エネルギー戦略からみた「イスラム国」をめぐる各国の思惑

 虚実ないまぜにした情報を垂れ流している池上彰は、トルコがイスラム教スンニ派で、エルドアン大統領はシーア派系アラウィ派のアサド大統領が大嫌いであるため、反アサド勢力であれば「イスラム国」(IS)でもかまわないという態度をとってきたと説明している(『週刊文春』2015年12月10日号)。彼のように、ISの支配するイラク、シリアなどの地域紛争を宗教対立だけに矮小化するのは危険である。現実はもっとずっと複雑だからだ。たとえば、シリア政府軍のようなものがどこまであるかわからないが、アサド側に立って戦場で実際に戦っている兵士の多くがアラウィ派であるわけでは決してない。むしろ、スンニ派の兵士のほうがずっと多いだろう。そう考えると、宗派対立のみでこの問題を説明するのは間違っている。そこでここでは、エネルギーという経済的視点を重視しながらこの地域における紛争を解説することにしたい。11月末にアップロードした拙稿「問題の核心:イスラム国をめぐる石油密売」の続編ということになる。

 ロシアのプーチン大統領は、トルコによる戦闘機Su24の撃墜がロシアによる石油関連施設や石油運搬車への空爆に対する意趣返しであると考えている。興味深いのは11月2日、ロシア国防省のアントノフ次官(外務省出身の能吏:筆者の実際に会った印象)や参謀本部のルツコイ副議長(中将)らが記者会見を開き、ISによる石油輸送ルートを三つに特定した点である。①西ルート(地中海岸のトルコの港へ)、②北ルート(シリア国境から100kmほどのトルコ領内のバトマン製油所へ)、③東ルート(シリア北東部とイラク北西部の石油鉱区からイラクへ)――というのがそれである。他方で、ロシアは9月末からの2カ月間の空爆により、11の製油所、32の石油加工コンプレクス、23の石油くみ上げステーションを破壊したという。この結果、不法に採掘された石油による所得は1日あたり300万ドルから150万ドルに半減したはずだと主張している。

 これに対して、エルドアンはロシアこそISと取引をしているとして、ハスヴァニというシリアのビジネスマンでロシア国籍をもつ人物を名指しで非難した。彼は11月25日、米財務省外国資産コントロール局が課した制裁リスト(4人と6組織)のなかに収載されている。米国からみると、市民に暴力を継続しているアサド政権を支援するものは制裁に値するというわけだ。その資産は凍結され、米国人によるそれらとの取引が禁止される。財務省のサイトによると、ハスヴァニは彼による所有ないし支配のための会社(HESCO Engineering and Construction Company)およびシリア政府のために活動しており、シリア政権によるISからの石油購入の仲介役を果たしている。加えて、HESCOはISが支配する場所と伝えられているシリア領内でエネルギー生産施設を運営している。なお、欧州連合(EU)は2015年3月の段階で彼を制裁対象としていた。

 10月16日付のフィナンシャル・タイムズ紙によれば、シリア政府とISとの間には協定があり、たとえばガス発電所で生産される電気は双方が分け合っているという。この発電所を部分的に経営しているのがHESCOだ。HESCOは数百万ドルの価値をもつ設備を攻撃から守るために毎日、ISに1500万シリアリラ(約1万5000ドル)を支払っているという。ただし、HESCO側はこれを否定している。

 注目されるのは、ハスヴァニがシリアとロシアとの仲介者と呼ばれている点である。HESCOはシリア、アルジェリア、スーダン、ヨルダン、アラブ首長国連邦での石油やガスのパイプライナ建設に関する10のプロジェクトに1997年から請負業者として参加しており、うち9プロジェクトの総請負業者となったのは、プーチンの友人で「黒い関係」が噂されているティムチェンコの支配する「ストロイトランスガス」と、国家コーポレーションRostec(詳しくは拙稿「ロシア産業の「内部」:Rostecにみる現状と課題」『ロシアNIS調査月報』ロシアNIS貿易会, 2015年12月号)傘下の「チャジプロムエクスポルト」であった。別の情報(РБК-Daily, 7 Dec., 2015)では、2012年3月にストロイトランスガスはシリアで310kmのアラブ・ガスパイプライン(PL)およびガス加工工場を完成させた。上記のスーダンやアルジェリアなどでのプロジェクトにもストロイトランスガスが共同参画している。シリア国内では、Syrian Gas Company(SGC)の発注でHESCOとストロイトランスガスはガス鉱区開発を行うプロジェクトに従事している。シリアの北・中部トゥヴィナンでのガス工場の建設がメインの対象で、ISに同地が占領されるまでにすでに7億ドルが使われていたためにSGCは作業継続を決めた。2014年9月には、第一段階の作業が終了し、ガス採掘も開始された。この作業を認める代わりに、ISは支配するアレッポにある発電所にガスを送付するように要求した。さらに、正体不明の第三者の仲介のもとで、シリア政府とISはガスの取り分の分割で協定を締結したとみられている。

