クローズアップ現代「追いつめられる患者と財政」を視て(1)~(2)

あきらめの勧めで終わってよいのか~クローズアップ現代「追いつめられる患者と財政」を視て(1)

金の切れ目が命の切れ目
1月25日、NHKのクローズアップ現代は「問われる夢の医療~追いつめられる患者と財政~」というタイトルの番組を放送した。番組の専用サイトは、この番組の趣旨を次のように解説している。

「いま、命を救うはずの夢の新薬によって、窮地に追い込まれる患者や家族が急増している。ここ数年、がん治療の最前線では、細胞中の分子をピンポイントで攻撃する『分子標的薬』が登場し、以前は助からなかった患者の延命治療が可能になるなど目覚ましい効果があがっている。しかし、薬には巨額の開発コストがかかるため、患者は一度使い始めたが最後、生涯、高額な薬代を負担し続けなければならず、経済的な理由から使用を中断する患者が後を絶たないのだ。患者団体は国に助成を求めているが、医療保険財政逼迫のため対策は容易ではない。番組では、“費用対効果”の観点から医療制度を大きく見直したイギリスの取り組みなども紹介しながら、高度医療と財源のバランスをどう取るべきなのかを考える。」

このような趣旨に沿って、前半では高額の医療費に「追いつめられるがん患者」の実態をKさんの実例を追いながら描いた。Kさんは10年前に骨髄の中ががん細胞で侵され、白血球が増加する「慢性骨髄性白血病」を発症した。当初は平均生存期間4~5年と言い渡されたが、細胞中の分子をピンポイントで攻撃する「分子標的薬」「グリベック」を服用し始めると、1ヶ月でがん細胞は正常範囲に収まった。

しかし、「夢の医療」は患者にとって朗報と喜んで済まなかった。1錠約3,130円のグリベックを1日4回服用すると高額療養費制度を利用しても、患者負担は月4万4,000円、年間約50万円になる。Kさんは、夫婦で経営していた店が不振になったこともあり、家計への負担に悩んだ末、妻に内緒で「グリベック」の服用を止めてしまった。すると、症状が急速に悪化、服用を再開したものの手遅れで効かず、昨年11月に死亡した。番組は残された妻の、「貧乏人は死ねということか。悔しい」という言葉を伝えた。「金の切れ目が命の切れ目」という諺そのものの現実を見せつけた場面だった。

高額療養費で医療保険財政も追いつめられる?
番組はその後、高額療養費を理由に「夢の新薬」の服用を止めてしまう患者が低所得層に限られないという現実を伝え、このままでは、経済的な理由で医療を受けられないという国民をなくすために50年前に国民皆保健を作った前夜の状況に戻ってしまう、そうならないよう、患者負担が軽減するように医療制度を見直すことが急務になっているとも伝えた。

しかし、番組の後半は、患者の負担から医療財政の負担に話題を転じ、患者負担を肩代わりする医療保険や公的財政が急増する高額療養費の負担で窮迫する現状を様々なデータを使って伝えた。2010年には37.5兆円の国民医療費が2025年には52兆円に達するという予測、高額療養費の利用実績(平成8年度)が1兆2千億円に達している等々。その間、番組では医療経済専門家が登場し、「一体どこまで公的医療保険で面倒をみるのか」、「全部認めたらパンクする」といった発言を紹介した。
これほど新薬が高額になる理由を識者は、「バイオなど新しい技術を使いますので、薬の開発、製造に大きなコストがかかります。また、遺伝子変異の有無などで、効くか効かないかが決まりますので、対象となる患者さんは絞られ、薬剤の流通量は限られます。そうした理由で、一部の薬は驚くほど高い価格になっています」と解説していた。

