”国の民衆が羊で、その国の羊飼いが彼らを誤導する国を憐れめ(仮訳)
Pity the nation whose people are sheep
And whose shepherds mislead them.
〈Lawrence Ferlinghetti作 “Pity the Nation“から〉”
はじめに:ウクライナ紛争を巡るドイツの状況
2022年8月30日付の南ドイツ新聞は、「世論調査機関・Forsa の世論調査によれば、応答者の77%がウクライナ戦争終結のための和平交渉を望んでいる」という調査結果について報道していた。さらに、2022年12月26日付の「世論調査機関・YouGovの調査によれば、応答者の55%が、ウクライナは直ぐにロシアとの和平交渉を始めることを求めている」とのことである。
しかしながら、これまで、そうした和平交渉を求める市民の声がドイツ政権の政策に反映されることは、まったくなかった。ドイツ政府は一心に武器供給・軍備強化の戦争続行プロパガンダの道を突き進んでいるのだ。因みにベアボック独外相にいたっては、2022年9月22日、フランクフルター・アルゲマイネ新聞のインタビューで「我々の兵器が人命を救うのに役立つ」と語ったのである。
ドイツの政党の中で、ウクライナへの武器供給に反対し和平交渉を求めているのは右翼政党のAfD(ドイツのための選択肢)と一部の左翼党メンバーだけである。ドイツ市民を苦しませ、今後も苦しませるであろう ”エネルギー料金/物価高騰” の主要因である対ロシア経済制裁を批判しているのも右翼政党・AfDと一部の左翼党メンバーのみである。
そんな中、最近、電子機器を生産販売する中小企業を経営している知人から次のようなメールを受け取った:
『我々のトップ指導者のもと、ここドイツで起こっていることは、これからも長い間我々に影響を及ぼすことになるでしょう。しかし私自身は、このことについて、深く懸念することは、もうやめました。私は72歳ですので、この”転換期”における大動転を100パーセント体験することにはならないでしょうが、私の31歳と33歳の娘たちは、このインパクトを完全に受けることになるでしょう。しかし若い世代は、これまでのところ団結して政府を支持しており、年配者が弁舌をふるって語っても、聞いてもらえず、ただ「右翼のコーナー」に押し込まれ、それで終わっています。
私の家族の間には亀裂が生じており、私自身、このような状況になってしまったことに危機感を感じています。 もはや議論することは不可能です。議論すれば、妻や子どもたちとの関係を失ってしまうことになるのですから。』
言論は自由であるはずなのに、彼は、家族と意見が異なるため、議論することさえできなくなってしまっているのである。ドイツで「和平交渉を望み、ウクライナへの武器供給にー 戦争の続行にー 対ロシア制裁にー 反対する」と公言することは、右翼のレッテルを貼られる危険を冒していることになるのである。これが今日のドイツの状況なのだ。
ミンスク合意を巡るメルケル前首相の告白
写真:2015 年 2 月ーミンスクでの会談: アレクサンドル・ルカシェンコ(ベラルーシ大統領)、ウラジーミル・プーチン(ロシア大統領)、アンゲラ・メルケル(ドイツ首相)、フランソワ・オランド(フランス大統領)、ペトロ・ポロシェンコ(ウクライナ大統領)が、ウクライナ情勢の解決に向けた協議に参加 CC 表示 4.0 Kremlin.ru
こうしてウクライナ紛争の状況がますます悪化する中で、最近、それをさらに悪化させるようなメルケル前首相の爆発的発言があった。
メルケル前首相は、2022年12月7日付の独誌”ディ・ツァイト(Die Zeit)”のインタビューでミンスク合意【注1】について言及し、次のように語ったのである。[Die Zeitから引用したものを和訳]:
『2014年のミンスク合意は、ウクライナに(軍備を強化するための)時間を与えようとする企てだったのです。ウクライナは、この時間を利用したことによって、現在、見られるように強くなりました (訳注:軍備強化したこと)。2014/15年のウクライナは、今のようなウクライナではなかったのです。2015年はじめのデバルツェボ(ドンバス地方の鉄道の町、ドネツク州)の戦い[*訳注1] で見られたように、あの時だったら、プーチンは簡単に侵略することができたでしょう。そして、NATO諸国が、あの時、ウクライナを助けるために今と同じようなことができたかどうか、大いに疑問です。』
すなわち、メルケル前首相は、”ディ・ツァイト”のインタビューで、「ミンスク合意はドンバスの平和確保のためではなく、ウクライナが軍事力を強化するための時間稼ぎに過ぎなかった」と告白したのである。
メルケル前首相の ”ミンスク合意” 告白に対するプーチン大統領の反応
この衝撃的なミンスク合意に関するメルケル氏の告白を受けて、プーチン大統領がタス通信のインタビューに答えている。[このタス通信のインタビューは、ドイツ人の著述家/ブロガーであるトーマス・ロゥーパー氏がロシア語からドイツ語に翻訳してくださったものを彼のブログの2022年12月9日付の記事からお借りして和訳した。]:
『タス通信:最近、アンゲラ・メルケルは「ミンスク合意は、ウクライナに準備期間を与えて、その後にロシアと戦争するために締結されたに過ぎなかった」と述べました。
私たちは、これをどのように理解したらよいのでしょうか?私たちは、私たちのパートナー(訳注:ドイツ、フランス)に、そのように扱われたということを知っていたのでしょうか?