 どうやらシリア政府に近い人物がISと石油だけでなくガスをめぐっても取引関係にある可能性が高いようだ。だからといって、ロシアが主張するISとトルコとの闇取引がないとは言えない。有名なロシアの女性ジャーナリスト、ラティニナは、黒海に面したロシアの港、ノヴォロッシースクからトルコへのガスコンデンセートや石油製品の積出量がこの半年間で50~70%も減少しているのに、トルコにエネルギー危機が生じていないのはこの不足分を別の安価なところから補充しているからにほかならないと主張、トルコもまたISとの取引があるとみている。彼女は反プーチンの熱血漢だが、ISとの取引ではトルコ側にも闇の部分があることを見過ごしてはいない。

 そこに登場するのがエルドアンの息子、ビラルである。彼は海運会社BMZ Group社長を務めている。同社はアゼルバイジャンやトルクメニスタンの石油をタンカーで欧州に輸送している。株主のなかには、ビラル以外にも二人の家族メンバー(ムスタフ・エルドアンとビヤ・イリゲン)が含まれている。もちろん、父であるエルドアンの後押しの結果である。BMZ Groupは2015年9月、3600万ドルで2隻のタンカーを購入し、自前のタンカーの数を5隻まで増加させた。石油を買い付けているのはトルコのジェイハンとレバノンのベイルートであると言われており、その石油のもともとの採掘場所が気になる。しかも、エルドアンは女婿のアルバイラクをエネルギー相に任命しており、国内のエネルギー政策を利用して「エルドアン・ファミリー」の私腹を肥やせる体制を構築している。アルバイラクは「チャリク・ホールディング」という、エネルギー分野や金融、さらにメディア関連分野までを扱う会社グループを主導してきたから、エネルギー相就任により、なお一層、政府の政策を私企業の利益に結びつけることが容易にできる。

 2015年4月10日付でまとめられた米議会向け報告書(Islamic State Financing and U.S. Policy Approaches)によると、「トルコ国境地域も違法なイラクの石油販売のための「暗渠」となっている」と指摘している(図参照)。その石油はISやクルド人によってもたらされたものだ。さらに、シリア国内の油田や製油所も支配下においたISは原油や石油製品を輸出するためにトラックでトルコ国境まで運び、石油のブローカーやトレーダーが買っているとも記されている。シリア政府は石油が盗まれた密輸品であるとしているため、その値段は買いたたかれており、世界の原油指標が1バレル約107ドルのとき、トルコ国境での原油価格は18ドル弱であったという。

 シンクタンクのHISが2015年12月に公表した報告書によれば、最近のISの月ベースの収入や8000万ドル程度で、そのうちの半分は税金や資産没収によるもので、43%が石油関連収入だ。最近になって、トルコ当局によるシリア国境沿いでの密輸防止努力などにより、ISは次第にシリアおよびイラクの国内市場での販売に依存せざるをえなくなっているという。

s(出所)Humud, C. E., Pirog, R., & Rosen, L. (2015) Islamic State Financing and U.S. Policy Approaches, Congressional Research Service , p. 8.

 蠢く思惑

 ここまでの記述からわかるように、ISをめぐる各国の取引の実態はどうもよくわからない。トルコや米国の主張も、あるいは、ロシアの見解も正確ではあるまい。おそらくISと取引しているのは、トルコやシリアの政府関係者であったり、シリアで戦う反政府勢力やクルド人であったりするのであろう。ここでは、紛争地域に蠢くエネルギーに絡む複雑な思惑をもう少し詳しく分析してみたい。

