はじめに
ジェフリー・サックス氏 Source: Youtube
ジェフリー・サックス教授は、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授などと同様に「ウクライナ危機の主要因は、すでに1990年代に始まっていたNATOの拡大にある」と主張する、数少ない識者の中の一人である。しかし、”ロシア悪”のイデオロギーを主張する西欧諸国のマスメディアは、彼らの見解を一切受け入れようとしないのが現実である。
ジェフリー・サックス氏については次のような興味深いエピソードがある。 [Source: https://www.youtube.com/watch?v=tejHnmT_ufM ]:
サックス氏は短期間だったが、欧州連合の外務・安全保障政策上級代表であるジョセップ・ボレル氏の顧問を務めていた。 そのとき、サックス氏はボレル氏に「私は、米国がノルドストリーム・パイプラインを破壊した、と思っている」と語った。 すると、その日のうちに、ボレル氏はサックス氏を解雇したという….。 サックス氏は「私の見解は今も変わっていない。ロシアがやったのではない….」と述べている。
さらにサックス氏はバイデン大統領についてこう語っている:
「ジョー・バイデンは、少なくとも四半世紀にわたってNATO拡大の道を歩んできた。…これが、1990年以来バイデンが歩んできた道である。彼は上院議員として、軍産複合体とNATO拡大の支持者の一人だった。そして2014年、彼はユーロマイダンで個人的な役割を担った。…」 と。 (2023年6月のインタビューから)
ご紹介させていただく論評「NATO拡大とウクライナの破壊」の中でサックス氏は、9月に、ストルテンベルグNATO事務総長がEU議会の証言で、「NATOをウクライナまで拡大しようとする米国の執拗な推進がウクライナ戦争の真の原因である」と、うっかり口走ったことに注目し、NATO拡大の問題の核心に触れ、「NATOのウクライナへの拡大は、永遠の戦争とウクライナの破壊を意味する」との鋭い警告を発している。
なお訳者注として:ざっとした翻訳にはDeeplを利用したが、翻訳者(グローガー理恵)は一文一文ごとにチェックし、翻訳抜けや不明確・不正確な箇所があったので、必要に応じて、文を明確にするようにし、訂正もした。
原文(英文)へのリンク:https://consortiumnews.com/2023/09/21/jeffrey-sachs-nato-expansion-ukraines-destruction/
ジェフリー・サックス氏について
米国の経済学者(開発経済学、国際経済学)。
2002年から2016年まで地球研究所の所長を務めたコロンビア大学の大学教授および持続可能な開発センター所長である。さらに、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワークの会長であり、国連ブロードバンド開発委員会の委員でもある。これまでに3人の国連事務総長のアドバイザーを務め、現在はアントニオ・グテーレス事務総長の下で持続可能な開発目標の唱導者として活躍している。近著に『A New Foreign Policy』: Beyond American Exceptionalism』(2020年)がある。
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NATO拡大とウクライナの破壊(NATO Expansion & Ukraine’s Destruction)
著者:ジェフリー・サックス (Jeffrey Sachs)
2023年9月23日
米国の傲慢によってウクライナが破壊されている。 このことは「米国の敵になることは危険であり、同時に、米国の味方になることは致命的である」というヘンリー・キッシンジャーの格言が本当であることを再び示している。
悲惨であったベトナム戦争の間、米国政府は国民をキノコ農場のように扱っていたと言われた:国民を暗闇に保って肥やしを与えておくということである。英雄ダニエル・エルズバーグは、米国政府が、真実によって恥をかくことになるだろうという政治家たちを守るために、戦争について、たゆみなく虚言していたことを記録した 『ペンタゴン・ペーパーズ』をリークした。それから半世紀後、ウクライナ戦争中に、肥やしは、もっと高く堆積された。
米国政府と常に追従的なニューヨーク・タイムズによれば、ウクライナ戦争は”正当な理由・根拠がない (unprovoked)”ものであった。 伝えられるところでは、プーチンは自らをピョートル大帝だと勘違いして、ロシア帝国を再建するためにウクライナに侵攻したということだ。ところが、先週、イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長は、うっかり間違って本当のことを口走ってしまうという失態を犯したのである。
