サナギの中のカオス(その1)

バルセロナの童子丸開です。

ちょっと間があきましたが、スペインと欧州の現状についての新しい記事をお送りします。日本でも参院選が近いようですが、おそらく、日本人が考える「選挙」のイメージとは全く異なる選挙の様子をお知らせできると思います。日本語新聞のニュースからでは想像もつかない状況でしょうが。
例によって少々長い記事ですが、お時間の取れますときにでもお読みいただければと思います。

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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-4/2019-07-chaos_in_a_pupa.html

サナギの中のカオス(そ​の1)
 
 本当に久しぶりの新記事になってしまった。4月以降、私は3ヶ月以上もひたすら状況を眺め続けた。この間、4月28日のスペイン中央議会総選挙、5月26日の統一地方選挙と欧州議会選挙が行われ、その後の国と各自治州・都市の議会での首班指名(首相、州知事、市長の選出)の状態と、欧州の新体制成立の様子を見守っていたのだ。それら全てを、一連で一体のものと見做していたからである。そしてそれらの全てが、今後の欧州とスペインにとって、極めて重要な意味を持つ転換期と感じていたからである。  
 今回は、それらについて7月半ばまでに起こったことを書き記していこう。しかし少々長くなるので、記事を二つに分けて発表したい。まず今回の記事では、スペインの総選挙と統一地方選挙、そして首班指名の様子を中心に説明する。また近日中に公表予定の次回の記事では、欧州全体の政治状況と、カタルーニャ問題を含めたスペインの国内状況の相互関係、その変化を中心にしたいと思う。

2019年7月18日 バルセロナにて 童子丸開
  
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●小見出し一覧(クリックすればその欄に飛びます。)  
《サナギの中のカオス》
 
《4月28日、スペイン議会選挙:この「賭け」の勝者は?》
 
《濃霧の中にさ迷う社会労働党政権》
 
《5月26日、スペイン統一地方選挙:普遍化したカオス状態》

写真:新政権の在り方を巡って激論を交わす社会労働党党首サンチェス(左)とポデモス党首イグレシアス(右):セクスタTV

《サナギの中のカオス》
 
 蝶や蜂のように完全変態をする昆虫の蛹(サナギ)の中では、幼虫時代に持っていた大部分の器官が、自ら作り出した酵素の働きによって解体され、その形を完全に失う。それらを作っていた細胞は、一部は生きたままで、一部はたんぱく質や核酸などの基本的な物質に分解されて、生と死が混ざり合ったカオスに、ドロドロのスープ状になっている。生き残った細胞がこれからどのようになるのか、このまま全体の崩壊と死滅に向かうのか、それとも何かの新しい器官の一部になるのか、まるで見当が付かない。もし自分がその細胞の一つであったとしたら、どれほど心細く恐ろしいことだろうか。
 
 だがカオスは単なる混乱ではない。将来的に一つの明瞭な形を成しうる可能性を、常にその内に潜めている。外見上は動きをピタリと止めてしまったように思える殻の中で、根底からの破壊と創造の激しい動きが休むことなく続いているのだ。昆虫のサナギの中のカオスならば、その内部に起源をもつ形成力によって、2組の羽や3組の足や外骨格などが作られる。しかし一般的に、カオスを一つの形に導く要因はその系の内部と外部の両方にある。その在り方次第で、カオス状態が混乱から系の破滅に至る場合もあるだろうし、ちょうどサナギの背が割れて蝶が姿を現すように、新しい明瞭な形を作り出すかもしれない。
 
 スペインという国について、私は前回の記事で『この4月28日の総選挙、5月26日の統一地方選・欧州議会選同日選挙がどのような結果を出したとしても、決して安定した政治と経済と社会を導かないだろう。』と書いた。今回と次回の記事で、ちょうどサナギの中で幼生時代の器官が自らの作った酵素によって解体されるように、公私の様々な機関と組織が従来の形と働きと意味を次々と失い、スープ状のカオスと化していくスペイン国の姿を書き留めておきたい。
 
