チャイニーズマフィア-はみ出し駐在記(68)

「扇」はL字型のカウンターだけのバーだった。L字の長いところが店の中心で、そこはたいして飲めもしないのが長居するところでもないし、人の出入りもあって落ち着かない。他の客の邪魔にならないように、いつもL字の短いところに座っていた。窮屈になることなく二人座れたが、そんなところに詰めて座りに来る客はいない。奥まっているから、誰にも邪魔されることなくカウンターの向こうのマスターやローラ、モニカとも内輪の話をするのに都合がよかった。そからは店全体とその先のドアまで見えた。

十二時も回って残っている客も何人もいない。後一時間もすれば閉店の準備、そんな時間に一般客が入ってくることもない。そろそろチャイニーズポーカーのメンバーが入ってくる頃かと思っていたら、ドアがそーっと開いた。入ってきたのは、見慣れない痩せぎすの中国人だった。一二歩入って片手でドアを抑えたまま、続いて入ってくる人の邪魔にならないように後ろに下がっている。さっさと入って、ドアなど次の人に任せればいいのに、何やってんだろうと見ていたら、宍戸錠を一回り以上大きくしたようなのがのそっと入ってきた。その直ぐ後ろに背の高い痩せぎすの若いのがぴったり付いていた。

「宍戸錠もどき」がカウンターの中央で立ち止まったら、付いていた一人がさっと「もどき」の左から椅子を後ろに引いた。「もどき」が椅子に座るのをエスコートしていた。座る椅子くらい自分で引けばいいのに、一体何様がお出ましになったのかと思ったが、服装と立ち振る舞いから直ぐ分かった。三人とも葬式か結婚式にでもゆくような黒のスーツを着ていた。「もどき」はノーネクタイだったが、お付きの二人は色気のない黒っぽい細いネクタイまでしていた。二人は椅子に座らないで「もどき」の右後ろと左後ろに無表情で立っていた。どの程度の幹部か分からないがボディガードを二人連れて歩いているのだろう。

マスターがいつものという感じで「もどき」に飲み物を出した。一口飲んで「もどき」が口を開いた。マスターとなにやら小声で話し始めた。入ってきたときから続いていた緊張がやっとほぐれた。努めて何もなかったような顔をしてソーダ割りをちびちびやりながら、「もどき」とマスターを見ていた。

じっと見ている訳にもゆかない。あらぬ方に目をやって、たまに見るからシーンが飛んでしまう。目を戻したら、「もどき」が葉巻を咥えて左側のお付きが火を付けているところだった。お付きが持ってきたのか、自分で持ってきたのか、葉巻がどこから出てきたのか見損なった。葉巻はタバコのようにはゆかない。すぱすぱやりながら火を当て続けなければ火がつかない。自分で火をつけた方が簡単なのに、偉く振舞おうとすると、そんなことも自分でしちゃいけないのか、面倒な人たちだ。流石の塩路もタバコを買いにやらせたまでで、まさかお付きに火はなかったろう。

二人ともポーカーフェースとでもいうのか、体を動かすこともなく微笑すら浮かべなら話していた。ひょうきんな顔をして、いつもは口数の多いマスターがおとなしい。前かがみのことが多いマスターの姿勢が心なしかしゃんとしている。京都のヤクザの意地もあるのだろう。対等に渡り合おうとしているのが見えるが、相手が悪い。方やニューヨークのチャイニーズマフィアの下っ端にしても幹部、方やちゃちな日本のバーのマスター、勝負にならない。

ドアがバンと開いて、チャイニーズポーカーの二人が何か話しながら入ってきた。何歩か入って、店を間違えましたという素振りで直ぐに出て行った。関わり合いになりたくないのだろう。

見た目には何の前触れもなく「もどき」が腰を上げた。要件が済んだのだろう。お付きの一人が即「もどき」の前に出てドアを開けて外に出た。外から開けたままのドアから「もどき」が出て行った。店にいた時間は三十分ほどだったが、もっと長い時間に感じられた。

マスターがいつもの口数の多いマスターに戻った。おどけた口調でここにはいろんな人がくるんだ。この間はテリー・サバラスも来たし。。。テリー・サバラスはテレビドラマのなかでは棒付きキャンディーを咥えたタフな刑事コジャックだが、まさかその世界の人でもあるまいし、ましてやチャイニーズマフィアとなんの関係があるとも思えない。

水商売の人たちから聞いた話しでは、七十年代の後半、マンハッタンの日本のバーは軒並みチャイニーズマフィアのホールドアップにあっていた。アメリカではクレジットカードでの支払いがほとんどで、誰もたいした現金を持ち歩かない。日本人の船乗りが持っている現金が目当てだと聞いていたが、ちょっと信じがたい。バーに押し入ったところで、いつも日本の船乗りがいるわけでもなし、持っている現金もしれている。目的はピアノバーから「みかじめ料」をとりたてることだっただろう。

押し入られたバーは押し入られたことを公にはしない。そんなことが知れ渡ったら、それこそ客が寄り付かなくなる。そこで、チャイニーズマフィアが自分で押し入って、店に対して押し入られるようでは商売にならないだろうという話になる。相手はチャイニーズだ。オレたちがきちんとガードしてやるという、典型的なマッチポンプだったと想像している。

マスターがなにかのときに言っていたことを思い出した。うちは、チャイニーズマフィアとは持ちつ持たれつの関係だから押し入りはない。「扇」は安全、心配ない。持ちつ持たれつと言えば聞こえはいいが、要はきちんと「みかじめ料」を払っているだけだったのではないかと思う。もともと京都のヤクザ、ただの水商売の人たちとは違う。ヤクザだけにチャイニーズマフィアが何を考えているのか、自分のことのように分かるのだろう。

ヤクザだろうがチャイニーズマフィアだろうが、保っていたい距離を保って付き合えるのならかまいやしない。なかには距離がどうのではなく断絶したいのもいるが、人間関係、突き詰めてみれば距離の問題でしかないかもしれない。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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