CC BY 2.0 2017 年、エストニアのタパのNATO 部隊を視察するストルテンベルグNATO事務総長
ストルテンベルグNATO事務総長は、欧州連合(EU)議会での証言で、NATOをウクライナまで拡大しようとする米国の執拗な推進が戦争の真因であり、それが【訳注:執拗なNATO拡大の推進が】今日も続いている理由であることを明らかにした。以下がストルテンベルグによって明かされた言葉である:
『背景は、プーチン大統領が2021年の秋に自らの立場を表明して、実際に我々に、もうNATOを拡大しないことを保証させる協定草案を送ってきて署名を求めてきたことだ。それが彼から我々に送られてきたものであった。そして、ウクライナには侵攻しないということが前条件であった。 もちろん、我々はそれに署名しなかった。
その反対のことが起こったのだ: 彼は、我々がNATOを決して拡大しないという保証に署名することを望んだ。彼は、1997年以降NATOに加盟したすべての同盟国に配備されたNATOの軍事施設を撤去することを求めた。すなわち、NATOの半分、中欧および東欧のすべての同盟国からNATOを外して、ある種のBクラスまたはセコンド・クラスのNATOメンバーシップを取り入れるべきだというのだ。 我々はそれを拒否した。
そうして、彼は、自国の国境に、より多くのNATOが近づくのを防ぐために戦争に踏み切った。しかし彼はそれとはまったく反対の結果を得たのだ。』
繰り返して言えば、彼(プーチン)は、NATOを、より多くのNATOをロシアの国境に近づけさせないために戦争に踏み切ったのである。ジョン・ミアシャイマー教授や私(ジェフリー・サックス)、その他の人たちが同じことを述べると、我々はプーチンの弁解者として攻撃された。また、同じ批判者たちは、偉大な学者-政治家であるジョージ・ケナン、ジャック・マトロック元駐ソ連大使、ウィリアム・バーンズ元駐ロシア大使を含めて、米国の様々な一流の外交官たちによって、長い間、表明されてきた ”ウクライナへのNATO拡大に対する差し迫った警告” を故意に隠したり、頭から無視することを選んでいる。
現在、CIA長官であるバーンズは、2008年、駐ロシア米大使を務め、「ニェットはニェットを意味する (Nyet means Nyet)」と題されたメモを書いた。【*訳注1】 そのメモの中でバーンズはコンドリーザ・ライス国務長官に「プーチンばかりでなくロシアの政治階級全体がNATO拡大に断固反対している」と説明した。我々がこのメモのことについて知っているのは、それがリークされたからに他ならない。 そうでなかったら、我々はそのことについて、分からないままでいたことだろう。
なぜロシアはNATO拡大に反対するのか? それは、ロシアが、黒海地方のウクライナとの国境2300キロに米軍を受け入れないという基本的な理由からである。 ロシアは、米国が弾道弾迎撃ミサイル制限 (ABM) 条約を一方的に破棄した後に、ポーランドとルーマニアに、イージス弾道ミサイル防衛システム を配備したことを評価していない。
ロシアの理由
またロシアは、米国が冷戦時代 (1947~1989年)に70回も、そしてそれ以来、アフガニスタン、グルジア、イラク、シリア、リビア、ベネズエラ、ウクライナなど、もっと数え切れないほどの政権交代作戦に関わった事実を歓迎していない。さらにロシアは、米国の多くの有力政治家が、”ロシアの脱植民地化”というバナーのもと、積極的にロシアの破壊を提唱している事実も好まない。それは、ロシアが、テキサス、カリフォルニア、ハワイ、征服されたインディアンの土地、その他多くを米国から取り去ることを求めるようなものであろう。
ゼレンスキーのチームでさえ、NATO拡大の追求がロシアとの差し迫った戦争を意味することを知っていた。 ぜレンスキーのもと、ウクライナ大統領府顧問を務めたオレクセシイ・アレストヴィッチは、「99.9%の確率で、NATO加盟の代償はロシアとの大戦争となる」と断言した。
アレストヴィッチは、NATOの拡大がなくとも、何年も後のことになるが、結局ロシアはウクライナを奪おうとするだろう、と主張した。だが歴史はそれが間違っていることを示している。 ロシアは何十年もの間、フィンランドとオーストリアの中立を尊重し、差し迫った脅威はなく、ましてや侵略もなかった。さらに、1991年のウクライナの独立から2014年の米国によって支援された、ウクライナの選出政権の転覆まで、ロシアはウクライナの領土を奪うことに関心を示さなかった。