 しかしそれは決していま突然に始まったものではない。『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』、『シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州』、『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家 』の各記事で紹介したとおり、2008年の経済危機によって始まり徐々に深化してきたプロセスである。またその社会的な表れは『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』で述べたとおり、2011年から本格化した。そして『シリーズ:選挙に明け暮れたスペインの2015年』の記事で記録したとおり、2015年以降の政治的な大混乱としてはっきりとした姿を現し始めた。それらは、『シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う』、『シリーズ:自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム』の中で詳細に記録したとおり、熱病に浮かれるように突っ走るカタルーニャ独立運動によって、後戻りの不可能な激流と化した。もはやスペインのカオス化を止める手段は存在しない。
 
 一方で、2010年代を通して欧州全体もまたカオス化しつつあった。ギリシャや東欧の経済危機とユーロへの不信の増大、英国のEU離脱の流れ、中東・アフリカ諸国からの難民(不法移民)の急激な増大、それによる欧州各国での社会的不安の増大と排外主義の台頭が、欧州全体の政治的・経済的・社会的な既存の秩序を突き崩してきた。さらに、米国トランプ政権の登場によって、欧州と米国の間にある大西洋同盟の基盤が、経済的にも軍事的・政治的にも崩れ始めている。前任者のオバマとは異なり、トランプは「戦争の危機」を過激に演出しながらも新たな戦争を起こさないだろうし、欧州もまたトランプの過激な演出のたびに米国の戦争戦略から遠ざかるだろう。それが、ロシアと中国の存在感の増大に連れて、大西洋同盟を無意味なものにしつつあり、いわゆる西側世界の既存の秩序を徐々に解体しつつある。
 
 カオス化が進む欧州の中で、スペインがその最先頭を切っている。将来においてどのような「成虫」の姿になるのかは分からないが、『突然現れたサンチェス社会労働党政権の謎』、『欧州の難民政策は劇的に変化するのか?』で書いたドイツ・フランス・スペインの「三国同盟」が、いずれその「サナギの中のカオス」をある形に導いていく重要な内因の一つになるだろう。また『「独立カタルーニャ」はEU政治統合の“捨て石”か?』にある《スペインは「欧州連邦」創設の急先鋒!?》でも述べたように、カタルーニャ独立運動が、その重要なパラメータの一つとなっているかもしれない。それらについては次回の投稿で書くことにして、今回は、スペイン国内で続いた大きな選挙とその結果を軸に書くことにしよう。

《4月28日、スペイン議会選挙:この「賭け」の勝者は?》

 
スペイン情勢の急展開とその背後』で書いたように、超軽量与党だった社会労働党のサンチェス政権は、右派勢力を抑え込んで議会での多数派となるべき機会をうかがっていた。そして1月16日にアンダルシア州で極右政党VOXを取り込んだ多数派工作で右派政権が生まれたことが、左派支持派と少数民族の有権者に大きな危機感をもたらしたと同時に、皮肉なことだが、国民党とシウダダノスという右派政党内部に大きな混乱と対立を引き起こした。各種の世論調査もまた右派政党支持者の減少を明らかに伝えていた。
  
 一方で、カタルーニャ独立派民族政党とその支持者にとっても、憲法155条即時無期限適用・自治権剝奪を叫ぶ右派政党が中央議会の多数派を占める状態が心地よいはずもない。サンチェス政権と独立派は国家予算審議を巡って、12月後半から2月初旬まで“掛け合い漫才”のような「交渉」を延々と続けながら、状況を見据え時を見計らったうえで、2月13日に予算を不成立させることで、議会解散・総選挙という「賭け」に打って出たのである。これについて社会労働党政府とカタルーニャ独立派の間に協定があったとは思えないが、「言わずもがな」の了解はあったはずだ。
 
 もちろん右派政党側にとっても社会労働党政権を解散・総選挙に追い込むことは、アンダルシア州で右派州政権を獲得した勢いに乗って一気にスペイン国政の右傾化を図るための重要なチャンスに思われた。その意味で右派勢力にとってもこれは「賭け」に違いなかった。しかし、特にパブロ・カサドを党首に立てる国民党は、この間の極右化への警戒の高まりという世論の動向を読み取ることができなかった。
 
