キリンビールとミャンマー国軍系合弁企業の疑惑解消されず

 共同通信系NNA ASIAニュース(1/8)によれば、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(以下AI)は、昨年9月に日本のキリンホールディングス(HD)とミャンマー国軍系コングロマリット「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」(MEHL通称ウーパイ)との合弁会社が、収益をロヒンギャ虐殺に関与が疑われる師団をも含む国軍に流しているのではないかという報告書を提出。これに対し、キリンホールディングス(HD)は合弁事業の収益の使途を明らかにするため調査を行うとしていたが、この1月7日、ミャンマー合弁会社2社からの収益を、パートナーが軍事目的で使用していたとの疑惑について、調査の結果、「確定的な結論に至らなかった」と発表したという。それによると、キリンHDはこれをもって調査の方は一区切りつけ、今後は合弁事業のあり方についてMEHLと協議を続けるとしている。そもそも合弁契約には「合弁事業からの収益は軍事目的に使用しない」という条項が盛り込まれており、MEHLから国軍への配当について「全く受け入れられない」としつつも、MEHLがその条項を遵守しているか否か確認したことを示す証拠の提示はなかったという。要するにキリンHDは疑惑の完全解明のないまま、幕引きを図ったと思われる。
 しかもこの間のAIとキリンHDとのやり取りには前史というべきものがあり、それを瞥見しただけでもキリンHDと国軍との危うい関係が垣間見える。2018年6月15日付のAI「国際事務局ニュース」にはキリンHD自身も認めた「違反行為疑惑」が暴露されている。要点個所を以下引用する。
 ――日本の当局は、世界的なビール大手のキリンビールのミャンマーでの子会社が、ロヒンギャの人びとに対する民族浄化が行われている最中に、軍と当局に献金をしていたことを直ちに調査すべきであるー献金総額は3万米ドル相当になると文書でキリンHDは回答した。同社は、「寄付は軍に対するものではない」と主張するが、ミンアウンライン総司令官のフェイスブックなどで公開されている情報(献金の一部が治安部隊に渡ったと認めている)と矛盾する。・・・
 ロヒンギャの人びとに対する民族浄化を行っているまさにその部隊に、寄付をする企業があるとは、信じられない。寄付が、人道に対する罪を犯している部隊の作戦に使われるおそれがあるだけではない。ミャンマー・ブルワリー社員が、軍幹部が出席する寄付の式典に出たことで、同社がロヒンギャに対する軍の対応を支持すると受け止められかねらないという懸念も生じる。・・・
 日本政府は、自国の企業に対し、事業展開する国・地域を問わず、人権侵害に加担させないという責任を負う。当局は、直ちにキリンホールディングス子会社の寄付を調査すべきである。
※ロヒンギャ・ジェノサイド問題について委曲を尽くして分析解明した、村主道美「ロヒンギャの『物語』と日本政府」青山社 2020年参照のこと。

 ウーパイは1990年代に現役軍人と退役軍人によって設立された独占的な複合企業で、軍事政権のバックアップを全面的に受け、その特権的地位を利用して、利益が見込まれるあらゆるビジネス分野で不動の地位を築いてきた。キリンHDとの合弁以前、シンガポール資本と提携して「ミャンマービール」を設立、他のビール会社を駆逐して独占的地位を築き、超過利潤をほしいままに人民の膏血を絞って蛭のように血膨れしている。ウーパイの名を聞くだけで人々は嫌悪感を催すほどで、かくいう私もその一人であった。私事めいて恐縮だが、レストランで生ビールを提供するには、まずミャンマービールに高額の保証金を払わねばならず(日本的感覚では、二十万円ほど)、そのうえビールの客単価設定も自由にできない。生黒ビールの販売権にいたってはどういう基準で得られるのかまったくわからず、袖の下がなければ無理なようであった。軍の力を笠に着てその社員たちの態度の不気味に横柄なこと、何度もはらわたが煮えくり返るような経験をした。
 したがって2015年にキリンHDがウーパイと合弁事業をすると聞いたときには、正直私は大丈夫かよという気持ちになったのである。NNA ASIAによれば、アムネスティは先の報告書の作成にあたり、MEHLと提携するキリンHDを含む8社に質問状を送付し、MEHLとの関係のあり方を質したという。その結果、韓国の衣料品製造会社、パン・パシフィックは「MEHLとの事業提携を解消する手続きを進めている」と回答したそうである。それに比べると、キリンビールの歯切れの悪さは否めない。
 ちなみにウーパイで忘れてはならないのは、中国の国営兵器企業「万宝」系の企業と合弁でレッパダウン銅山開発を強行したことである。開発事業内の十数ヶ村の農民たちの抗議行動を、軍を投入し小銃や白燐弾(ベトナム戦争で米軍使用の残虐兵器)までも使って弾圧した。この事業に最終的にゴーサインを出したのは、まだ野党時代のアウンサン・スーチーであった。これ以降国軍への妥協と融和の姿勢に転じたスーチー氏は、国内の民主化運動も見殺しにし、2017年8月~9月のロヒンギャ・ジェノサイドにすら加担し、とどめは2019年12月国際司法裁判所にて国軍の行動への弁明を行って、西側諸国と世界の市民社会の怒りと幻滅を決定的なものとしたのである。
 最後に敢えてつけ加えたいのは、日本政府ならびに日本大使館の態度の問題である。日本政府へはAIがすでに責任追及の矛先を向けている。ここではキリンHDの甘さの残る姿勢と対応しているかに見える、丸山市郎駐ミャンマー大使のロヒンギャ問題に対するきわめて由々しき態度を取り上げたい。
 安倍政権によってノンキャリアながらミャンマー全権大使に抜擢された丸山市郎氏は、かねてよりミャンマー語の達人として、またスーチー氏と携帯でダイレクトにやり取りできることで知られていた。この丸山大使、日本のジャーナリズム(ニッポンドットコム、2019年8/22)だけでなく、得意のミャンマー語を駆使しての地元紙によるインタビューにも応じている。前者においては、丸山大使はロヒンギャ問題でミャンマーNLD政府に圧力をかけるのは得策ではない。制裁はミャンマー政府の国際社会からの離反を招くだけでなく、内政が不安定化した場合日本企業の投資意欲に水を差し、ODAも出しづらくなるとして、ミャンマーに日本は「寄り添っていくべき」としている。要するに経済優先で、ロヒンギャの人権危機には眼をつぶれと言っているのである。この人のことを、安倍政権や日本財界の走狗といったら言い過ぎになるであろうか。
 また地元紙とのインタビューで、「国軍にはジェノサイドやその意思があったとは思わない」、「ミャンマー政府も国軍も、全てのイスラム教徒『ベンガリ』を殺そうとしたとは思わない」と語ったとされる(朝日新聞 2020年1月7日の記事による)。日本の在外公館の代表者が、ロヒンギャに対し「ベンガリ」などというあからさまな差別用語を使って、スーチー氏や仏教徒多数派国民に媚びているのには驚きを禁じ得ない。
 しかもそれだけではない、朝日新聞が指摘するように、このインタビューは国際司法裁判所でロヒンギャ問題が、ジェノサイド案件として訴追され審理されている最中に行われているのである。一般論として西側諸国とはまた違った立ち位置でミャンマー政府に対応することは理解しても、そもそもスーチー政府や国軍側の一方的主張を鵜呑みにして、「親緬家ぶり」を発揮するのは将来に禍根を残すこと必定であろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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