ウクライナ大統領顧問アレクセイ・アレストヴィチの存在

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 『ロシア・ユーラシアの社会』(2022年7-8号)石郷岡建氏の論文「ウクライナとロシアの戦争は、なぜ起きたのか?~プーチン大統領の『特別軍事作戦』その疑問と考察」(pp.2-51)は、「ロシアから見た特別軍事作戦とウクライナ紛争の分析」に限定した考察である。ロシア語文献を追跡する時間が無い者にとって大変参考になる。

 私=岩田の関心を特に惹いた所、一個所だけを引用する。2021年5月にNATOが実施したバルカン・黒海地域の大演習にかかわる。
 ――ウクライナ政府指導部の高官でもあるアレストーヴィッチ大統領顧問が4月3日、ウクライナも参加する大規模軍事演習「欧州防御21」について、「バルト海から黒海までの水域(の防御)が仕上がるということで、文字通りに言えば、ロシアとの戦争であり、ロシアとの軍事対決がテーマだ」と宣言した。ウクライナ高官の発言としては、不用意かつ挑発的発言だったと思われる。……、ロシア側、特に軍部に対する挑戦でもあり、……、のちに「特別軍事作戦」につながった対立の始まり……、……。ロシア軍参謀本部が、アレストーヴィッチ顧問の発言を無視して、何もなかったというのは考えにくい。……。欧米の大規模軍事演習を背景に、ロシアとウクライナの関係悪化が進み、……。アレストーヴィチ顧問の発言は「戦争だ」と断言し、本音をぶちまけていたという印象だ。――(p.11、強調は岩田)

 私=岩田は、「ちきゅう座」「評論・紹介・意見」欄(2022年5月19日)に「ウクライナの対ロシア大戦事前戦略――ウクライナ大統領側近の2019年テレビ・インタビュー――」https://chikyuza.net/archives/119456 を発表し、アレクセイ・アレストヴィチの本格的対露戦争開始論をすでに紹介していた。それ故、露烏戦争を解説する世の識者達が、2019年2月のアレストヴィチの対露戦争発言に全く言及しないのが不思議であった。やっと9月末になって、2021年4月のアレストヴィチの対露戦争発言をロシア専門家石郷岡建氏がとどけてくれた。すでに、2019年2月にロシアと三度戦争する覚悟を公言していたアレストヴィチにすれば、2021年4月3日の「ロシアとの戦争であり、ロシアとの軍事対決」発言を「不用意かつ挑発的発言だった」と日本人によって解釈されたのは、不本意であったろうと思われる。本人にすれば、自然かつ当然の発言であって、今更露国を挑発するというよりも、「用意万端の宣戦布告」発言とNATOによって受け止めてもらいたかったに、ウクライナの戦争覚悟をNATOに認識してもらいたかったに違いない。対露戦争と対烏戦争は、すでに両国の指導部にとって高確率の選択肢であったはずだ。
 ところで、私=岩田がこう考える根拠であるあのアレストヴィチ2019年2月18日13分間テレビ・インタビューを再確認しようと思って、電子検索した所、驚くべきことに、1分37秒に、約十分の一に短縮されていた。そして、インタビュー内容は、対露大戦の必要必然、その覚悟を説き、ロシアに勝利して、NATOに加盟する戦略方針の主体的開陳から「戦争の可能性は99%、critical yearsは2020-2022年だ」式の純粋予言風に変形されている。アレストヴィチの発言に英語のスーパーインポーズが付く点は同じだが、以前のように文章語的ではなく、米語口語風に変わっている。
 何故にかかる改装が必要になったのであろうか。私見の邪推によれば以下の二理由。
 第一に、露烏戦争において好戦的・能動的なのは、ロシア・プーチンであって、烏克蘭(ウクライナ)は徹頭徹尾辟戦的・受動的であったと言う国際的イメージを保全するために、アレストヴィチのオリジナル・インタビューは不都合となった。
 第二に、アレストヴィチのオリジナル発言通りに戦争は展開し、プーチン露国は自ら墓穴を掘っただけでなく、泥沼に引き込まれ、国際的威信を弱めた。一方北米欧州における烏克蘭の国際的地位は高まった。あのインタビューに示された方略は一人アレストヴィチの頭脳だけで産み出されたのではなく、ウクライナの対露硬グループの集団知略であったのに、このままでは戦争指導の参謀的功績がアレストヴィチ一人だけのものになってしまうと言うような烏国戦争指導集団内のジェラシー。

                           令和4年長月27日(火)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12414:220929〕