 こうして、4月28日に投票が行われた総選挙の投票率は75.75%と、2000年以降の総選挙の中で最も高いものとなった。ちなみに2016年6月に行われた前回(参照:『安定への願望が変化への期待を打ち崩した?』)は69.84%、2015年12月の前々回(参照:『カオス化するスペイン政局』)は73.20%、さらにその前(2011年11月)は68.94%である。今回選出された下院議員の議席数を政党別に眺めてみたい。
 
 各政党についてその性格を、いちおうマスコミで言われている分類に従って書いておくと、社会労働党は中道左派、国民党は(中道)右派、シウダダノスは中道リベラル右派、ポデモス系党派は(極)左派、VOXは極右派、ERC(カタルーニャ民族左派、独立派)、JXCAT(カタルーニャ民族右派、独立派)、PNV(バスク民族右派)、EH Bildu(バスク民族左派、独立派)、その他(地方、民族政党)である。なお、全国党派については、民族政党と区別するために、「スペイン右派」、「スペイン左派」と呼んでおく。
 
 数字は、 議席数 (得票率) 【現有議席】の順。 (エル・パイス紙による)  
☆はスペイン左派、◎はスペイン右派、★は少数民族独立左派、●は少数民族独立右派、△は少数民族中道派。

【下院議席総数は350、絶対過半数は176】  
☆社会労働党…123(28.68%)【85】       
◎国民党…………66(16.70%)【137】  
◎シウダダノス…57(15.86%)【32】     
☆ポデモス系……42(14.31%)【71】  
◎VOX…………24(10.26%)【0】     
★ERC…………15(3.89%)【9】  
●JXCAT…………7(1.91%)【8】      
△PNV……………6(1.51%)【5】  
★EH Bildu………4(0.99%)【2】     
その他………………6          【1】
 
 議席数と得票率が必ずしも比例しないのは、大選挙区比例代表制で、選挙区や立候補者数などによる格差が大きいためだ。スペイン左派では、社会労働党が大幅に議席を伸ばした一方で、内紛に悩むポデモス系の党派が議席を激減させた。スペイン右派では、国民党が前回の半数未満にまで議席を減らして惨敗した一方で、シウダダノスは大きく前進、またVOXは初めての総選挙でいきなり24議席を獲得した。また、少数民族地域のカタルーニャ州やバスク州では、国民党が壊滅状態となった他、シウダダノスや社会労働党も予想された数字を下回り、少数民族の「マドリード離れ」を印象付ける結果となった。 
  
 首班指名(首相選出)の権限を持つ下院で、上の表で見る通り、右派3党の合計が147議席と過半数とは程遠いため、アンダルシア州で実現した国民党、シウダダノス、VOXによる右翼政権は不可能である。また選出方法が下院とは異なる上院では、社会労働党が総議席208の過半数を超える121議席を獲得したのため、同党の方針による法案が下院で認められれば自動的に成立する他、自治体の自治権を剥奪する憲法155条適用・不適用など上院の権限が社会労働党の手に握られたことになる。こうして右派3党が最初に「賭け」の敗北者となった。
 
 この項目の終わりに、その後の政治状況に重大な影響を与えることとなったカタルーニャ州の選挙区の様子を取り上げたい。カタルーニャ州には48の議席が割り当てられている。今からの数字と、2017年12月に行われたカタルーニャ州議会選挙の結果(《12月21日カタルーニャ州議会選挙の結果》)を比較してもらいたい。ERCが最多の15議席を得た一方で、JXCATが7議席と衰退した。また中央で社会労働党と共闘するカタルーニャ社会党が第2勢力の12議席となり、長年の下落傾向から脱した。ポデモスは7議席で退潮を食い止めることができなかった。
 
