マンハッタンの南北の主要な通り-アベニューのほとんどは一方通行で、走っている車を前に押し出すように、信号が先へ先へと変わってゆく。変わってゆく信号に合わせて、一つ先の信号が青になる頃にその信号に差しかかるように走るのだが、タバコの灰を灰皿になどという何かのちょっとしたことで、赤信号に引っかかってしまうことがある。
信号に引っかかったところで、先を急ぐわけでもなし、何もないのだが、それが「つき」のありなしのような気がして、タイミングを外さないように走っていた。広い道ならまだしも、狭い路地の信号で引っかかると、今晩はほどほどにしておいた方がいいかもしれないと、二人で験(げん)を担いでいた。
路地も路地、こんなところに信号つけて、信号無視してくださいって言ってるようなもんじゃないかというところで引っかかった。時間も時間で車も走っていない。信号無視しちゃおうかとも思うが、どこにお廻りがいるか分からない。何もないところでぼーっと信号が変わるのを待っていた。
何を見るわけでもなくぼんやりしていたら、路地をちょっと入ったところに若くもない二人組みが歩いているのが見えた。こんなところで、こんな時間に、歩いてどこに行こうってんだろと思って見ていたら、足を止めてドアを叩いた。人通りもない薄暗い路地に何があるとも思えない。
ドアが開いて、男が身体を斜めに出して、歩いていた二人と何か話していた。マスターにあれなんですかねって、マスターもあれなんなんだろうって、二人で見ていた。信号はとっくに青になっているが、周りには車もないし、かまいやしない。二人がどうするのか、どうなるのかが気になって車を出さずに見ていた。
ドアが閉まって、二人がドアから離れて歩き出した。何があるのか分からないが、ドアの先に何かがあるはず。一方通行で路地に入れない。どの建物だったのか、どのドアだったのかを忘れないようにしっかり覚えて、一方通行をぐるっと回って、ドアの近くまで車をまわした。
ドアにも壁にも何も書いてない。どこを見ても看板のようなものもない。確かこのドアだったと思いながらノックしたが返事がない。もしかしたら叩くドアを間違えたかと、マスターと顔を見合わせたら、さっきと同じようにドアを開けて男が上半身を斜めにして出てきた。ちょっと病的に痩せぎすで、どうみてもまっとうな社会にいる顔じゃない。
ここは何なんだ?とは訊けない。はじめてで細かなことは知らないにしても、ここがなんなのか分かっていてドアを叩いたと思わせなければならない。こっちからは口を開かない。痩せすぎが場末の口調でここは会員制のソシアルクラブで会員でなければ入れないと言う。マスターと目で、だったら会員になればいいんだろう。会員になりたいんだがと言ったら、IDとして運転免許証と入会金三十五ドル払えと言われた。三十五ドル、いいじゃないの、入ってやろうじゃないのって言いながら、キャッシュで払った。クレジットカードを使ったら記録に残る。こんなところに会員制のソシアルクラブ?いったいどんなところなのか?何があったところで、たいしたところじゃない。
日本でもどこでもそうだと思うが、店の中では言い値(ぼられたとしても)を払っている限りトラブルことはまずない。なにかトラブルでも起きて警察沙汰になったら客より店の方が困る。危ないのは店と車の間を歩いているときで、そこさえさっさと抜けてしまえばトラブルに巻き込まれる可能性はほとんどない。
中に入ってがっかりしたというか、そんなもんだろうと思っていた通りだったというのか、ただの薄汚れた、カウンターだけの小さなバーだった。カウンターには先客が数人いたが、どれもプータローにしか見えない。店も汚いが客も汚い。なにがソシアルクラブだ、何が会員制だと思いながらも、これはやっぱり会員制かなと妙に納得してしまった。
拙い経験と人から聞いた話でしかないが、アメリカにはStrip jointと呼ぶストリップ屋がある。そこでは、女性が水着のようなものを着て踊っているだけだからなのか、アルコール類もおいている。日本でいうストリップになるとアルコール類は禁止されている。州ごと市ごとに法律が違うが、ニューヨーク市では、たしかバーでもホステスが客の隣に座るのを禁止している。そのためか、出会いの場も値段の交渉も、街の小さなコーヒーショップで一方がカウンターに腰かけて一方が立ったままというのが多い。
マスターと二人でカウンターに腰掛けてウィスキーを注文した。カウンターは奥行き四十センチあるかないかで狭い。その狭いカウンターの上を、ピンヒールの靴を履いた、ちょっと歳のいった女性が裸で踊っていた。カウンターの上をあっちに行ったりこっちに来たりするものだから、出されたウィスキーをカウンターの上において置けない。右手でグラスをもって、後ろに反り返るようにして踊っているのを見ても、あまりに近くで踊られるので、足は見えても上半身や顔は見上げたその先にある。
隣のプータローが踊り子に一ドル札を渡した。ガーターでもつけていれば挟んでおくここともできるが、何も着ていない。一ドル札をバーテンに渡して、カウンターに尻をつけて両脚でプータローの上半身を挟むようにして座った。時間にして五分かそこらだったと思うのだが、プータローが一ドル分舐めていた。何分もしないうちに別のプータローが一ドル出して。。。とても近くに座ってはいられない。カウンターの奥の方に移ったが、カウンターが薄汚れていて、腕を置くのもグラスを置くのも躊躇った。カウンターから身体を引いて座った。
この類の店では入り口近くの方がいい。奥に入ってゆくと店の人たちのスペースだったり、しばし物置のようになって掃除のしようもないところが多い。そこもカウンターの奥の方は雑然としていた。ちょっと経って、別のプータローが十ドル札を出した。何?一ドルは分かるが、まさか十ドル出して釣りって訳でもないだろうしと思っていたら、踊り子がカウンターからプータローの脇に降りた。踊り子が先にたって、プータローと二人で店の奥に入っていった。カウンターの先、店の奥にプライベートルームがあった。
ここまでの店には入ったのは、このソシアルクラブが最初で最後だった。二人ともあきれ返って、ウィスキーを二口三口飲んで早々に店を出た。チャイナタウンのいつもの店で朝飯を食べ始めて、ほっとしていつもの二人に戻った。
ピンからキリまで何でもあるニューヨーク。面白半分、怖いもの見たさ半分で見れるものなら見てやろうとどこにでも入り込んでいった。入っていったはいいが、キリばかり見ていると、キリに混じって自分もキリになってしまうのではないかと気になることがある。
一介のサービスマンにはピンなど見ようがないが、キリならそこそこまで見れる。見れるものなら見た方がいい。見たところで何がどうという訳でもないのだが、世の中きれいなことばかりでもなし、何かのときに何かを考えるヒントぐらいにはなる。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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