ベオグラードの週刊誌ペチャト(10月15日)にベオグラード大学医学部教授産婦人科医ドゥシャン・スタノイェヴィチとのインタビューがのっている。テーマは、コソヴォにおけるNATOの劣化ウラン弾大量使用に起因する癌多発問題である。1999年3月24日-6月9日の対セルビア(コソヴォを含む)NATO大空爆では、イラク戦争におけると同じく、大量の劣化ウラン弾が投射された。以下要約して紹介する。
―コソヴォ地域では、ブリュッセルのNATO文書によれば21トンの放射能ウランが投下された。その結果、1999年以前の10年間に比較して癌が107%も増大した。今日、コソヴォでは家族に癌患者をもたない者はいない。奇形児、染色体異常、死産が多くなり、胎児や羊水に劣化ウランが検出された事例もある。土、水、空気の汚染から食物連鎖へいたり、将来世代が大変心配である。
―この問題を全世界の人々に知ってもらいたい。そのように外国で努力しているが、セルビア人がいうと信じてもらえない。疑わしい目で見られる。世界を回って、自分の皮膚でそう実感している。全世界のメディアで自分たちの民族は、黒一色、劣等視され、軽蔑的に報道されたからだ。しかも、セルビア人に唾するセルビア人も必ずいて、この仕事をするのに大変に障害になる。
―コソヴォ・アルバニア人についてはデータをもっていないが、私の病院にも年に10人ほど癌患者が来る。増大しているのか否か判らない。政治の問題である。
岩田私見を語ろう。
第一に、スタノイェヴィチ教授の劣化ウラン弾問題を全世界に知ってもらおうとする努力が、セルビア政府の全面的サポートを得られず、教授が外国の然るべき場で―例えば、WHOに対して―問題提起しようとすると、「セルビア人に唾するセルビア人」に必ず出会うのは、何故か。ミロシェヴィチ打倒後のセルビア社会の知的主流は、親欧米であって、まず西欧・北米の市民社会に受け入れられることが最重要の心理的‐政治的課題だから、市民社会軍=NATO空爆のマイナス面について語ることは、自己規制する。
第二に、インタビュアーが「警戒すべき癌多発が見られるのに、アルバニア人が沈黙しているのは何故か」と問うているのに対して、「政治の問題である」と答えている。劣化ウラン弾がコソヴォの中でもより多く投下された地域に、空爆終了後配備されたイタリア軍兵士たちの間にも癌が多発したことは、世界的に知られている。アルバニア人だけが放射能に強い筈がない。にもかかわらず、この問題に関するコソヴォ・アルバニア人側の沈黙には、アメリカによって強いられているというだけでは説明できない理由がある。コソヴォ・アルバニア人のコソヴォ解放軍が強力なセルビア軍に勝つためには、あらゆる手段を用いてセルビア軍を挑発し、非人道的事件を引き起こさせ、それを全世界の市民的ジャーナリズムの力をかりて宣伝し、いわゆる「人道的介入」を実現させるしかない。見事にその作戦が成功し、NATOの対セルビア大空爆が実行された。劣化ウラン弾の大量使用とそれによる汚染は、その「人道的介入」の一環として起こった悲劇である。沈黙するしかない。同様の沈黙の実例は、同様の論理でボスニア・ヘルツェゴヴィナのボシニャク(ムスリム)人の側にすでにあった。
21世紀において事実に正直であろうとすると、独裁的社会に対してだけではなく、市民社会にも妥協してはならない。そんなことを上述の例は教えてくれる。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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