昔からなじみのアジビラ風の文言を連ねているようだが、勘弁して読んで欲しい。僕は長い間、国家を変えることを夢見てきたし、今もそれは変わってはいないけれど、アジビラの世界は卒業したと思っているからだ。それはお前の勝手な思い込みだと言われるかもしれないとしても。テントから国会前に、そして、また、テントへと茱み坂(国会前から国会通りを霞ヶ関の方に降りてくる坂)を登り降りするのは結構きつい。老化にはいいのだと、言い聞かせながら頑張って歩く。国会周辺も日比谷公園も特定秘密保護法に反対する人で溢れていた。反対の声は鳴りやまなかったし、道々で古くから顔見知りにあった。軽い挨拶をするだけだが、やはり嬉しいものだ。気持がなずむ。
こういうデモというか意志表示の群れに出会えば、僕らの世代は1960年安保闘争に始まる運動のことを思い出す。もう少し、下の世代ならば全共闘運動ということになるのだろう。これらの運動とは無縁な世代の人たちが多いのだから、これらを繰り事や思い出として語る気はない。ただ、僕らが自然とこういうことを思い出すのは、それが僕らに歴史としてあるから。これは人々の運動に現れた意識や表出感覚の素晴らしさと、それに媒介した理念(全体的な方向として像)との矛盾や葛藤を含んでいた。この運動の主体と指導の間に現れた矛盾を含んだ歴史は受け継がれていく歴史と考えるから。。この矛盾にも関わらす、これらの闘いは地下水脈として、つまり歴史として現在まで続いているのであり、闘う人々と共にまたあるのだ。この矛盾を反省、自覚し、克服しながらこの歴史をこれらの運動とは無縁な形で登場してきた人々につなげたいのだし、精神のリレーとして手渡していきたいのだ。これは僕らが生きてきたことの鼓動に共鳴してもらいたいのだし、僕らの許させる贅沢としたい。
精神のリレー、これはかつて埴谷雄高の言った言葉であるけれど、1960年を含む戦後の自由と民主主義をめざした闘いの精神をこれからの未来に、あるいは未来として闘う人に手渡したいのだ。これで真の国民《民衆》の歴史をつくり築いていきたいのだ。起源は大正デモクラシーに、あるいは自由民権運動に、さらには明治維新に遡るかもしれない。もっと言えば、天皇制以前のこの日本列島の住民の共同の精神につながるのかも知れない。確かに、国家や社会を変えることを願った人々の精神と闘いは敗北の歴史だったかもしれない。敗北を強いられた構造の中にあるほかなかった。でも、その精神は生きているのだ。ただ、そこには負の要素も遺伝子としてあり、それがこの精神を腐らせる契機に働いてきたことも事実だ。自由と民主主義はイデオロギーではなく、自己と他者を律する精神であり、自己を律するパトス(精神的真髄)である。これが自己にとってだけでなく他者にも権威としてでてくるということだ。思い浮かべてもらいたい。日本社会が天皇を権威としてきた歴史はこの対極にあるものだ。日本ではこの天皇を権威とする歴史からの解放がねじまぎられてきたのである。自由や民主主義は肉体化されたものとしてはなく、外面的な政治形態や制度にとどまった。天皇の権威の代わりにロシア革命の権威を、あるいは中国革命の権威を、さらにはアメリカ民主主義の権威を持ってきても同じことだ。天皇の権威を同じものを外部の世界の権威にもとめてもあまり変わらなかったのだ。近代制度は魂(精神)は変わらす外見[制度]だけ変わったようにあらわれてきたのだ。
こういう負の歴史を僕らは背負ってきたのだ。自由や民主主義の精神[単なる政治的制度形態ではなく]が自他を律する精神としてあることは、こうした日本の歴史的な権威の在り方に抗い、自己を解放していくことだ。僕らが権力に向かって異議申し立てをすることは、この精神の自己確認であり、その不断の生成である。この永続的展開の中で、僕らはこの精神を生成して行くのであり、これが言葉の真の意味での永続革命である。権力という人間の生み出した精神をめぐる闘いであり、その先行する歴史との闘いであり、従ってそれは国家権力という外との闘いであると同時に、それを受け継いだ自己の内部との闘いである。自由や民主主義は既にあるものではなく、不断に生成してくべきものであり、現にあるものを超えて行くべきものだ。現在を超えた自由な精神の実現とはそんなことだ。かつて僕らは『全世界を獲得するために』とか『世界同時革命』とかさけんでいた。それは抽象的で、もう一つ曖昧だったが、この精神の獲得であり、そのことによってソ連や中国の、アメリカの、また日本の権力の形を変えることだった。権力を形成する精神を変えることだった。1968年が1848年以来の世界的革命だったのはそれが瞬間的であれ出現したことであり、その永続性の一こまが見えたことだった。
沖縄からはじまった自己決定は自由や民主主義の言い替えであり、少し、難しく言えば、自己権力[構成的権力]の現れであり、これは沖縄が南島として天皇の権威からは自由である度合いの色濃い歴史の地層と連なっているのかもしれない。多分、沖縄に対する琉球処分的な政府の対応は天皇の権威を背負った歴史のくりかえしだ。沖縄に対する再度の琉球処分、集団自衛権行使、共謀罪、原発再稼動、憲法改正へと続くだろう政府の攻勢は、かつてのように天皇の権威は減衰していても、アメリカの権威をブレンドしつつ、実態的には官僚の強権化として出て展開される。沖縄から始まったこの間の一連の闘いは、僕らが自由や民主主義を共同精神として生成して行く闘いであり、自己決定権の生成であるが、その歴史とビジョンを胸に刻みつつ歴史的なものとせねばならない。
特定秘密保護法は僕らのこうした共同の精神の生成を、権力として抑圧する目的で作られており、人々がこの危機に気付き、声をあげたことは重要なことだ。権力のこれを現実化する動きに対して共同の精神の生成で抗いながら、日常化する官僚の強権化と抗っていくことが大切だ。この官僚の権力の強権化は日常的に現れてくるのであり、僕らは主題の明瞭にならない現実の動き中で、しかも持久戦的な闘いを強いられながら、それとの闘いをやらねばならない。例えば、秘密保護法の現実化に抵抗し、抗っていくように。これは困難だが、自覚的にやれば闘い方も道も見えてくるもんだ。
共同の精神として自他が生成していくことと、日常的な闘いが結びつくこと、つまりは重層的でありながら、連帯して闘いをくむことは難しい。ここに現在の問題がある。しかし、このことを十二分に自覚しながら、現実の具体的対応としての闘いと精神をリレーし、物語を紡いでいくことをやらなければならない。
沖縄基地強行、原発再稼動、集団自衛権行使、憲法改正と続く権力の動向に対して、僕らは重層的な闘いをやるほかないし、そこで僕らの戦後を超える歴史をつくる闘いをやらねばならない。権力にある面々の高笑いに対して僕らは彼らを青ざめさせるものを準備して行こうではないか。(M/O)