 まず政治面から、トルコの思惑からみてみよう。トルコは最近まで、「隣国との問題ゼロ」外交をつづけてきた。だが、この戦略は周辺国の変化で転換を余儀なくされる。とくに、2010年末以降、チュニジアから始まった、欧米ジャーナリズムが勝手に「アラブの春」と名づけた「アラブの春」によって、トルコを取り巻く環境は大きく変わってしまった。エルドアンが支援したエジプトのムスリム同胞団とムルシ大統領を打倒した軍部勢力中心のシシ大統領との関係悪化、2011年にはじまるシリア内戦後のアサド政権との対立、パレスチナのハマス支援に批判的なイスラエルのネタニヤフ政権との断絶などから、エジプト、シリア、イスラエルに加えて、リビアやイエメンとの関係も悪化してしまう。その結果、トルコと比較的強い結びつきをいまでも保持しているのはカタールやアゼルバイジャンくらいになっている。

 「隣国との問題ゼロ」外交当時、エルドアンはもっとも重大な敵クルド人の敵、ISに対して協力的であった面がある。だがISの脅威が増大するなかで、クルド人への欧米による支援が本格化、2015年7月、トルコ政府は米英軍のIS攻撃のためのインジルリク基地の利用を承認するに至る。ISとの戦闘に肩入れする代わりに、国内におけるクルディスタン労働者党(PKK)との対決・闘争を欧米に大目にみてもらうねらいがあった。他方、トルコによるロシアのSu24撃墜後、ロシアは新型防空ミサイル・コンプレクスのS400を友好国シリアのラタキア基地に配備し、その前の世代のS300に基づく防空ミサイル・コンプレクス「フォルト」をもつ巡洋艦モスクワをシリア海岸に配置したことで、トルコはシリア領空をまったく飛行できなくなった。米英仏などによるシリアへの空爆に際しても、ロシアとの協議なしには実施できない状況が生まれたことになる。ロシアは事実上、シリア領空だけでなく、その周辺諸国の制空権の一部を握ったことになる。

 エネルギー面では、「隣国との問題ゼロ」外交のもとで、トルコ政府はロシア産石油・ガスの欧州向け輸出ルートやアゼルバイジャンやトルクメニスタンの石油・ガスの輸出ルートとしてトルコをハブ化することで、その政治経済的な影響力を確保しようとしてきた。そればかりか、トルコはカタールからガスPLをサウジアラビア、ヨルダン、シリアを経由してトルコに敷設し、欧州に輸出する計画を2009年から推進するようになる。これは対ロガス輸入依存を減らしたい欧州の希望に沿うものであったが、逆に、ロシアとの友好関係からアサド政権はこの計画を拒絶した。他方、イランのサウス・パース鉱区からイラク・シリア経由でトルコまでガスPLを敷く計画も浮上した。2011年6月、イラン、イラク、シリアの3カ国はPL建設議定書に署名したが、その後のシリア情勢の悪化で計画は頓挫している。他方、トルコはイランの影響力の増大を懸念から、同PLに反対の姿勢を示してきた。もう一つ忘れてならないのは、レバノン、シリア、イスラエル、キプロス、エジプトにかかわる地中海の海底にガス埋蔵量3.5兆㎥、原油埋蔵量17~20億バレルと見積もられる資源が発見されたことである。つまり、シリアの今後は欧州への輸出ルートをめぐって地政学上、その重要性を増しているのだ。

 興味深いのは、6月のトルコの総選挙後、エルドアンは友好国であるアゼルバイジャンとカタールを訪問後、12月になってトルクメニスタンを訪問したことである。これらの国はいずれも産ガス国であり、ロシアからのガス供給に依存してきたトルコにとって、対ロ依存を低下させるためにこうした外交活動は重要な意味をもつ。ロシアの国営会社ガスプロムは2014年、トルコに273億㎥ものガスを輸出したが、これはアゼルバイジャンの輸出量53億㎥の5倍以上にのぼる。ただ、ここで2012年6月、トルコ首相とアゼルバイジャン大統領の出席のもとで、Trans Anatolian Natural Gas Pipeline(TANAP)建設契約が締結されたことを思い出す必要がある(詳しくは拙著『ウクライナ・ゲート』を参照)。同プロジェクトの持ち分80%はアゼルバイジャンの国営石油会社Socar、15%はBotas、5%はTPAOが保有することになった。輸送能力は当初、年間160億㎥(トルコ向け60億㎥、欧州向け100億㎥)、投資規模は60億ドルだった。