 しかし何よりも大きな驚きは右派政党の壊滅的な状況だ。ほんの1年半前の州議会選挙でカタルーニャの最大勢力に躍り出たシウダダノスは、わずか5議席に終わった。初挑戦のVOXが1議席を得たものの、国民党が1議席と同州内での消滅すら危惧される状態だ。特にこの数年来猛烈な勢いで勢力を拡大させてきたシウダダノスのショックは痛烈である。『スペイン情勢の急展開とその背後』の最初に掲げた図表(政党支持率の変化)を見てもらえば分かる通り、シウダダノスが「カタルーニャ独立反対」に凝り固まって右傾化(スペイン・ナショナリスト化)するにつれて、支持率が一方的に減っていく。そのうえでアンダルシア州で極右のVOXと共に右派州政権を作ってしまったことがこの党の運命を決めた。それまでは「リベラリストの右派」と思われていたものが、単なる「スペイン右翼」と見做されるまでになってしまったのだ。

《濃霧の中にさ迷う社会労働党政権》
 
 ペドロ・サンチェスの社会労働党が躍進して中央議会の第1党となったものの、過半数には遠く及ばない。もし社会労働党が他党派との政策協定によってサンチェスが首相に氏名されれば、この「賭け」に勝ったと言えるだろう。さてしかし、どこと組んでそのような政策協定が可能だろうか?
 
 スペイン中央議会では首班指名に2回までの投票が認められている。第1回目では全体の過半数、つまり176の賛成を得るならば首相が決まる。もし第1回目の投票で決まらない場合には、48時間以内に第2回目の投票が行われる。この場合、賛成票が反対票を上回ればよい。つまり、棄権票が増えれば首相が決まる可能性が出る。社会労働党とポデモスの左翼2党が組んだ場合、165票がサンチェス首相就任に賛成で、明確な反対は右派3党の143票だ。そこで、たとえば全350票のうち21票が棄権に回るならば、残りは329議席となり、165票で有効投票数の過半数を制することになる。
 
 まず社会労働党がポデモスと協定を結び、カタルーニャ独立派のERCに加えてJXPCかバスク民族派PNVが、あくまで「自主的に」ということだが、棄権に回ってくれれば、なんとかならないわけではない。これらの少数民族派が新政権に恩を売っておいて何を手に入れる算段があるのか…、によるのだが…。そうするとカタルーニャ独立派が決定的な役目を果たすことになり、その意味で独立派にしてもこの「賭け」の勝者になると言える。ただしこの場合、「クーデター(独立)派との裏協定の存在」を主張する右派政党と社会労働党内の右派による、猛反発と審議の妨害は避けられない。
 
 次の可能性は、サンチェスが左派政権を諦めシウダダノスと組んで「中道政権」を作ることだ。しかしそうすればどちらの党内も紛糾と対立が深刻化せざるをえない。特にサンチェスを積極的に支持してきた社会労働党の多くの下部組織が一斉に反発することは目に見えている。先ほども書いたように、シウダダノスは「中道」ではなく「右翼」と見做されているのだ。選挙の日の夜、“勝利”が決まった際にマドリードの党本部前に集まった何千人もの支持者から「リベラ(シウダダノス党首)とはノー!」という激しい声が上がっていた。もしシウダダノスと組むようなことがあれば、社会労働党はたちまち支持者の多くを失うことになるだろう。もちろん社会労働党もシウダダノスも、総選挙の直後にこの両党の協定の可能性を否定した。しかし、いまだにその可能性は本当にゼロではない。
 
 総選挙後にサンチェスは、他党との政策協定の作業と首班指名を5月26日の同日選挙の後にすると発表した。つまり統一地方選・欧州議会選の結果を見たうえでどのようにでも転ぶ可能性がある、ということを示唆したわけである。しかしその後の7月になっても、まだどの党とも政策協定は作られていない。社会労働党はあくまで連立政権ではなく自党による単独政権を望んでおり、議会内で首班指名に協力した政党との協力関係を持つ、という姿勢を変えない。しかし、内部対立と分裂に悩み議席を大幅に減らしたポデモスのパブロ・イグレシアス党首は、ポデモスの入閣による連立政権に固執し、それがかなえられなければ反対票を投じて「やり直し総選挙」もやむなし、という姿勢を崩そうとしない。イグレシアスとすれば、社会労働党の多数派工作に都合良く利用されるだけの関係に終止符を打ちたいはずである。

