5月5日(祝)の原発稼働停止を祝うテント前ひろば盛り上がった。まだ、その興奮が何処かに残っている。これは私、個人の事ではないと思う。だが、原発再稼働もその阻止を当面の課題としてきたテント前ひろばも次のステージになる。これがどういう展開になるのか。目下のところはわからない。テント前ひろばは以前と変わらぬ光景の中にある。テントの前に座り込む人、全国から訪れる人は確実に増えているが、光景としては以前と少しもちがわないのだ。周囲の注目や視線は変わってきているのだろうが、それはなかなか気がつきにくいことかもしれない。
テントの外で人に会う機会が立て続けにできたのであるが、そこで言われる質問は「テントは続けるの(?)」「テントの撤収は(?)」というのが多かった。私たちの掲げてきた再稼働阻止は当面の再稼働のことと重なって理解されているふしがある。政府が再稼働をせずに、原発からの撤退を明瞭にすることを私たちは主張してきた。政府がその方針を明瞭にすれば私たちはテントを撤去するが大飯原発の連休前再稼働が行われず、当面の稼働原発がゼロの状態になったからといって撤退はしない。夏前の大飯原発3・4号機、伊方原発3号機の稼働問題がでてくるという予測もあり、テントはそれらの阻止に含めて継続して行く。テントも長い射程の闘いに入る。
最近のテントを取り巻く周辺での変化として、連続した官邸前や連日の経産省前での抗議行動がある。政府の再稼働の画策に対する若者たちの行動は予想以上の結集をもって展開されているが、当面は毎週金曜日の官邸前行動として続けられるようだ。他方で、経産省前の行動は連日にわたって続けられている。テントの周辺でのこうした行動と連帯して行きたいが、自発的な多くの行動を歓迎したい。テントでの企画なども話として聞くが、取り組みも始まると思う。
テントに大きな鍋におでん等を一杯詰めて差し入れに来てくれた前澤奈津子さんが亡くなられた。彼女は大病で闘病中であったが、小康状態の合間をみてはテントに差し入れなどをしていただいた。笑顔で元気づけられることもあったのに残念である。私はごく最近、ということはほんの一日か二日前にテント前で彼女を見かけたように思う。彼女の訃報を知らせてくれた友人にその話したら彼女は病院にいたのだ、と言われた。私の錯覚だったのだろうが、彼女がいるのがあたりまえのように思っていたところがあって、ショックだった。冥福をお祈りすると共にここに簡単な報告をさせてもらう。 (M/O)