ありがとうございます。
プーチン大統領:正直なところ、これは私にとって、まったくの驚きでした。失望しました。
率直に言って、私はドイツの前首相からこのようなことを聞くとは思ってもいなかったのです。なぜなら私は常にドイツ連邦共和国の指導者は我々に対して誠実であると思っていたからです。そう、もちろん彼らはウクライナの味方でウクライナを支持していました。でも、それでも私は、ドイツ連邦共和国の指導者は、ミンスクのプロセスを含めて、我々が合意し到達した原則に基づく解決を常に誠実に求めていると考えていたのです。
今、(訳注:メルケルによって)言われたことは、我々が軍事作戦を開始するという点で、すべて正しかったということを証明しているだけのものです。なぜでしょうか?なぜなら、誰一人としてこれらすべてのミンスク合意を履行するつもりはなかったということが判明したからです。また、ウクライナの指導者ーポロシェンコ前大統領も言葉で表現しました:彼は「署名はしたけれど、それを実行するつもりはない」と言ったのです。
しかし、それでも私は、このプロセスの他の参加者は我々に対して誠実であることを期待していたのです。しかし明らかになったように、彼らも我々を騙しただけだったのです。要するに、単にウクライナに武器をいっぱいくみ入れて戦闘態勢を整えるということ以外には何もなかったのです。今、この事がわかります。そう、率直に言えば、明らかに我々は方向性をつかむのが遅すぎました。もしかしたら、 我々はすべてをもっと早くから始めるべきだったのかもしれません。我々は簡単に、ミンスク協定の和平プロセスの枠組みの中で合意に達することができるであろうと期待していたのです。
さて、ここで何を言い足すべきでしょうか。もちろん、これは信頼の問題になります。そして、もちろん信頼はほとんどゼロなのですが、当然、このようなステートメントの後には、どのようにして、何について交渉できるのか、誰かと交渉できるのか、保証はどこにあるのか、といった信頼についての疑問が生じてきます。これは当然、大きな問題です。
とはいえ、我々は最終的には合意にたどり着かねばなりません。私はすでに繰り返し「我々は合意する準備ができているし、我々はオープンである」と述べてきました。しかし今は、当然ながら、我々は誰を相手にしたらよいのか熟慮せざるを得ません。』
さらに、プーチン大統領の反応についてYoutubeで日本語字幕つきの「メルケル首相の告白とプーチン大統領の反応 ~ ミンスク合意は決して履行されることはない」をご覧になることができる。
リンク:https://www.youtube.com/watch?v=hsmkBQlleNU
最後に
米国のメインストリーム・メディアは、このメルケル氏のミンスク合意に関する衝撃的な発言について、まったく報道していないとのことだ。
米国の元インテリジェンス・オフィサー / CIA ( 中央情報局 )アナリストであるレイ・マックガヴァン氏は、このメルケル首相の発言について、こう述べている:
『過去の冷戦中の最も危険な時期でさえも、ワシントンとモスクワの間には一定の信頼関係が不可欠であった。キューバ・ミサイル危機は、ケネディ大統領とフルシチョフ首相がお互いに充分に信頼し合っていたからこそ解決した。この信頼関係はもはや存在しない。プーチンとロシアの政府高官が、メルケルのインタビュー記事を受けて明らかにしたように…。』
さらに、ウクライナ紛争の分析で知られる戦略アナリスト/元スイス陸軍大佐のジャック・ボー氏は「メルケル前首相の告白は、ドイツがNATOの結束を保つために、ヨーロッパの平和を故意に犠牲にしたことを示している」と、きわめて批判的である。
いずれにしても、ロシアとウクライナが和平交渉に入り、ウクライナに平和が訪れる日は、さらに遠くなってしまったようである。
以上
* * * * * * * * *
【注1】ミンスク合意:ミンスクIIは、2015年2月11日にベラルーシのミンスクで調印され、東部ウクライナ”における紛争(ドンバス戦争)の停戦を意図した協定だった。欧州安全保障強力機構(OSCE)の監督のもと、フランスとドイツが仲介して、ウクライナとロシアが著名した。これは2014年9月5日に調印されたミンスク議定書による停戦を復活させることを目的としている。(ソース:Wikipedia)
【*訳注1】
デバルツェボの戦い:ウクライナのドンバス地域内での内戦中の2015年1月14日から2月20日までの間、ドンバスの親ロシア派分離主義勢力がドネツィク州のデバルツェボ市の再奪回を試みた戦い。2015年2月18日にウクライナ軍が撤退し、分離主義勢力が勝利した。(ソース:Wikipedia)
【参考にした記事】
メールクア (Merkur): https://www.merkur.de/politik/ende-krieg-jahr-mehrheit-deutschland-russland-krim-91995912.html
ドイツ外務省:https://www.auswaertiges-amt.de/de/newsroom/interview-aussenministerin-baerbock-faz/2553542
アンティ・シュピーゲル:
コンソーシウム・ニュース:https://consortiumnews.com/2022/12/13/patrick-lawrence-germany-the-lies-of-empire/
ツァイトゲシェーエン・イム・フォーカス:https://zeitgeschehen-im-fokus.ch/de/newspaper-ausgabe/nr-22-vom-2-dezember-2022.html#article_1455
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye5002:20230106〕