ポデモスと社会労働党は、カタルーニャ問題を中心とする国家の在り方について大きく異なる。ポデモス党首のイグレシアスは、少数民族の自治権の拡大と独立住民投票の合法化、現在獄中に囚われているカタルーニャ独立派の即時釈放を強く主張する。スペイン・ナショナリズムの超克を目指す左翼のイグレシアスとしては当然のことだろうが、しかしそれらは、スペイン・ナショナリスト左派である社会労働党にとって、到底認めることのできないものだ。たしかに、思想基盤でこんな重大な相違点を抱えていれば、連立政権を作ることは困難だろう。
 
 7月初旬になって、スペイン中央議会で7月22日に首班指名の審議を開始し、23日に投票が行われることが発表された。先ほども述べたように、この投票では議席数の絶対過半数、つまり176票の賛成が必要だ。もし23日に首相が決定しなければ25日に再投票が行われる。その時には全議員中の単純過半数で、つまり、棄権票は票数に含まれず、賛成が反対を上回りさえすればよい。もしそれでも首相が決まらなければ、議会は自動的に解散され、11月10日に「やり直し総選挙」が行われることになる。

 今のところ、少数民族政党は社会労働党政権の成立を妨害しない、つまり棄権に回って成立を助ける姿勢だが、社会労働党とポデモスとの交渉が決裂する場合、シウダダノスが棄権に回って社会労働党単独政権成立の手助けをする可能性もゼロではない。その場合、カタルーニャ独立派の態度は予想がつかない。最も重要な点は、ポデモスが社会労働党政権に賛成票を投じるのか、棄権に回るのか、それとも反対するのか、ということであり、いまのところすべてのことが起こりうる。ポデモスがこの三つに分裂する可能性すらある。
 
 いずれにせよ、この「賭け」の勝者はもう少し時間がたたないと分からないが、7月25日には決着がつく。なお、国外にいるカルラス・プッチダモン前州知事らを含めたカタルーニャ独立派の動向については、欧州全体との関わりもあり、この首相選出の結果と共に、次回の記事で詳しく説明するようにしたい。

《5月26日、スペイン統一地方選挙:普遍化したカオス状態》
 
 統一地方選挙については、改選される12の自治州と数千もある市町村の議会のすべてを取り上げることはできない。ここでは、中央政界とスペイン全体の政治動向に大きな影響を与えるマドリード州、マドリード市、バルセロナ市を中心に見ていくことにしたい(参照:『欧州全体を揺るがす大変動の序曲か?』、『今年の秋に劇的な政変は起こるのか?』)。またこれと同時に行われた欧州議会選については、次回の記事で、スペイン全体と欧州全体の傾向と関連、またカタルーニャ州やマドリード州などの注目すべき選挙区での議席数を中心に書く予定である。(エル・パイス紙のこちら、およびこちらの資料による。)
 
 まずマドリード市議会を見よう。総議席数は57。前回(2015年)ではマヌエラ・カルメナを筆頭にする左翼政党アオラ・マドリードが社会労働党と組んでギリギリの過半数を制し、与党となった。今回、アオラ・マドリードは、ポデモスから分離した者たちを加えてマス・マドリードと改名した。また、新しく極右政党VOXが参戦した。それぞれ、【 】の中は前回の数字。  
 マス・マドリード 19【20】、  社会労働党 8【9】、  国民党 15【21】、  シウダダノス 11【7】、  VOX 4【-】  
 左派2政党は議席を1ずつ減らし、右派では、国民党が大幅に議席を失ったものの、それ以上にVOXとシウダダノスが躍進した。議会の過半数は29であり右派3政党の合計は30なので、この3党が手を組めば右派市政が4年ぶりに復活することになる。そして実際にそうなった。ところが、この右派市政復活が右派3党の連合に重大な危機をもたらしたのだ。
 
