1 エジプト「革命」の遠因を探る
ソ連に見切り、1978年の大転換
エジプト、シリア、リビア、イラクなどアラブ民族主義・社会主義運動は東西冷戦構造下東側に組み込まれていた。これらの国の武器のほとんどソ連製であり、ソ連から軍事顧問団が来ていた。第3次中東戦争(1967年)、第4次中東戦争(1973年)ともソ連の軍事的・経済的支援により、アラブ諸国は戦った。サダト元エジプト大統領が指揮した第4次中東戦争の緒戦ではエジプト軍はスエズ運河を強襲してシナイ半島に侵攻する。国民を興奮させた目覚ましい成果である。後半になるとイスラエルの反撃が奏功して、エジプト軍が包囲されて窮地に陥るが、なんとか停戦に持ち込んだ。
第4次中東戦争の緒戦では、イスラエルは滅亡の危機に陥った。幸いにも実行されなかったが、イスラエルは米国製の戦闘爆撃機に小型の核爆弾を搭載して、アラブ諸国への核攻撃を準備した。後半戦、イスラエル軍の反撃で、エジプト軍、シリア軍の窮地が明確になった段階では、ソ連はウクライナにある空軍基地に精鋭の空挺師団を待機させた。いざとなれば、アラブ支援を目的にイスラエルに侵攻する計画だった。だが、これも実行されなかった。危機は回避された。
サダトの威信は高まり、リスクのある政策も実行できる立場になる。
1978年にキャンプ・デーヴィッド合意で1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したシナイ半島が返還されることになった。1979年にはエジプト・イスラエル平和条約が締結された。エジプトはアラブ諸国で初めてイスラエルを承認した国になる。
ソ連が崩壊するのが1991年だが、すでに1970年代からソ連の経済的・軍事的・技術的衰退が認識されるようになった。アラブ諸国はソ連製兵器の質に疑問を抱きはじめたことだろう。ソ連の航空機、戦車は米国製兵器を駆使するイスラエル軍に対抗できなかったからだ。
ソ連型軍事体系の模範ともいわれたイラク軍だが、湾岸戦争ではわずか11日で米軍など主体とする国連軍によりクウェートから追放された。この当時、テレビでは軍事評論家が、「イラクにはソ連製T72やT80戦車あるから強い」とか、「ソ連型の濃密な砲兵に守られた陣地を突破することは米軍でも困難」などソ連型軍事体系の優等生である「イラク軍を侮るな」を説いていたが、結果は予想以上にあっけないものだった。
第2幕の2003年湾岸戦争では、米軍など有志連合国はわずか2ヶ月でイラク全土を制圧した。
米軍はハードウェアだけではなく、ソフトウェアにも優れている。筆者は素朴にすごいと感心する。例を3つだけあげる。
① インターネットは米軍が開発した通信手段を民間に開放したことからできたシステムである。
② 2010年米国は米国戦略軍の指揮下に「サイバー軍」を創設した。指揮官は陸軍中将である。外国からのサイバー攻撃から、軍隊、公共機関などを防衛する軍隊である。仮想的は米国にしきりにハッカー攻撃をする中国だろう。
③ 日本軍と戦った太平洋戦争中、米国は地上戦の連絡の際、インディアンの言葉であるナバホ語を使用する。戦前でも英語を理解できる日本人は多かった。でもナバホ語になるとお手上げだ。インディアンの言葉ではナバホ語はメジャーな言葉で、使用者は15万人(1990年の統計)もいる。通信兵の確保には困らない数だ。
2 イスラエルとの平和条約で米国から軍事・経済援助
軍隊が生き残りへ、国内「民主化」を限定的に受け入れ
1973年の第4次中東戦争後、威信を高めたサダトはナセル主義を修正し、経済と政治の自由化を柱とする新しい政策を打ち出す。複数政党制の復活など民主化が実施され、市場経済の強化、外国資本の導入も進められた。外交ではソ連との同盟関係を見直し、米国と接近する。1979年のエジプト・イスラエル平和条約締結後、米国は年間で15億ドルから20億ドルの軍事・経済支援を行う。米国のイスラエルへの援助が年間30億ドルといわれているが、エジプトへの援助も非常に大きな金額である。
サダトは1981年に暗殺されるが、この間、一定の範囲ながら、民主化が進められた。ムスリム同胞団も復活する。現在の「民主化」の基盤はこの期間に形成された。
サダトが「民主化」を進めた動機について、日本のある元外交官は、「エジプトを支配する軍隊が、生き残りをはかるために、民衆と妥協し、自由化を一部採用した」と指摘する。