患者負担と財政負担の狭間で
では、医療保険財政の限界を見据えながら、患者負担も抑ええるという難しい課題をどう解決すればよいのか? 番組は海外の先進例も紹介しながら、2つの方法を紹介した。
一つは、がんなどの最新医療のコストを下げる試みである。アメリカのがんワクチンは、体内から免疫細胞を取り出して作るので800万円近い費用がかかるのに対し、免疫細胞を取り出さずに体内で活性化させ、増やす方法でコストを大幅に引き下げた久留米大学の例が紹介された。
次に、症状に応じて優先度をつけて医療費を配分しているイギリスなどの例が紹介された。例えば、アメリカのオレゴン州では、がんなどの治療に優先的に財政負担を充てることによって患者負担をゼロにする一方、かぜなどは優先順位の低い症状とみなして全額患者の自己負担としている例が紹介された。もっとも、このように公的負担を費用対効果で選別することにはイギリス国内で批判が強いことも紹介されたが。

あきらめの勧めで終わってよいのか?
番組を見終えて、関係者以外に知る機会が少ない高額療養費に苦しむ患者とその家族、それを負担する医療保険の財政の実情を伝えたこと自体、貴重なドキュメンタリーだと思えた。そして、その後、調べてみると、「高額療養費に追いつめられる」患者・家族はほかにも少なくないことがわかった。
その一つに、リウマチ新薬がある。2003年から徐々に使えるようになった遺伝子工学で作られたリウマチ新薬で症状が消えたり、改善したりする患者が着実に増えたと言われている。しかしその一方で、高価な新薬を使えない患者もいる。「日本リウマチ友の会」(会員約2万人)がこのほどまとめたリウマチ白書(2009年7月に調査表郵送)によると、回答した患者8,307人のうち、新しい生物学的製剤を使う患者は5年前の5%から29%に急増した。その結果、1年前と比較して症状が消えたと答えた患者は2%から4%と倍増。「良くなった」も27%に増えたという。つまり、治らない病気というリウマチのイメージが変化し、寛解から治癒までも患者は期待し始めているという。しかし、医療費の自己負担は1ヶ月平均で3万円以上が15%に増え、高額なため新薬を使えないという患者も4%いたという。(以上、熊本日日新聞 2011年2月25日朝刊)。

クローズアップ現代は、このように高額療養費で追いつめられる患者とその家族の過酷な現実の一端を伝えるには伝えた。しかし、それに続けて、様々なデータや識者の発言を駆使して、患者の自己負担を肩代わりする医療財政の限界を強調し、印象付けた。
このような番組の顛末を見届けて私は、ほかでもない番組の前半で登場したKさんの遺族、あるいは番組を注視したと思われる全国の「高額療養費に追いつめられる患者とその家族」、さらにはその担当医師は番組の後半で語られた、「一体どこまで公的医療保険で面倒をみるのか」、「全部認めたらパンクする」という識者の発言をどのような思いで受け止めたのだろうと、想像をめぐらさずにはいられなかった。これでは、患者らに向かって「あきらめの勧め」を口説いたのも同然ではないか? 私が当事者なら、おそらくそう感じただろう。

しかし、それは感情論であって、厳しい財政事情をあるがままに伝えるのもメディアの役割だ、そういう現実をどう打開するかはメディアの役割ではなく、現実を知らされた人々(行政当局者も含めて)が考えることだ、という答えが返って来そうである。
しかし、私は一見、もっともらしい冷静を装ったこのようなシニカルな態度こそ、冷静に問い返されなければならないと考えている。

高過ぎる薬価にメスを~クローズアップ現代「追いつめられる患者と財政」を視て(2:完)

問うべきは高い薬剤費の構造
私が問い返すべきと思うのは、限られた財源の配分いかんという「価値判断」以前の、医療または医療保険財政をめぐる「事実認識」の問題である。

1.高額療養費が医療(保険)財政を追いつめるというが、2007(平成19)年度の支給実績によると、それは1兆6,234億円で、国民医療費総額(34兆1,360億円)に占める割合は4.76%に過ぎない。これだけのウェイトの高額療養費負担が医療保険財政を「追いつめている」というのはいささか誇張ではないか? また、国民医療費の水準を問題にするのであれば、日本の総保険医療支出の対GDP比が11.8%で、OECD加盟国中21位、OECD加盟国の平均値(12.9%)を下回っている現実(OECD編著/鐘ヶ江葉子訳『図表でみる世界の保険医療 OECDインディケータ』2009年版、163ページ)も指摘されるべきである。

