7月下旬、ワルシャワ市中心地区のある本屋にS.ツェンツキェヴィチ著『ワレサ ファイルの男』の広告ポスターがはられてあった。
本書の写真の下に次のような広告文が記されている。
本書は、ワレサの公安との協力に関する追加の一冊ではない。ワレサと公安との協働の諸結果に関する最初の一冊である。
以下の人達は、ポーランド第三共和国の民衆に本書を推薦することはないでしょう。
アンジェイ・ワイダ、レフ・ワレサ、ブロニスラフ・コモロフスキ、ドナルド・トゥスク、アダム・ミフニク、・・・・・・、ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ、・・・・・・。
ここで若干解説しておく。巨匠ワイダの最新作『ワレサ 連帯の男』(オリジナルは『ワレサ 希望の男』)は、今年前半神保町の岩波ホールで公開された。コモロフスキはポーランドの現大統領、トゥスクは現首相、ミフニクはポーランド最大新聞の編集主筆、ヤルゼルスキはポーランド人民共和国最後の大統領。
早速『ワレサ ファイルの男』を買って、第一章と「著者あとがき」を読んでみた。著者ツェンツキェヴィチは、2008年出版の『ワレサ問題』以後も新資料を入手して、ワレサ=旧体制スパイ・エイジェント説に益々確信を深めている。ワイダの『ワレサ 連帯の男』は、彼の目から見れば、ポーランド人労働者1千万が「連帯」労組に結集して獲得した諸成果を享受だけしている現体制の政治的・経済的・人文的エリートによる国家的プロパガンダである。1980年8月、グダンスク造船所大ストライキのワイダ的シーンは、「下品な嘘」であり、「歴史の暴力」である。
グダンスクの「連帯」の活動家達の前で、この映画が上映されて、そこに映画を創った人達や協力した歴史家やワレサが出席していたとしたら、ABW(現ポーランドの諜報公安局)とZOMO(旧ポーランドの警察機動隊)の総力をあげた警護が必要とされたであろう。
しかし、これは、私見によれば、ポーランド社会全体にあてはまらない。ツェンツキェヴィチもそれを自覚していて、次のように書く。
ワレサは、この社会的不信に正しくも信頼をよせている。ポーランド人の大部分は、彼が有給情報提供者であったと信じることはなかった。彼は、時とともに彼が情報提供者であると言う話は共産主義崩壊に矛盾すると言う論証を作り上げた。
見掛け上のパラドクス――共産主義のagentが共産主義を倒した――は、彼の主要な論争手段となった。しかし、それは、本質的に虚偽の手段である。何となれば、彼は、共産主義を倒さなかっただけではなく、そのポスト共産主義への転形に貢献しさえしたからである。
このようにツェンツキェヴィチ説を紹介してみると、1989-91年「東欧市民革命」説に反対して、私=岩田が提示した「大政奉還」説に近い「転形」認識をツェンツキェヴィチがいだいている事が見えてくる。明治維新がフランス革命やロシア革命と異なって、下からの幕府打倒運動と上からの大政奉還の合作が歴史上革命的効果を挙げたとすれば、ポーランドの体制転換も亦「革命」ではなく、「維新」である。レフ・ワレサは、労働者階級出身の徳川慶喜であり、勝海舟であることになる。明治天皇なきポーランドではワレサが大統領にのぼりつめることが出来た。
ところで、新著名『ファイルの男』は、ポーランド旧公安の様々なワレサ関連文書ファイルが大統領ワレサによって「借り出されて」行方不明になった事に由来する。
平成26年8月22日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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