 スペインでは市町村の長と行政体制の確立が選挙の3週間後に義務付けられている。今年の場合、6月15日がその期限である。その15日夕刻のギリギリの時間で、国民党のホセ・ルイス・マルティネス‐アルメイダの市長選出が、国民党、シウダダノス、VOXの賛成によって決まった。そしてマルティネス‐アルメイダ新市長は、市の行政体制にVOXが加わることは当然だと語った。しかしシウダダノスはVOXと行政体制を分かち合うことを拒否した。「極右と手を組んでいる」というイメージが定着することを極度に恐れているのだ。もう手遅れだと思うが…。  

 このようなシウダダノスの主張に押されたマルティネス‐アルメイダは翌日、市に九つある委員会の長を国民党とシウダダノスだけで分け合い、VOXには一つの地位も与えない形で、市の行政体制をさっさと決めてしまったのだ。もちろんだがVOXが黙っているわけはない。ある意味、社会労働党とポデモスの関係に似ているのだが、多数派工作の数合わせに都合よく利用されただけなのだから、怒るのが当たり前だろう。VOXは、市の行政体制にVOXを加えると明記された国民党との秘密協定を表に曝して、国民党の「裏切り」を非難し、マドリード州議会での州知事選出で国民党への一切の協力を拒否したのである。
 
 ではそのマドリード州議会を見よう。総議席数は、前回(2015年)では129だったが、今回は132に増やされている。【 】の中は前回の数字。また今回はポデモスが分裂してマス・マドリードが州議会選にも登場している。   
 社会労働党 37【37】、  ポデモス 7【27】、  マス・マドリード 20【-】、  国民党 30【48】、  シウダダノス 26【27】、  VOX 12【-】  
 左派政党の合計は64で左派州政府を作ることには失敗したが、これはポデモスの内紛と分裂の影響が大きいだろう。右派を見ると、こちらも国民党が大敗北と言ってよい状況で、シウダダノスも議席を伸ばすことができなかったが、VOXの登場に助けられた形で、この3政党の合計が68と何とか過半数を制した。ところが、先ほどのマドリード市での対立が全てをストップさせてしまったのだ。
 
 客観的に見ればVOXの方に理がある。市でも州でもボロ負けして、平身低頭でVOXの力を借りなければならないはずの国民党が、数合わせにだけVOXを利用しておいて何の立場も与えない、というのだから。しかし国民党を“心ならずも?”そのようにさせたのは、「極右と組んだ」というイメージを吹き払いたいシウダダノスだ。自分たちが与党の一員になるために、この極右政党の議席数を利用するだけ利用しておいて、都合悪いところだけを覆い隠そうというのである。これ以来、両者の間に解決不可能な激しい「戦争」が延々と続いていることは言うまでもない。州政府の成立には、州議会選挙から3か月間(事情によってはそれ以上)の余裕がある。残された時間は少ないが、どうなるのか見てみよう。
 
 さてここで、マドリードとは別の形で大モメにモメまくったバルセロナ市を見てみよう。なお、カタルーニャ州議会選挙は、今回の統一地方選挙では行われていない。バルセロナでは前回2015年の選挙でアダ・クラウ率いるバルセロナ・アン・コムー(以下BeC:ポデモス系)が与党となったが、超少数与党で、基本的にカタルーニャ社会党(以下PSC)またはERCと協力関係を作っていたが、その市政は常に不安定だった。今回の選挙の結果は次のとおりである。【 】内は前回の議席数。議席総数は41だ。  
 BeC 10【11】、  ERC 10【5】、  PSC 8【5】、  シウダダノス 6【5】、  JXCAT 5【10:前回はCiU】、  国民党 2【5】  

 なお、シウダダノスの候補者名簿筆頭者は、前フランス首相のマヌエル・ヴァルス(こちらではカタルーニャ語の発音で「バィュス」と呼ばれるが、世界的に知られた名前なのでここでは「ヴァルス」を使うことにする)だ。彼はバルセロナで生まれて育ったので、スペイン国籍を持ち、スペイン語もカタルーニャ語も堪能だ。しかし彼はシウダダノスには入党していない。どうしてフランスの首相まで務めた人物が、カタルーニャの首都の市会議員候補(うまくいけば市長候補)になったのだろうか。私は『スペイン最後の「78年体制」政府か?』の中で、アスナールがその背後にいるのではないのかと疑ったが、どうやら正反対だったようである。しかしそれについての詳しいことは、次回の記事に回したい。
 