2.番組の中で、「患者の症状がわずかでも改善すれば、家族や介護施設の負担が減らせる」という海外の識者の意見が紹介された。このように、公的財政負担の効果を患者本人にとどまらず、その家族、さらには医療施設に及ぼす波及的な効果にまで視野を広げて観察する視点は極めて重要と思えるが、番組ではこの点がフォローされなかった。医療費の公的負担に費用対効果の視点をどこまで適用するのか、深い検討が必要だが、適用する場合には把握しやすい費用と比べ、効果の方は測定の範囲が患者本人の病状の改善度に限られがちである。しかし、それとともに、患者の家族や医療施設の精神的経済的負担を軽減する効果も視野に入れる必要がある。

3.難病の療養費が高額化する最大の要因として医薬品が高額なことが挙げられた。確かに需要が限定され、高度な研究開発を必要とする新薬の開発費が割高となるのは避けられない。しかし、医療保険財政全体でそうした高額な医薬品をどこまで負担できるのかを問題にするのであれば、現在の医療保険財政の全体を総点検したうえでなければ、高額療養費を「全部面倒をみたらパンクする」と簡単に言ってしまえないはずである。
そこで、現在の医療保険財政の全体を総点検していく中で気が付くのはほかでもない、日本の場合、国民医療費に占める薬剤費の割合が国際比較で異常に高いという点である。2008年度でいうと、薬剤費比率はドイツ15.1%、米国11.9%、イギリス11.8%に対し、日本は20.1%と突出している。
次に、薬剤費の変動要因を数量要因(処方箋枚数)と価格要因(1枚当たり調剤医療費)に分けて検討すると、次のとおりである。

H18年度  H19年度 H20年度   H21年度
調剤医療費(億円)    47,468     51,673       54,402    58,695
(対前年度比%)              (3.4)    (8.9)    (5.3) (7.9)
処方箋枚数(万枚)           68,955    70,739       72,008     73,056
(対前年度比%)             (3.9)    (2.6)   (1.8)    (1.5)
1枚当たり調剤医療費(円) 6,884      7,305         7,555       8,034
(対前年度比%)             (▲0.5) (6.1)   (3.4) (6.3)
(厚生労働省「最近の調剤医療費(電算分)の動向~平成21年度~」より)

これを見ると、近年の調剤医療費の増加は処方箋枚数の増加ではなく、調剤医療費の単価の増加に起因していることがわかる。つまり、日本の医療費に占める薬剤費を押し上げている要因は、世上いわれてきた「薬漬け」ではなく、薬価の高さによるものであると判断できるのである。

製薬メーカーの異常な高収益~逼迫する医療保険財政の対極で~
そこで、医薬品を製造し、卸業者を通じてそれを医療機関に納入しているわが国の製薬企業の損益構造を概観すると、次のとおりである。

医薬品製造企業の百分比損益計算書(2008年度)

製造業  医薬品製造業  武田薬品工業  第一三共

売上高         100.0               100.0                100.0               100.0
売上原価              83.9                 34.7                  26.1                 25.5
売上総利益             16.1               65.3                  73.9                 74.5
販管費                       14.9               48.6                  46.0                 64.0
うち、研究開発費  5.7                19.1                  31.5                 21.9
営業利益                  1.2                16.6                  27.9                 10.6
営業外収益                  3.1                  2.0                    3.8                   1.5
営業外費用                  1.7                  1.1                    0.8                   5.5
経常利益       2.6               17.5                  30.8                   6.6

(製造業、医薬品製造業は資本金100億円以上。これら業種のデータは、経済産業省産業政策局調査統計部『企業活動基本調査報告書』2009年版、武田薬品工業と第一三共のデータは両社の「有価証券報告書」)

