テロリストの心象風景

著者: 宇井 宙 ちきゅう座会員 : ういひろし
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 先月、世界を震撼させたノルウェーの連続テロ事件(爆弾テロと銃乱射事件)は、日本のマスメディアからは早くも忘れられつつあるが、欧州では依然高い注目を集めている。というのも、これは一人の精神異常者がたまたま起こした事件などでは決してなく、極右排外主義思想に身を固めた一人の青年が長い準備と緻密な計画の末、確信を持って実行した犯罪であり、その背景には、この青年と共通した思想信条を抱く極右勢力が台頭しているという欧州諸国に共通する事情があるからである。

 アンネシュ・ブレイビク容疑者(32歳)は犯行前、「マニフェスト2083」と題した1516頁にも及ぶ犯行計画書をインターネットに投稿している。2083とは、「イスラム教徒や裏切り者のいないキリスト教単一文化のヨーロッパ」という彼の考える究極目標が達成されると彼が空想している年である。ウプサラ大学で比較宗教学を講じるマティアス・ガーデル教授とともに、「マニフェスト2083」の内容を概観することにより、彼の観念世界の一端を覗いてみよう。

 「我々は司法の騎士として、すべての自由なヨーロッパ人のために陪審員、裁判官、そして処刑人として行動する。多すぎる殺害は少なすぎる殺害よりも良い。対話の時は終わった。武装抵抗の時が始まった」とブレイビクは「2083」の中で述べている。

 ブレイビクが頻繁に書き込みを行っていた「ドキュメント・ノー」というノルウェーの反イスラム・フォーラム・ウェブサイトの発起人であるハンス・ルスタッドは事件の翌日、「2083」の大部分はアメリカの連続爆弾テロ犯セオドア(テッド)・カジンスキーの1995年の犯行声明である「ユナボマー・マニフェスト」からの剽窃である、と語ったが、実際に、「ユナボマー・マニフェスト」から盗用されていたのは3頁分にすぎず、その他は様々な影響が見られるが、ガーデル教授によれば、そこには大きく分けて4つの思想傾向が見られるという。すなわち、イスラム嫌悪イデオロギー、文化保守主義、現代白人権力思考、反フェミニズムである。

 このうち、中心となる主題はイスラム嫌悪である。ブレイビクは、ロバート・スペンサー、グレゴリー・デイヴィス、アンドリュー・ボストム、ダニエル・パイプスといった米国の反イスラム評論家や、英国の陰謀理論家バット・エイオー、オランダの極右政治家ギアート・ウィルダースなどの著作を引用しつつ、次のように述べる。西欧世界は1300年間に亘ってイスラムとの黙示録的対立状態にあるが、イスラム教徒は西欧を徐々に植民地化し始めている。彼らは高い出生率を武器に人口統計学的戦争に従事しているが、やがて彼らの人口が十分増えれば彼らは軍事的戦争に切り替えるだろう。イスラム世界の黒幕は西欧の政治家や学者や経済人やジャーナリストを味方につけ、対話や多文化主義や平等といった言葉で善良なヨーロッパ人を騙し、あえて真実を語る者に「人種差別主義者」とか「イスラム嫌い」といったレッテルを貼り付けている。

 ブレイビクは、文化保守主義センター理事のウィリアム・リンドの文章を盗用しつつ、フロイト、マルクス、グラムシ、アドルノ、ライヒ、マルクーゼ、フーコー、デリダといった影響力のある思想家を非難し、とりわけエドワード・サイードやポストコロニアル・スタディーズやポスト構造主義をこき下ろしている。このような悪影響に対する解毒剤は、彼らの影響を大学から一掃し、植民地主義の恩恵も含めてヨーロッパ文化の価値とその功績を回復するような保守的思想家の著作にシラバスを制限しなければならない。

 それにしても、ブレイビクがテロの標的としたのは、なぜ移民ではなく、首相府ビルと与党・労働党の青年集会だったのか? それは、米国の白人至上主義者たちが1970年代末から80年代初頭に感じたように、ブレイビクも、政治権力の中枢部がすでに白人の「敵」の側に回ってしまった以上、暴力は主として黒人や移民に直接向けるのではなく、権力の裏切り者に向けるべきだと考えたからだ。したがって、このような「闘い」においては、古典的な組織モデルに基づく闘争ではなく、公衆に向けた宣伝活動と、秘密の武装地下細胞や一匹狼の暗殺者の組み合わせによる「指導者なき抵抗」戦略を採る以外にない、と考えたのである。

 ブレイビクは反ユダヤ主義には与していない。ナチス突撃隊のシンパに対しては、その憎悪をイスラム教徒に向けるようにと促している。ブレイビクは、英国の防衛同盟やスウェーデンの民主党のような親イスラエルの右翼同様、リーバーマンやネタニヤフといったイスラエルの極右政治家を対イスラム戦争における同盟者と見なしている。

 フェミニズムについて、ブレイビクは、家族の価値を損ない、西洋の退廃を招いた自然に反するイデオロギーだとこき下ろしている。フェミニストは多文化主義を好み、難民の世話をし、西洋の男性を女性化して闘争能力を奪い、そうすることで、ヨーロッパをイスラム化しようとするイスラム教徒を助けている、とブレイビクは考える。1979年生まれの彼は、男性は男らしく、女性は主婦として家庭に留まり、子どもは行儀よく躾けられ、犯罪者もイスラム教徒もいなかった1950年代という空想世界の郷愁にふけっているのである。

 オスロ西部の裕福なスコイエン地区で、中流上層階級の家庭に生まれ、王室の子どもたちと同じ小学校に通ったこともある白人キリスト教徒で異性愛者のブレイビクは、彼が生まれながらに持っているはずの特権が、今やあらゆる種類のマイノリティと社会的平等という幻想と西洋文化の衰退によって脅かされていると感じているのだ。

 彼は、「2083」の中で2つの最後通牒を突きつけている。イスラム教徒は2020年までに、キリスト教に改宗し、キリスト教徒の名前を採用し、非ヨーロッパ言語を捨て、外国の慣習を一掃しなければならない。さもなければ追放か死が待っている。すべてのヨーロッパ諸国の軍隊は、クーデターによって政権を掌握し、戒厳令を宣告し、憲法を停止し、すべての裏切り者を小計し、すべてのイスラム教徒を追放し、イスラム教を永久に禁止しなければならない。さもなければ裏切り者とイスラム教徒に対する壮大な攻撃が内戦へと発展するだろう…と。我々が突きつけられているのは、こうした思想信条を持つ極右勢力の台頭にどう対処するかである。
 以上、下記の記事を参考にしました。
The roots of Breivik’s ideology
http://www.opendemocracy.net/mattias-gardell/roots-of-breiviks-ideology-where-does-romantic-male-warrior-ideal-come-from-today

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1532:110803〕