ロシアがクリミアを取り戻したのは、米国が2014年2月に堅固な反ロシア・親NATOの政権を樹立したときであり、クリミアの黒海海軍基地 (1783年以来)がNATOの手に落ちるのを懸念してのことであった。
その時でさえ、ロシアはウクライナの他の領土を要求しなかった。 ロシアが要求したのは、国連によって支援されたミンスク第2次合意の履行だけであった。ミンスク第2次合意は、ロシア系民族が居住するドンバスの自治を求めているが、ロシアの領域の獲得を求めてはいない。しかし、米国は外交の代わりに、NATOの拡大を既成事実化するために、武装し、訓練し、巨大なウクライナ軍を組織化することを援助した。
2021年末、プーチンは最後の外交を試み、戦争を未然に防ぐために、米・NATO安全保障協定案を提出した。協定案の核心は、NATO拡大の終わりとロシア近辺の米軍ミサイルの撤去であった。 ロシアの安全保障上の懸念は妥当であり、交渉の根拠となるものだった。しかしバイデンは、傲慢さ、タカ派的姿勢、重大な誤算から交渉をきっぱりと拒否したのだった。NATOは、NATOの拡大についてロシアとは交渉はしないし、事実上、NATO拡大はロシアとは関係ないものである、という立場を維持した。
米国がNATO拡大に執着しつづけることは、極めて無責任であり偽善的である。 米国は、西半球でロシアと中国の軍事基地に包囲されることに ー もし必要ならば、戦争という手段を使って ー 抗議するだろう。それが、1823年のモンロー教書【*訳注2】以降、米国が主張してきたことである。にもかかわらず、米国は他の国々の正当な安全保障上の懸念を理解しようとせず、聴こうともしない。
だからプーチンはNATOを、より多くのNATOをロシアの国境に近づけさせないために戦争を始めたのだ。 ウクライナは米国の傲慢によって破壊されている。このことは「米国の敵になることは危険であり、同時に、米国の味方になることは致命的である」というヘンリー・キッシンジャーの格言が本当であることを再び示している。
ウクライナ戦争は、米国が単純な事実を認めたときに終結するだろう:NATOのウクライナへの拡大は、永遠の戦争とウクライナの破壊を意味する。ウクライナの中立というものが戦争を回避できたはずであり、このことが今も平和への鍵となっている。 より深い真実は、ヨーロッパの安全保障は、NATOの一方的な要求ではなく、欧州安全保障協力機構 (OSCE – Organization for Security and Co-operation in Europe)によって求められている集団安全保障にかかっているということである。
ー翻訳終わりー
以上
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【*訳注1】現在、CIA長官であるバーンズは、2008年、駐ロシア米大使を務め、「ニェットはニェットを意味する (Nyet means Nyet)」と題されたメモを書いた:
その背景ー2008年2月1日、モスクワのアメリカ大使館からコンドリーザ・ライス国務長官に送られた公電によると(WikiLeaksがした公表した情報)、ロシア駐在のウイリアム・バーンズ米大使がセルゲイ・ラブロフ外務大臣に呼ばれ、ラブロフ外務大臣に、ロシアはウクライナのNATO加盟に猛烈に反対するスタンスであることを明らかにされた。
ラブロフは、「この問題は、おそらく、ウクライナを二分裂させ、暴力や、または、ある者たちが主張するところによれば、内乱をもたらす可能性があり、そうなると、ロシアが介入すべきか否かの決断を強いられるような立場に追いやられる恐れがある」と、鋭く警告した。バーンズ大使は、彼のワシントンに宛てた公電に『「ニェット(ロシア語で”ノー”という意味)」は「ニェット」を意味する: ロシアのNATO拡大に対するレッドライン』と、変わった題をつけ、即時優先として、それを送った。 [https://chikyuza.net/archives/118137 から引用]
【*訳注2】モンロー教書(Monroe Doctrine):モンロー主義のきっかけとなった年次教書は、1823年12月2日に議会へ送られた。内容の大意は次のとおり:
ヨーロッパ諸国の紛争に干渉しない。
南北アメリカに現存する植民地や属領を承認し、干渉しない。
南北アメリカの植民地化を、これ以上望まない。
現在、独立に向けた動きがある旧スペイン領に対して干渉することは、アメリカの平和に対する脅威とみなす。
[Wikipediaから引用]
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion13273:231004〕