アラブ連盟に属するアラブ諸国は22カ国ある。サウジアラビア、ヨルダン、モロッコなど王制の国もある。ただ、「アラブ諸国は例外なく、独裁と民主のハイブリッド仕様で政治が動いている」という。その組み合わせの割合が違うだけである。
ここでいう「民主」とは多様な意味があるだろうが、筆者なりに解釈すれば、一般に新聞で使用される「民主主義」、あるいは「共和主義=市民(資産家)の政治への参加」「イスラーム復興」「富と権力の再配分=日本的にいえば格差是正とか利権の再配分」という概念を含んでいる。
アラブ世界の思想的な構成を推測すれば、「世俗派30%、イスラーム派30%、ノンポリ40%」という。世俗派とイスラーム派がほぼ拮抗しているが、エジプトなどほとんどのアラブ諸国で世俗派が優位に立っている。「民主化」の進展で、この構造に変化が生まれることも予想される。
モロッコのような王制下で民主主義が一応機能している国もあれば、サウジアラビアのような憲法も議会さえない王族独裁の国もある。サウジアラビアは豊富な石油収入を国民に分配することで、民主主義がない不満をなだめている。
スーダンのように軍隊とムスリム同胞団が同盟して、権力を握り、中国からの軍事支援で政権を維持している国すらある。
ただ、「一度、民主化を導入すると止められなくなる。アラブでは民主化=イスラーム復興の要素を多分に含んでいる」と指摘する声も強い。
3 国民の40%が貧困ライン
富と権力をどこまで再配分できるか
エジプトは産油国だが、国内生産量と消費量がほぼ同じといわれている。エジプトはスエズ運河の通行料やピラミッドなど観光資源もある。綿花の栽培でも世界に知られている。教育水準も高く、人材も豊富であう。地中海に面する港町アレクサンドリアは、本来ならドバイ、バーレンをしのぐアラブ世界のビジネス・センターになっておかしくない条件を持っている。ナイル川沿いには豊かな農地があり、アラブ世界ではトップクラスの自然条件がある。
ところが、エジプト国民の40%が世界銀行が定義する、ひとり当たり1日1ドル(ただし購買力平価ベースで換算)以下で生活する貧困ラインにあるという。
2月11日のムバラク大統領の辞任表明後、ムバラク氏はスイスの銀行口座に6兆円近い資産を持っていると報道されたが、民衆との経済格差は想像を絶するものがある。
エジプトを途上国といってよいのかどうかためらいはあるが、途上国では軍隊は非常に大きな存在である。唯一の近代的な全国組織で、エリートを集めている。経済活動にも参画している。
アジアではミヤンマーは軍事政権の国である。インドネシアは軍隊が国家建設の原動力であるうえ、旧宗主国であるネーデルランドから接収した企業を運営するなど「資本家」でもあった。
戦前の日本でも軍隊はエリートの集団だった。陸軍士官学校や海軍兵学校卒業生は旧帝国大学卒業生と同等以上の扱いを受けていたと思う。閣僚や首相も多く出している。さすがに日本の軍隊は経済活動まではしなかった。隣の中国では軍隊が経済活動を直接行い、有力な「財閥」になっている。それでも戦前の日本の高級軍人は戦前の一般の日本人ができない海外留学や駐在ができたうえ、庶民よりは豪華な生活を送ることができた。兵士でさえ、陸軍、海軍とも平時の食事は現在の日本人と同等以上である。
エジプトの軍隊は「財閥」でもあるという。国営、民営企業に参画していると指摘されている。ムバラク後の注目点は富と権力の再配分がどの範囲まで実施されるかだと思う。
具体的なベンチマークとして、
① 軍隊がムスリム同胞団に代表される「民衆」にどの範囲まで権力を配分するのか、
② 外交関係では米国・イスラエルとの協調関係が維持されるのか、
③ 軍・企業複合体の利権がどこまで「民衆」側に再配分されるのか、
という項目を置くことができる。
現時点の筆者の予想では、軍隊が「民衆」にある程度の富と権力の再配分を一定の範囲で実施することで、「民衆」をなだめて、権力に取り込んでいく方針だと思う。それを段階主義(急がない、ゆっくり目標に向かうという意味)を採用するムスリム同胞団も受け入れると考える。
米国のオバマ大統領もこうした「着地」をねらっているだろう。
(この記事は、「アラブ世界の構造について ① 世俗派とイスラーム復興」https://chikyuza.net/archives/6425に続くものです。――編集部)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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