 ERCとJXCATは独立派。BeCとPSCは反独立派だが自治権拡大を主張。そしてシウダダノスと国民党は強硬な中央集権主義の独立反対派だ。ここでは、右だの左だの言う前に、カタルーニャ独立に対する態度で区分されるのである。そして上の数字を見ても分かる通り、最低3つの党派が集まらなければ過半数にならない。しかし独立に対する態度で見る限り、どのような3党の組み合わせも作ることができない。
 
 興味深いことだが投票結果が出た直後に、シウダダノスの筆頭候補であるヴァルスが、もしBeCとPSCが共闘するのなら首班指名(市長選出)のときだけは無条件で賛成に回ろうと言い出したのだ。この発言を巡ってヴァルスとシウダダノス幹部が激しく対立し、党内に大混乱が起こった。またもちろんだが、BeCとPSCも、この「極右政党と手を組むような政党」の助けを借りることには難色を示した。次に、ERCがBeCに共闘を呼び掛け、JXCATの協力を得ることで、独立派寄りの市政を作ろうとしたが、それにはBeCのクラウが強く抵抗。さらに、BeCがPSCと手を組み、ERCの協力を得ることで進歩派(左派寄り)の市政にしようと試みたが、これもPSCとERCの両方が反対して潰れた。
 
 こうして散々にモメ続けた果てに6月15日の期限が訪れ、クラウは、ヴァルスの協力を得てReCとERCの連立市政を作ることを決意せざるを得なかった。ただしこの日の首班指名投票で、シウダダノスの中で「賛成」に回ったのはヴァルスとその腹心を合わせた3人だけだった。マドリードのシウダダノス党幹部(カタルーニャ出身で州議会議員のイネス・アリマダスは党中央の執行部に入っている)にとって、社会主義者たち(社会労働党とPSC)は、カタルーニャやバスクの独立派を容認し裏協定で繋がる「国家の裏切り者」だ。またBeCを含むポデモス系党派は、中央集権的な国家体制を崩そうとする「敵対勢力」の一つである。シウダダノスが社会主義者やポデモス系党派に「賛成票」を投じるなど、天地がひっくりかえっても起こってはならないのだ。
 
 こうしてバルセロナ市では、アダ・クラウの不安定な左派市政が継続することとなったわけだが、それにしてもこのマヌエル・ヴァルスの判断が何の目的でどこから現れてきたのだろうか。彼は、今年の3月に社会労働党、国民党、シウダダノスに、VOXやカタルーニャ独立派の力を借りない政権作りを提案した。また、統一地方選挙直後に、シウダダノスに対して、もしマドリードの州と市でVOXと協定を結ぶなら関係を断つと警告した。そしてこれ以降、シウダダノスの内部では全国的な規模で対立と分裂が激化していった。おそらくだが、このヴァルスの背後には、欧州全体のカオス化の中で、用心深く変化をコントロールしようとする巨大な力が存在している、としか考えられない。しかしその点については、次回の記事で述べることにしよう。
 
 実は、このマドリード市やバルセロナ市と似たような状態が、レオン、パンプローナ、グラナダなど、全国各地の多くの主要都市で起こっていたのである。さらに、今回改選の12の自治州の中で、7月8日までに新州体制が決まったのはわずか4つであり、特にマドリード、ナバラ、アラゴン、ムルシア、ラ・リオハなどは、今までに述べたと同じような収拾のつかない状態に放り出されている。原因はやはり、社会労働党とポデモス、およびシウダダノスとVOXの、最初からどこにも解決点が存在しない対立である。こうして、総選挙と統一地方選挙がカオス状態を全国に拡大させていった。
 
 次回の記事『サナギの中のカオス(その2)』では、視野をスペインから欧州全域に広げ、その中でのスペインとカタルーニャについて述べてみたい。

【『サナギの中のカオス(その1)』 ここまで】

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〔eye4621:190721〕