これに対して、ロシアとの間では、2015年1月27日、ガスプロムのアレクセイ・ミレル社長とトルコのタネル・ユルドゥズエネルギー天然資源相は「サウスストリーム」に代わる「トルコストリーム」というガスPLを建設する期間やルートについて合意した(詳しくは拙著『ウクライナ2.0』を参照)。サウスストリームのルート約660kmをそのまま使い、約250kmはブルガリアではなくトルコに着くための新ルートとする。陸上部については、トルコからギリシャ国境まで約250kmのPLを建設する。4本(各157.5億㎥)のPLによる輸送量は年630億㎥で、トルコ向けに約160億㎥、ギリシャ国境まで約470億㎥が向けられる計画で、陸上部はガスプロムとトルコのBotasが共同で建設する。だが、6月13日のプーチン・エルドアン会談で合意されたのは1本のPL敷設だけであった。つまり、トルコ向けの1本だけの建設が合意され、欧入向けのガス供給ルートとしては使えない状況に陥ってしまったことになる。このため、6月18日には、ガスプロム、ドイツのE.ON、オーストリアのOMV、メジャーのShellはバルト海の海底に「ノルドストリーム 2」を共同建設する議定書に署名した。総輸送能力は年550億㎥で、トルコストリームに代わる代替計画が推進されることなった(8月にはフランスのEngieも参加表明)。

エルドアンのトルクメニスタン訪問はロシアからのガス輸入が難しくなった場合に備えて、トルクメニスタン産ガスを確保するねらいがあったとみられている。おそらくカスピ海海底をアゼルバイジャンまでPLを建設し、既存PLや新設のTANAPでトルコに輸送する計画が話し合われただろう。中国への輸出が急増するトルクメニスタンにとって、中国以外への輸出はリスク回避につながる。ただ、トルクメニスタンは「トルクメニスタン-アフガニスタン-パキスタン-インド」の頭文字をとってTAPIというガスPL構想を提唱しているから、もう長年、構想にとどまっているカスピ海ルートが急展開する可能性は少ない。もちろん、ロシアによる妨害工作も本格化するだろう。

 エネルギー面でもう一つ重要なのは原発をめぐる動向である。ロシア国営のロスアトムは2010年、出力1.2ギガワット級の原子炉4基をトルコのアックユに輸出する契約を結び、第一号炉は2022年に稼働する計画を進めてきた。220億ドルにのぼる巨大プロジェクトであり、ロシア政府は直接、予算支援をしてきた。だが、2016年のロシア連邦予算案には、同プロジェクト向けの補助金が見込まれておらず、今後、この計画に暗雲がたちこめている。ロシアは中東に原発攻勢をかけており、2015年3月にはヨルダン初の原発建設の包括協定が締結された。原子炉2基で約100億ドルの計画だ。11月には、プーチンとエジプトのシシ大統領との間で地中海に面したダバアにトルコと同じ発電規模の原子炉4基を建設する合意文書が署名された。サウジアラビアもロシアを含む5カ国との間で、2032年までに16基の原子炉を建設する協定をすでに結んでいる。アラブ首長国連邦でも韓国企業による原子炉建設が紆余曲折を経ながら進んでいる。

 こうした状況下で、トルコでの原発建設が頓挫するような事態になれば、ロシアにとって大打撃になる。トルコとしても代替先が簡単に見つかれば痛手は大きくならずにすむが、計画が遅れれば、電力源としてのガス依存からイランとの関係改善を迫られることになるかもしれない。

 このように、IS問題はエネルギー資源からみると、宗教対立とは別の論点を喚起する。こうした視点を忘れずに分析しなければ、IS問題の本質には近づけないはずだ。

最後に、大胆な予想を記しておこう。イラクもシリアもすでに主権国家のかたちをなしていない。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、ヨルダンの10万の兵士を投入する地上戦を行い、ISを壊滅に追い込むことができたとしても、それはISの拡散につながるだけだろう。とくに、中央アジアへの拡散による混乱のドミノ倒しが十分に予想される。ISの跡地に待っているのはイラク西部からシリア北部にまたがるクルド人国家の誕生という事態ではないか。これにトルコがあくまで反対すれば、収拾困難な事態となるだろう。こうしたなかで、ロシアは軍事上の理由から、地中海に面したラタキアからダマスカスまでのシリア西部を断固として死守しようとするに違いない。いずれにしても、イラクとシリアという主権国家は地上からなくなるだろう。だが、主権国家の消滅は主権国家間の相互承認に基づく世界秩序という、近代化後の数世紀におよぶ統治形態への大いなる疑問を呈することになるはずだ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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