つまり、医薬品業界は新薬開発に莫大な研究開発コストがかかり、薬価を引き下げると、日本の医薬品の開発力が落ちてしまうと口癖のように唱え、新薬開発のインセンティブを維持し高めるためにと薬価改訂にあたって様々な新薬加算制度(画期的加算、市場性加算、新薬創出加算など)の導入を働きかけてきた。しかし、上のデータを見ると、確かに製造業平均と比べ、売上高研究開発費比率がきわめて高いことは確かだが、その研究開発費を控除した上での営業利益率は医薬品行平均(16.6%)で製造業平均(1.2%)の13.8倍を記録し、業界トップの武田薬品工業(27.9%)は実に製造業平均の23.3倍の営業利益率を記録している。こうした傾向は2008年度に限ったことではなく近年、一貫している。)
その結果、2009年度末現在で、医薬品製造業全社の利益の内部留保(利益剰余金)の合計は6.1兆円、武田薬品工業1社で2.6兆円に達している。ちなみに、武田薬品工業の利益剰余金の金額は同じ時点の負債総額の3.3倍に相当する。

このようなデータは医薬品の売価が製造原価との対比で異常に高い水準にあること(売上高原価率が業種平均で34.7%)、そして、これをベースに医療保険に請求される薬剤費の水準を公定する薬価が決められていることを意味する。

高過ぎる薬価を生み出す薬価算定制度
具体的にいうと、現在の薬価算定方式では、類似薬がないと判定された新薬を薬価に収載するにあたっては原価計算方式で薬価を算定することになっているが、現在、厚労省は日本政策投資銀行が刊行している『産業別財務データハンドブック』(平成18年発行)に記載された医薬品製造業の平均営業利益率19.2%を営業費用(流通経費を除く)に上乗せして算定することにしている。しかも、その上で革新性があると(厚労省が)認めた医薬品についてはこの19.2%からプラス50%を上限として加算することを認めている(ただし、革新性がないと判断した場合は逆に減算することにしている)。

例えば、2010年6月2日、9月8日、11月26日に開催された中医協総会に総数36の新医薬品が薬価収載予定の薬品として提出されたが、そこで薬価算定方式として原価計算方式が採用された13の医薬品の薬価の補正加算等の状況を調べると、平均営業利益率(19.2%)のままとされたものが8例、10%加算(19.2×1.1=21.1%)されたのが1例、20%加算(19.2×1.2=23.0%)されたのが1例、30%加算された(=19.2%×1.3=25.0%)のが1例、5%減算(19.2×0.95=18.2%)されたのが2例であった。
これは限られた事例ではあるが、平均営業利益率に対して補正が施される際には減算もあるにはあるが、それを大きく上回る加算がされる場合の方が多いことがわかる。つまり、新医薬品の薬価算定にあたっては、もともと製造業平均と比べて著しく高い営業利益率が既得権かのように保証され、その上にさらに大幅な加算がなされているのである。

また、類似薬がある新医薬品を薬価に収載するにあたっては、類似薬効比較方式が採用されるが、このことは、①原価計算方式で薬価が算定された既成の医薬品と薬効が類似するとみなされる新医薬品には、多くの場合、それ自体、異常に高い営業利益率が保証された上に種々の補正加算がされた薬価が踏襲されると同時に、②ここでも、有用性加算等の名目で高率の補正加算が施されることになっている。ちなみに、上で挙げた、2010年6月2日、9月8日、11月26日に開催された中医協総会に提出された13の新医薬品のうち、2例について5%、3例について10%、1例について15%の加算がそれぞれ認められている。
このような実態は、裁量的な補正加算によって医薬品製造業では、ある場合には業種平均で異常に高い営業利益率が保証され、またある場合には異常に高い営業利益率をさらに螺旋状に上昇させる仕組みが公認されていることを意味する。

こうした現実を見据えると、医療保険財政を「追いつめている」大きな原因の一つとして、高すぎる薬価を指摘できるだろう。したがって、医療財政の逼迫を打開するカギは高額療養費の抑制にあるのではなく、高すぎる薬価を正常な水準まで引き下げることにあるといえる。クローズアップ現代がこのような実態を追跡する続編を企画することを期待したい。

初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1227:110308〕