだけど」「あんたはできない。どういっしょに?」酒までなら付き合うけど。。。似たような話はいつものこと、でもそれから先にはゆかない。半分本気で「ニューヨークで一人ぼっちだ。友達を探してるんだけど、どう?」と言ったら、「なに馬鹿なこと言ってんの」と鼻であしらわれた。

 

前に何回かニックネームまでは聞いた覚はあるが、残っているのは聞いた記憶まで、今日聞いても店を一歩出れば忘れてしまう。名前と電話番号まで書いた紙切れなんか渡されたところで直ぐなくしてしまうし、探しもしない。

 

自分は自分、人は人、人種も国籍も肌の色も関係ない、フツーに出てゆけば誰でも受け入れる。適当な距離感を保った対等な人間関係、お互い詮索もしないし干渉もしない。それが、なんでもありのニューヨークの文化の、取るに足らないにしても、一部をなしていた。たとえ一時でしかないにしても、気の張らない、しがらみのない緩やかな対等な人間関係。そんなニューヨークが好きだった。

 

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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